連載「デザイン思考のルーツから、その本質を探る」第1回目の記事では、デザイン思考の誕生の起点となったアーチャーやサイモンらの取り組みに触れつつ、デザインの力を活かして「厄介な問題」を紐解くために、ダブルダイヤモンドモデルが生まれてきたという、デザイン思考のルーツにある大きな流れを紹介しました。
“厄介な問題解決”としてのデザイン科学:連載「デザイン思考のルーツから、その本質を探る」第1回
今回の記事では、ダブルダイヤモンドのプロセスにおいて、デザイナーが積み重ねている思考プロセスの特徴を明らかにすることで、デザイン思考の本質に迫っていきましょう。
その特徴とは、「デザイナーの飛躍を伴う思考プロセス」と「人間中心的なアプローチ」という2つの特徴があります。
特徴(1)デザイナーの飛躍を伴う思考プロセス
デザイナーはアイデアを「突然思いつく」と感じている方も多いかもしれません。「アイデアが降ってくる」という表現で語られたり、「発想のセンスがある」と称されたりすることも少なくありません。デザイナーはなぜそうしたアイデアを突然獲得できるのでしょうか?
エンジニアリングデザインやCAD(Computer-Aided Design)に関する研究で有名なナイジェル・クロスは、デザイナーが突然、発想や洞察(本質を見抜くこと)に達する過程を「創造的飛躍(Creative Leap)」と定義し、そのプロセスを紐解こうとしてきました。
例えばデザイナーは多くのスケッチを書いたり、付箋を用いて壁に情報を張り出したり、あるいは参考になるイメージを収集して壁に貼り付けたりします。場合によっては、アイデアを導くことからは一見かけ離れたようなスケッチやイメージを扱っていることも少なくありません。こうした活動は、アイデアを導くために逆算して行なっているわけではなく、今考えようとしている事柄を様々な角度から捉えようとしている行為であり、そうして生まれた様々な見方をメタに面で捉えることで、着想に至っていると考えられています。
上記の考え方を、推論のプロセスとして整理してみるとどうなるでしょうか? 推論は、演繹法(deduction)、帰納法(induction)、アブダクション(abduction)の3つに分かれるとされています。
演繹法は、すでに明らかになっているいくつかの法則や普遍的な事象を前提として結論を導き出そうとするアプローチです。例えば、冬でもアイスクリームを買いたくなる人は多いというマーケターにはよく知られている傾向と、今年は例年よりイチゴの商品が売れているという観察された事実をもとに、よりリッチな風味を持ったイチゴ味のソフトクリーム開発に取り組む、といったアプローチになります。
次に帰納法は、いくつかの事実を組み合わせて結論を導き出す方法です。例えば「今年は健康志向の商品が売り上げを伸ばしている」「写真映えする商品がトレンドになっている」「アウトドアレジャーが成長の兆しを示している」という複数の事実を組み合わせ、「外で映えるヘルシーなランチ」の開発に取り組むプロセスが考えられます。
演繹法と帰納法は、一般的に「論理的な思考」が重視される推論のプロセスです。これに対して可能性を導く推論のプロセスとされているのがアブダクションです。アブダクションは仮説推論とも呼ばれており、ある事実を様々な仮説を当てはめながら考えていくプロセスであるとされています。
例えば、外食ではなく、弁当を購入して家で食べる「中食」が増えているという事象に対して、「慌ただしく生活する人が増えているのでは?」」「人々はいずれ飽きてしまうのではないだろうか?」「習慣化しやすい商品ラインナップが展開されているのでは?」など様々な切り口の仮説を当てはめ、「中食を誘発している要因を導き、外食したくなる心を動かすにはどうすればよいか」という、企画展開の方向性が策定されるというようなイメージです。
こうして見てみると、クロスの提唱する「創造的飛躍」は、アブダクションのプロセスをとっていると考えられます。観察された事実に対して様々な仮説を投げかけることは、様々な角度でその事実を捉えようとすることです。クロスはデザイナーがスケッチを描くことで「創造的飛躍」を導いていると論じていますが、こうしたスケッチは仮説を投げかける行為であるとみることができるでしょう。
特徴(1)デザイナーの飛躍を伴う思考プロセスはアブダクティブなプロセスで創造的飛躍をもたらす
解決した光景さえ描くのが難しい「厄介な問題」には、何を正しいとするかの前提そのものが複雑に絡み合ってしまっており、「論理的な思考」に基づく帰納法や演繹法では解くことができません。一方アブダクションでは、様々な角度から解釈を行なっていくことで、複雑な状況の中に新しい可能性を導いていきます。
デザイナーはスケッチを描いたり、イメージを集めたり、付箋をとにかく張り出してみたりすることで、「見方」を立ち上げていきます。つまり「見方の創造」こそ重要な切り口であり、多様な「見方」を立ち上げることで、新しい問題を発見したり、解決の糸口を見出したりすることにつながると考えることができます。発散と収束で構成されるプロセスの発散とは、「見方」を豊かに膨らませている行為であると言えるでしょう(発散とは単にアイデアを100個出せば、いいアイデアが1つくらい潜んでいるだろう、というものではないのです)。
特徴(2)人間中心的なアプローチ
「デザイナーはいつから存在したのか」という問いに答えることは簡単ではありません。それはものづくりの歴史を紐解くことにも近いと言えるからです。例えば土器を一つとってみても、縄文時代の土器には呪術の影響を受けた模様や形が見られる一方で、弥生時代にはより実用的なものが多く見られるように、社会の背景や目的に合わせて道具が作られています。誰かの生活が豊かになることを目的に、人々はデザイン(設計)を繰り返してきたのです。
19世紀に入ってからデザイナーという名が謳われるようになりましたが、つくるものは変われど、「誰かのためにつくる」という本質は変わっていません。
19世紀後半の産業革命に伴い、様々なモノが大量に生産されるようになるにつれて、ものづくりはそれまでの手作業的なものから機械化による生産へとその軸を移しました。しかしながら、商業中心の考え方は粗悪な商品を大量に生み出すこととなりました。そんな背景から、手仕事の美しさや職人技を基盤としたものづくりを取り戻そうという活動や表現が数多く立ち上がります。ウィリアム・モリスが中心となった「アーツ・アンド・クラフツ運動」やそこから広がりを見せた「アール・ヌーヴォー」などはその代表例です。この時代のものづくりは、曲線美溢れる「美」を中心としたものであり、大量生産に用いられる機械製造に抗う意思が伝わってきます。
一方でそうした機械製造の技術も進化を続け、20世紀になると工業製品も日常的に溢れる社会になっていきました。こうした中で誕生したのが、ヴァルター・グロピウスが設立した教育機関「バウハウス」です。バウハウスが軸を置くこととなったのは、「芸術と近代機械産業との結合」であり、生活の受け皿としての「建築」を中心に、グラフィックデザインからプロダクトデザイン、テキスタイルデザインなど幅広いデザイン領域をカバーし、わずか14年間の活動であったにもかかわらず、今日のデザインに最も大きな影響を与えることになりました。
モダンな近代工業デザインの源流にも位置付けられるバウハウスですが、オスカー・シュレンマーが展開した人間を分析・考察する「人間」という授業は、人体の動きや構造、あるいは思考や感情を捉えようとした画期的な授業であったことからも分かるように、人の生活と工業生産のより理想的な姿を探索しようとした活動であったと見ることができます。その後パリ万博を起点とした「アール・デコ」や、ロシア革命を起点とした「ロシア・アバンギャルド」、そしてアメリカでのインダストリアルデザインの勃興などを経て、デザインと工業、そして人間の生活との関係性はより近いものとなっていきました。
技術の発展に伴い「誰かのために」が忘れ去られた生産活動とデザインは常に戦ってきました。大量生産との戦いの後にやってきたのが、より複雑なシステムとの戦いです。1980年代後半に登場してきた家庭向けのコンピューターは、簡単に操作ができる代物ではありませんでした。認知科学者のドナルド・ ノーマンの著書『誰のためのデザイン?』が評するように、「誰かのために」が忘れ去られた生産であったと言えるでしょう。
今日ではモノの使い手であるユーザーの体験に焦点を当てたUX(User Experience)という考え方が広がりを見せ、モノづくりからコトづくりへとデザインのフィールドはより広がりを見せています。筆者らが行う「ワークショップデザイン」もその一端です。しかしながら、作るものがいくら変化したとしても、デザインとは「誰かのために何かをつくる」活動であるということは決して変わらないのです。
特徴(2)人間中心的なアプローチデザイナーは必ず誰かのためにデザインをしている
今日、デザインの対象はさらに広がり、コミュニティや文化のあり方、国の施策や地球環境に至るまでアプローチしています。それはつまり、デザイナーが対象とする人々の広がりを意味しています。沢山の人がいるということは、沢山の価値観があるということ。つまり何が誰にとって正しいのかは、非常に定義しにくくなっています。
ダブルダイヤモンドモデルの構築に携わったアナ・ホワイトは、問題発見の発散収束を「Designing the Right Thing(“正しいもの”をデザインする)」、問題解決の発散収束を「Designing Thing Right(ものを正しくデザインする)」と表現しています。何が正しいかが規定されていないからこそ「厄介な問題」なのであり、デザイナーは自ら「対象となる誰かにとっての、進むべき方向性(つまり誰かにとって正しさ)」をデザインする必要があると言えるでしょう。
筆者は、デザイナーの2つの思考の特徴を踏まえて、ダブルダイヤモンドモデルを以下のように言い換えることができるのではないかと考えています。
最初のダイヤモンドでは、進むべき方向性を定めます(Framing the Direction)。ここでは、方向性の探索を行い(Search the Direction)、そしてそこから方向性を定義していきます。(Determine the Direction)。向かうべき方向性が決まれば、実際に歩んでいくための道を創造していきます(Creating the Way)。様々な道のアイデアを生成し(Generate the Way)、実際に進んでいけるのかを確かめていきます(Verify the Way)。
デザインの対象となる「誰か」が変われば、あるいは社会状況や周囲を取り巻く関係性が変化すれば、必ず進むべき方向性の再定義から始めなければなりません。またそれは常に新しい見方を持って、仮説を投げかけながら考えていく、アブダクティブなプロセスでもあります。そこには絶対の正解は存在せず、常によりよい解を探究し続けることにこそ、デザイナーの思考としての特徴があると考えています。
さて、ここまでデザイン思考そのもののルーツを探りながら、デザイナーの思考の特徴はどのように捉えることができるのかについて見てきました。ほとんどの具体的なデザインプロセスは、上記で述べた整理をベースに考えることができます。次回は、そうした様々な方法論としてのアプローチについて触れていきましょう。