企業内部で自社のビジョンやミッションの問い直し、カウンセリングやコーチングの現場における「問いかけ」、「問い」を起点に新しい事業を考えるなど、さまざまな場面で「問い」が用いられるようになってきました。
『問いのデザイン』の共著者である『CULTIBASE』編集長の安斎勇樹がホストを務める連載企画「『問いのデザイン』を拡張せよ」では、「問いかけ」の技法や、これからの時代における「問い」の重要性を深堀りするべく、さまざまなゲストを迎えて対談を行います。
その第1回では、cotree/CoachEdのCEOを務め、カウンセリング・コーチングの事業を手がける櫻本真理さんに登場いただきました。
問題の本質を捉える「問い」の技法が、私たちにもたらす力と道しるべ――cotree/CoachEd櫻本真理さん×安斎勇樹対談
第2回は株式会社ZENTech 取締役を務める石井遼介さんをゲストに迎えました。今年(2020年)の9月に『心理的安全性のつくりかた』を上梓されたばかりの石井さんは、安斎と大学の同期であり、学生時代、共同で起業をした旧知の間柄でもあります。アプローチは違えど、共に組織のイノベーション課題に対峙する同志の2人が、お互いの著書の感想を足がかりに「仕事の意義の在処、心理的柔軟性の持ち方」などについて、じっくりと語り合いました。
※「心理的安全性」の基礎的な理解については、石井さんによるレクチャーを『CULTIBASE』にて記事化したものを参照ください。
「心理的安全」なチームの4つの条件: 学習する職場をつくるための「心理的安全性」入門 | CULTIBASE | 組織イノベーションの知を耕す。
CULTIBASEでは、「イノベーション」「経営・マネジメント」「デザイン」「学習・人材育成」「ファシリテーション」を切り口として、「組織のポテンシャル」を引き出し、クリエイティビティ溢れる組織づくりやイノベーティブな事業の創出に役立つ様々な考え方やノウハウを紹介していきます。
目次
『心理的安全性のつくりかた』は、人間の可能性を信じている本
「正解探しの病い」から脱却し、「問い」と向き合う
仕事の意義は、「衝動」と「価値づけされた行動」がもたらす
チームに心理的安全性をもたらすもの、それは個人の「心理的柔軟なリーダーシップ」
組織開発の「社会構成主義」、人材開発の「機能的文脈主義」
『心理的安全性のつくりかた』は、人間の可能性を信じている本
安斎:石井さん、『心理的安全性のつくりかた』読ませてもらいました。いやあ、めちゃくちゃいい本ですね。
石井:ありがとうございます! 「大学の元同級生だから」って補正は抜いた感想でしょうか?(笑)
安斎:もちろん(笑)。表面的なハウツーに寄らず、理論と実践知を丁寧に結びつけながら紹介しているところに、研究者としての真摯さを感じました。アカデミックな観点と実際の現場の肌感、両者のバランスが取れていて、とても読みやすい。それでいて、安易にわかりやすくしすぎず、濃密でもある。ホントにこれ、書くの難しかっただろうなって。
石井:先輩著者の安斎さんにそう評価してもらえて光栄です(笑)
安斎:全体を読み通して、僕が共著で書いた『問いのデザイン』と、向き合っていることや、課題として捉えていることの根っこが、思いのほか重なっているなと感じたんですよ。
石井:それは、どんな点でしょうか?
安斎:昨今あらためて組織開発に注目が集まっていることからわかるように、イノベーションを起こすためには、組織の創造性の土壌を耕すことが大事です。その状態を目指すなら、個人やチームがそれぞれ元から持っているポテンシャルを十分に発揮する必要がある。しかし現実は、現場のポテンシャルが阻害されたまま、トップダウン型で何か新しいものを生み出そうとするアプローチをしているケースが多いです。
『問いのデザイン』も、『心理的安全性のつくりかた』も、そうした現状を変えていくためのメッセージが込められていると思うんですよね。扱っている「How」は違えど、その根本にある「Why」がとても近しいのではないかなと。
石井:おっしゃる通りです。それぞれルートや道具は異なりますが、同じ山を登ろうとしているような感覚はありますね。
安斎:石井さんは、人間の可能性や「学習」という行為の持つ力を、純粋に信じていますよね。「もとから才能がないなんてことは絶対になくて、考え方を変えれば、誰でも自分の才能を拡張させていけるはずだ」という思想が、本の端々から伝わってきました。
石井:そこは、学生時代に安斎さんと一緒に参考にしていた、心理学者キャロル・S・ドゥエックの「マインドセット」の思想に影響を受けているところです。
安斎:そうそう、繰り返し読みましたね。ざっくり言うと「知能は『上がる』と信じて努力し続けると実際に上がる」ということを実証した研究でした。
石井:あの頃に「信じて努力する者は報われる」「後天的な可能性を信じなければ、『才能に自惚れるか、うなだれるか』のどちらかになる」と知れたことが、今の自分の価値観を根底で支えている気がします。
「正解探しの病い」から脱却し、「問い」と向き合う
石井:僕も、『問いのデザイン』の感想をいくつか語らせてもらってもいいですか?
安斎:ぜひ!
石井:まず「めっちゃいいな!」と思ったポイントが2つあります。1つ目は「発問・質問・問い」の3つの違いを語っていたところ。あの説明と表はとてもわかりやすくて、感動しました。
石井:「問う側も問われる側も答えを知らないのが『問い』である」という定義には、ハッとさせられましたね。わたしたちはついつい「正解探しの病い」に囚われてしまうけれど、そもそもいま向き合うべき「問い」とは、誰も正解を知らないものなんだ。だから、みんなで一緒にどうしようか考えよう……。この「問い」の定義を把握していると、そんな意識合わせ・目線合わせがしやすくなるなと思いました。
安斎:こうして感想をもらえるの、とても嬉しいですね。
石井:もう1つの学びのポイントは、問いの視座が時間軸と規模感で分類されていた、こちらのマトリクス図です。
石井:こういう話って「個人レベル、組織レベル、社会レベルでバランス取っていこうね」と、口で言うだけになりがちというか(笑)。「バランスを取る」って、気をつけないと何も言ってないのと同じになってしまうし「何もしない」ことへの免罪符にもなり得る。こうした「正解のない『問い』と向き合うための補助線」を引いてもらえると、具体的に取るべき行動までイメージしやすくなりますよね。
安斎:補助線ですか、なるほど。
石井:「思考するための補助線を引いてくれる」のが、この本のいいところだと感じます。「これが正解だからこのままやれ」とは絶対に言わないけど、「こう考えたら見えてくるかも」というヒントは、かなり具体的に提示してくれている。「これを物差しにしたら、正解のない中でも模索し続けられますよ、だから頑張っていきましょう」って、読んだ人の背中を押してくれる、素敵な本だなと感じました。
安斎:ありがとうございます。「正解探しの病い」に陥りがちな現状に対するアラートを出しているのは、この2冊に共通するメッセージだよな、と感じました。石井さんの本では「白黒思考」という言葉で、それを表現されていましたね。
どこかに正解がある前提に立つと、それは「正解にたどり着けない未達感・不安」を生み出す。けれども、そもそも正解がない前提に立てれば、模索している過程をマイナスに捉えなくて済む。「正解探しの病い、白黒思考からの脱却」は、組織の心理的安全性を考える上でも、大きなポイントになってくる観点ですね。
石井:片やファシリテーション、片やリーダーシップ。それぞれフォーカスの対象は違うのに、共通している思想が多いのは、とても面白いです。同じものを、別々の2つの視点から見ると、より立体的にその像が立ち現れてくるはず……今日のディスカッションは、そんな観点で、より学びを深めていけたらと思っています。
安斎:そうですね。感想戦はひとまずこのあたりで区切りをつけて、ディスカッションに進みましょう。
仕事の意義は、「衝動」と「価値づけされた行動」がもたらす
安斎:僕は組織開発の文脈において「個人の衝動」をキーワードに置いて語ることが多いのですが、石井さんにとって「衝動」とは、どのようなものだと捉えられていますか?
石井:「個人が衝動を解放できる」ことは、心理的に安全な場づくりにおいて、目指すべきラインだなと思っています。本の中では「心理的非安全な職場は『罰と不安のマネジメント』がなされている」と表現しましたが、そういう状態で「怒られないように、余計なことはしないように」という意識が働いていると、衝動なんて絶対に発揮できないですよね。
安斎:そうですよね。心理的非安全な職場とは、僕の視点から言うと「衝動にフタをされている職場」なのだろうなと考えていました。そのフタの正体は、直接的には特定の上司かもしれないけど、もっとメタに見ると、やはり「外側から押し付けられた、あるはずのない正解」だったりする。そして、その正解を信じている自分が、自らフタをしてしまっているケースも、かなり多いのではと思っています。
石井:なるほど。自らフタをして、それに気づいていないというケースも多そうですよね。
安斎:ちなみに、石井さん個人にとっての衝動って、何ですか?
石井:そうですね……僕のキャリアを振り返ってみると、大体が「人に誘われて、面白そうだなと思ってジョインする」って形がほとんどなんですよね。そして、いつも「No.2」的なポジションに落ち着くんです(笑)。
安斎:たしかに、僕と一緒に学生起業したときも、強力なNo.2を担っていただいてましたね(笑)。
石井:多分、この事実に、僕の本質が現れていると思うんですよね。無意識下で、自分の衝動が自らをいるべき場所に動かしている、というか。誰かに強制されているわけではなく、いつも自然とやっていることって、実は「衝動」的にそれを選んでいる、潜在的に好きでやっているってことなんじゃないかなと。
安斎:衝動とは、意識でキャッチできるものばかりではない、と。
石井:そうそう。衝動を見極めるにあたっては、自分の気持ちではなく、行動で見るのがいいのではないかな、と思うんです。意識や気持ちにフォーカスすると、そこには自分自身の内側から湧き上がる衝動ではなく、外部のものさしによる“憧れ”が入ってきて、選択がブレてしまうんです。
安斎:今までの話から思うに、「行動で見る」とは「今まで何をやってきたか、何をやってこなかったか」を振り返る、みたいなイメージでしょうか。
石井:そうです、そうです。衝動の“動”って、行動の“動”ですよね。「そう動かざるを得ない、誰に言われなくてもやってしまう」という要素にこそ、衝動は隠れているのかなと。僕らはそれを「価値づけされた行動」と表現しています。「価値づけされた行動」は、他でもないその人ならではの、いわば、行動そのものから喜びを得られるような行動です。みかえりがなくても、やり続けたいこと、と表現してもいいかもしれない。
安斎:それが見つかると、仕事をしていても、より意義を感じられやすいですよね。
石井:そうですね。「価値づけされた行動」を楽しくやっていることで、さらに周りからの評価や素晴らしいプロジェクトの達成、報酬までもがついてくる――そんな場所に自分を置けると、ハッピーに生きていけますよね。
チームに心理的安全性をもたらすもの、それは個人の「心理的柔軟なリーダーシップ」
安斎:僕らは「組織のイノベーションをけん引できるファシリテーターを増やしていきたい」といった思いから、この『CULTIBASE』を立ち上げています。石井さんは本の中で「リーダーシップとしての心理的柔軟性」について語られていましたが、これは僕らが育成したいファシリテーターの資質とも、共通点があるなと感じていて。ぜひ、心理的柔軟性について、もう少し掘り下げて伺えますか?
石井:僕らが提唱する「心理的柔軟性」とは
❶必要な困難に直面し、変えられないものを受け入れる
❷大切なことへ向かい、変えられるものに取り組む
❸それらをマインドフル(気づきに満ちた状態)に見分ける
という、3つの要素から成り立っています。
1つ目の「❶変えられないものを受け入れる」とは、「行きたい場所にいくために、必要な困難を受け入れる」とも言い換えられます。例えば、ひとりのサッカー少年について考えてみましょう。プロ選手になりたいのに「人とぶつかるのが怖いから練習したくない」なんて言っていたら、確かに怪我という痛みは避けられるかもしれませんが、その子はずっとプロにはなれませんよね。嫌なものを避け続けていても、行きたい場所にはたどり着けないんです。これは大人が、チャレンジングなプロジェクトを前にして、ときに立ち止まってしまう時も同じですよね。これに気づき、必要に応じて避けていた困難に直面し、受け入れることが大事です。
2つ目の「❷大切なことへ向かい、変えられるものに取り組む」は、言葉の通りですね。組織やチームにおいては「このチーム、このプロジェクト、この職能、この組織において、皆で向かっていくべき大切なものとは何か?」を明確に言語化することが重要になります。よい言語化をすることで、行動量が増え、行動のレパートリー(選択肢)が増え、前に進みやすくなります。
シンプルにまとめると、1つ目は「行動を起こす上でのブレーキを外そう」という姿勢で、2つ目は「取るべき行動に向けてアクセルを踏もう」という姿勢だと言えます。そして、チームや組織の中で「今どこにブレーキがかかっているのか」「アクセルを踏む方向から、気づいたら逸れてしまっている」と、俯瞰しつつ気づく柔軟性が、3つ目に挙げた「❸それらをマインドフルに見分ける」です。
これらの3つの要素からなる「心理的柔軟性のあるリーダーシップ」を、組織のポジションとしてのリーダーだけでなく、所属する一人ひとりが持てるようになるといいですよね、というのが、書籍や研修、組織開発のコンサルティングを通じて、私たちが伝えんとするところです。
安斎:ひとつ確認したいのですが、「心理的安全性」と「心理的柔軟性」は、それぞれ違うものなんですよね?
石井:鋭いご指摘、ありがとうございます。「心理的安全性」とは、一つひとつのチームに紐づく概念です。「Aチームは話しやすくて、心理的に安全だよね」「Bチームはギスギスしていて心理的安全性が低い」などと使われます。
一方で「心理的柔軟性」とは、個人に紐づく概念です。「Bチームの心理的安全性は低いけど、僕が心理的柔軟性を発揮してちょっとずつ変えていこう」といった具合ですね。心理的柔軟性の高い人は、チームの中でうまく機能する行動、役に立つ行動を取りやすい。それが結果として、チーム内の心理的安全性に繋がってくるんです。
安斎:なるほど、それはとても大事な因果関係ですね。経験則からしても、とても納得できる話です。僕らがファシリテーションをするときも、「その場が心理的に安全であること」には細心の注意を払います。ただ、ファシリテーターが「うまいこと場を回そう、心理的安全性を高めてやろう」といった意識でいると、その場は大抵うまく立ち行かないんです。
自分自身は変わらずに、相手を変えようとしても、ファシリテーションはできません。ファシリテーターがその場の中で最も柔軟な学習者であり、常に自分の場への介入の仕方に問いを持ちながら、状況に応じて在り方を変え続けることで、初めて本質的なファシリテーションが成立するんですよね。
そういう意味で、いいファシリテーターとは、やはり石井さんの言う「心理的柔軟性」を持ち合わせている存在なのだなと、お話を聞きながらあらためて感じました。
組織開発の「社会構成主義」、人材開発の「機能的文脈主義」
安斎:こうしてお話していると、思想的な共通点がたくさん浮かび上がってくるのですが、実は僕ら、よりどころとしている理論は少し異なるんですよね。石井さんも本の中で言及されていましたが、石井さんがベースにしているのは「機能的文脈主義」で、僕がベースにしているのは「社会構成主義」であると。
石井:そうなんですよね。社会構成主義は「記述的文脈主義」という科学哲学の中の一分派なので、両者とも「文脈主義」であるという共通項は持ちつつも、その概念が生まれた目的や、適用範囲などに違いがあります。
出典:『心理的安全性のつくりかた』
石井:心理的柔軟性のベースとなっている機能的文脈主義は「ある環境(文脈)の中で、その行動が実際に役に立つかどうか、機能するかどうか」を重視します。役に立つというのは予測と特に「影響」ーつまり、心理的安全なチームづくりなど、実際に望ましい行動を起こすことを引き出せたかどうか、ということです。
一方で、対話型組織開発やファシリテーションに活用される社会構成主義は「その環境(文脈)の関係性の複雑さ」を尊重しながら、人々が語る、対話の中に意味が作られていくという考え方なので、個ではなく複数人が集まったチーム・組織開発へと応用されています。
近年、人材開発と組織開発は統合されつつありますが、強いて言うなら「機能的文脈主義は人材開発寄り、社会構成主義は組織開発寄り」という認識を持っていると、理解しやすくなるかなと思っています。
安斎:『問いのデザイン』は社会構成主義に基づいて書いているので、チームや組織の課題にフォーカスした内容になっています。組織がうまくいっていない状況を「関係性の問題」と捉え、正しく問いを設定し直して対話を促進していくことで、よりよい現実をつくっていきましょう……と呼びかけています。
石井さんの本の面白いところは、「心理的安全性」という集団の課題の中に自分を組み込んで、自分の行動を変えていくことで、組織・チームの課題にアプローチしようとする点だなと思います。課題の対象を、自己を含まない他者・チームから、自己も含んだシステムへと変えることで、コントロールできる量を増やしてアプローチしようと。
これは「チームを変えるには?」という問いを、「チームが変わるために、自分をどう変えたらいいか?」とリデザインしていますよね。そこは非常に、問いのデザイン的だなと感じました。
石井:おっしゃる通りですね。現状を変えたいのなら、今までとは違うことをやらないといけない。言葉にすると当たり前なのですが、この一歩目を踏み出すのは、容易いことではありません。チームや組織といった、大きなものを相手にするなら、なおさらだと思います。
そこから「私が変わることで、私のいるチームが変わっていくんだ」「私がこの人と一緒に変えていくんだ」と観点を変えれば、とっかかりやすくなりますよね。「心理的柔軟性」というキーワードを道標に、各々がリーダーシップを発揮できれば、組織はきっと、今よりずっと機能するはずです。
安斎:僕も『心理的安全性のつくりかた』を読んで、ファシリテーションや組織開発に対する解像度が、さらに上がりました。素敵な本を、そして今日はお話にお付き合いくださって、どうもありがとうございました!
ライター:西山武志
story/writer。書き手という分母で、物語を取り扱う生業をしています。「我問い続ける、故に我あり」の精神で、しなやかに揺らぎ生きて往きたい。親戚の子どもが中学生くらいになったら、誕生日に『問いのデザイン』をプレゼントしようと思ってます。Twitterは @tkswest80。