知の探索の“三段跳び”理論:連載「組織学習の見取図」第6回

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知の探索の“三段跳び”理論:連載「組織学習の見取図」第6回

組織がイノベーションを生み出すためには、日常から変化をし続けることが必要です。特集「組織学習の見取図」では、組織の変化のメカニズムに迫る「組織学習(organizational learning)」領域の理論と実践知について探究していきます。

これまでの記事では、組織学習のプロセスの全体像を示しながらも、ある領域に習熟したエキスパートが保有する「技」の構造や、コミュニティにおいて「一人前」になっていくプロセス(正統的周辺参加)について解説してきました。

組織学習の2つのモード:知の深化と探索

これらの知見は、組織学習の異なる2つのモードである「知の深化」と「知の探索」のうち「知の深化」に該当する学習過程です。

知の深化(Exploitation)
既存の事業を深めていくこと。絶え間ない改善を重視する。設定した目標や価値基準に従って、行動を改善させていく「シングル・ループ学習」「低次学習」に該当する。

知の探索(Exploration)
新しい事業を開拓すること。実験と行動を通した学習を重視。固定された目標にとらわれずに、既存の前提を問い直し、新しい選択肢を拡張させていく「ダブル・ループ学習」「高次学習」に該当する。

組織の従業員が自分の役割に従って技を磨き、一人前となっていくプロセスは、既存事業を漸進的に改良していく上で、欠かせません。しかしイノベーションの観点からは、組織の「知の探索」も軽視できません。

得意技に磨きをかけるだけではなく、たまには「現在の視野」の外側に逸脱し、未だ「やったことがないこと」に意識的に挑戦していかなければ、中長期的には変化のエネルギーが失われ、同じようなことを繰り返し続けてしまうリスクがあるからです。

そこで早速「知の探索」に注力しようと、社内にイノベーションプロジェクトを立ち上げるも、そう簡単にうまくいきません。”既存事業を改善する”という明確な指標において足並みを揃えやすかった「知の深化」と違って、何をもって「知の探索」とするのか、目線が合わずに、散漫なプロジェクトになりやすいからです。

知の探索の3つのレイヤー

知の探索を推進していく上では、探索のレイヤーを事前にすり合わせておくことが肝要です。

前提として、事業の性質を決定づける変数には、大雑把に分けると3つのレイヤーが存在します。

Why:事業の意味。存在意義。なぜ作るのか。
What:事業の概要。提供価値。何を作るのか。
How:事業の仕様。どのように実現するのか。

このうち、既存事業のWhy・What・Howにとらわれずに、実験的に「知の探索」をする場合に、Whyのレイヤーから根本的に問い直すのか。Whyは既存の理念を軸としながらWhatのレイヤーで事業内容をリプレイスするのか。あるいは理念や事業内容は変えずに、Howのレイヤーの実現方法を革新するのか。一口に「知の探索」といっても、そのレベル感は様々です。

足並みが揃わないイノベーションプロジェクトを紐解くと、担当者AはHowのレイヤーの探索を模索しており、他方で担当者BはWhatのレイヤーで新規事業案を発散したいと考えている。しかし上司Cは、そもそもWhyのレイヤーから画期的な事業を考えて欲しいと思っている。そんな「レイヤーの違い」が起きていることが少なくないのです。

知の探索を「三段跳び」で捉える

知の探索を推進するときは、必ず最初に何を以て「知の探索」とするのか、目指すレイヤーを合意しておくことが必要不可欠です。筆者はこれを「三段跳び」に例えて、ホップ(Hop)レベルの知の探索、ステップ(Step)レベルの知の探索、ジャンプ(Jump)レベルの知の探索、というふうに呼び分けています。

ホップレベルとは、既存事業を拡張させる新しい実現方法を探索するアプローチです。事業の理念や、生み出すべき価値は変わらないかもしれませんが、サービスの形態を変えたり、提供コストを大幅に削減したりなど、様々なやり方が考えられます。生産工程のイノベーションは、これにあたります。

ステップレベルとは、現存する組織の使命、事業の理念は変わらず大切にしたまま、それを果たす新規事業を開発するアプローチです。ターゲットユーザーを変える。市場を変える。事業領域を変える。提供価値を変えるなどのレベル感が、これにあたります。意味のイノベーションなどのアプローチも、これにあたります。

ジャンプレベルとは、組織の使命や理念そのものを刷新し、存在意義ごと事業を問い直すアプローチです。下手をするとこれまでやってきた取り組みのちゃぶ台を返すことにもなりかねないため、ある程度、複数の事業を試行錯誤してきた経緯があり、その過程で見えてきた新たな使命や理念の兆しを手がかりに、理念を問い直すほうが健全です。

もし普段からホップやステップレベルの試行錯誤はしていて、それでも事業がマンネリ化しているのであれば、いきなり「ジャンプ」レベルの検討を走らせたほうが、インパクトがあるでしょう。しかしこれまでほぼ全てのリソースを「知の深化」に投資してきたのであれば、まずは「ホップ」レベルのプロジェクトから初めて、Howの試行錯誤から「ステップ」の兆しを探る方が、リスクが少ないかもしれません。

ホップもジャンプも、どちらも組織にとっては重要な「イノベーション」の工程です。目指すべき変化のレベル感をチーム内で定義して、効果的に「知の探索」と「知の深化」を使い分けることが、組織学習を成功させる勘所と言えるでしょう。

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組織学習の見取図

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イノベーションを起こすためには、組織がこれまでの方法や価値観に囚われずに、変化し続けることが必要です。特集「組織学習の見取図」では、組織の変化のメカニズムに迫る「組織学習(organizational learning)」と呼ばれる領域の理論と実践知について、体系的に解説していきます。

イノベーションを起こすためには、組織がこれまでの方法や価値観に囚われずに、変化し続けることが必要です。特集「組織学習の見取図」では、組織の変化のメカニズムに迫る「組織学習(organizational learning)」と呼ばれる領域の理論と実践知について、体系的に解説していきます。

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著者

株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO

東京大学大学院 情報学環 客員研究員

1985年生まれ。東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO/東京大学 特任助教授。

企業経営と研究活動を往復しながら、人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論を探究している。主な著書に『問いのデザイン』、『問いかけの作法』、『パラドックス思考』、『リサーチ・ドリブン・イノベーション』、『ワークショップデザイン論』『チームレジリエンス』などがある。

X(Twitter)noteVoicyhttp://yukianzai.com/

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