近年、イノベーションを生み出すための方法論として「意味のイノベーション(Innovation of Meaning)」が注目を集めています。CULTIBASEの編集部でも独自に「意味のイノベーション」に関する研究と実践を重ね、ナレッジをアップデートしています。本記事では、「意味のイノベーション」の概要と最新の研究動向について整理しておきます。
デザイン・ドリブン・イノベーションとは何か
意味のイノベーションの特徴
意味のイノベーションの最新の研究動向
デザイン・ドリブン・イノベーションとは何か
「意味のイノベーション」は、イタリア、ミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ教授によって提唱された概念です。同教授が2009年に提唱した「デザイン・ドリブン・イノベーション」という考え方に端を発しています。
ベルガンティは著書『デザイン・ドリブン・イノベーション』において、クラウス・クリッペンドルフの名著『意味論的転回』のデザインの定義「物の意味を与えること」を下敷きにしながら、製品の機能ではなく、人間の感情や象徴としての「意味」を革新することの重要性を説き、その製品の意味の革新プロセスを「デザイン・ドリブン・イノベーション」と定義しました。
そのプロセスは、デザイナーが意味を生成して生活者に届けるのではなく、自社、他企業、技術供給者、研究機関、アーティスト、社会学者など、多様な解釈者のネットワークにおける相互作用(デザイン・ディスコース)の中で生まれるものとして捉えられています。
デザイン・ドリブン・イノベーションは、必ずしも技術的な革新が伴わなくても、生起する可能性があります。ベルガンティは2017年に出版した著書『Overcrowded(突破するデザイン)』のなかで、意味が革新されるプロセスを改めて「意味のイノベーション」として再定義し、その方法論について考察しています。
意味のイノベーションの特徴
ベルガンティは、従来の問題解決型のイノベーションが「外から内へ」に向かって方向性を取る(outside-in)のに対して、意味のイノベーションは「内から外へ」のプロセス(inside-out)を経て実現されることを主張しました。
前者の問題解決型では、まず外に出て、ユーザーの既存製品の使用場面を観察して問題を定義し、「どのように(How)」課題を解決するかのアイデアを提案します。他方で意味のイノベーションは「なぜ(Why)」を追求し、作り手の内にある「人々が愛するであろうもの」の仮説を、外へ向けてかたちにしていくプロセスを重視します。
通常、問題解決型のイノベーションで重宝されているブレインストーミングでは「批判厳禁」がルールとされていますが、自分自身の内側から湧きあがる仮説が他の人々にとって意味のあるものなのかを確認する「批判精神」を大切にし、「スパーリング」と呼ばれる批判的セッションを通して、仮説をビジョンへと昇華させていくのです。
意味のイノベーションの最新の研究動向
本記事では、ベルガンティの『突破するデザイン』の監訳者でもある八重樫文さん(立命館大学経営学部)らの共著論文「意味のイノベーション/デザイン・ドリブン・イノベーションの研究動向に関する考察」を紹介するかたちで、意味のイノベーションに関する6つの最新の研究論文の概要についてご紹介します。
以前にロベルト・ベルガンティ氏が来日された際には、八重樫さんのコーディネートで筆者(安斎)もパネルディスカッションに登壇させていただく機会をいただきました。
1)Kambaren et al.(2014)“Design Driven Innovation Practices in Design-preneur led Creative industry.”
インドネシアのクリエイティブ産業の半構造化インタビューから、デザイン・ドリブン・イノベーションプロセスの概念的フレームワーク(以下)を導出した研究
(1)検出 (2)意味付け (3)特定 (4)設定 (5)ストーリーテリング
※ストーリーテリングでは、顧客に製品の意味を伝えるためのストーリーを作成する
上記調査では、積極的なデザイン・ディスコースへの没頭や鍵となる解釈者をプロセスに参加させなくても、新しい革新的な意味を市場に提供することができていることが明らかに
ベルガンティ(2009)が著書において提示したプロセス以外にも、効果的に意味を革新するプロセスが存在することを示唆
2)Goto(2017)“Technology epiphany and an integrated product and service.”
革新的な製品の意味をユーザーに伝える方法として、製品とサービスを統合することを提案
意味のイノベーション研究は、多くが製品開発プロセスに焦点化しているが、ユーザーは自分のコンテクストの中で自由に製品に対して意味づけをするので、開発チームの意図した意味が適切に伝わるとは限らない
結論:革新的な技術を用いる場合は特に、ユーザーのコンテクストに介入する手段として、製品とサービスを統合することが効果的
3)Bellini et al.(2017)“Design-Driven Innovation in Retailing: An Empirical Examination of New Services in Car Dealership.”
ヨーロッパ圏の自動車小売業界のイノベーションの104事例を対象に探索的実証分析
相当数の企業がデザイン・ドリブン・イノベーションを戦略として組み込んでいた
新たな意味の創造の仕方について、[顧客の関心に直接関連する主要経験か/隣接する補完的な経験か][既存の購買行動に新しい行動を加えるのか/既存の購買行動を再構成するのか]の2軸で分類し、104事例がそれぞれの象限にマッピングされることを確認
デザイン・ドリブン・イノベーションがプロダクトだけでなくサービスのイノベーションにも適応可能であることを確認
4)Trabucchi et al.(2017)“Interplay between technology and meaning: How music majors reacted?”
近年のデジタルテクノロジーの普及が加速するビジネス環境において、既存企業は外部のイノベーションの脅威にどのように対応していくか
先行研究では、既存企業がイノベーションの脅威に対象するために「境界のマネジメント」「組織の構成」「補完的ケイパビリティ」が重要とされているが、これはテクノロジー・プッシュを対象としたもので、意味のイノベーションによって実現する感情的な次元にも同様に効果的かは不明
複数事例のケーススタディ調査の結果、「境界のマネジメント」「組織の構成」は意味のイノベーションにおいても依然として重要だが、「補完的ケイパビリティ」は状況によっては効果的でない。
→抜本的な変化した新たな競争環境に適応していくために、ダイナミック・ケイパビリティに関する資源の重要性が増す
5)Dell’Era et al.(2018)“Designing radical innovations of meanings for society: Envisioning new scenarios for smart mobility.”
スマートモビリティにおける新しい意味の開発プロセスの中で、個人ではなく、企業がどのようにして新しい意味を社会に提案するのか、そのアプローチを探索
→異分野専門家チームの間での豊富な対話などが重要であったことを示唆
6)Jepsen et al.(2013)“The contributions of interpreters to the development of radical innovations of meanings: the role of‘Pioneering Projects’in the sustainable buildings industry.”
持続可能な建築における意味の根本的なイノベーションの発展を促すために重要となる解釈者の価値について明らかにすることが目的
解釈者(エンジニア・建築家・建設会社)の探索的態度は、技術的探索も社会的探索のどちらもコラボレーションの価値に良い影響をもたらす
社内の解釈者の知識の多様性はコラボレーションの価値に相関しないが、社外の解釈者の知識の多様性はコラボレーションの価値に相関する、などの知見が明らかになった
今後の研究の発展に向けて
以上、本論文で紹介されていた6つの論文をご紹介しました。企業が組織的にいかに意味を生成していくかという観点のものから、人々の意味の解釈のプロセスに焦点を当てたものまで、意味のイノベーションの研究領域が徐々に広がってきていることがわかります。
他方で、研究領域としてはまだまだ発展途上で、課題が山積されていることが伺えます。本論文の結論としては、以下の2つの課題が今後の研究課題として提示されていました。
- 意味のイノベーションを導くプロセスにおける、人々が意味を解釈し社会文化モデルを再構成・再生産していくフェーズの分析
- デザインシンキングにおけるデザイナーが社会構造から意味解釈を行い、その構造を再生産する思考方法または態度の分析
CULTIBASE編集部では、今後も意味のイノベーションで博士論文を執筆したリサーチャーの小田裕和を中心に、意味のイノベーションの研究と実践を継続していきます。研究会のレポートなどは、特集「意味のイノベーションの研究と実践」をご覧ください。