不滅の理由を探る:連載「問いのデザインの思考法」第4回

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不滅の理由を探る:連載「問いのデザインの思考法」第4回

人と組織の創造性を高めるファシリテーター、マネージャーにとって「問いのデザイン」のスキルは必要不可欠です。連載「問いのデザインの思考法」では、日々の業務において良い問いを立てるための手がかりや、問いのデザイン力を総合的に鍛えるためのトレーニングの方法について解説していきます。

今回のテーマは「不滅の理由を探る」です。

なくなりそうでなくならないものに着目する

本当に解くべき課題を見つけるため。人間や社会の本質を探究するため。よりよい未来への変化を生み出すための「良い問い」を求め、私たちは日々試行錯誤しています。

まだ眼前に立ち現れていない未来の可能性に目を向ける上で、なかなかなくならない目の前のものごとに目を向けることは、大きな手がかりになり得ます。

特に誰もが「なくしたい」と考えているもの。あるいは「なくなりそうだ」と予期されながらも、なぜか「なかなかなくならないものごと」を対象にするとよいでしょう。サービスやプロダクトでもよいですし、社会的な現象、もしくは人間の感情でもかまいません。

戦争、差別、犯罪、誹謗中傷、といった深刻なものから、満員電車、物理的な印鑑、ビニール傘の紛失、二日酔いの後悔、といった身近なものまで、さまざまな例が考えられます。

これらがなぜなくならないのか。なくすことができないのか。その原因を考察してみることが、今回紹介する「不滅の理由を探る」という思考法です。

ケース:“罪悪感”の不滅の理由を探る

たとえば、身近な感情である「罪悪感」を例に考えてみましょう。

罪悪感とは、悪いこと、非難されるべきことを犯してしまったと感じる後悔の念、嫌悪の感情です。できれば人生において排除したい感情ではありますが、なかなかなくならないのが現実です。

なぜ「罪悪感」という感情が、この世からなくならないのか。その理由を探ってみることで、課題解決や価値探究のための問いの切り口を探っていくのです。

まずは、オーソドックスに5W1H(Who、When、Where、What、Why、How)などの基本的なフレームを活用して、素朴な問いを立ててみるところから始めます。

そもそも罪悪感はとはなにか?
誰に対する感情なのか?
なぜ合法なのに”罪”なのか?
なぜ人は罪悪感を感じるのか?
どうすれば消えるのか?

…など。このように素朴に浮かんだ疑問を「種」としながら、問いを育てていきます。

不滅の理由を探るコツは、いきなり理由の核心に迫ろうとせずに、素朴に浮かんだ問いを起点に、問いを膨らませていくことで、対象の輪郭に迫っていくことです。その際に、立てた問いに対して自分で答えようとしてみること。身近な体験やエピソードを参照すること。具体的な事例ばかりでなく、抽象的な解釈も加える意識をすることなどがポイントです。

たとえば「なぜ合法なのに”罪”なのか?」という問いに対して、自分なりの答えを出してみます。過去に自分が罪悪感を感じたときの体験を想像しながら、そのときの”罪”の意識を言語化してみるのです。そうすると「自分のなかで「ダメだ」という基準があったのに、その自分法(ルール)を破ってしまったからではないか?」といった仮説が浮かぶかもしれません。

他にも「なぜ人は罪悪感を感じるのか?」という問いについても考えを巡らせると、「本当は自分で努力すべきことを、サボったときに感じるのではないか?」「怠惰な自分への後ろめたさなのではないか?」といった仮説が浮かぶかもしれません。これらは問いに対する仮の答えであると同時に、新たな問いでもあります。これが、問いを育てていくということです。

代行サービスから見えてくる、現代社会のジレンマ

このように自分で立てた素朴な問いに、自分の経験に基づいて考察を巡らせながらも、外で見聞きした第三者のエピソードを織り交ぜられると、思考が立体化します。

たとえば、筆者の知人のとある女性が、以前「共働きで2人の子どもを育てているため、家事代行サービスを依頼したいけれど、罪悪感を感じる」と話していたエピソードを、題材にさせてもらうことにします。

筆者はこの話を聞いたときに「そう考える気持ちもわかるけれど、それはなぜなのだろうか?」と素朴に疑問に思ったことを覚えています。筆者自身、以前に家事代行サービスを活用していたことがありますが、時短のためと割り切って活用していました。けれども、世の中には「家事代行」に罪悪感を感じる人もいる。もしかしたら、知人が男性であったら、その罪悪感は感じなかったのかもしれない。その背後には、どんな社会的なバイアスが存在しているのだろうか。…いずれにせよ、この事実は「罪悪感」の不滅の理由を探る上で、興味深い事象です。

この疑問を問いとして整理するならば「家事代行サービスを割り切って積極的に活用する人と、罪悪感を感じる人がいるのはなぜか?」といったかたちでしょうか。

この問いに正面から立ち向かうのもよいですが、同時に別の疑問も浮かびます。世の中には「家事」以外にも、さまざまな代行サービスが存在します。退職代行サービス、リア充代行サービス、卒論執筆代行サービス、などです。

大学教員も兼任する筆者としては、最後のサービスは個人的に許せないのですが苦笑、そのようなサービスが存在していて、お金を払って利用するユーザーがいることは事実です。その他の代行サービスにも、罪悪感が存在するのだろうか?..と、そんな疑問も浮かびます。

このように考察を巡らせているうちに、「何かを”代行”してもらう」という行為と「罪悪感」という感情は、密接に関わっていることがわかってきます。

人間が自分ひとりだけでできることは、当然限られています。利便性や効率性のためには、ときにお金を払って、何かを他人に任せる必要がある。しかし誰かに何かを任せることは、ときには「自分が果たすべき責任を放棄している」ように感じられて、後ろめたさにつながるのかもしれません。

このような現代社会におけるジレンマの存在が、「罪悪感」という感情が不滅である理由に、大きく関わっていそうです。そのような考察を経てみると、私たちが本当に向き合うべきは、「私たちは何を他人に任せ、何を自分で引き受けるべきなのか?」という問いなのかもしれません。

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以上はあくまで「罪悪感」の不滅の理由を探った思考過程の一例です。身の回りの「なくなりそうでなくならないもの」に目を向け、本質的な問いを育てるトレーニングをしてみてください。

以下の動画では、人気セミナー「問いのデザイン力を鍛える:ファシリテーターの思考法」のアーカイブをご視聴いただけます。問いのデザインの思考法を鍛えるトレーニングメニューを複数紹介しているので、よければご覧ください。

問いのデザイン力を鍛える:ファシリテーターの思考法

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人と組織の創造性を高めるファシリテーター、マネージャーにとって「問いのデザイン」のスキルは必要不可欠です。特集「問いのデザインの思考法」では、日々の業務において良い問いを立てるための手がかりや、問いのデザイン力を総合的に鍛えるためのトレーニングの方法について解説していきます。

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著者

株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO

東京大学大学院 情報学環 客員研究員

1985年生まれ。東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO/東京大学 特任助教授。

企業経営と研究活動を往復しながら、人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論を探究している。主な著書に『問いのデザイン』、『問いかけの作法』、『パラドックス思考』、『リサーチ・ドリブン・イノベーション』、『ワークショップデザイン論』『チームレジリエンス』などがある。

X(Twitter)noteVoicyhttp://yukianzai.com/

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