こんにちは、舘野泰一です。私は立教大学経営学部の准教授として、若年層を対象にしたリーダーシップ教育に関する研究・実践をしています。
本連載では「リーダーシップ教育の最前線」として、リーダーシップ教育の背景となる理論や、実践の手法について紹介します。
第1回目の記事では、リーダーシップ教育の前提となる「新しいリーダーシップの考え方」について、考え方のポイントを整理します。
「リーダーシップ」とは何か?
あなたは「リーダーシップ」という言葉を聞いてどのような人物・キーワードを連想しますか?
授業や研修でこの質問をすると、
・社長、総理大臣、キャプテン
・責任をとる、決断する、引っ張る、まとめる
などがよく連想されます。たしかに、リーダーシップと聞くと「リーダー的な役割の人が、どんどんと引っ張ることをする」のが一般的なイメージのようです。しかし、これらはリーダーシップの1つの側面を表したものに過ぎません。
こうした「リーダーシップについてよくある誤解」は以下の3つに集約することができます。
1.リーダーシップはリーダーだけが発揮するものである
2.リーダーシップ行動は人を引っ張ったりまとめたりするものである
3.リーダーシップはセンスや才能で決まるものである
これを読んで「えっ、本当に誤解なの?」と思われる方も多いのではないでしょうか。近年のリーダーシップ論ではこうした見方をしないのです。
新しいリーダーシップの考え方
さきほどの3つのポイントについて、新しいリーダーシップの考え方をもとに説明すると、以下のようにまとめることができます。
1.リーダーシップは全員が発揮する(できる)ものである
2.リーダーシップは陰から支える行動も当てはまる
3.リーダーシップは学習可能である
リーダーシップはリーダーだけが発揮するものではありません。全員が発揮することができ、それによって高い成果を挙げることができます。リーダーシップの発揮は単に「周りを引っ張ること」を意味しません。陰からチームの支えるような些細な行動も当てはまります。チームの目標達成に資する行動はすべてリーダーシップ行動です。そして、効果的なリーダーシップ行動を発揮することは、誰でも学習することが可能なのです。
こうしたリーダーシップの考え方は、一般的なイメージと少し異なるため、違和感を感じることもあるかもしれません。新しいリーダーシップの考え方が出てきた背景には、リーダーシップに関する研究蓄積がなされてきたこともありますが、近年の社会状況の変化も大きな影響を与えています。これらの詳細について、以下に説明していきます。
「リーダー」と「リーダーシップ」は異なる
最初のポイントになるのは、リーダーシップは「リーダーのみ」が発揮するものではない点です。
元々「リーダーシップの定義」には「リーダーが発揮するべきもの」という“だれが”の視点は明示されていません。例えば、リーダーシップは「職場やチームの目標を達成するために他のメンバーに及ぼす影響力」(石川 2018)と定義されます。ここにも“だれが”とは明示されていません。
少しややこしいのですが、まず最初に押さえるべき大事なポイントは「リーダー」と「リーダーシップ」は別物だということです。リーダーという役割の人は、リーダーシップの発揮を特に期待されますが、リーダーシップの発揮は「リーダーだけのもの」ではありません。その他のメンバーでもリーダーシップを発揮することができるのです。これを分けて考えることが最初の一歩になります。
これはさきほど「リーダーシップは陰から支える行動も当てはまる」と書いたことと関連します。
リーダーが「うちの会社のビジョンはこれだ!」と示すことはわかりやすいリーダーシップ行動ですが、その他のメンバーが「会議で全員の議論がわかりやすく進行するように、ホワイトボードで議論を可視化する」などの行動も、リーダーシップの発揮と捉えることができます。
まずこのように捉えることで、「組織の問題をリーダー任せにしない」、「リーダー以外も自分ができる行動を考えて、チームに貢献することができる」ことになります。
「全員発揮のリーダーシップ」という考え方
チームの中で、リーダーの役割の人だけでなく、メンバー全員でリーダーシップを発揮している状態のことを、アカデミックなキーワードでは「シェアド・リーダーシップ」と呼びます。1人がリーダーシップを発揮しているのではなく、チームで分散・共有しているようなイメージです。私はこれをわかりやすく「全員発揮のリーダーシップ」と呼んでいます。
全員発揮のリーダーシップが求められる背景には、「決まったことを素早く大量におこなう時代」から、「まだ正解がわからないことを探索的かつ実験的におこなう時代」になってきたからということができます。
いわゆるリーダー役の人が「やるべきことや正解」を理解した上で、それらをミスなく、素早く大量に実施するのであれば、その他のメンバーにリーダーシップをあまり期待しなくてもよかったかもしれません。
しかし、リーダーも答えがわからず「これまでと違うやり方を試す必要がある場合」や、「新しいものを生み出す場合」、「現場で素早い意思決定が必要な場合」、「個々のメンバーの専門性が高い仕事をする場合」については、メンバー全員がリーダーシップを発揮することが効果的です(石川 2018)。
具体的に、コロナの状況で、企業がさまざまなものをオンライン化などで対応しなくてはならなかった場面を想像してみましょう。こうした状況はリーダーもはじめて直面する事態であり、どのような対処をするのが正解なのかがわかりません。そうしたときに、うまく対応ができたチームでは、チームメンバーが役職に関係なく、その場でできることや、やれることを考え、行動していたのではないでしょうか。
例えば、職場の新人が「オンラインで使える便利なツール」を見つけてきてチームに共有したり、上司がオンライン会議のシステムを使えるように支援したりといった行動をする。他にも、役職についていないメンバーが、コロナで通常通りサービス展開できなくなったものに対して、「今回はこの部分を一部オンライン化したら、実施できるのではないでしょうか?」と提案するチームは、不確実な状況の中でも前進していきます。
一方で、こうした事態であっても、リーダーに全ての対応や意思決定を任せている職場では、リーダーは自分自身でも答えがわからない問題に対してひとりで考えなくてはなりません。そうすると、リーダーは過度な責任感を抱えてしまい、それがプレッシャーとなって結果として有効な打ち手を見いだせない可能性は高いのではないでしょうか。
このように「全員発揮のリーダーシップ」は、変化の大きい世の中で特に有効な考え方なのです。
効果的なリーダーシップ行動ができるようになるためには?
こうした全員発揮のリーダーシップが発揮できるような人材はどのように育てることができるのでしょうか?
リーダーシップと聞くと「いや、でも自分はリーダーには向いていないし」と思われる方は多いと思います。
初期のリーダーシップ研究では「リーダーに向いている生まれながらの資質」を探る研究がなされてきましたが、現在は「リーダーシップは学習可能」という見方を前提として、リーダーシップ開発・教育に関する研究が蓄積されつつあります。
リーダーシップ開発・教育に関する研究群を、この記事の中で詳細に説明すると、さらに分量が増えてしまうので、初回のこの記事の中では簡潔に説明し、詳しくは次回以降の記事で説明していきます。
この記事でポイントとして押さえていただきたいのは、近年では「経験学習型リーダーシップ教育」と言われる、「リーダーシップをリアルな現場で発揮し、その行動を他者からのフィードバックをもとに振り返る手法」が特に注目されているということです。
例えば、企業の中で、部門を横断したメンバーでチームを組み、新規事業を考えるプロジェクトをおこなったり、地域と連携して地域の問題解決をおこなうプロジェクトをおこなったりすることを通して、リーダーシップについて学習する方法のことを指します。
その背景には、個々人が効果的なリーダーシップを発揮する上で、「実際にリーダーシップを発揮する経験をすること」が成長を促すという見方や、その中で「他者からフィードバックをもらうことで、自分自身の自己理解を高めることが重要」だという見方があります。
リーダーシップについての知識を高めることはもちろん重要ですが、それだけでは実際に行動するまでには距離が遠く、自分にあったリーダーシップ行動がどのようなものなのかがわからないからです。
経験学習型リーダーシップ教育の特徴
「経験学習型リーダーシップ教育」のプログラムは大きく2つの要素で構成されています。リーダーシップ教育をおこなう側の視点に立つと、この2つを意識的にデザインすることが重要です。
1.リーダーシップを発揮する環境づくり
2.経験を成長につなげるための仕組みづくり
リーダーシップを発揮する環境づくりとは、参加メンバーがリーダーシップを発揮せざるをえないような「新規で困難な経験」ができるように場を設計することです。それが例えば、「新規事業開発」や「地域の問題解決」といった文脈の設定です。こうしたプロジェクトは、ひとりだけで立ち向かうことは難しく、メンバーがお互いリーダーシップを発揮し合う必要があります。
プログラムの設計では、単に「新規事業開発をしてください」というのではなく、「具体的にどのようなプロジェクト課題に取り組むのか」といった「課題の難易度ややりがいの調整」がポイントになります。課題は難しすぎても、簡単すぎてもいけません。これが1つ目の設計ポイントです。
一方、リーダーシップの学習をするためには、リーダーシップに関する経験だけをしていては成長につながりません。この経験を学びにつなげるのが、他者からのフィードバックや振り返りです。
リーダーシップは「他者への影響力」であるという点から、自分がした行動が「他者からみてどのように感じられていたのか?」を知り、それらをもとに振り返ることが大切です。自分がよかれと思った行動でも、他者にとっては「むしろやる気がなくなった」とネガティブな影響を与えてしまうことはよくあります。
一方、自分はほとんど意識せずに自然にしていた行動が、他者が「とても発言しやすい」などポジティブな影響を与えていることがあります。
このように、自分と他者の見え方の違いについて自覚化し、認識のズレを埋めていくことが、効果的なリーダーシップ行動をおこなう上でとても重要です。
そのため、プログラムの設計では、必ず「リーダーシップについてのフィードバックや振り返り」の時間をとります。もちろん、単純に「お互いフィードバックをしてください」と言っても、どのようにフィードバックしたらいいか困ってしまうので、フィードバックの視点を示したり、どのような目的でフィードバックをするのかを説明するといった設計が必要になります。
これらの細かな設計ポイントについては、また別の記事で詳細を説明したいと思います。
今回の記事ではリーダーシップ教育の前提となる「新しいリーダーシップの考え方」について、概要を説明しました。次回は、よりリーダーシップ教育の設計のポイントに踏み込んで書いていきたいと思います。楽しみにしていてください。
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ライター:舘野泰一(立教大学経営学部 准教授)
東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学後、東京大学大学総合教育研究センター特任研究員、立教大学経営学部助教を経て、現職。博士(学際情報学)。大学と企業を架橋した人材の育成に関する研究をしている。具体的な研究として、リーダーシップ開発、越境学習、ワークショップ、トランジション調査などを行っている。主な著書に『リーダーシップ教育のフロンティア 研究編・実践編』(共著・北大路書房)、『アクティブトランジションー働くためのウォーミングアップ』(共著・三省堂)がある。