「問いのデザイン」は、商品開発や人材育成、組織開発、地域活性など、あらゆる分野において複雑な問題の本質を捉え、創造的な課題解決に導く技術となる方法論です。書籍『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』(学芸出版社)は累計3万部が発行され、様々な分野のビジネスパーソンから好評を博しています。
一方で、共著者である安斎は出版後も様々な分野の問いの実践者と対談を重ねる連載企画「『問いのデザイン』を拡張せよ」を実施するなど、「問いのデザイン」を巡る探求は未だに続いています。
そこでこの度、「探求したい知識も課題も山ほど残っている」と語る安斎自らが主催する「問いのデザインゼミ」が、CULTIBASE Labで新たにスタート。2020年11月14日に実施された第1回のゲストは、7月に『日本企業のタレントマネジメント』を出版された法政大学大学院 教授の石山恒貴さん。「枠を超える人と組織をいかに育てるか?」をテーマに、「越境学習」と「タレントマネジメント」について解説していただきました。
安斎は本ゼミの冒頭で、「問いのデザイン」の背後にあるテーマに「固定観念」があると語りました。「人は暗黙に形成された無自覚の前提から逃れることができず、創造的な発想に制約が生まれてしまう」「その固定観念の枠を超えるリフレーミングが必要になる」とした上で、その「枠」を越える越境学習と、人や組織の育て方が、問いのデザインの探求の手掛かりになると言います。本記事は連載企画「『問いのデザイン』を拡張せよ」の一環として、石山さんによる話題提供と、安斎との対談の模様をお届けします。
越境学習とは「わかったつもり」から脱すること
越境学習や実践共同体など、人的資源管理を中心に研究活動を行う石山さんは、書籍『問いのデザイン』を読み衝撃を受けたと言います。「リフレーミング」して問いを立てる視点は、企業や地域などの枠組みを越境して課題を解決する際に重要なスキルであるためです。
石山「自分自身もファシリテーションを研究する中で、一番欠けていたことの真ん中が『問いのデザイン』に書かれていたので、本当に衝撃でした。『問いのデザインゼミ』の記念すべき初回にお呼びいただいて、とても嬉しく思います。
今日お話しする『越境学習』は、近年ブーム化してきている考え方でもあります。その背景には、国が推進する働き方改革によって兼業・副業に注目が高まり、企業の外側にも意識が向くようになったこともあるでしょうし、人生100年時代において、生涯学習の重要性が高まったことも影響していると思います。それらの外部環境がありながらも、最も大きい理由となるのは、変化の激しい時代の中で『自社の学習だけではイノベーションが起きない』という課題意識があることではないかと思います。
もともとの越境学習の“越境”の定義は、『企業の中と外』というものでした。ですが僕自身はもっと広義に、自分の心の中の『ホーム』と『アウェイ』の境界を越えることと定義しています」
石山「『ホーム』とは、よく知った人たちがいる、安心できるけど刺激がない場所。反対に『アウェイ』は安心できないけど刺激がある場所。越境学習では、このホームとアウェイを行き来することで『わかったつもり』からいかに脱するかが重要なんです。
この『わかったつもり』の危険性について、東京外国語大学の田島充士さんの考え方をもとにお話ししましょう。
ホームの環境に居続けると、主語の省略が容易になって『わかったつもり』が生まれやすくなります。例えば、バス停で待っている人が2人いるとします。その人たちは、バスが来ても『バスが来た』とは言わないですよね。ただ『来た』とだけ言います。これはロシアの心理学者であるヴィゴツキーが『内言の述語主義』として指摘している現象で、このように様々な主語を毎日省略し続けていると、人は『わかったつもり』になってしまうんです。
これは他の思考傾向を持つ人を排除することにもなりえますし、『わかったつもりで、周りの人のこともわかっていない』ということにもなりかねません。だから『ホーム』の境界を超えた先にいる『アウェイ』、つまり“異質な他者”を理解する越境学習が重要になるんです。
アメリカの教育学者であるメジローは『変容的学習論』で、人が基礎的な前提が問い直されていることに気がついたり、今までにあった世界観が変化する時、『混乱するジレンマ』というプロセスが発生すると述べているんですね。越境学習は『アウェイ』を理解することで、この混乱を意図的に発生させて、問い直しを起こすことができる手段でもあるんです」
“タレント”とは、誰のことなのか?
話題は、越境学習者の人材育成に繋がる方法論となる「タレントマネジメント」に移ります。石山さん自身が企業で人事をしていた際に「人事で会社経営に貢献できる方法論」として注目したものの、当時はまだ抽象的で定義も曖昧であったため、自ら研究を始めたのだそうです。
石山「実務をする中で『人事の仕事は、本当にこれでいいのか?』という疑問がありました。『どこかに正解があるのではないか』と探し始めて辿り着いたのが、タレントマネジメントの考え方でした。結論から言うと、正解というよりも『理論を知った上で各々で選択し、工夫していく必要がある』という前提になるのですが、自分なりに研究したこととしてお話しします。
そもそも『タレント』の定義からお話しすると、この言葉には『才能』と『人』の両方の意味があるんですね。欧米では、ミュージシャンやアスリートなど“天賦の才能”を有する人々に対して『タレント』という言葉が多く使われます。芸能人を『タレント』と称するのは日本特有ですが、“天賦の才能”という意味合いにおいては、欧米の使われ方と異なっているわけではありません。このように、文化による解釈の違いが、タレントマネジメントの制度設計や運用のあり方に影響を与えている部分もあるでしょう。
『タレント』には様々な側面で両義性が発生するため、その概念の解釈にはいくつかの論点があります。そのうち、解釈を『主観』『客観』に大別するアプローチを紹介します」
石山「まず、タレントを『才能』という特性として捉えるのが客観アプローチです。他方で、タレントを『人』として捉えるのが主観アプローチです。
客観アプローチでみる『才能』としてのタレントは、『生まれつきのものなのか、それとも熟達するものなのか』という対立があります。それに加えて、ポジションとして『組織に貢献するべきであり、それでこそ力が発揮できるのだ』という点もありますし、『組織やポジション、タイミングに適合すること』も大事だと言われてるんですね。
主観アプローチでみる『人』としてのタレントは、限られた一部の人をタレントとして『選別』してみるのか、あるいはすべての人をタレントとして『包摂』してみるのか、という違いがあります。
この『選別か包摂か』という理論は、『マタイ効果』と『マルコ効果』の考え方に関連しています。『マタイ効果』は聖書のマタイによる福音書に由来していて、富める者がさらに富むという『選別』のアプローチです。研究者で例えると、一度良い論文が発表できることで、多くの肯定的な評価や報酬を得られて、その後もますます良いものが発表できるようになる、ということですね。
対して『マルコ効果』は、新約聖書のマルコ書にある『金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通るほうが容易い。先にいる多くの者が後にあり、後にいる多くの者が先になる』いう寓話に由来しています。一部の高い地位の人に資源を集中することは、その他のメンバーの士気が低下することでもある。だから、組織の全員に注力することで、組織全体の職務満足や生産性、協働する文化が向上するのだというのが『包摂』のアプローチです。
このように、タレントマネジメントやタレントの考え方については、あらゆる側面で対立を孕んでいます。実践として自社で取り入れていくにあたってのポイントは4つに整理できます」
石山「1つ目の『全員に注力するか、一部に注力するか(包摂か選別か)』という論点は、先にお話ししたとおりですね。
2つ目の『生まれながらか、後天的か』については、生まれながらの才能を重視するのであれば、企業の人事施策として『いい人を採用する』buy(外部採用)の戦略になります。後天的に育成できると考えるならば、make(内部育成)の戦略になるんですね。
3つ目にある『インプットか、アウトプットか』というのは、『タレントをどのように選抜するのか』というアセスメントの観点です。タレントを、その人の動機や努力、キャリア志向性など、外部からは見えないが本人が持っている『インプット』を重視するのか。それとも、業務の成果など外部から見える『アウトプット』で今の能力を評価するのか、という対立点です。
4つ目の『移転可能か、文脈依存か』というのは、タレントをどこでも活躍できる『移転可能』な存在と考えるのか、特定の状況だから活躍できる『文脈依存』と考えるのか、という論点ですね。でも、これも両方あり、『あの人は優秀だからどの部署行っても活躍する』みたいな場合もあると思いますし、『あの人って、この会社のこの部署だとすごく力を発揮するけど、他の環境では難しいよね』みたいな話もあったりします。
今述べた4つのポイントは、どれもタレントの解釈やタレントマネジメントにおいて重要な要素ではあるのですが、正解はないんです。これらの対立する両義性が存在する中で、どちらを取っていくべきかは、組織の考え方や目指す方向によっても異なってきます。この選択の難しさが、タレントマネジメントの難しさでもあるんです」
従来の「適者生存」ではない、「適者開発」の人事アプローチとは
石山「今までの日本の伝統的な人事は『適者生存』だったのではないかと思います。新卒一括採用で入社した人材が突然選抜されるのではなく、十数年かけて複数の部署をローテーションして、全ての上司から良い評価を受けた人が生き残る形です。雇用契約に具体的な職務が定められず、人事異動の度に『空白の石板』に職務内容が書き込まれていくことになります。これは当人にとって職務概念が欠如してしまうことにも繋がり、はたして『尖った人』が出世できるのか、という疑問が残ります。
一方で、タレントマネジメントには『適者開発』という考え方があります。自社の事業戦略や組織文化に基づいた求める人材像を明確化して、その求める人材像を開発していくというアプローチです。
この適者開発のアプローチ理論のひとつに、『グローバルタレントマネジメント(GTM)』というものがあります。その定義は複数あり統一されてはいませんが、共通する定義としては『グローバルな激しい競争環境にある多国籍企業の戦略の方向と合致して、国際人的資源管理における施策を有効活用しながら、高いレベルの人的資本であるタレントを引きつけ(attract)、開発し(develop)、留め続ける(retain)こと』と整理できます。主に多国籍企業におけるタレントマネジメントの考え方ですが、この考え方は多国籍企業でなくとも応用できるものです。 この『GTM』の中核を為す構成要素が『GTMルーティーン』で、以下の図に示されるものです」
石山「『GTMルーティーン』とは、求める人材像を『キーポジション』として明確にし、このキーポジションで成果を発揮する人材を『タレントプール』で開発することで有能な人材がキーポジションを充足でき、組織独自の『差異化された人事アーキテクチャー』を構築する、という一連のサイクルのことです。この3つは密接に関係しあう相互依存関係にあり、どれが欠けても成立しないとされています。
これは選別アプローチに分類されるものですが、全社員をタレントマネジメントの対象として考える包摂アプローチの手法も別に存在しています。一言で言うと、『全員が才能を有する前提の上で、適者開発していく』考え方ですね。そうすると、個人の才能にフィットした能力開発がされていくので、全員が幸せになりますよね。近年、『ポジティブ組織行動論』のような組織の中の幸福感を重視する考え方にも注目が高まっていますが、それに近いアプローチが包摂型のタレントマネジメントなんですね」
越境学習とは「既存実践の拒絶」であり、“阻害”すらも学びとなる
話題提供を受け、安斎は『問いのデザイン』についての石山さんの感想を振り返りながら、改めて「問い」と「越境学習」との共通点について対話を行いました。
安斎「石山さんから『問いのデザインは、越境学習の伴走者に求められるスキルに繋がる』という感想をいただいていましたよね。どのようなところが繋がると思われたのかを、少し詳しくお聞きできればと思います」
石山「越境学習の実践と照らし合わせながらお話しすると、人が越境した上で何をするかと言うと、何らかの課題を解くことになるわけですよね。ところが、その越境がうまくいかない時がある。ホームにいる自分のまま、ホームの前提で正解としての問いを立てて、それだけ解いて帰っちゃうっていうことがあるんですね。
例えば、複数の企業5社くらいでチームを作って半年くらい地域に行き、その人たちの課題を解く、というような取り組みがあるとします。そういう時に『あなたたちの地域のオペレーションは遅れてますね』『企業や自治体が導入している主流のオペレーションはこれですよ、だからこれを導入しましょう』という解き方をしてしまうことがあるんです。でも、それはホームの前提ありきの解決であって、アウェイの前提に沿っているかという疑問が残ります。
そうならないためには、越境学習の伴走者が『本当に立てるべきはその問いなのだろうか?』という視点を持つことが必要になります。そのスキルとは一体何なのか、ということが実は越境学習の界隈で議論になってたんですよ。従来のファシリテーションやコーチング、カウンセリングとも違う、また別のスキルですよね。そんな時に『問いのデザイン』でリフレーミングの内容を読んで、『これだ!』と思ったんです」
安斎「なるほど、そうだったんですね。確かに、越境して地域課題を解決する事案は増えていますよね。越境学習ではアウェイに行って、もともと持っていた思考の枠が揺さぶられたり、その枠から外に出てアンラーニングしていくのがポイントなのに、ホームの枠の中にいたまま問題を解決してしまう。そういうときに、メタ認知的に問いをリフレーミングする伴走者の役割が必要になるんですね」
続く参加者からの質疑応答では「越境学習には向き不向きがあるのでは」と質問がありました。これに対し石山さんは、自身の研究室内でこれを「小さな一歩問題」と呼んでいるとした上で、「向き不向きはあるものの、小さな成功体験をすると意外に誰でも越境することができる」と回答しました。
また、安斎が「この場にいる参加者も、まさにこの課題を持つ人がいるのでは」と「外部から学習して持ち込んでも、内部で受け入れられない場合にどうすればよいか」という質問をピックアップ。石山さんは以下のように回答しました。
石山「その場合に対応することは2つあって、1つ目は組織側が越境学習を歓迎するような文化に変えること、2つ目はその“阻害”すらも学びであるとリフレーミングすることなのではないかなと。実は、その阻害は越境学習の初期段階であることも多いんです。越境学習とは、そもそも『既存実践の拒絶』でもあります。実践共同体においては、実は個人と集団の学習を区別しません。個人の変容が個人の学習でもあり、既存の学習を拒否することで正統性を帯びていくんです」
この他、「他社出向は越境学習になるのか」や「タレントマネジメントの目線で評価制度をデザインする方法」など、越境学習とタレントマネジメントに関する多くの対話が行われました。
本イベントのフルでのアーカイブ動画は、CULTIBASE Lab限定で配信しています。
枠を超える人と組織をいかに育てるか?
CULTIBASE Labでは問いのデザインゼミのようなイベントに加え、毎週配信される動画コンテンツやメルマガ、また会員専用のオンライングループでの交流を通じて、人とチームの「創造性」を最大限に高めるファシリテーションとマネジメントの最新知見を学びます。興味のある方は、まずは下記より詳細をご確認ください。
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ライター:田口 友紀子
フリーランスのライター・編集者。東京都在住。FICCにてプランナー・ディレクターとしてプロモーション企画やコンテンツ制作に従事。やがて自身の文章への執着心に気づき、PR会社勤務を経てライター・編集者として独立。人の動機や感情に焦点を当てながら、伝わる言葉を紡ぐことを目指している。