「人生100年時代」のキャリア転換術:創造的に未来を拓く4つのテクニック

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「人生100年時代」のキャリア転換術:創造的に未来を拓く4つのテクニック

キャリア形成におけるさまざまな常識が、ここ数年で大きく変わろうとしています。

たとえば、寿命が延びて「人生100年時代」が叫ばれるようになり、80歳まで働く時代が到来するとも言われています。

さらには「VUCAの時代」と呼ばれるように、外部環境の変化が目まぐるしい中で、これまでとは異なるキャリア戦略を立てることが求められています。

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「人生100年時代」を提唱したイギリスの組織論学者のリンダ・グラットン氏は、これからの時代に求められるキャリア形成のあり方として、「連続スペシャリスト」という考え方を提唱しています。

「連続スペシャリスト」とは、一つの専門性を獲得したあと、それに固執するのではなく、別の新たな領域に挑戦して、複数の専門性を連続的に掛け合わせていくような働き方です。しかし、深い専門性の獲得を連続させていくこの戦略は、ただでさえ忙しい現代のビジネス環境の中では、なかなかハードな生き方に感じてしまいます。

本記事では、現代におけるキャリア形成課題を考察し、創造的に未来を拓くテクニックについてお伝えします。

キャリア形成における「葛藤」

100年という長い人生の中では、私たちにはさまざまな職業の選択肢があり、だからこそ、悩みは尽きることがありません。たとえば、次のようなキャリアの葛藤に直面している方も多いのではないでしょうか。

  • 以前から志望していた業界に転職したいが、給与が下がってしまう
  • 新たな専門性の獲得のために社会人大学院に通いたいが、今の仕事との両立ができるか不安だ

こうした葛藤に直面しているその時は、さまざまな迷いが生じ、大変だと感じるでしょう。しかし、これらは自らのキャリアデザインに積極的な人ほど直面しやすいものであり、ある意味、チャレンジしている証です。そのような考え方をしてみると、複雑な感情を抱え、葛藤に直面している自分自身を、「めんどくさいけれど愛らしい存在」だと捉えることもできるのではないでしょうか。

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最大の危機は、あまりにも“平和な日々”にある?

キャリア形成においてもっとも恐れるべきポイントは、むしろ、キャリアデザインへの積極性とは逆のところにあります。すなわち、変化を避け、安定した環境に身を置きすぎるあまり「マンネリ化」してしまうこと。それが現代のキャリア形成における、ひときわ厄介な「落とし穴」なのだと考えています。

キャリアにおいて「致命的な問題」が起こることなく、“そこそこ順調”な日々を送っている──そう聞くと、憧れる人も多いかと思います。ここでいう「致命的な問題」とは、たとえば「自分が得意としていたスキルが、AI(人工知能)で代替できるようになってしまった」とか「成長を実感できなくなり、若手の後輩たちに次々に能力も職位も抜かれてしまった」といったものが挙げられます。

こうした危機は、誰しもが避けたいと思うに違いありません。しかし、こういった危機がまったくない、あまりにも「平和」な日々を過ごし続けると、今度は別の問題が起こります。それが、「マンネリ化」の病です。

マンネリ化の初期症状としては、心の中にちょっとしたもやもやが発生しても、我慢するようになること。自分の心の奥底の感情に「鈍感」になってしまいます。

この状態が長く続いてしまうと、惰性でキャリアを積み重ねるようになり、次第に変化のエネルギーが失われます。新鮮味がないまま、「何となくやり過ごす」ことが当たり前になっていく。これを「まずい」と思えなくなることが、現代のキャリア形成において、もっとも危険な状態なのです。

「マンネリ化」を打破し、キャリアに創造的な変化を生み出す4つのテクニック

キャリアの中で直面するさまざまな危機は、見方を変えれば、自分のキャリアを見つめ直し、「変化」を起こすきっかけにもなります。「連続スペシャリスト」としてVUCA時代の荒波を乗り越えるためには、そのようなきっかけを逃すことなく、自分の「変化したい欲求」を刺激し、キャリアに揺さぶりをかけることが有効です。

拙著『パラドックス思考』では、キャリアのマンネリを打破して、創造的な変化を生み出す方法として、次の4つのテクニックを紹介しています。

キャリアに創造的な変化を生み出す4つのテクニック
1.惰性で満たされている感情を反転させる
2.仕事の目的と手段の関係性を逆転させる
3.適度な”無理ゲー”仕立てて、自分を鼓舞する
4.越境学習とワーケーションで“外”を作る

(1) 惰性で満たされている感情を反転させる

まず、自身の”順調”なキャリアの中で、どんな「感情」が満たされ、それゆえにマンネリ化を招いているのか、言語化してみましょう。そして、それを反転させることで、マンネリを打破するきっかけを掴むことができます。たとえば、

例:「人の役に立ちたい」

といった感情があるとします。ここで挙げられる欲求やニーズは言葉にしてみると案外素朴なものが多いことに気がつくかと思います。

続いて、それらの感情が満たされている理由も合わせて言葉にしてみてください。先ほどの例であれば、

例:人の役に立ちたい
→BtoCのサービス運営で、直接的にユーザーの声を聞けるので満足している

これは自分の仕事のやりがいを支えている重要な欲求です。しかし逆に言えば、「得意技」であるがゆえに固執しやすく、気づかないうちにキャリアを停滞させる要因にもなっていることがあります。

そこで、これをあえて反転させてキャリア形成に組み込んでみると、どうでしょうか。

例:人の役に立ちたい
→あえて、役に立たないものを作ってみる

「あえて」やってみるこの活動は、本来自分の関心の「外側」にあったはずのものであり、一見するとキャリアに関係のない「ノイズ」のように思えます。けれども、自分には関係がない・向いていないと思っていたこと自体が、幼少期の「コンプレックス」や教育された「規範」によって、無意識のうちに形成された固定観念であることも少なくありません。

そのため、社会人として成熟してから取り入れてみると、意外に自身の潜在的な欲求と合致して、ブレイクスルーの鍵になることがあるのです。

これらの活動は、かならずしも最初から仕事として行う必要はありません。まずは週末の余暇時間を使うなど、短期的に「実験してみる」ところから始めるとよいでしょう。

マンネリ化しつつあるキャリア形成を揺さぶるポイントは、これまでキャリアの蓄積によって生じた「慣性」を破ることです。

(2) 仕事の目的と手段の関係性を逆転させる

キャリア形成に揺さぶりを与える2つ目のテクニックは、仕事の「目的」と「手段」の関係性を逆転させてみることです。

仕事において優先すべきは「目的」で、それを達成するために適切な「手段」を選ぶことが重要です。特に近視眼的に「目的」を見失っていると、「手段を自己目的化してはならない」などとよく言われます。

しかしあえて、仕事における「目的」と「手段」の関係性を逆転させてみると、仕事の意味合いに面白い変化が生まれます。

たとえば、「快適なウェブサイトを作るために、コーディング技術を学ぶ」ことに取り組んでいるエンジニアのケースを考えてみましょう。この場合、「快適なウェブサイトを作る」ことが目的で、「コーディング技術を学ぶ」ことは、そのための「手段」だといえます。

この「目的」と「手段」の関係性を逆転させてみると、次のようになります。

「快適なウェブサイトを作るために、コーディング技術を学んでいる」
→「コーディング技術を学ぶために、快適なウェブサイトを作っている」

一見するとおかしな文章に思えるかもしれません。しかし、解釈を巡らせてみると、新たな考え方が見えてきます。

「快適なウェブサイトを作ること」は、たしかに目先のプロジェクトにとっては重要な「目的」かもしれません。しかし、一人のエンジニアのキャリアという観点で考えると、「コーディング技術を極める」ことは、専門性の獲得・向上という意味でその後のキャリアを左右しうる重要な命題です。そして、比較的短期のプロジェクトとして取り組む「快適なウェブサイトづくり」は、そのための「手段」だと位置づけることもできるはずです。

このように、これまでの「手段」をいったん「目的」に置き換えてみることで、新たな解釈が生まれ、キャリアに新しい展開が見えてくるのです。

キャリア形成の有名な理論に「計画的偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」と呼ばれる考え方があります。スタンフォード大学の教育心理学者であるジョン・D・クランボルツ氏が提唱したもので、「キャリア形成の大半はあらかじめ想定していなかった“偶発的な出来事”に決定される」という考え方です。

固定化された「目的」と「手段」の関係性を逆転させ、何のためにやっているのかよくわからない状態をあえて創ることで、偶発的なキャリアの可能性が拓かれるのです。

(3) 適度な”無理ゲー”仕立てて、自分を鼓舞する

キャリア形成に限ったことではありませんが、何かを取り組むにあたって、「課題」や「ハードル」、そして「矛盾」はないほうがいいと考えられています。もし自らこれらを付与しようとしている人を見たら、「自分を苦しめるだけなのに、なぜそんなことをするのだろう?」と不思議に思うかもしれません。

しかし「自らハードルを課す」という行為は、苦しみどころか、むしろ「楽しさ」の源泉になる可能性があります。

それを端的に表しているのが「ゲーム」です。ゲームは一般的に「楽しいもの」と認識されていますが、哲学者のバーナード・スーツは、ゲームの特徴について、次のように述べています。

「ゲームをプレイするとは、取り組む必要のない障壁を、自発的に越えようとする取り組みである*」

自分にハードルや矛盾を課して、それを解こうとする行為は、ゲームをプレイするような楽しさにつながり、自分を鼓舞する可能性があります。

自らにハードルを課す行為を楽しむためには、適度な“無理ゲー”であることが大切です。自らに課す障壁は「低すぎても、高すぎても」いけません。あまりに無茶な矛盾を課すのではなく、「ちょっと難しい」くらいの難易度で、揺らぎを加えていくことが大切です。

そして、特に重要なのは「障壁を自発的に乗り越えようとする」ことです。つまり、「他者から課される」のではなく、「自ら課す」というのがポイントです。

達成したいが、簡単に達成したくない──そうした矛盾した感情を抱えながら、より難しい状況をあえて設けた上で、課題解決に取り組むことは「矛盾を遊ぶ」姿勢にほかなりません。

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(*)バーナード・スーツ(2015)『キリギリスの哲学:ゲームプレイと理想の人生』川谷刺激、山田貴裕 訳、ナカニシヤ出版

(4) 越境学習とワーケーションで“外”を作る

自らのキャリアを揺さぶる4つ目の方法が「越境学習」です。越境とは「個人にとってのホームとアウェイの間にある境界を超えること**」と定義されています。

越境には、ワーケーションや、社外の異業種勉強会に参加すること、留学など幅広い活動が当てはまります。越境学習とは、居心地のよいホームから離れ、自分の価値観などの前提が通用しない「アウェイ」に行くことで、自らのキャリアにゆらぎを起こすことで気づきを得る学びの活動です。わざわざアウェイに身を置いて居心地の悪さを体験するのは「ホームの居心地のよさ」に気がつき、自らの感情を揺さぶるためです。

私たちが普段過ごし慣れている家や職場の場合、あまりにも身近であるがゆえに、その居心地の良さを認知し続けることは困難です。たとえば「自分の会社の居心地のよいと感じるところを教えてください」と急に説明を求められても、回答することは難しいかもしれません。

しかし、もしあなたが他社の話を聞いたり、他社の仕事を経験したりするとどうでしょうか。「ああ、やっぱりうちの会社はこういうところがいいのかもな」といったように、よい部分に気がつくかもしれません。

先日の記事でも述べましたが、自分の隠れた感情に気がつくのは簡単なことではありません。こうした感情に気がつき、キャリアを揺さぶる刺激を生むためにも、ホームにいるだけでなく、時々アウェイに越境することが重要なのです。

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以上4つのヒントを手がかりに、積極的に自分自身の感情を刺激し、キャリア形成の過程を揺さぶること。これが、パラドックス思考における創造的なキャリア形成のアプローチです。

(**)石山恒貴、伊達洋駆(2022)『越境学習入門:組織を強くする「冒険人材」の育て方』日本能率協会マネジメントセンター

新刊『パラドックス思考 ─ 矛盾に満ちた世界で最適な問題解決をはかる』

安斎勇樹と舘野泰一による最新刊『パラドックス思考 ─ 矛盾に満ちた世界で最適な問題解決をはかる』が好評発売中です。

本書で提案する「パラドックス思考」とは、問題の背後にある感情パラドックスに注目することで、ややこしい問題や悩みの解決方法を体系化したもの。かねてより「矛盾」に注目して探究をしてきた二人が、パラドックスについて、その向き合い方と対処法を提示。「AかBか」二者択一の答えを導くのではなく、AとBをどちらも犠牲にせず両立させる答えを出すための戦略をご紹介します。

パラドックス思考 ─ 矛盾に満ちた世界で最適な問題解決をはかる

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著者

立教大学経営学部 准教授/株式会社MIMIGURIリサーチャー

1983年生まれ。青山学院大学文学部教育学科卒業。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学後、東京大学大学総合教育研究センター特任研究員、立教大学経営学部助教を経て、現職。博士(学際情報学)。専門はリーダーシップ教育。近著に『パラドックス思考 ─ 矛盾に満ちた世界で最適な問題解決をはかる』『これからのリーダーシップ 基本・最新理論から実践事例まで(共著)』(日本能率協会マネジメントセンター)など。

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