「効果的なチームにとって、圧倒的に重要なのが心理的安全性」
グーグル社の発表したリサーチ結果によって、「心理的安全性」という言葉が注目を集めるようになりました。グーグルだけではなく、20年以上の歴史のある「チームの心理的安全性」に関する研究では「業績向上に寄与」「意思決定の品質向上」「チームの学習が促進される」など、ビジネスにおいて有効であるという結果が次々と報告されています。
今回は2020年9月に『心理的安全性のつくりかた』を上梓した 株式会社ZENTech取締役、石井遼介さんに「心理的安全性の誤解と本質」と題し、CULTIBASE Lab会員に向けて講演をしてもらいました。その内容をレポートします。
石井さんは「チームの心理的安全性」や「リーダーシップとしての心理的柔軟性」を専門に慶應義塾大学 システムデザイン・マネジメント研究科で研究をされています。研究者であると同時に、株式会社ZENTechで取締役として、心理的安全性を計測する「組織診断サーベイ SAFETY ZONE®」の尺度開発や、上場企業の取締役・管理職を主な対象とした企業研修や幹部人材育成トレーニング、そして組織開発コンサルティングを提供されています。
本講演では、以下の3つの切り口から「心理的安全性」について解説していただきました。
1.心理的安全性とは何か
2.心理的安全性が、なぜ「いま」必要なのか
3.心理的安全性の誤解と本質
1.心理的安全性とは何か
心理的安全性を理解するためには、まず心理的安全性がない状態、つまり心理的「非」安全性を考えるとわかりやすいです。心理的「非」安全な職場やチームとは、罰や不安が蔓延している状態なんですね。
罰や不安といっても、一つひとつは皆さんの職場でも「あるある」のものだと思います。
例えば、課題を発見して上司に報告したとしても、感謝もされず「じゃあ、やっといて」と丸投げされるような職場であれば「いちいち言わなくてもいいかな」という気持ちになりますよね。新しいアイデアを共有した際に「それ上手くいくの?」と聞かれると、アイデアを思いついても共有しなくなってしまう。たとえ勇気を出して挑戦したとしても、失敗した際に犯人探しをされるようなチームであれば、誰も挑戦なんてしなくなります。このような、一つひとつは小さな反応だとしても、その積み重ねが心理的「非」安全なチーム、「非」安全な雰囲気をつくっていくことになります。
心理的安全なチームはその逆です。罰や不安を避けるためではなく、生産的でよい仕事をするために、健全に意見を戦わせられるチームのことを言います。
心理的安全なチームの、もっと具体的な特徴をお伝えしましょう。わたしたちは6,000人、500チームを調査し「心理的安全性の4つの因子(要素)」を抽出しました。それが「1話しやすさ」「2助け合い」「3挑戦」「4新奇歓迎」の4つなんですね。
この4つの要素があれば、そのチームは心理的安全性が担保されていると言えるわけです。
つまり「安全」というのはサボっていても「安全」ということではなく、意見を言っても、助けを求めても、挑戦しても、そして個性を発揮しても安全だとチームメンバーの一人ひとりが感じられることが、心理的安全なチームの条件なのです。
2.心理的安全性が、なぜ「いま」必要なのか
新型コロナウイルスによるパンデミック以前から、わたしたちはVUCAと呼ばれる正解のない時代に居ます。大震災やリーマンショックといった大きな災害・事件に加え、さまざまな技術革新とサービス開発によっても、人々の生活様式や市場が短期間に大きく変化し続ける時代を、既にわたしたちは生きています。
そのような時代において、よいチームの定義が変わりました。
正解のあるこれまでの時代における「優秀なチーム」とは、速く、安く、ミスがないチームのことで、そのためには「上の知っている正解」をきちんとこなせる人材が求められました。
一方で、正解のない時代、あるいは正解が移り変わる時代のチームには学習志向が求められます。何がつくれるか、何が売れるかわからない状況のなかで、去年までの成功法則がもう時代遅れになってしまう日々のなかで、模索や挑戦を重ね、その実践や失敗から学べることが重要です。
このような時代においては「学習」の順番が変わることが、実は重要な変化です。
正解がある時代ならば、まずはその「正解」を学習し、学習した後に実行・実践するべきです。しかし、その「正解」がないのであれば、まず実行・実験し、そのフィードバックから学ぶという順番でしか学べません。
このような時代の移り変わりとともに、マネジメントのスタイルも変わってきています。目標設定においても、正解のある時代は「昨対で数%向上」という指標でしたが、正解がないのであれば現在の延長線上にない意義あるゴール設定が求められますよね。
予算の配分でも「選択と集中」とは、「正解がわかっている」ときに、その正解に選択でき、集中できるということですよね。「正解」がわからない中では、どれに集中するべきかわかりません。なので、幅広く探索と実験にも予算を割くべきです。
努力の源泉も、これまでのチーム(その多くは心理的「非」安全なチームなのですが)では「不安と罰」でしたが、これからのチームでは、適材適所と働く意味、そしてサポートを与えることを通じて、管理者が想像もつかない探索・実験をメンバーが自走することが大事です。
最後にチームのスタンスも、稼ぐための正解があるなかで「いま儲けろ」ではなく、わからない中で「未来をつくろう!」という姿勢に変わることが要請されます。
少し、まとめましょう。いま、わたしたちの直面する、この激変の時代。つまり「正解のない時代」において、チームが実践・実験から学ぶ必要があること。そして、その学びを妨げないマネジメントをする必要がある、ということをお話してきました。
実は、この「実践・実験からの学習」を促進するものが、本日のテーマでもある「心理的安全性」なんです。
図に示したように、心理的安全性は、さまざまなメリットをチームにもたらしますが、最も重要な点は、心理的安全性がチームの学習を推進し、その学習がパフォーマンスの向上につながるということです。なぜチームが学べるかというと、心理的安全性が担保されていると情報の共有や衝突の頻度が増えるからです。
3.心理的安全性の誤解と本質
心理的安全性に関する誤解の最たるものは「心理的安全なチームは、ヌルいチームなんじゃないの?」という誤解です。
これについては「仕事の基準」という観点から話せればと思うのですが、まずはこの表を眺めていきましょう。
この図は、上下に心理的安全性の高低を。左右に仕事の基準の高低をとった表です。
「ヌルい職場」とは、図の左上。つまり、心理的安全性は高いものの、仕事の基準が低い職場のことなんですね。コンフォートゾーンにいて、仕事に対する充実感がない職場です。
この職場がヌルい職場になってしまうのは、心理的安全性が高い「せい」ではありません。左下のように、ヌルい職場から、心理的安全性を取り去ったとしても、それぞれのメンバーが保身に走る「サムい職場」になるだけで、パフォーマンスが上がるわけではないからです。
基準が高い、表の右側。その中で、右下を見てみましょう。仕事の基準が高くても、心理的安全性が低いと「キツい職場」になります。ここでは「不安と罰」によるコントロールが起きる、心理的「非」安全な職場です。
実は、この「キツい職場」では、不正が起きやすくなったり、人々は「努力しているフリ」をすることに力を注いだりする傾向にあるとわかっています。
わたしたちが目指しているのは、心理的安全性も高く、仕事の基準も高い図の右上の「学習する職場」なんです。健全な衝突と高いパフォーマンスを両立できる職場ですね。
この、右上に分類した「心理的安全かつ仕事の基準が高い」チームは、「心理的安全」という言葉のイメージとは異なり、実は健全な衝突(コンフリクト)が促されることが分かっています。
組織論においては、コンフリクトは「1.人間関係」「2.タスク(意見)」「3.プロセス」の3つに分けられ、それらは業績悪化につながるという研究があります。しかし、心理的安全性があるチームでは2.タスク(意見)のコンフリクトに関してはプラスの影響があります。つまり心理的安全な環境下での意見の衝突は、実は業績の向上につながるということがわかっているんです。
まとめ
ここまでの3つのお話をまとめると、心理的「非」安全なチームとは罰や不安、ルールで縛るようなチームのことです。メンバーは、叱られないための努力はするものの、もしかすると未来につながる「余計なこと」はせず、アイデア、意見、才能を出し切ることにブレーキがかけられてしまいます。
一方、心理的安全なチームは「1話しやすさ」「2助け合い」「3挑戦」「4新奇歓迎」の4つの因子のあるチームです。このような変化の時代にあって、この4つの因子をもつ心理的安全なチームは「健全に意見を衝突させ」「実践から学習する」能力が高いことがわかっています。
最後に、時折「メンバーに厳しくしなくて、努力させられるのでしょうか?」と、管理職の方々からご質問をいただきます。
心理的「非」安全なチームで日常的にマネジメントに用いられる罰や不安。それに変わるものが、心理的安全なチームでは、ビジョンや働く意義、適材適所です。
そこで働く人々は仕事そのものからの充実感や、大義、意味のために努力できます。「怒られないために」という制約を外し、向かっていく感覚で仕事ができるのが心理的安全なチームなんですね。
プロフィール:
石井遼介(イシイリョウスケ)
株式会社ZENTech 取締役。一般社団法人 日本認知科学研究所 理事。慶應義塾大学 システムデザイン・マネジメント研究科 研究員。東京大学工学部卒。シンガポール国立大 経営学修士(MBA)。「心理的安全性・心理的柔軟性」の専門家。著書に『心理的安全性のつくりかた』ほか。組織・チーム・個人のパフォーマンスを研究し、アカデミアの知見とビジネス現場の橋渡しを行う。心理的安全性の計測尺度・組織診断サーベイを開発。ビジネス領域・スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。2017年より日本オリンピック委員会より委嘱され、オリンピック医・科学スタッフも務める。
執筆・編集:岡田弘太郎