多様化・複雑化する時代の中で「自身のキャリアの方向性をどうすべきだろうか?」「仕事とプライベートのバランスをどうとるか?」「今の職場で本当に自分の力を発揮できているのだろうか?」など、多くの人が「自分らしさ≒アイデンティティ」の悩みを抱えているのではないでしょうか。
今回は「大人のアイデンティティ論」をテーマに、成人期以降のアイデンティティ発達における課題や乗り越え方について、最新の研究知見をお届けします。
「働く大人の『アイデンティティ』の悩みと処方箋」のチャプター
02:52 今回テーマの背景にある問題意識
13:20 大人のアイデンティティ研究のレビュー
17:03 エリクソンの心理社会発達段階
27:42 成人期以降のアイデンティティ研究について
40:47 成人期における4つのアイデンティティ・ステイタス
54:38 成人期以降の課題の乗り越え方(4ステップ)
01:02:25 アイデンティティは拡散と統合を繰り返す(まとめ)
「働く大人の『アイデンティティ』の悩みと処方箋」のポイント
- 自身のキャリア形成や、チームメンバーへのキャリア支援など、キャリアに関するあらゆるものの背景には「アイデンティティ発達」の課題があると安斎は話す。今回のテーマを設定した背景として、昨今、会社中心のキャリア観から人生中心のキャリア観へのシフトがされていることを挙げ、自分の人生をどう生きたいのか?自己実現をどう探究していくのか?ということが重要命題になっていると述べた。
- 組織レベルでも個人レベルでも「一体、何のために働くのか?」という仕事の意味が問い直されている時代。組織が社会的価値を探究すること、同時に個々が自己実現の探究をすること、この二つを両立することは容易ではないが、それを諦めない共同体をつくりたいと語った。
- 今回のテーマである「アイデンティティ」の課題は、個々の自己実現の探究と結びつく。自己実現とは「自分の潜在的な動機や能力を最大限に活かして、それが他者・社会貢献につながっている状態」だと安斎は解説した。しかし、外からの期待や外的価値と、自分の興味や内的動機は、はじめは折り合いがつかない。そのため両立を諦める人もいれば、平日は外的価値に、休日に内的動機にと時間的な分離をすることもある。
- 外的価値と内的動機の結びつきは、試行錯誤をすると両立することもある。ところがこの両立状態は長く続かないのが難しいところだと、自身の経験も踏まえて語った。そして外的価値と内的動機が再び整合すると、より高度な自己実現が見出される。この繰り返しが自己実現の探究であり、そのプロセスによって、アイデンティティが発達していくのだと説明した。
- 続いて池田から、アイデンティティ発達の研究ついて講義がされた。
- エリクソンによるアイデンティティの定義は「個人が自分の内部に連続性と斉一性を感じられることと、他者がそれを認めてくれることの両方の事実の自覚」だという。平たくいうと「自分らしさ」である。過去の経験や未来の見通しなど時間的な連続性から自分らしさを得たり、他者から承認される中で感じることもあると解説した。
- エリクソンの心理社会的発達段階には8つの段階がある。それによると青年期(13〜19歳)には、アイデンティティ確立と、アイデンティティ拡散が起きるとされており、青年期のアイデンティティ研究は盛んだという。アイデンティティを確立するのは、社会に出て3〜5年後であるとも言われている。
- 一方で成人期以降のアイデンティティ研究の中では、「関係性に基づくアイデンティティ」が中心テーマとして言われているという。成人期は、家庭を持ったり、部下を持ったりといった中で、自分の自己実現だけで完結するのではなく「自分は誰のために存在するのか」といったことを考えていく必要がある。
- 成人期、中年期の発達課題としては「親密性vs孤立」「世代性vs停滞」といったものがある。自分が個人としてどうあるべきかだけでなく、会社や組織、家族、地域社会との交流を通じたアイデンティティの発達が課題。しかし、例えば「個人としてこうしたいが、家庭のことを考えるとそうはいかない」など、それぞれのアイデンティティは相互に妨害したり、補償したりするため、アイデンティティの在り方は難しいとされている。
- 成人期以降のアイデンティティ課題の2つ目として池田は「アイデンティティの再統合」を挙げた。青年期に獲得したアイデンティティが揺らぎ、再統合が必要になる。中年期には体力の衰えや残された時間を意識するようになったり仕事の限界を感じたりすることでアイデンティティの危機が訪れ、老年期には、引退に伴って再びアイデンティティの危機を迎えるとされている。
- 「成人期のアイデンティティ・ステイタス」としては、アイデンティティを見直すか否かの軸と、アイデンティティの統合 or 模索の軸で4象限に分類すると「活路獲得型」「模索・探索型」「現状維持・保守型」「漂流型」に分類ができる。「模索・探索型」は「活路獲得型」の前段階であり、アイデンティティを見直し、統合される「活路獲得型」を目指せると良いと池田は解説した。
- 4つのステイタスに関して安斎は、「模索・探索型」への移行がなかなか難しかったり「漂流型」に留まってしまったりすることも多いのではないかと考察した。前向きなアイデンティティの探索ができていない人に対しての処方箋としては、キャリアのカウンセリングを受けたり、周りの友人の力を借りるなど、一人で閉じないことが重要なのではないかと池田は話した。
- また、4つのステイタスに関連して安斎は、いわゆる”何でも屋”や”器用貧乏”といったタイプの人は、自分のオリジナリティが欲しいと考えつつ、型にハマりたくないという悩みがあるのではないかと話した。既存の役割ではなく、越境したところにアイデンティティを見出しつつあるが、そこに名前がつきづらい問題があるのではないかと考察した。
- 成人期以降の課題の乗り越え方として池田は「中年期のアイデンティティ再体制化」の4ステップについて解説した。①身体感覚の変化の認識に伴う危機感を感じた上で、②自分の人生を振り返って方向性を模索・検討し、③軌道修正をする期間に入る。そして④アイデンティティが再確定していくのだという。未来のプロセスを個人でマネージするのは難しく、回顧して展望を作成するプロセスの支援や、ありたい姿を「実現」するために何をどうすれば良いか考えるプロセスの支援が必要だと話した。
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