チームメンバーの「やる気」を引き出すファシリテーション:ARCSモデルとワークショップデザイン

/

約6分

チームメンバーの「やる気」を引き出すファシリテーション:ARCSモデルとワークショップデザイン

プロジェクトのミーティング、課題解決のためのワークショップ、人材育成研修などの場にファシリテーターとして臨むにあたって、参加メンバーの「やる気」を高めること(=動機付け)は重要な課題です。

特に会議や研修をワークショップ型の活動で実施する場合、ワークショップの形式にすればすなわち参加者の意欲が引き出せると思われがちですが、ワークショップはねらいが曖昧であったり、活動の目標と学習の目標がひねって結びついていたりするため、ファシリテーションを意識的に工夫をしなければ、うまく“乗れない”参加者が出てきてしまいます。

授業や研修設計の理論であるインストラクショナルデザイン(以下、IDと表記)では、学習者の学習意欲を引き出す教授方略として「ARCSモデル」がよく参照されています。

学習意欲を引き出すARCSモデル

ARCSモデルとは、ジョン・ケラー氏が提唱したモデルで、学習意欲を引き出す要因となる4要素として「注意(Attention)」「関連性(Relevance)」「自信(Confidence)」「満足感(Satisfaction)」の頭文字をとったものです。

注意(Attention)
おもしろそうだ、何かありそうだという学習者の興味・関心の動きがあれば、注意が獲得できる。新奇性(もの珍しさ)によって知覚的な注意を促したり、不思議さや驚きによって探究心を刺激する。また、注意の持続には、マンネリを避け、授業の要素を変化させる。

関連性(Relevance)
学習課題が何であるかを知り、やりがい(意義)があると思えれば、学習活動の関連性が高まる。反対に、「何のためにこんな勉強をするのか」との戸惑いは、関連性の欠如に由来する。学習の将来的価値のみならず、プロセスを楽しむという意義や課題の親しみやすさも関連性の一側面だとされている。

自信(Confidence)
達成の可能性が低い、やっても無駄だと思えば、自信を失う。逆に、学び始めに成功の体験を重ねたり、それが自分が工夫したためだと思えれば「やればできる」という自信がつく。自信への第1歩は、ゴールを明確にし、それをクリアーすること。教師の指示にただ従うだけではなく、試行錯誤を重ね、自分なりの工夫をこらして成功した場合(学習の自己管理)、自信はさらに高まる。

満足感(Satisfaction)
学習を振り返り、努力が実を結び「やってよかった」と思えれば、次の学習意欲へつながる満足感が達成される。マスターした技能が実際に役に立ったという経験や、教師や仲間からの認知と賞賛、努力を無駄にさせない首尾一貫した学習環境などが重要だとしている。

(『教育工学事典』より)

このモデルは、ID型の授業や研修を設計する際には、そのまま参考になるモデルです。ところがワークショップデザイン型の活動の場(以下、WS型と表記)を構成する場合には、少し改変が必要であるように思います。

※ID型(インストラクショナルデザイン)とWS型(ワークショップデザイン)の違いについてピンとこない方は、以下の記事をご参照ください。

従来型の人材育成を超えるには:研修設計の2つのアプローチ

従来型の人材育成を超えるには:研修設計の2つのアプローチ

“A”と“R”は、条件付きでワークショップにも援用可能

「注意(Attention)」「関連性(Relevance)」は、ID型と同様に、WS型にも援用可能でしょう。ただし、WS型の場合は、ID型の授業や研修に比べて、学習者の参加動機が多様であることが多いため、動機付けのフックが参加者によって異なることに配慮しなければいけません。

人によっては活動そのものの面白さで動機付けられる場合もあれば、学習内容の実用性(日常にいかに役立つか)に動機付けられる人もいるでしょう。

学習動機が高くても、実益よりも、知的好奇心をもとに答えのない問いについて、概念的に探究することに喜びを感じる人もいるかもしれません。また、個人目線の欲求よりも、活動が組織のビジョンやパーパスに合致しているか、理念との接合に意味を感じるメンバーもいるはずです。

組織の公式な活動ではなく、インフォーマルにワークショップを実施する場合には、日常から離れて、固定観念のアンラーニングや、新しい人とのつながりを求めてワークショップに参加する人も少なくありません。

WS型の学びの場に潜在している多様な魅力を伝え、場に参加するメンバーひとりひとりに「自分にとって意味のある活動である」と感じてもらうことが必要です。

“C”と“S”はワークショップならではの改変が必要

他方で「自信(Confidence)」「満足感(Satisfaction)」については、WS型の特徴を踏まえると、そのまま援用することはできません。

ID型と違って、WS型には段階的構造(ステップ)がなく、一律の目標基準で判定される“達成”という概念がありません。したがって、一方向的な「これが出来るようになった」というフィードバックでは、メンバーのやる気を引き出せないからです。

WS型では、日常の慣習や自分自身をいつもとは違う視点から相対化する経験や、普段使っていない感覚を鍛えたりストレッチしたりするような「非日常的な体験」が学習活動の中心となります。その学習の軌道は一人ひとり異なり、個人の内面のなかで、方向性の異なる気づきが生起している点が特徴です。

この気づきの個性を活かしながら、対話を生み出し、改めて「ワークショップが終わったあとも考え続けたい問い」が個々人に芽生えていることが、ワークショップにおける学習の動機付けの本質のように思います。まとめると、アプローチは、以下のようなかたちでしょうか。

  • 自分自身の気づきをメタ認知し、意味付けする機会を作る
  • グループの対話(dialogue)を通して異なる意味づけに触れる機会を作る
  • 自分にとって意味のある「新たな問い」の生成を支援する

ID型に比べて、“スッキリさせて満足度を担保する”のではなく、新たなモヤモヤを残して葛藤と学習を継続させることの重要性が、WS型の学びの場では尊重されます。学びの性質の違いに合わせて、動機付けのアプローチも異なることを理解しながら、インストラクショナルデザインとワークショップデザインを使い分けられることが重要です。

WS型の活動の評価方法については、以下の記事もあわせてお読みください。

創造的な学びを促す「ワークショップ型研修」の効果をどのように測るか

創造的な学びを促す「ワークショップ型研修」の効果をどのように測るか

SNSシェア

この記事が含まれているパッケージ

著者

株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO

東京大学大学院 情報学環 客員研究員

1985年生まれ。東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO/東京大学 特任助教授。

企業経営と研究活動を往復しながら、人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論を探究している。主な著書に『問いのデザイン』、『問いかけの作法』、『パラドックス思考』、『リサーチ・ドリブン・イノベーション』、『ワークショップデザイン論』『チームレジリエンス』などがある。

X(Twitter)noteVoicyhttp://yukianzai.com/

CULTIBASEについて

CULTIBASE(カルティベース)は、
人と組織の可能性を 見つめなおし、
これからの経営・マネジメントを探究するメディアです。

もっと知る

CULTIBASEをもっと楽しむために

無料の会員登録を行うことで、マネジメント、経営学、デザイン、ファシリテーションなど、組織づくりに関する1000本以上のオリジナルコンテンツと会員向け機能をご利用いただけます。

無料で会員登録する