ライトを当てる:連載「問いのデザインの思考法」第6回

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ライトを当てる:連載「問いのデザインの思考法」第6回

人と組織の創造性を高めるファシリテーター、マネージャーにとって「問いのデザイン」のスキルは必要不可欠です。連載「問いのデザインの思考法」では、日々の業務において良い問いを立てるための手がかりや、問いのデザイン力を総合的に鍛えるためのトレーニングの方法について解説していきます。今回のテーマは「ライトを当てる」です。

問いは、未知数を照らす「ライト」である

チームのファシリテーションやコミュニケーションの場面において、他者に投げかける「問い」が重要である理由は、問いが、集団における「未知数」を照らすスポットライトのような機能を持っているからです。

「未知数」とは、数学の方程式において、「X」や「Y」などで表される、まだ数値がわかっていない数のことです。たとえば、「2X+3=7」と提示されたら、中学1年で教わる一次方程式を勉強した人であれば「X=2」であることを明らかにできるでしょう。

しかしチームで進める日々の仕事においては、未知数は当然1つではありません。いま向き合うべき課題はなにか。最適な手段は何か。会社のトップはいま何を考えているのか。あのメンバーはなぜあんなに熱心にアイデアを語っているのか。それを見ているあのメンバーは、何を思って黙っているのか。最近は忙しいのか、余裕があるのか。何にこだわって働いているのか。何が得意で、何が苦手なのか。そもそもなぜこの仕事に就いたのか。今後、どうなっていきたいのか。挙げればキリがないほど、チームには「まだ明らかになっていないこと」が無数にあります。

忙しい日々のなかで、私たちは周囲の一人ひとりの「未知数」を、いちいち気にかけようとはしません。しかし投げかける「問い」の工夫によって、ひとたび「未知数」にスポットライトを当てると、あなたと相手のあいだで関心が共有されて、「未知数を明らかにしよう」というエネルギーが生まれます。そしてどの未知数に、どのような角度でライトを当てるかによって、相手に生起する感情や認知的な反応の質が変わる。これが、問いかけの本質です。

ライトの当て方によって、相手の反応は変わる

少し身近な質問を例に考えてみましょう。たとえば、「昨晩、何を食べましたか?」という問いを思い浮かべてみてください。このように問いかけられたら、あなたはおそらく昨晩の記憶を振り返って、実際に食べたメニューを想起するでしょう。忙しかったり、ダイエット中だったりして食事をとらなかったのであれば、「何も食べなかったな」と考えるはずです。この質問は、あなたに「記憶を思い出す」という反応を起こすことに成功しました。

もしこれが、「1年前の今夜、何を食べていましたか?」という問いだったら、どうでしょうか。よほど記憶力に自信があったり、たまたま何かの記念日だったりしなければ、正確な記憶を思い出すことはできないでしょう。困ったあなたは、スケジュール帳やスマートフォンの写真フォルダの記録データを調べることで、手がかりを探すかもしれません。先ほどと同じような問いでも、「1年前」という条件が加わることで、引き起こされる反応は「記録を調べる」ことに変わりました。ただし、調べても手がかりが見つからなければ、問いに答えることができませんから、反応は「お手上げ」となるでしょう。

あるいは「この近くに、評判の良い和食の店はありますか?」という問いは、どうでしょうか。もし心当たりがあれば、あなたの反応は、その「知識を披露する」ことになるでしょう。もし特に心当たりがなければ、その場でスマートフォンを取り出して、「情報を検索する」かもしれません。

このように、どの未知数に、どのようにライトを当てるかによって、相手に誘発される「反応」の性質は、まったく別のものになります。

「昨晩、何を食べましたか?」→「記憶を思い出す」
「1年前の今夜、何を食べていましたか?」→「記録を調べる」「お手上げ」
「この近くに、評判の良い和食の店はありますか?」→「知識を披露する」「情報を検索する」

このメカニズムは、問いの性質の奥深さについて理解する上で、とても重要です。もう少し別の例も交えて、その原理を探っていきましょう。

たとえば「これまでの人生で、最も”豊か”に感じられた食事はなんですか?」と問いかけられたら、いかがでしょうか。ずいぶん壮大な問いですから、すぐには答えられないかもしれませんが、せっかくの機会ですので、考えてみてください。

これまでの問いのように、単に「記憶」「記録」「知識」「情報」を手がかりにするだけでは、答えられそうにありません。

そもそも、自分にとって、”豊か”な食事とは、どんなものだろうか?食事に限らず、人生における”豊かさ”とは、いったいなにか?

自分の根源的な価値観について深く内省しなければ、納得のいく結論は出せないでしょう。もしかすると、すっかり悩みこんでしまったかもしれません。

そんなあなたに、「助け舟」となる追加の問いを投げかけましょう。

「無理に一番を決めなくても構いません。いま頭に浮かんでいる、これまで”豊か”に感じられた食事の思い出を、いくつか教えてもらえませんか?」

このように聞かれたら、あなたは少し気が楽になって、ちょうど頭に浮かんでいた2つか3つの候補について、語ることができるかもしれません。この時点では「”豊かさ”とは何か」について、まだ納得のいく結論には辿り着けていないかもしれません。それでも、あなたから語られる過去の食事のいくつかの思い出は、これまでの人生で培ってきた価値観の片鱗が反映された、「あなたらしいエピソード」になっているはずです。こうして、この問いはあなたが「価値観を内省する」機会をつくりだすことができました。

このように、同じ「食事」に関連する問いを一つとっても、ライトの当て方を変えることで、相手の「記憶」を喚起したり、「知識」を引き出したり、「価値観」を表出させたりなど、さまざまな反応を引き起こすことができます。

1on1やミーティングのファシリテーションの場面などで「問い」を投げかけるときに、いまチームにとって、ライトを当てるべき未知数はなにか?どのような角度からライトを当てると、望ましい反応が生まれるだろうか?と考えてみると、問いかけの質があげられるかもしれません。

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以下の動画では、人気セミナー「問いかけの作法:チームのポテンシャルを活かす技術」のアーカイブをご視聴いただけます。今回の記事で紹介した基本的な性質をベースに、チームのポテンシャルを引き出す「良い問いかけ」原則や技術について解説しています。

https://www.cultibase.jp/videos/7378

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問いのデザインの思考法

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人と組織の創造性を高めるファシリテーター、マネージャーにとって「問いのデザイン」のスキルは必要不可欠です。特集「問いのデザインの思考法」では、日々の業務において良い問いを立てるための手がかりや、問いのデザイン力を総合的に鍛えるためのトレーニングの方法について解説していきます。

人と組織の創造性を高めるファシリテーター、マネージャーにとって「問いのデザイン」のスキルは必要不可欠です。特集「問いのデザインの思考法」では、日々の業務において良い問いを立てるための手がかりや、問いのデザイン力を総合的に鍛えるためのトレーニングの方法について解説していきます。

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著者

株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO

東京大学大学院 情報学環 客員研究員

1985年生まれ。東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO/東京大学 特任助教授。

企業経営と研究活動を往復しながら、人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論を探究している。主な著書に『問いのデザイン』、『問いかけの作法』、『パラドックス思考』、『リサーチ・ドリブン・イノベーション』、『ワークショップデザイン論』『チームレジリエンス』などがある。

X(Twitter)noteVoicyhttp://yukianzai.com/

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