新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、学びの場のあり方に変化が訪れています。対面の場での集団研修・授業が制限された結果として、各所でオンラインによる授業・研修の実践が行われるようになりました。
研修や授業のような学びの場は、知識だけが与えられるだけではなく、コミュニティや組織で求められているスキルを学び、その集団への参画を促す機会でもあります。新たな生活様式が発表された今、コミュニティや組織への参画を促す学びの場づくりをどのように実現できるのでしょうか。
こうした問いを出発点として、2020年6月10日(水)にCULTIBASE主催による公開研究会「オンライン研修の技法を探る – オンラインの研修・授業でいかに学びとコミュニティ参画を促すか」が開催されました。立教大学経営学部でビジネス・リーダーシップ・プログラム(通称BLP)を手掛ける舘野泰一さんをゲストにお迎えし、ミミクリデザイン(現・株式会社MIMIGURI)で人材育成領域のプロジェクトを主に担当する田幡祐斤と共に、学びの場づくりと、それによるコミュニティへの参加促進というテーマについてお話を伺いました。本記事では、その模様をお届けします。
■企画・話題提供
田幡 祐斤(株式会社ミミクリデザイン(現・株式会社MIMIGURI) Learning Designer)
東京農工大学農学部卒業。東京都出身。アパレル企業での販売・スタイリストを経験後、マネジメントに関心を持ち人材開発コンサルティング会社に入社。組織のありたい姿を描く段階から、人材開発施策の企画・実施まで一貫した支援を行う。また、学校における環境教育の導入や各種団体におけるSDGsと事業の統合などをサポートする非営利団体の理事も務める。「自然と偶然を祝福する」がモットー。ミミクリデザイン(現・株式会社MIMIGURI)では、人材開発・組織開発の観点を組み込んだ商品開発プロジェクト等のディレクションやファシリテーションを担当している。
■話題提供(ゲスト)
舘野 泰一さん(立教大学経営学部 准教授)
東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学後、東京大学大学総合教育研究センター特任研究員、立教大学経営学部助教を経て、現職。博士(学際情報学)。大学と企業を架橋した人材の育成に関する研究をしている。具体的な研究として、リーダーシップ開発、越境学習、ワークショップ、トランジション調査などを行っている。主な著書に『リーダーシップ教育のフロンティア 研究編・実践編』(共著・北大路書房)、『アクティブトランジションー働くためのウォーミングアップ』(共著・三省堂)がある。
目次
与えられた条件をいかに強みに転換するか
「オンライン化」ではなく、オンラインを機能の活かした新たな学びの場を、学習環境デザインの観点から構築する
オンラインへの“対処”ではなく、“創造”のストーリーを生み出す
オンラインでの学びの場の設計にあった3つの壁「機材」「操作技術」「教育・学習」
与えられた条件をいかに強みに転換するか
まず田幡から行われた話題提供のテーマは、「オンライン研修の場づくりを、3ヶ月でどのように工夫してきたか」。多くの企業で研修プログラムの開発を手がける田幡は、このコロナ禍において、「プログラムの差し替えやオンラインへの切り替えが急ピッチで必要になった」と語ります。
ここで田幡が参加者に向けて「職場における研修/教育の状況」を問いかけたところ、チャット欄の回答ではオンラインが大半を締める結果となりました。これに対し田幡は、3月時点の業界内の市場調査ではオフラインでの実施が過半数を超えていたことに触れながら、オンライン化について多くの企業が「導入したいができていない」状況にあると述べました。
eラーニングを用いた社員研修の事例も増えてきている一方で、一方向的にオンライン講義を受けるだけでは、従来の研修が担ってきた「共同的・対話的な学び」や「学びを通した共同体づくり」の達成は困難であると田幡は語ります。
ところが、自身の経験としても、miroやMURALといったオンラインホワイトサービスや、Zoomのようなビデオ通話サービスなど、オンラインでの対話を促すこれらのツールの活用は、”一刀両断”で断られるケースがほとんどだったそうです。
田幡はその理由について、セキュリティや個々の通信負荷など複数の問題があり、これらの解決には最低でも1年単位での時間を必要とすることに触れながら、「(長期的にオンラインツールを拡充させるよりも)とにかく堅実な60点の研修がすぐに欲しい時期だったのではないか」と振り返ります。また、そうした実情に触れるうちに、田幡の中で「問いが変わっていった」と述べます。
田幡 「いかにオンライン化するか?」という問いから、「いかに所与の条件を強みに転換して、オンラインならではの研修を実現するか?」という問いに変わっていったんですよね。
前提として許されている手段は、既に導入済みのコミュニケーションツールのみでした。例えTeamsやZoomの使用が許されていたとしても、講師以外はカメラをOFFにしてほしいという要望もあり、ブレイクアウトルームなどの機能が使えないことも多かったですね。“ミニマムな機能の中で、豊かな学びの場をどう実現するか”というのが自分にとっての命題となりました。
「オンライン化」ではなく、オンラインの機能を活かした新たな学びの場を、学習環境デザインの観点から構築する
この時から「『オンライン化』という言葉を使わないようにした」と言い、その理由として以下を述べました。
・新入社員研修やマネージャー研修には、普段集まれない人たちが集まって情報交換し、共感を培う共同体づくりの側面がある。
・「既存プログラムをいかにオンライン化するか」という発想では学びのプロセスや共同性が完全に抜け落ちてしまい、学びの質が低下する。
・本来のプログラムの時間設計もオフラインに最適化されたデザインであったはずで、そのままオンラインへ移築するだけでは身体性への配慮が抜け落ちてしまう。
上記を踏まえ「『オンライン化』ではなく、『オンラインという場の特徴を活用した施策設計』へまなざしを変える必要がある」と田幡は主張します。
この命題に対し、まず田幡は学びの場を「活動」「空間」「共同体」「人工物」の4つの要素に分解して精査する「学習環境デザイン」の考え方でプログラムを作ることに着手したと語ります。
今回の命題であるオンラインでの豊かな学びの場の実現にあたり、主な課題として最初に目をつけたのは「空間」と「人工物」だった、と田幡は語ります。例えば「空間」では、オフライン時に比べて「コミュニケーションを取りにくい空間」であると言えます。人工物の場合は、「慣れないツールや機能」を用いなければいけないことが、学びを阻害していると考えたそうです。
これらをオンラインならでは強みとしてリフレーミングした場合、コミュニケーションの空間的な不自由さは、「一人きりになりやすい(思考を深めやすい)空間」として、また、不慣れなツールや機能は「『初めてのテレワーク』という共通課題を持つ仲間(=共同体)としての意識を高める道具」として活用できることを見出した、と話します。
また、オンラインでは、どんなに共同作業をしているという感覚を持ったとしても、現実には別々の空間にいることになります。田幡は「この事実をプラスに活用し、コミュニケーションの質を変えることはできないか」と考え、内省(内的刺激)を起点とした対話の場をデザインし、実際の研修においても機能していることを実感した手法について、実例を交えて解説していきました。
また、学習環境デザインの「共同体」要素についても、初めてのテレワークという共通課題を「共同体として当事者感覚を作るきっかけ」として活かしたと語ります。その他、実際にワークに取り入れた手法やオンラインならではのTipsを複数紹介し、話題提供は締めくくられました。
オンラインへの“対処”ではなく、“創造”のストーリーを生み出す
後半は、立教大学経営学部 准教授の舘野 泰一さんによる話題提供が行われました。「オンラインでの学びの場をいかに設計するのか」という設計論にとどまらず、「コミュニティ・組織への参入をいかに支援するのか?」という学びの場を通じた組織文化の構築について、デザインモデルを実例と共にお話しいただきました。
冒頭で舘野さんは、「場の設計について、本質的にはオンラインとオフラインに差はない」と強調した上で、「何をどう学ぶのか、学習目標は何なのか、ということだけでなく、誰と学ぶのかを考えることが大事」と、コミュニティ参画を促進することの重要性を語っていました。
「場の設計」と「組織参入への支援」という両面から場をデザインする方法について、立教大学経営学部にて実際にオンラインで行われたカリキュラム「ビジネス・リーダーシップ・プログラム(以下、BLP)」の事例をもとに紹介いただきました。
オンラインでどのように実施したのかという事例の前に、前提知識として、このプログラムの概要が説明されました。実際にオンラインで実施されたのは、新入生に向けた4月の「ウェルカムキャンプ」と、その後の授業プログラムの2点です。
BLPは1年春学期の「リーダーシップ入門」をスタートとして、3年生春学期まで、2年半にわたって行われるカリキュラムです。特徴は「400人全員にプロジェクト型学習、インタラクティブな学習をしている」こと。この授業を介して経営学部のカルチャーを知り、同時に授業作りに学生を巻き込むことで組織文化も作られていくカリキュラムであると舘野さんは説明します。
BLPには「学生スタッフ制度」というものがあり、「ああいう人になりたい」という学部内でのロールモデルの役割を果たしていると言います。学生自身がスタッフとしてカリキュラムを作り上げることにより、リーダーシップを学び、発揮しながら、後輩へ受け継がれていく循環が生まれていると舘野さんは語ります。
ウェルカムキャンプは、新入生のために3ヶ月かけて準備する「文化祭のようなもの」であり、当日のみでなくその過程でも文化が作られていく「祝祭であり贈与の場」でもあるそうです。
例年であれば、1月から学生スタッフが集まり準備を始めていたところですが、今年2月の時点で登校すらできず、ウェルカムキャンプも一度は延期になりました。ウェルカムキャンプ、そしてその後の授業プログラムについても「本当にオンラインだけでできるのか?」と、3月中旬時点では絶望していたと語りました。
舘野 オンラインでやらなければと、頭では理解していたんですが、心が付いていきませんでした。 “学びを止めない”と思いたいところではありましたが、正直辛く、とてもそうは考えられない状況でした。
ですが、ここで舘野さんは自身の気持ちのスイッチを入れ替えなければと奮い立ち、運営スタッフも一丸となれる組織目標を立てたと言います。
舘野 組織の目標を『世界一のオンラインリーダーシッププログラムを作る』としました。オンラインへの“対処”というストーリーでは『一応置き換える』だけになってしまい、皆本気になれません。我々が何をすべきかという“創造”のストーリーがあるとWhyとWhatの両方に納得でき、そこで初めてHowに行けるんです。
結果として、授業は4月9日からオンラインでスタートし、延期となっていたウェルカムキャンプも5月、オンラインにて600人規模で実施が実現しました。授業とウェルカムキャンプがそれぞれどのような設計のもとで実施されたのか、舘野さんが語ったその裏側をご紹介します。
オンラインでの学びの場の設計にあった3つの壁「機材」「操作技術」「教育・学習」
まず授業については少人数を基本とし、ビデオツールはZoom、付箋ワークなどにはGoogle Driveを使用しているのだそうです。
4月から開始し、2020年6月時点ですでに9回のオンライン授業を行った実績があるという舘野さんも、始めるまでに「機材」「操作技術」「教育・学習」の3つの壁があったと言います。
舘野さんが特に強調したのは、「1授業1ツール」としたこと。いきなりZoomとGoogle Driveを併用するのではなく、必ず1ツールずつ段階を踏んで進めたと言います。Zoomを使う場合においても「ブレイクアウトルームを用いて、チャットも投票も行う」というようなことはせず、1機能ずつ使用することに徹したと言います。
舘野 関係性構築もとても大事なので、チェックイン・チェックアウトの時間も必ず作っています。運営も学生も不慣れなので、1つずつ段階を踏み慣れていくことで、ようやく学習のレイヤーまで意識が整っていくんです。
同時に、設計する際にはコミュニティ参画を意識することが必要であることを再び強調しました。
舘野 知識を伝えるだけが学びではないので、どうやってコミュニティに入ってもらうかを考えて設計していきました。単に講義をオンライン化するだけでは、教員と学生との一方向的な関係性の構築しか実現できません。直近で問題は起きませんが、長期的に見ると組織学習にダメージを与えることにもなります。
オフラインでの対面は、最初のガイダンスで隣席の人と挨拶をしたり、少人数の授業で休憩時間にお喋りしたりと、「意識していなくても偶然の連鎖が生まれるよう、勝手にデザインされていた状況」であったと舘野さんは語ります。
授業と合わせてウェルカムキャンプでも実現されたのが、その偶然の連鎖を生み出すための設計でした。ウェルカムキャンプで例年実施していたダンスや謎解きワークなど、オンラインで質を落とすことなくどのように実現したのか、舘野さんが実践したというそのノウハウの一部をご紹介します。
まずビデオ通話については、単にZoomの部屋に入室してもらうのではなく、先輩や同期と繋がりが生まれるようグルーピングを意識した部屋分けに設計したと言います。
全体会においては、リハからすべてオンラインで実施することで、運営側と受講者で“共に作り上げる”ための透明性を確保。その他にも、ZoomとYouTube Liveを併用して配信する手法を取り入れることで、分科会場にいながら全体会場を視聴する環境が構築できたと言います。その具体的な設計や、オンラインで「みんなで踊った」感覚を得られるダンスワークを実現した仕組みについても、図を交えながら解説いただきました。
結果として、受講生のアンケート結果では昨年を上回る高評価となり、運営チームだけでなく、受講生も涙する姿が見られたと言います。
舘野 突然の環境変化の中で、なぜこれをやりきれたのかといえば、自分や自分たちの組織にとって大事なもので、失くしてはいけないものだったからです。オンラインへの対処としての“アリバイづくり”の動機では実現できなかったと思います。
その他、これからのカリキュラムデザインにおいてはオンラインとオフラインのハイブリッド型が当たり前になるであろうことや、リモートワークに慣れた学生たちが社会へ出ていけば「なぜ対面で仕事をするのか」という問いが発生することになるだろうことなど、未来のワークスタイルのあり方に触れ、話題提供を締めくくりました。
舘野さんの話題提供を受け田幡は、「結論として『1ツール1機能しか使わない』という同じ選択に至っているものの、僕は消去法的に、舘野さんは積極的に選んでいるのが面白い」と、着地点が共通しながらもプロセスが異なっていることに注目しました。
舘野 プログラムの設計者は、中長期的な視点では豊かなツールの選択肢を検討していくものの、そのツールが何かの“代替物”であるという意識が抜けていないのではないかなと思います。多機能なツールにより豊かな体験がもたらされることもありますが、オンラインという条件下では、通信環境などの物理的制約が必ず発生します。『単機能をどう使うか』ということは、これから探求すべき観点かもしれません。
その後の質疑応答では、「雑談の場所をどのように作るか」「“人との偶発的な出会い”をオンライン上でどのように作り出すか」など多くの質問が寄せられ、オンラインで作り出す学びの場と、そのコミュニティの可能性について盛んな議論が交わされました。
会員制オンラインプログラム「CULTIBASE Lab」では、この研究会のアーカイブ動画を公開中です。
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CULTIBASE Labの3つの特徴 CULTIBASE Labは3つの特徴を通じて、 “組織ファシリテーション”の技を磨 いていきます。 01 ここでしか学べない、厳選された最新知見が掴める CULTIBASE …
ライター:田口 友紀子
フリーランスのライター・編集者。東京都在住。FICCにてプランナー・ディレクターとしてプロモーション企画やコンテンツ制作に従事。やがて自身の文章への執着心に気づき、PR会社勤務を経てライター・編集者として独立。人の動機や感情に焦点を当てながら、伝わる言葉を紡ぐことを目指している。