「問いのデザイン」が解決するもの:組織に蔓延する2つの病い

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「問いのデザイン」が解決するもの:組織に蔓延する2つの病い

会議が盛り上がらないとき。良いアイデアが浮かばないとき。チームメンバーと「わかりあえない」と感じるとき。部下のポテンシャルを引き出せないとき。組織全体の求心力が薄れているとき。

これらの原因はチームメンバーやマネージャーの能力不足ではなく、チームが向き合っている「問い」がうまくデザインされていないケースが大半です。組織の背後にある問いに向き合い、適切な問いを立て直すことは、イノベーションのブレイクスルーの鍵を握っています。

ベストセラーとなった拙著『問いのデザイン』では、組織における問題の本質を見抜き、解決を導くためのファシリテーションのエッセンスについて体系的に解説しました。本記事では、組織においてなぜ「問いのデザイン」が求められているのか。「問いのデザイン」は、いったいどのような組織の問題を解決するのか。問いに向き合うことの意義について再考します。

新規事業のブレイクスルーは「問い」の転換から生まれる

組織イノベーションにおける問いの重要性を実感できる事例として、筆者が以前にファシリテートしたある自動車メーカーの「カーナビ」を開発する部署のプロジェクトをご紹介しましょう。昨今「自動運転」の技術が進み、ドライバーにとっては運転機会そのものが減っていくことが予想されています。これは「カーナビ」の開発チームにとっては気が気ではありません。

「このままで、カーナビは大丈夫なのだろうか?」と不安を覚えたトップの指令で、社内では「人工知能(AI)を活用した未来のカーナビ」のアイデアを考える企画会議を繰り返していたそうですが、なかなか良いアイデアが生まれず、筆者のもとへと「会議のファシリテーションをして欲しい」と、相談があったのです。このときクライアントが向き合っていた問いは、「カーナビはどうすれば生き残れるか?」「AIを活用した新しいカーナビとは?」という問いでした。

これに対して筆者は、この問いの設定ではうまくいかないだろうと直感していました。カーナビとは何かの目的を達成する「手段」ですから、自動運転社会におけるカーナビの目的を問い直さぬまま、手段を生き残らせることが自己目的化してしまっては、本質的な課題解決にはならないのではないか、と思ったのです。

筆者は思い切って、クライアントチームに「そもそも、なぜカーナビを作りたいのですか?」と尋ねました。すると「自分たちは、別にカーナビを作りたいわけじゃない。生活者に”快適な移動の時間”を提供したいのだ!」と、意外な答えが返ってきました。この瞬間、チームには「これだ!」という感覚が走りました。問いが書き換わった瞬間です。

カーアクセサリープロジェクトにおける問いの転換
「カーナビはどうすれば生き残れるか?」「AIを活用した新しいカーナビとは?」

「自動運転社会において、どのような移動の時間をデザインしたいか?」

自動運転社会が到来しても、生活者の「移動」の時間そのものはなくなりません。クライアントが考えるべき切り口は、「未来のカーナビ」ではなく「未来の移動の時間」だったのです。新たに生まれた問いでワークショップを実施したところ、”カーナビではない”プロダクトのアイデアがいくつも生まれました。問いを転換することによって、生み出されるアイデアは、劇的に異なるものになるのです。

なぜこのようなことが起きてしまうのか

それでは、問いのデザインの役割は、「良いアイデア」を手に入れるためなのでしょうか。必ずしも、そうではないように思います。大事なことは、この「カーナビ」のチームのような問題が、なぜ起きてしまうのか。その根本的な原因です。


筆者はこの要因を、組織における「認識」と「関係性」の固定化の病いにある、と考えています。

認識の固定化:当事者に暗黙のうちに形成された認識(前提となっているものの見方・固定観念)によって、物事の深い理解や、創造的な発想が阻害されている状態

関係性の固定化:当事者同士の認識に断絶があるまま関係性が形成されてしまい、相互理解や、創造的なコミュニケーションが阻害されている状態

製品開発のイノベーションが生まれない阻害要因にせよ、組織のドロドロとした問題の真因にせよ、ビジネスパーソンの人材育成の現場の問題にせよ、それらを紐解いていくと、必ずと言っていいほど、この「認識」と「関係性」が固定化しているという病いにぶち当たります。

組織における「認識」の固定化の病い

認識の固定化の病いは、さきほどのカーナビの例でいえば、「カーナビは運転者のためのものである」「良いカーナビは、ユーザーインターフェースが重要である」「時代の変化に対応するためには、AIを導入しなければいけない」といった、暗黙の「思い込み」のことです。

認識の固定化の病いは、「人間の学習能力の高さ」ゆえの副作用でもあります。人は、日常生活を送るなかで、特定の認識を変化させたり固定化させたりしながら、何かに上達したり、組織に馴染んだりしています。他方で、何かに慣れていくと、わざわざ獲得した認識については意識をしなくなっていきます。つまり、普段は自覚されない”当たり前”なものになっていくのです。特定の認識が”当たり前”になることは、日常の大半の場面では、「効率」や「生産性」に貢献してくれます。要するに「頭を使わなくても、上手にできるようになる」のです。

これが、認識の固定化のはじまりです。次第に自分が立っている前提が「なぜこうなっているのか?」ということを、改めて考えることはしなくなっていくのです。無意識に自動化された認識は、組織のイノベーションにおいて、変化の足かせになりえます。しかし固定化した認識を変えることは、そう簡単なことではありません。無自覚のうちに皮膚に蓄積した”垢”のように、自覚されない認識は”こすり落とす”ことでしか気がつくことができないからです。日常のなかで大きな不都合やトラブルが起きない限り、人は自らの認識を変える必要はないのです。

問いをデザインすることの一つ目の意義は、この固定化された認識に揺さぶりをかけるためです。

組織における「関係性」の固定化の病い

認識の固定化の病いは、組織のいたるところに蔓延しています。そして組織の問題がさらに複雑になるのは、チームにおける異なる立場にある人たちが、自身の認識の固定化の病いによって、「関係性の悪化」につながるケースです。

たとえば、ある技術メーカーのチームのマネージャーが「うちのエンジニアは技術にしか関心がなくて、発想力も足りないから、主体的にアイデアを提案してくれないんだよな…」と嘆いている様子を見かけたことがあります。多くの場合、このマネージャーは「技術者の能力」を疑い、「アイデア発想の研修」などを導入するケースが多い印象です。

ところが、実際にエンジニアに話を聞いてみると、「技術を活かしたイノベーションに興味があって入社したんだけど、うちの上司は頭が堅くて、技術にも疎いから、新しい提案をしても聞いてくれないんだよな…」などと悩んでいたりします。この状況で「アイデア発想の研修」を導入しても、おそらくこの問題状況は解決されません。

なぜならば、これは両者の認識の固定化が招いた「関係性の固定化の病い」による症状だからです。このチームに必要なのは「ノウハウ」ではなく、お互いの前提を理解し、新たな意味をともにつくりだす「対話」です。そして関係性が凝り固まったチームに対話を生み出すためには、両者がフラットに話し合える「問い」が必要です。

固定化した関係性を編み直すために、チームの目線をあげる問いを設定し、対話を促進する。これが、問いをデザインすることのもう一つの意義なのです。

問いをデザインする意義
問題を捉える認識を揺さぶり、課題を再定義する
チームの関係性を揺さぶり、課題解決の対話を促進する

問いのデザインの成果は、イノベーションの結果ではありません。問いに向き合い、問いを立て直し、実際に問うてみること。そのプロセスで認識と関係性の固定化の病いが解消されること。これが、組織における「問いをデザインすること」の意義なのです。

拙著『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』も好評発売中です。第3刷で累計3万部発行となりました。企業の商品開発・組織変革・人材育成、学校教育、地域活性化などの複雑な課題解決において、問題の本質を見抜き、正しい課題を設定するための思考とスキル。そして関係者を巻き込み、創造的対話を促進するためのワークショップデザインとファシリテーションのエッセンスについて「問いのデザイン」をキーワードに300ページかけて解説されています。是非合わせてご覧ください。

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問いのデザインの技法

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2020年6月、CULTIBASE編集長の安斎勇樹の新刊『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』が出版されました。特集「問いのデザインの技法」では、問いのデザインにまつわる技術や理論の解説を行います。

2020年6月、CULTIBASE編集長の安斎勇樹の新刊『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』が出版されました。特集「問いのデザインの技法」では、問いのデザインにまつわる技術や理論の解説を行います。

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著者

株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO

東京大学大学院 情報学環 客員研究員

1985年生まれ。東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO/東京大学 特任助教授。

企業経営と研究活動を往復しながら、人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論を探究している。主な著書に『問いのデザイン』、『問いかけの作法』、『パラドックス思考』、『リサーチ・ドリブン・イノベーション』、『ワークショップデザイン論』『チームレジリエンス』などがある。

X(Twitter)noteVoicyhttp://yukianzai.com/

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