当たり前を異化する:連載「問いのデザインの思考法」第1回

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当たり前を異化する:連載「問いのデザインの思考法」第1回

人と組織の創造性を高めるファシリテーター、マネージャーにとって「問いのデザイン」のスキルは必要不可欠です。新連載「問いのデザインの思考法」では、日々の業務において良い問いを立てるための手がかりや、問いのデザイン力を総合的に鍛えるためのトレーニングの方法について解説していきます。

第1回目となる本記事では、問いのデザインのスキルを支える最も基礎的な考え方である「異化」という思考法を紹介します。

教室は、まるで標本のようである!?

小説などを読んでいる際、本来であれば何気ない日常の状況が、独特の言い回しで大袈裟に表現されていて、印象に残ったという経験はないでしょうか。

たとえば、よくある「学校の教室」の、何気ない「授業」の風景を思い浮かべてみてください。

教師が前に立ち、黒板に板書をしながら、講義をしています。それを、生徒たちは熱心に聴き、黒板に書かれた情報をノートに書き留めている。

こんな様子が目に浮かびます。この「何気ない日常」について、以下のように表現すると、どうでしょうか。

生徒たちは、ピンでとめられた蝶のように、机に固定され、無用の羽、つまりは、学習した味気のない無意味な知識を拡げている。

この言葉は、かつてマリア・モンテッソーリが伝統的な学校教育を批判したときの言葉です。当たり前だと思っていた「授業」の風景が、わざわざ「蝶の標本」に喩えて大袈裟に表現されたことで、「当たり前なもの」として見逃してはいけない、特別なものに見えてこないでしょうか。このような表現手法のことを「異化」といいます。

異化とは何か

異化とは、日常生活において慣れ親しんだ「当然」であることについて、あえて非日常的な「奇異」なものとして再認識し、表現することです。簡単にいえば、当たり前だと思っていたことを、当たり前でなくすることです。言語学者であり、作家であるヴィクトル・シクロフスキーが提唱しました。

日常的言語と詩的言語を区別し、自動化状態にある事物を「再認」するのではなく、「直視」することで「生の感覚」をとりもどす芸術の一手法。つまり、しばしば例に引かれるように「石ころを石ころらしくする」ためである。いわば思考の節約を旨とする、理解のしやすさ、平易さが前提となった日常的言語とは異なり、芸術に求められる詩的言語は、その知覚を困難にし、認識の過程を長引かせることを第一義とする。「芸術にあっては知覚のプロセスそのものが目的 」であるからである。(wikipediaより)

元々はレトリックの手法である「異化」は、問いをデザインする力を支える非常に基礎的な筋力になっています。スポーツに喩えるならば体幹の筋肉のようなもので、体幹が弱いまま腕や脚の筋肉を鍛えても良いパフォーマンスができないのと同様に、日常を「異化」する力は、問いのデザインに関連するさまざまなスキルの土台になります。

なぜ異化が重要か

自動運転技術の発展によって事業の存続が危ぶまれたカーアクセサリーメーカーが、「人工知能を活用した未来のカーナビ」を発想する呪縛に囚われてしまっていたケースを思い出してください。この事例では、筆者のヒアリングを通して暗黙の前提が揺さぶられ、向き合っていた問いが「自動運転社会において、どのような移動の時間をデザインしたいか?」という問いに転換することで、プロジェクトにブレイクスルーが生まれました。

問いのデザインの本質とは、問題や社会に対するまなざしの「角度」や「焦点距離」を変えてみることで、現実の見え方を変えたり、発想の枠を取り外したりすることです。

物事を解釈する枠組みを転換することから、これを「リフレーミング」といいますが、枠を変える前には、まず自分がどのような枠に囚われているのか、自動化してしまっている認識をメタ認知する必要があります。

つまりこのケースでは、「自分たちの既存事業を、生き残らせようとしていること」「未来のプロダクトの鍵は、人工知能にあると考えていること」「カーナビとは、運転者が指の操作を通して利用するものだと考えていること」など、クライアントが「当然だ」と思っている状況を「奇異」なものとして捉え直し、相対化したのです。

さまざまな思考や習慣が自動化されているなかで、固定観念から抜け出すためには、まず知覚を「脱・自動化」させることで、固定観念を指摘すること。これが問いのデザインの起点となる「異化」の考え方なのです。

異化のトレーニング方法

しかしながら、自分がいま埋め込まれている暗黙の前提を指摘することは、容易ではありません。意識的に異化をできるようになるためには、まずは「別の可能性」を想定することが重要です。

カーナビが「指で操作するものである」という前提を異化するためには、「もしかすると、脚で操作するカーナビもあってもよいかもしれない」「声で操作する可能性もある」「操作が必要のないカーナビが出てくる可能性もある」といった具合に、「そうでない別の可能性」を想定してみると、「あえて、”指で操作する”ことを前提にしている」ということに気がつくことができます。

異化の対象は、必ずしも自社事業でなくても構いません。自分自身のキャリアや生活サイクル、趣味。あるいは身近な家族や友人のこと。また社会制度やトレンド、自分が住んでいる国の文化や風習でもよいでしょう。

海外旅行をすると「日本のトイレがいかに衛生的で便利か気がついた」「混雑した駅のホームでも整列する日本人のマナーを不思議に思った」など、「普段気がつかなかった自分たちの風習や環境」についてメタ認知させられることがあります。これは、日本に実装されていない「別の可能性」に触れることによって、日本に住んでいる人たちが置かれている環境を「異化」することができたからです。

このように常日頃から自分・他者・社会の”別の可能性”を想像することで、現在のバージョンの暗黙の前提を言語化する癖をつけること。これが、問いのデザインの基礎である「異化」のスキルを磨くためのトレーニング方法です。

日常で出来る問いのデザイン「異化」トレーニング
自分・他者・社会の”別の可能性”を想像することで
現在のバージョンの暗黙の前提を言語化する

異化はもともと芸術表現の領域で発展した方法ですから、思考するときの表現にもこだわるとよいでしょう。たとえば「自分は、あえて、〜しているのだ」「自分は、Aではなく、Bをしているのだ」「自分は、もし〜という前提に立つならば、〜していることになる」「実は〜かもしれない」「もしかすると〜かもしれない」といった構文をうまく使ってみると、日常の異化が捗るかもしれません。

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人と組織の創造性を高めるファシリテーター、マネージャーにとって「問いのデザイン」のスキルは必要不可欠です。特集「問いのデザインの思考法」では、日々の業務において良い問いを立てるための手がかりや、問いのデザイン力を総合的に鍛えるためのトレーニングの方法について解説していきます。

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著者

株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO

東京大学大学院 情報学環 客員研究員

1985年生まれ。東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO/東京大学 特任助教授。

企業経営と研究活動を往復しながら、人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論を探究している。主な著書に『問いのデザイン』、『問いかけの作法』、『パラドックス思考』、『リサーチ・ドリブン・イノベーション』、『ワークショップデザイン論』『チームレジリエンス』などがある。

X(Twitter)noteVoicyhttp://yukianzai.com/

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