管理職の”言行不一致”はなぜ起きる?:経営の転換期に起きるダブルバインドの落とし穴

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管理職の”言行不一致”はなぜ起きる?:経営の転換期に起きるダブルバインドの落とし穴

私たちは業務に取り組むなかで様々な矛盾に直面します。それは管理職やチームリーダーも例外ではありません。

たとえばリーダーが部下に対して抱えがちな矛盾として、以下のようなものが挙げられます。

  • 新たなビジネスに挑戦してほしいけど、失敗しないでほしい。
  • プレーヤーとして活躍してほしいが、マネジメントスキルも伸ばしてほしい。
  • 短期的な目標はもちろんクリアしてほしいが、長期的な視点も持って仕事をしてほしい。

何かと意思決定をすることの多いリーダーには、葛藤や悩みがつきものであり、それ自体はある意味仕方のないことでもあります。

しかし、権限を持つリーダーがこれらの葛藤と向き合えず、過度に抱え込んでしまうと、部下に対して無自覚に「歪んだメッセージ」を送ってしまい、チームに悪影響を及ぼすことがあるのです。

なぜリーダーは、矛盾に満ちた欲求を持ってしまうのでしょうか。また、そのような欲求と適切に向き合い、手懐けるにはどのような工夫があり得るのでしょうか。背景となる「組織の構造」から紐解きます。

VUCA時代に求められる「組織構造」の転換

組織形態や運営方針によって、権限のあり方は様々ですが、これまで多くの企業がトップダウン方式の組織形態を採用してきました。特に市場が右肩上がりに成長した高度経済成長期には、ヒット製品をいかに効率よく大量に生産できるか、という観点で組織づくりがされてきました。こうした組織の形態を、設計図に忠実に生産する“工場”に例えて「ファクトリー型」と呼んでいます。

ところが現代は、「VUCAの時代」と呼ばれ、何が起こるか予測できず、明確な答えを出すことの困難な時代。経営トップが立てた設計図に現場を従わせるやり方は、却ってリスクが大きくなります。そうした事情から、半トップダウン、半ボトムアップ形式の「ワークショップ型」組織への転換が求められています。

チームと組織の在り方のパラダイムシフト:ファクトリー型からワークショップ型へ

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「ワークショップ型」の組織においては、経営層はより長期的な視座を持ち、自社のビジョンを洗練させ現場に語り続ける必要があります。現場チームは、与えられたことを受動的にこなすのではなくチームで対話しながら取り組むべき「問題」を自ら発見し、ビジョンを実現し、顧客に価値を創造するために組織と事業を短期的に磨き続けます。

「半トップダウン、半ボトムアップ方式」はこうした営みを通じて実現されますが、これまで以上に難易度の高いマネジメントやパフォーマンスが求められます。特に、経営と現場の間に立つミドルマネージャーの立場では、上からは長期的なビジョンがトップダウンに語られ、下からは短期的な取り組みがボトムアップに推進されることで板挟み状態になってしまいます。こうした状況で、矛盾のない一貫した振る舞いを続けるのはなかなかに困難なこと。様々な感情的な矛盾に悩まされるのは無理もありません。

しかし、パラドックスに悩まされるリーダーの葛藤を抱え込み、部下のマネジメントが歪んでしまうと、部下にとってもパラドックスに満ちた状況が再生産される、という困ったことが起きてしまいます。

現場を混乱させる、管理職の「ダブルバインド」なメッセージ

長年のファクトリー型の経営スタイルが染みついた多くのリーダーにとって、トップダウンのスタイルからワークショップ型への切り替えは容易ではありません。その最中で、さまざまな「歪み」が生じます。

中でも多くのリーダーが陥りやすいのが、相手を「ダブルバインド」と呼ばれる状態にする、「歪んだメッセージ」を発してしまうことです。ダブルバインドとは、人類学者のグレゴリー・ベイトソンが提唱した概念で、表面的なメッセージに矛盾する隠れたメタ・メッセージを同時に受け取ることを指します。ベイトソンは、ダブルバインド状況に置かれ続けた人は精神的なダメージを受けると指摘しています。

具体的な場面としてたとえば、表面的には部下に業務を任せ、権限移譲したように見せかける。同時に、自分がいないと困る場面を作り出し、不備や不足を指摘し自ら解決することで称賛をされるよう立ち回ります。そうすることで抑圧された自尊心を満たす、というケースがあります。口では「あなたに任せるから、やってみなさい」と言いながら、任せた部下に少しでもミスがあればめざとくそれを指摘し、「やれやれ、仕方ないな」と言いながら、嬉々として仕事を巻き取り、これまで通りに鮮やかに解決してみせるのです。

このようなリーダーの振る舞いの根底には、誰かの救世主となることでしか自尊感情を満たせないという潜在的な「コンプレックス」が存在します。トップダウン方式のマネジメントを手放せないリーダーには、こうした「メサイア・コンプレックス(救世主コンプレックス)」と呼ばれる欲求を抱えている人が少なからずいます。

コンプレックスそのものが悪いわけではありません。しかし、それが「矛盾したメッセージ」として表出してしまうと、現場によくない影響が及びかねません。内心で「自分で解決されては困る」というコンプレックスを抱えながら、それに反して「あなたに任せる」と言い放つこと。そのような感情と矛盾した言動こそが、マネジメントを歪ませてしまうのです。

上述の例は極端だとしても、パラドックスに悩まされるリーダーの葛藤によって、部下に対するマネジメントが歪み、部下にとってもパラドックスに満ちた状態が再生産されてしまう──。ダブルバインドは、私たちの「組織の構造」と「精神の構造」が生み出す合併症だとも言えます。

ダブルバインドからの脱却は、矛盾の「受容」からはじまる

それでは、リーダーがダブルバインド・メッセージを発することによるマネジメントの「歪み」を生まないために、何ができるのでしょうか。前提として、「VUCAの時代」である現代において、私たちは矛盾や葛藤をいっさい抱えずにいることは不可能です。だからこそ重要なのは、自身の「隠れた感情」と向き合い、問題の根本にある「矛盾」を多角的に捉えるまなざしを持つことです。

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先ほど挙げた例では、メサイア・コンプレックスを「組織の構造」と「精神の構造」の二つの観点から紐解きました。リーダーがこれらに気がつくことができれば、どうすればワークショップ型組織に適した手段で救世主になれるのか、考えられるようになるはずです。

そのような「A or B」ではなく「A and B、またはC」という思考こそが、ダブルバインド状況を抜け出すためには不可欠です。安斎勇樹と舘野泰一による最新刊『パラドックス思考 ─ 矛盾に満ちた世界で最適な問題解決をはかる』では、そのような思考法を「パラドックス思考」と名付け、誰しもが抱えうる矛盾した感情を受容し、手懐け、創造的な問題解決に活かすための理論や方法を体系化しています。

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著者

立教大学経営学部 准教授/株式会社MIMIGURIリサーチャー

1983年生まれ。青山学院大学文学部教育学科卒業。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学後、東京大学大学総合教育研究センター特任研究員、立教大学経営学部助教を経て、現職。博士(学際情報学)。専門はリーダーシップ教育。近著に『パラドックス思考 ─ 矛盾に満ちた世界で最適な問題解決をはかる』『これからのリーダーシップ 基本・最新理論から実践事例まで(共著)』(日本能率協会マネジメントセンター)など。

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