方法論としてのデザイン思考:連載「デザイン思考のルーツから、その本質を探る」第3回

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約12分

方法論としてのデザイン思考:連載「デザイン思考のルーツから、その本質を探る」第3回

本連載の第1回目では、デザイン思考のルーツにある大きな流れを紹介し、第2回目ではデザイナーが積み重ねている思考プロセスの特徴を明らかにすることで、デザイン思考の本質に迫っていきました。

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「デザイン思考」という言葉が社会に広がるきっかけとなったものとして、アメリカのデザインコンサルティングファームIDEOの「ショッピングカートのデザイン事例」や、スタンフォード大学 d.schoolがまとめた「5ステップのアプローチ」が挙げられます。

具体的なプロセスは、これまでも書籍やインターネット等で数多く紹介されているのでここでは割愛しますが、大きく言えば、その特徴は3つに整理できます。1つ目がエスノグラフィカルな姿勢、2つ目が批判をせずに可能性を膨らませるアプローチ、3つ目がプロトタイピングによる検証です。3つの観点を理解しやすくするために、コンビニエンスストアの新商品をデザインするというテーマで、それぞれ見ていきます。

目次
デザイン思考のポイント⑴ エスノグラフィカルな姿勢
デザイン思考のポイント⑵ 批判をせずに新たな見方の可能性を膨らませるアプローチ
デザイン思考のポイント⑶ プロトタイピングによる検証
探究型ダブルダイヤモンドモデルにおけるデザイン思考
本質を置き去りにしたデザイン思考は、何を失うのか

デザイン思考のポイント⑴ エスノグラフィカルな姿勢

まずデザイン思考で最も重視されるのが、徹底的な状況の観察です。エスノグラフィ(Ethnography)とは、文化人類学などの調査でよく行われる方法で、フィールドで起きている現象を観察し描写するアプローチのことを指します。

例えば、コンビニエンスストアに実際に出向き、生活者が何を買っているかはもちろん、どんな導線を辿り、どこで立ち止まっているか、その時どんな表情をしているか、服装や持ち物はどんなものか、あるいは従業員とどのようにコミュニケーションをとっているかなどをつぶさに観察していきます。あるいは、お店以外の状況にも目を向け、どんなところで商品を食べているかなど、生活者の生活そのものに目を向け、生活者が直接は口にはしない、まだ自身でも気がついていない潜在的な欲求(インサイト)の兆しを探ります。

このとき大切なのは、デザイナー自ら対象となる状況の現場に足を運び、状況に「浸る」ことです。別の人に観察を任してしまってはいけません。理由の一つは、デザインの対象となる「誰か」を深く理解する必要があるためです。観察を人任せにしていては、「誰か」の感情面にまで触れることはできないからです。もう一つの理由は、観察から答えに直接つながるヒントが得られるわけではないということです。あくまでプロセスの始まりは、「誰か」を深く理解し、その人が進むべき新たな方向を模索すること。観察を通じて仮説を投げかけながら、あり得る方向性についてのイメージを膨らませていくことが大切だからです。

例えば、コンビニの観察を重ねる中で、500ミリリットルの違う飲み物を必ず2本買っていく人がいることを見つけたとしましょう。1人で買い物にきており、駅に近くオフィス街という性質上、家に持ち帰るわけでもなさそうです。そして1時間に数人はそうした人がいる状況でした。

ここですぐにアイデアを考えようとしてはいけません。大切なのは、その誰かを深く理解することです。拙速にアイデアを考えたとしても、それは誰でも思いつくようなものでしょう。なぜそうした行動を取るのか、様々な仮説を投げかけ、「誰か」を深く理解することが大切なのです。

デザイン思考のポイント⑵ 批判をせずに新たな見方の可能性を膨らませるアプローチ

2つ目は、いわゆるブレインストーミングでも言われている「批判厳禁」のアプローチです。発散のフェーズでよく言われることですが、誰かが出した考えに対して批判をせず、そこに乗っかりながら新たな考えを挙げていき、連鎖的に様々な考えを膨らませていこうとする考え方です。

例えば、2本の違う飲み物を買っていくという発見を踏まえて、「飲み物が買いにくい環境に出かけているのではないか?」とか、「時間に応じて飲むものを変えているのでは?」というような仮説を考えたとしましょう。①でも述べたように、ここからさらに探索的な活動を膨らませ、購入後の活動の観察を広げてみることが重要になってきます。大切なのは仮説の正しらしさを批判的に考えるのではなく、その仮説の「見方」を肯定的に捉え、そこから新たに見えてくるものはないかと探ろうとする姿勢です。

これはアイデアに対しても同様なことが言えます。誰かが何かのアイデアを出した時、そこにはその人なりの「見方」があります。例えば2本セットの商品展開をしたらどうか、というアイデアには、「わざわざ2本選ぶことが面倒に感じているのではないか」という「見方」が潜んでいるかもしれません。安直にアイデアを否定してしまえば、こうした「見方」は、アイデアとともに失われてしまう可能性が高いのです。

方向性を定めるフェーズでも、具体的なアイデアを考えるフェーズでも、大切なのは場に出された考えやアイデアにどんな「見方」が潜んでいたかを拾い上げ、より広い「見方」を探索していくことです。その可能性を広げるために、安易にジャッジしないことが大切になります。

デザイン思考のポイント⑶ プロトタイピングによる検証

収束フェーズで大切になってくるのが、試作を作って検証する行為を重ねる「プロトタイピング」です。様々な仮説を投げかけていくと、段々とこれが良いのではないか?という方向性やアイデアが見えてきます。しかしながら、本当にそれが「誰か」のために良いものかどうかはわかりません。そしてそれが良いかどうかは、「誰か」本人も体験してみないことにはわからないものです。そのために、絵を描いてシーンを示したり、紙で作った試作を操作してもらったり、より本物に近い試作品を試してもらったりすることで、それが本当に良いものかどうかを確かめていきます。

例えば、「わざわざ2本選ぶことが面倒に感じているのでは?」という仮説を検証してみたいとなれば、実際に違ったカテゴリの商品を隣に並べて販売してみることは、すぐに実現できるプロトタイピングかもしれません。あるいは共通のPOPステッカーを貼り付ければ、生活者の行動の変化を観察することができるようになるでしょう。単に「2本セットで販売したらどうか?」と聞いても、潜在的なインサイトに生活者は自覚的にではないので、あまり良い確認にはならないでしょう。

プロトタイピングのレベル感は非常に幅広く、それぞれに様々な技術が求められることは事実です。しかしながらより本物に近いものを作ろうとすればするほどコストが上がってしまい、まだそこまで確度が高まっていないものに対して高度な試作を用意しても、無駄になってしまうことも考えられます。大事なのは非常に簡易なものから検証を積み重ねていくことです。そのため、様々なラフスケッチを書いたり、紙や段ボールで試作を作ったりすることが大切になってきます。ジェームス・ダイソンも、5000台以上の掃除機のプロトタイプを積み重ねて、実際のプロダクトを形にしていったと言われています。

探究型ダブルダイヤモンドモデルにおけるデザイン思考

こうした3つの特徴をベースにしたデザイン思考のアプローチは、既にある様々な物と人、あるいは人と人の関係性を、より良い状態にするという活動において、大きな力を発揮します。デザイン思考の事例で度々紹介されるGEヘルスケア社の医療機器の事例も、子供がCTスキャンやMRIを怖がってしまうという関係性を、より良い状態にするための提案でした。

そうした状況に対し、エスノグラフィカルにのめり込みながら観察を行い、様々な見方を立ち上げながら、プロトタイピングによる検証を重ねていくことが、デザイン思考の本質的なアプローチであると筆者は考えています。決して「共感」から始まる5つのステップを踏んでいけば良いというものはないことは、前提として改める必要があるでしょう。

前回紹介した探究型ダブルダイヤモンドでデザイン思考を整理してみます。前述のように、方法論としてのデザイン思考では、今そこに存在する「誰か」とその誰かが対峙する状況を踏まえ、「誰か」が潜在的に望んでいるより良い状態を目指すことに力を発揮します。そのため、進むべき方向性を決定づけるのは、その「誰か」が潜在的に何を望むかによって左右されます。

「方向性の探索」においては、「誰か」が抱える様々な見方を幅広い視点から探っていき、どんな状況に「誰か」が置かれているか、その人になったつもりで眺めることができる状態を目指します。

「方向性の定義」では、その「誰か」の目線にたったとき、本当はどうなりたいのかという目指すべき方向性を探るために、様々な仮説を「誰か」に対してぶつけていきます。しかしながら、この段階で方向性が定まり切ることはないでしょう。あくまで仮説として、関係者間で一度この方向性を「誰か」は目指したいと考えるのではないか、と合意しておくことが一つのゴールです。(その仮説は、度々検討し直すこととなります)

目指すべき方向性の仮説について合意したら、そこからアイデアを生み出し、プロトタイピングによって検証していくこととなります。この時、改めて仮説として定めた方向性が、「誰か」にとって好ましいものだったかを再確認する必要があります。

つまり検証すべき観点は、「進むべき方向性はこれで正しかったのか」と「実際にこのアイデアでその目指す方向にたどり着くことができるのか」という2つが大切になります。前者については、アイデアが全く何もない状態で具体的な検証をしようとしても、確かめきれないことが多々あります。それは「誰か」もそれが進みたい方向かどうかは、実際に進んでみるイメージが少ないと判断がつかないことが多いからです。この2つの検証ポイントをごっちゃにしてしまうと、検証活動は非常に難しいものとなるでしょう。

本質を置き去りにしたデザイン思考は、何を失うのか

さてここまで具体的なプロセスについて紹介してきましたが、改めてデザイン思考の本質に立ち返ってみましょう。

まず「誰かのために」という観点については、すでになんどもこの記事の中でも触れてきたと思います。「誰かのために」が抜け落ちた、単なるブレインストーミングは、結果として余計な情報を増やすことに繋がります。批判をしないという原則も、「誰か」にとっても見方を獲得するためにやっている行為であり、「いいねそれ!」と内々で盛り上がっているだけでは、決して何も見出すことはできないでしょう。

その上で、デザインのプロセスには、仮説を投げかけていく、アブダクティブな行為が欠かせません。「誰か」を探るあまり、その人が直接口にすることばかりに耳を傾けていてはいけません。こういう見方も持っているんじゃないだろうか?と仮説を投げかけることで、あるいはその仮説を具体的な形に落とし込んでみることで、あなた以外の人が見つけることができなかった「誰か」が進みたいと思える方向性を見出すことができるのです。

こうした本質と向き合わず、単に方法論のプロセスをたどっているだけでは、誰かと同じアイデアを生み出すことはできても、新しい何かを生み出すことはなかなかできないはずです。もっと言えば、誰かと同じアイデアを沢山あげて、検証を重ねていても、思うような結果が得られず、かえって新しいものを生み出そうという衝動や自信を失うことにつながってしまうでしょう。

逆の見方をすれば、そうした本質を踏まえておきながら、探究型ダブルダイヤモンドモデルのどの部分にアプローチしているかを常に関係者間で揃えておけば、例えうまくいかなかったとしても、どこに問題があったのかをしっかりと見極めながら、「誰か」のためにまた新たな仮説を投げかけ続けることができるでしょう。大切なのは順序通り進むことではありません。本質的で大切なことと、今自分たちがどこにいるのかを見失わないことなんです。

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連載

デザイン思考のルーツから、その本質を探る

デザイン思考という言葉はかなり浸透したと言っても過言ではないでしょう。2018年に経済産業省と特許庁によって発表された“「デザイン経営」宣言”は、経営においてデザインの考え方がなぜ大切になるのかを示した、日本のデザイン政策における大きな転換点であったと言えます。しかしながら、デザイン経営やデザイン思考に対する理解は、さほど深まっているようには思えません。 それもそのはず、そう簡単に理解するのは難しいのです。デザイン思考という考え方は1965年のブルース・アーチャーに始まり、多くの研究者や実践者による検討が行われてきた歴史のあるもの。もっと遡れば、バウハウスの思想や行き過ぎた工業化への反省など、幅広い背景の中で生まれてきた考え方です。単にトレンドとしてまとめられるようなものではありません。 全3回の短期連載「デザイン思考のルーツから、その本質を探る」は、こうした背景を事細かに記述することは主意ではないのですが、全体感を掴んでいただくために、1960年代以降にどのような変遷を辿ってきたのかを簡単に見ていきたいと思います。

デザイン思考という言葉はかなり浸透したと言っても過言ではないでしょう。2018年に経済産業省と特許庁によって発表された“「デザイン経営」宣言”は、経営においてデザインの考え方がなぜ大切になるのかを示した、日本のデザイン政策における大きな転換点であったと言えます。しかしながら、デザイン経営やデザイン思考に対する理解は、さほど深まっているようには思えません。 それもそのはず、そう簡単に理解するのは難しいのです。デザイン思考という考え方は1965年のブルース・アーチャーに始まり、多くの研究者や実践者による検討が行われてきた歴史のあるもの。もっと遡れば、バウハウスの思想や行き過ぎた工業化への反省など、幅広い背景の中で生まれてきた考え方です。単にトレンドとしてまとめられるようなものではありません。 全3回の短期連載「デザイン思考のルーツから、その本質を探る」は、こうした背景を事細かに記述することは主意ではないのですが、全体感を掴んでいただくために、1960年代以降にどのような変遷を辿ってきたのかを簡単に見ていきたいと思います。

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著者

株式会社MIMIGURI デザインストラテジスト/リサーチャー

千葉工業大学工学部デザイン科学科卒。千葉工業大学大学院工学研究科工学専攻博士課程修了。博士(工学)。デザインにまつわる知を起点に、新たな価値を創り出すための方法論や、そのための教育や組織のあり方について研究を行っている。特定の領域の専門知よりも、横断的な複合知を扱う必要があるようなプロジェクトを得意とし、事業開発から組織開発まで、幅広い案件のコンサルテーション、ファシリテーションを担当する。主な著書に『リサーチ・ドリブン・イノベーション-「問い」を起点にアイデアを探究する』(共著・翔泳社)がある。

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