人と組織の創造性を高めるファシリテーター、マネージャーにとって「問いのデザイン」のスキルは必要不可欠です。連載「問いのデザインの思考法」では、日々の業務において良い問いを立てるための手がかりや、問いのデザイン力を総合的に鍛えるためのトレーニングの方法について解説していきます。今回のテーマは「ライトを当てる」です。
問いは、未知数を照らす「ライト」である
チームのファシリテーションやコミュニケーションの場面において、他者に投げかける「問い」が重要である理由は、問いが、集団における「未知数」を照らすスポットライトのような機能を持っているからです。
「未知数」とは、数学の方程式において、「X」や「Y」などで表される、まだ数値がわかっていない数のことです。たとえば、「2X+3=7」と提示されたら、中学1年で教わる一次方程式を勉強した人であれば「X=2」であることを明らかにできるでしょう。
しかしチームで進める日々の仕事においては、未知数は当然1つではありません。いま向き合うべき課題はなにか。最適な手段は何か。会社のトップはいま何を考えているのか。あのメンバーはなぜあんなに熱心にアイデアを語っているのか。それを見ているあのメンバーは、何を思って黙っているのか。最近は忙しいのか、余裕があるのか。何にこだわって働いているのか。何が得意で、何が苦手なのか。そもそもなぜこの仕事に就いたのか。今後、どうなっていきたいのか。挙げればキリがないほど、チームには「まだ明らかになっていないこと」が無数にあります。
忙しい日々のなかで、私たちは周囲の一人ひとりの「未知数」を、いちいち気にかけようとはしません。しかし投げかける「問い」の工夫によって、ひとたび「未知数」にスポットライトを当てると、あなたと相手のあいだで関心が共有されて、「未知数を明らかにしよう」というエネルギーが生まれます。そしてどの未知数に、どのような角度でライトを当てるかによって、相手に生起する感情や認知的な反応の質が変わる。これが、問いかけの本質です。
ライトの当て方によって、相手の反応は変わる
少し身近な質問を例に考えてみましょう。たとえば、「昨晩、何を食べましたか?」という問いを思い浮かべてみてください。このように問いかけられたら、あなたはおそらく昨晩の記憶を振り返って、実際に食べたメニューを想起するでしょう。忙しかったり、ダイエット中だったりして食事をとらなかったのであれば、「何も食べなかったな」と考えるはずです。この質問は、あなたに「記憶を思い出す」という反応を起こすことに成功しました。
もしこれが、「1年前の今夜、何を食べていましたか?」という問いだったら、どうでしょうか。よほど記憶力に自信があったり、たまたま何かの記念日だったりしなければ、正確な記憶を思い出すことはできないでしょう。困ったあなたは、スケジュール帳やスマートフォンの写真フォルダの記録データを調べることで、手がかりを探すかもしれません。先ほどと同じような問いでも、「1年前」という条件が加わることで、引き起こされる反応は「記録を調べる」ことに変わりました。ただし、調べても手がかりが見つからなければ、問いに答えることができませんから、反応は「お手上げ」となるでしょう。
あるいは「この近くに、評判の良い和食の店はありますか?」という問いは、どうでしょうか。もし心当たりがあれば、あなたの反応は、その「知識を披露する」ことになるでしょう。もし特に心当たりがなければ、その場でスマートフォンを取り出して、「情報を検索する」かもしれません。
このように、どの未知数に、どのようにライトを当てるかによって、相手に誘発される「反応」の性質は、まったく別のものになります。
「昨晩、何を食べましたか?」→「記憶を思い出す」
「1年前の今夜、何を食べていましたか?」→「記録を調べる」「お手上げ」
「この近くに、評判の良い和食の店はありますか?」→「知識を披露する」「情報を検索する」
このメカニズムは、問いの性質の奥深さについて理解する上で、とても重要です。もう少し別の例も交えて、その原理を探っていきましょう。
たとえば「これまでの人生で、最も”豊か”に感じられた食事はなんですか?」と問いかけられたら、いかがでしょうか。ずいぶん壮大な問いですから、すぐには答えられないかもしれませんが、せっかくの機会ですので、考えてみてください。
これまでの問いのように、単に「記憶」「記録」「知識」「情報」を手がかりにするだけでは、答えられそうにありません。
そもそも、自分にとって、”豊か”な食事とは、どんなものだろうか?食事に限らず、人生における”豊かさ”とは、いったいなにか?
自分の根源的な価値観について深く内省しなければ、納得のいく結論は出せないでしょう。もしかすると、すっかり悩みこんでしまったかもしれません。
そんなあなたに、「助け舟」となる追加の問いを投げかけましょう。
「無理に一番を決めなくても構いません。いま頭に浮かんでいる、これまで”豊か”に感じられた食事の思い出を、いくつか教えてもらえませんか?」
このように聞かれたら、あなたは少し気が楽になって、ちょうど頭に浮かんでいた2つか3つの候補について、語ることができるかもしれません。この時点では「”豊かさ”とは何か」について、まだ納得のいく結論には辿り着けていないかもしれません。それでも、あなたから語られる過去の食事のいくつかの思い出は、これまでの人生で培ってきた価値観の片鱗が反映された、「あなたらしいエピソード」になっているはずです。こうして、この問いはあなたが「価値観を内省する」機会をつくりだすことができました。
このように、同じ「食事」に関連する問いを一つとっても、ライトの当て方を変えることで、相手の「記憶」を喚起したり、「知識」を引き出したり、「価値観」を表出させたりなど、さまざまな反応を引き起こすことができます。
1on1やミーティングのファシリテーションの場面などで「問い」を投げかけるときに、いまチームにとって、ライトを当てるべき未知数はなにか?どのような角度からライトを当てると、望ましい反応が生まれるだろうか?と考えてみると、問いかけの質があげられるかもしれません。
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