頭の中の見えざる問い:連載「問いのデザインの思考法」第2回

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頭の中の見えざる問い:連載「問いのデザインの思考法」第2回

人と組織の創造性を高めるファシリテーター、マネージャーにとって「問いのデザイン」のスキルは必要不可欠です。連載「問いのデザインの思考法」では、日々の業務において良い問いを立てるための手がかりや、問いのデザイン力を総合的に鍛えるためのトレーニングの方法について解説していきます。

今回のテーマは「頭の中の見えざる問い」です。

拙著『問いのデザイン』における「問い」とは、実際的には、課題解決のプロジェクトにおいて、ステークホルダーのあいだで「解くべき課題」として合意した目標や、ファシリテーターがワークショップや話し合いの場面で投げかける「問いかけ」を主に扱ってきました。これらは、言葉として明示的に共有されることから、いわば「目に見える問い」と言えるでしょう。

問いをデザインするというと、この「目に見える問い」を操作する過程を思い浮かべます。しかしながら私たちの日々の思考は、頭や心の中に渦巻く「目に見えない問い」に支配されています。良い問いを立てるスキルに熟達するためには、逆説的ですが、自分自身の頭の中にある見えざる問いに意識を向けることが、重要になるのです。

固定観念を捨て去ることは、よいこと?

見えざる問いとは、思考やコミュニケーションの暗黙の前提となっている「固定観念」に結びついた問いのことです。拙著『問いのデザイン』では、現代社会に通底する「認識の固定化の病い」について指摘し、固定観念を揺さぶる重要性について解説しました。

書籍が出版されて以来、ありがたいことに筆者はさまざまな企業で問いのデザインについてお話しする機会をいただきました。ところが、固定観念の枠の外側に出る重要性についてお話をすると、特に歴史のある大企業の方々からは、「固定観念を揺さぶる重要性は理解できるが、私たちには長年築きあげてきた伝統がある。それらを簡単に捨て去ることはできない」といったリアクションを、何度かいただきました。

しかし「固定観念を揺さぶる」ということは、「過去に学んだすべてのことを棄却すること」ではありません。認識の固定化を疑い、問いを適切なものにデザインし直すことと、これまで築きあげてきた足場を破壊することは、全く別のことです。これらの「違い」にこそ、「見えざる問い」が重要である理由が隠されています。

思考の源泉の4階層モデル

固定観念は諸悪の根源のように語られますが、多くの場合、実は「昨日までうまくいっていた、現場の鉄則」「自分たちの歴史を支える、重要なアイデンティティ」のようなものです。「私たちには伝統がある」と大企業の方々が強調される通り、そう簡単に捨て去ってはいけないものです。

もし長年”カーナビ”の市場を牽引してきた作り手たちが、初めから「カーナビなんて、必要ないのでは?」と疑っていては、真剣に事業に取り組めないでしょう。プロダクトの可能性を心から信じ、メインユーザーである運転者のニーズに寄り添い、インターフェースの細部にこだわってきたからこそ、競争優位性を保つプロダクト作りができていたわけです。

明日のイノベーションの大敵である「固定観念」は、昨日までの「組織と事業の基盤」でもあるのです。これらを安易に揺さぶるということは、自分たちの足場が崩れることにもつながりかねません。したがって、日常のアイデア発想において実践するには、現実的な揺さぶりの塩梅が重要になります。

筆者は、発想に影響を与える固定観念のメカニズムを、氷山に見立てた4階層のモデルで捉えています。

思考の源泉の4階層モデル

固定観念のメカニズム

水面から上に浮かび上がっている「思考」とは、日々頭の中に自然と浮かびあがる考えのことです。新しい企画を生み出すためには、思考の質を変えなくてはいけません。日々の思考は、ちょっとしたきっかけで変わることもあるでしょうが、人によってなかなか変えられない「思考の癖」のようなもものあるでしょう。

最も深層にある「信念」とは、何を正しいと信じるのか、日々の生活において何を大切にしているのか、根底の価値観を指しています。長い年月をかけて形成される人格の基盤であり、意志の力で変更を加えるのは困難でしょう。

そしてこの「思考」と「信念」を中層で接続させている「問い」「パースペクティブ」が、発想の質を変える鍵を握っています。

「パースペクティブ」とは、「ものの見方」のことであり、物事を解釈する視点のようなものです。深層にある「信念」に影響されて暗黙のうちに形成された「メガネ」のようなもので、普段はそれを通して世界を捉えていることを忘れてしまいがちですが、ふとしたきっかけでその存在に気がついたり、外れたりすることがあるものです。

そしてパースペクティブと思考をつなぐ媒介が、頭の中を駆け巡っている「問い」です。問いが、水面から半分顔を出し、半分沈んでいる理由は、頭のなかで顕在化して自覚される問い(=目に見える問い)と、無意識レベルに潜在して自覚されにくい問い(=見えざる問い)があるからです。

アイデア発想の難敵である「固定観念」の正体とは、下層の「信念」と「パースペクティブ」の複合体です。強固な信念があるために、現実を捉えるパースペクティブが規定され、それによって形成された「問い」が、日々の「思考」に影響を与えています。

固定観念の正体

見えざる問いに自覚的になれるか:ピンチにおいて浮かぶ問いの事例

本記事の焦点である「見えざる問い」とは、頭の中に深く根ざした「固定観念」と意識を媒介する、無意識レベルの問いのことです。固定観念を”適度に揺さぶる”有効な戦略は、「パースペクティブ」を柔軟にほぐすために、深層と表層の思考をつないでいる媒介である「問い」に変更を加えることです。

たとえば、仕事において自分がミスをしてしまい、何らかの「ピンチ」に陥った場面を想像してみてください。

このときに、信念レベルで「自分の有能さを周囲に示したい」「失敗して恥をかきたくない」という価値観を保持しているのと、「どんなときも誠実で在りたい」「失敗から謙虚に学習したい」という価値観を保持しているのとでは、現実の解釈の仕方(パースペクティブ)や、実際に頭に浮かびあがる考え(思考)が変わるはずです。

前者の信念であれば、ピンチの状況下において、自分の有能さの証明と、無能さの隠蔽にパースペクティブの焦点が当たります。頭の中に渦巻く問いは、「自分の無能さが露呈しないか?」「どうすれば恥をかかなくて済むか?」「このミスは、誰のせいで起きたのか?」といった問いかもしれません。

後者の信念であれば、パースペクティブは「自分の正直な感情」や「ミスの改善方法」に焦点が当たります。したがって、問いは「どのように振舞うのが誠実だろうか?」「周囲への迷惑を最小にするために、どのように対応すべきか?」「同じミスを繰り返さないために、何を改善すべきか?」といったものになるでしょう。

<有能さを示し、失態を回避する問い>
・自分の無能さが露呈しないか?
・どうすれば恥をかかなくて済むか?
・このミスは、誰のせいで起きたのか?

<誠実に振る舞い、失敗から学習する問い>
・どのように振舞うのが誠実だろうか?
・周囲への迷惑を最小にするために、どのように対応すべきか?
・同じミスを繰り返さないために、何を改善すべきか?

このような問いは、繰り返しになりますが、明示的に思考レイヤーに浮かぶものもあれば、頭の中に自覚されず、無意識レベルで作用し、思考に影響を与えるものもあります。したがって、かなり意識的なコントロールをしない限り、実際の思考は、信念の影響をダイレクトに受けてしまうわけです。これによって引き起こされるのが、「認識の固定化の病い」です。

問いに変更を加えることで、思考を揺さぶる

前者のような「有能さを示し、失態を回避する」信念が、個人の長期的な学習を停滞させてしまうことは、さまざまな心理学の知見から明らかです。しかしながら、必ずしも「有能でありたい」「失敗したくない」という価値観自体は、否定されるべきものではありません。

このようなパフォーマンスを希求する信念があるからこそ、自分自身の現在の実績や評価の支えになっている可能性もあるからです。問題は、このような信念によって、現実の解釈の仕方が歪み、結果として逃避的な思考や行動を招くこと、それが無自覚に繰り返されることにあるはずです。

前述した通り、長年かけて形成した信念は、なかなか変えられせん。しかし、意識的に「見えざる問い」に変更を加えることで、自分のパースペクティブに揺さぶりをかけることには、トライすることができるはずです。

上記のケースであれば、たとえ前者の信念を保持しながらも「中長期的な有能さに磨きをかけるために、いま向き合うべき失態はなにか?」といったような、性質の異なる問いを意識的に自分に投げかけてみると、いかがでしょうか。実際に浮かびあがる思考のベクトルを、変容させることができるはずです。

このように「見えざる問い」にフォーカスを当てることで、築きあげてきた信念を蔑ろにすることなく、自分自身の「固定観念を揺さぶる」ことが可能となります。日々の仕事や生活の中で「見えざる問い」をリデザインする具体的な方法や、事業開発や組織開発プロジェクトの応用の方法は、また別の機会に解説したいと思います。

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著者

株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO

東京大学大学院 情報学環 客員研究員

1985年生まれ。東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO/東京大学 特任助教授。

企業経営と研究活動を往復しながら、人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論を探究している。主な著書に『問いのデザイン』、『問いかけの作法』、『パラドックス思考』、『リサーチ・ドリブン・イノベーション』、『ワークショップデザイン論』『チームレジリエンス』などがある。

X(Twitter)noteVoicyhttp://yukianzai.com/

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