創造的に学び続けるための“場”をいかにつくるか?:学習環境デザインの理論と実践

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約9分

創造的に学び続けるための“場”をいかにつくるか?:学習環境デザインの理論と実践

古い知識や固定観念にとらわれないためにも、「常に学び続けること」が現代のビジネスパーソンにとって欠かせない姿勢の一つとなりつつあります。加えて、昨今ではキャリアの多様化などを背景に、自らの学習を主体的にデザインする意義が急速に高まっており、「何を学ぶのか」を決めることが、キャリアに直接反映されると言っても過言ではありません。

今回、『学習環境のイノベーション』(東京大学出版会)の著者である山内祐平さん(東京大学大学院情報学環 教授)に自らの学習環境を主体的に創り上げるために必要な知見についてお伺いしました。

プロフィール(敬称略)

山内 祐平(東京大学大学院情報学環 教授)大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程中退後、茨城大学人文学部助教授を経て現職。博士(人間科学)。情報化社会における学びのあり方とそれを支える学習環境のデザインについてプロジェクト型の研究を展開している。
主な著書に『学習環境のイノベーション』(単著、東京大学出版会)、『ワークショップデザイン論 ―創ることで学ぶ』(共著、慶応大学出版会)、『デジタル教材の教育学』(編著、東京大学出版会)、『学びの空間が大学を変える』(共著、ボイックス)などがある。

現代の教育が直面する「学習の高度化」問題

なぜこれからの時代において、学習環境のデザインが求められるのでしょうか。

山内さんは、AIやロボティクスの発達による仕事における状況の変化や、「100年時代」とも呼ばれる長寿化の傾向に触れながら、こうした社会的な変化が「学習の高度化」を促進させている、と指摘します。

山内 社会的な状況の変化に対応するために、教育が目指す学習の目標も、「21世紀型スキル*」のような高度な能力が志向されるようになってきています。もちろん既存の教育が完全になくなるわけではありませんが、「今までの教育では足りないのではないか」といった議論が、現在様々なところで行われています。

*21世紀型スキルとは…
21世紀型スキルは、「21世紀の知識基盤社会で求められる能力」として、「情報創造力(こと創り)」のほか、「批判的思考力」「問題解決力」「コミュニケーション力」「プロジェクト力」「ICT活用力」等が含まれる。
参考:文部科学省「学校教育の情報化に関する懇談会(第7回) 資料1」

そして、こうした「学習の高度化」によって、学習環境のデザインに対する必要性が高まっている、と続けます。

山内 こうした高度な学習は既存の教育をなぞるだけでは獲得できませんので、新たな学習のかたちを創り出さなくてはいけません。また、そのための学習環境も必要です。こうした背景から、学習環境のデザインが昨今特に求められているのです。

ここで語られる「高度な学習」では、従来の詰め込み教育では解決不可能な課題に対応するものであることが前提とされています。そのため、与えられた知識をただ「記憶」するのではなく、学習者が主体的に知識を「創出」する学習のあり方が強く求められるようになりました。そこで大きな注目を集めたのが、「構成主義」と呼ばれる思想であり、学習環境デザイン論は、この考え方を理論的基盤の一つとしています。

構成主義では、学習を「有機体が環境との相互作用の中で知識を構成する」ことによって起こるものとして捉えています。平たく言えば、人は生活の中で環境からの影響や他者との交流、経験を通して様々な学びを日々受け取っており、だからこそ、新たな学習を獲得するためには、新たな環境や関係性の構築が必要だということになります。

『経験と教育』

『経験と教育』

構成主義の代表的な書籍の一つ『経験と教育』(著・ジョン・デューイ)。

「学習環境をデザインする」とはどういうことか?

それでは実際に「学習環境をデザインする」とは、どういうことなのでしょうか。2005年に出版された山内さんによる共著『「未来の学び」をデザインする -空間・活動・共同体』では、次のように記述されています。

「デザインする」という活動には、必ずそこに目的があり、対象となる人がいます。デザインは人が媒介する活動であり、誰がやっても同じようにできる解の算出をめざす工学とは異質な要因を持っています。しかし、同時に芸術ほど属人的ではなく、一定の方法論は共有できる活動でもあります。
私たちは、デザインという営みが持っているこのような特徴に注目し、新しい学習環境を構築するときの中心になる概念として、デザインという言葉を使っています。そこでは目的、対象、要因、そこへ至るまでのプロセスなどを意識した活動という意味が込められています。(p.192)

このような考え方に基づきながら、山内さんは学ぶ環境を「空間」「人工物」「活動」「共同体」の4つ側面から捉え、デザインすることを提唱します。また、「親子deサイエンス」という科学学習プログラムの実践研究が、その事例として語られました。

<学習環境デザイン論の全体像>
空間:どんな場所・空間で学ぶか
人工物:どんな道具や素材を用いて学ぶか
活動:どんな活動・経験から学ぶか
共同体:どんな人とどんな関係性で学ぶか

学習環境デザインの事例:親子deサイエンス

株式会社ベネッセ・コーポレーションと協同で実施された「親子deサイエンス」。この取り組みでは、モバイル端末を活用し親子間の対話を喚起することによって、子どもの学習を促進させることができるかどうかが、研究の主な対象として設定されていました。

山内 「親子deサイエンス」は、小学校4、5年生が科学教育を親子で学ぶための学習プログラムです。まず子どもの携帯電話に、「手を洗面器に映すとどう見える?」などの簡単な実験が課題として送られてきます。

課題を受け取った小学生は、いったん実験の結果を予想してから、実験をやってみます。実験の結果を入力すると、今度は解説が送られてきます。それらを読んでもらって、最後にレベルアップクイズに回答してもらうというのが、一連の学習の流れとなります。
山内 ただ、これだけだと、モバイル端末を学習活動のナビゲーションとして活用しているだけなので、それほど珍しい取り組みではないかと思います。我々の場合はそこからさらに「モバイルでなければできないこととは何か?」を考え、その結果、「デバイスを通じて親子を繋ぐような状況を作れることに価値があるのではないか?」と考えるようになりました。

こうした意図のもと、「子どもが実験やクイズに取り組んだら、その都度保護者にメールで通知が届くようにプログラムを変えてみた」と山内さんは話します。

山内 研究的には、クイズに正しく答えられているかよりも、親子で対話をしてもらえるかのほうが重要だと考えていました。なので、「お子さんは今こういう状態なので、こんなふうに言葉をかけたほうがいいかもしれません」などといったメッセージが送られる工夫も施しました。

結果として、親子の対話がしっかりと行われた家庭のほうが、そうでない家庭と比べて成績が向上することが判明しました。つまり、モバイルデバイスで直接学ぶだけではなく、携帯電話で親子の会話を促進することも、学習に大きな影響を与えていたことがわかったんです。

また、こうした新たな技術を用いた取り組みを成功させるポイントとして、価値連鎖を作ることが非常に重要だと山内さんは語ります。

山内 ICTがもたらす「価値」と、ユーザーが得る「良いこと」の間には乖離があります。そのため、人工物から最終的な学習までを価値連鎖で繋ぐ必要が生じます。

山内 「親子deサイエンス」の事例は、結果だけ見れば、「モバイルデバイスによって子どもの科学的知識・技能が向上した」ということになります。しかし、ただ携帯電話を持てば向上するわけではありませんまずは人工物である携帯で親が子供の学習状況を知れるようにしたこと。次に親が子供の学習に関与する「共同体」としての役割を持ち、対話が行われたこと。それらの価値連鎖があって、最後に子どもの科学的知識・技能が向上したわけです。新たな人工物やICTを活用した学習の促進においては、「この連鎖をどうデザインしていくか」という点が極めて重要となります。

上記の図からも、学習環境デザインの4つの側面は、一つだけで完結するものではなく、互いに有機的に関係し合っていることがわかります。すなわち、学習効果をより大きなものにするためには、全体的な観点を持った設計を行うことが肝要です。

山内 私が「学習環境」という言葉にこだわるのは、「学校があり、先生がいる」というのは非常に特殊な状況だと思うからです。人生がこれだけ長くなった時代ですので、やはりいろんな環境に学びを促進する要因を埋め込むことが重要です。

私たちは、たとえそうだと意識していなくても、環境や人とのコミュニケーションを通して様々な学びを獲得しながら生活しています。また、人間の成長と学習は本質的に不可分の関係にあります。普段の家庭や職場を一つの学習環境として捉えてみると、新たな気付きがあるかもしれません。今の自分の環境にはどんな学習が埋め込まれているのか、考えてみてはいかがでしょうか?

本講義の模様は、下記ライブイベントのアーカイブ動画からご覧いただけます。

学習環境のイノベーション:”両利きのデザイン”は可能か?

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また、学習環境デザインを活用した代表的な方法論として、ワークショップデザインがあります。CULTIBASE Labでは「学習と創造の場づくり」と呼ばれるワークショップの設計方法やファシリテーションのポイントを解説したコンテンツも多数配信中です。ぜひ合わせてご覧ください。

ワークショップデザイン概論:学習と創造の場づくり

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著者

法政大学経営学部経営学科卒業。大学在学中からワークショップを中心とした対話の場のデザインを学び、2017年より参画。MIMIGURIでは編集者としてCULTIBASE事業におけるコンテンツの企画・制作を担当。創造性の土壌を耕すための知を編み直し、社内外に届ける役割を担っている。

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