近年、組織変化のメカニズムに迫る「組織学習(organizational learning)」という考え方への関心・注目が集まっています。『CULTIBASE』でも、「組織学習の見取図」という連載を組み、その考え方や応用可能性を検討してきました。特に、組織学習はどのようにして進むのか:連載「組織学習の見取図」第3回では、組織学習の全体像や重要な概念についてご紹介しています。
組織学習はどのようにして進むのか:連載「組織学習の見取図」第3回
では、なぜいま組織学習が注目されているのでしょうか。
『コア・テキスト 組織学習』の著者であり、南山大学経営学部教授の安藤史江さんに、『CULTIBASE』編集長・安斎勇樹と副編集長・東南裕美が聞きました。
目次
組織学習とは、組織の知識や価値を発展させる営み
組織学習において重要な「正統性」の獲得
実践における組織学習と組織開発の距離
組織学習における「ポリティクス」という課題
変化を学習の好機と捉え、「組織アンラーニング」へ
組織学習とは、組織の知識や価値を発展させる営み
安斎:安藤さんの著書『コア・テキスト組織学習』は、社内の読書会で何度も読ませていただきました。今日はとても楽しみにしていました。どうぞよろしくお願いします。
安藤:こちらこそどうぞよろしくお願いします。
東南:まず、組織学習とはどのような学問分野なのかをお話いただいてもいいでしょうか?
安藤:組織学習とは、「組織の成功や失敗が必要な事柄を正しいタイミングで正しく学習できるかどうか」だと言えます。本来、それ自体が生き物ではないはずの「組織」がどのような仕組みで学習し、どうすればより効果的な学習が可能なのか、こういった問いの解明に取り組む学問です。
東南:安藤さんは、これまでに組織学習の視点から「両利きの経営」や「ダイバーシティ」といった先端のテーマを研究されてきたかと思います。組織学習の研究をするようになったのには、どのような経緯があったのでしょうか?
安藤:最初から経営学者を目指していたわけではないのですが、いろいろなご縁があり、経営学という領域で研究に携わるようになりました。その際、「自分が興味を感じるものは何だろうか?」と改めて考えました。すると、基本的には心理学や精神医学といった、人の心の動きに関係があるものに興味があるなと。大学院の指導教官だった高橋伸夫さんも、「成果主義」や「ぬるま湯的経営」など、組織における「人に関する問題」を取り扱う方でした。
当時、私が所属していた経営学の研究室では、製品の技術開発、技術戦略などの領域が流行りでした。でも、私はこの領域にはあまり関心を持てませんでした。それで、「組織文化を変える」ことに挑戦している組織を対象にして、その活動の前後の、組織メンバーの意識や行動の変化を分析・考察するという研究を始めたんです。
東南:組織の研究をし始めたのはそういった経緯からだったんですね。
安藤:はい。修士ではインタビューや社内資料を中心に研究を進めていったのですが、自分のスキル不足もあり、当時はそれだけだと得られる情報に限界を感じざるをえませんでした。そこで博士に進学してから、社会心理学の研究室で、心理の世界ではどういう調査や分析をするのかを学ばせていただき、そこから質問票調査(アンケート)を通じた組織の心理分析に足を踏み入れました。
研究手段としての質問票調査を依頼するようになると、当然のことながら、相手先企業から調査に協力・参加することで「どのような成果が得られるのか、自社にとってのメリットを明確に示してほしい」と言われます。では、どのようなお返しができるかを考えたときに、組織の「知識のレベルが高まる、価値の転換で学習活動が活発になる」という変化を示せたら企業の方にとっても役に立つし、面白いのでは?と考えるようになったんです。つまり、「組織学習」ということですね。
組織学習において重要な「正統性」の獲得
東南:著書では、組織学習において個人についても触れられています。個人の学習と組織の学習はどのように分けられるのでしょうか?
安藤:これは研究をするようになってからも、様々な人に質問されました。個人の学習は重要ですが、個人で終わってしまったら、組織の学習にはなりえません。組織の学習になるためには、「共有」が必要です。人に伝え始めてからが組織の学習になっていくと考えられます。
ただ、組織の中で共有される知識ってたくさんありますよね。そして、共有されるだけでは組織の知識として残らないものも多い。では、なにが組織の知識として残るのか、といえば、そこで大事になってくるのが「正統性」の付与であるといえます。
東南:私はもともと、実践共同体を研究していたので、いまの組織の正統性を得る知という考え方は大変興味深いです。
安斎:知識が正統なものとして、組織に記憶され、保存されるには何が必要なのでしょうか?例えば、現在の組織が外側へと「探索」していくプロセスも組織学習に包含されますが(参考)、探索が失敗して、知識が保存されなかったとしたら、組織学習ではそのプロセスはどう定義されるのでしょうか?
安藤:例をあげれば、社史を書いたときに残っているものは明らかに組織学習の結果だと言えます。ただ、その歩みの中で消えていっている無数のアイデアも必ずあるはずです。私は、本当はそれらも組織学習といっていいと考えています。
論文等でも、消えていった知識やアイデアの存在に触れているものは非常に多いんです。ただ同時に、組織からの正統性を結局得られなかったものは「それは(組織学習の)成功といえる?」という指摘や疑問を受けがちではあります。それでも、失敗等によって組織にスキルが蓄えられているのは確かなんです。
実際、組織にとって正統なものだけを優先し続けてしまうと、外部環境の変化等でこれまで掲げていた正統性が揺らぐような時期がきたときに、組織全体もぽっきりと根元から折れてしまいやすい。それに対して、正統性の外側への探索を許していた組織だと、変化に耐えられるだけのしなやかさを獲得しやすいと思います。
CULTIBASEでも、心理的安全性についての記事がありましたよね。組織の中で、探索的な学習を許す組織こそが心理的安全のある組織なのだと思います。
「心理的安全」なチームの4つの条件: 学習する職場をつくるための「心理的安全性」入門
安斎:なるほど。
安藤:一方、組織にとっては「両利きの経営」における深化(活用)にフォーカスして、利益を上げるために資源を投入することも必要です。そのために組織ではルーティン化や制度化が行われますが、それが過度になると組織の硬直化につながって組織の可能性を狭めてしまうんですね。ですから、硬直化しきってしまうかなり手前で、「そろそろ別のことを許してみようか」と、許容度を上げられるか、そのタイミングを見極められるかが組織の強さになるのではないでしょうか。
東南:これまでのお話だと、成果が目に見える形で出ているものだと組織学習の研究対象として調査しやすいのでしょうか。
安藤:おっしゃるとおりですね。例えば、「両利きの経営」は調査しやすい対象です。何かしらのアウトプットが出てますから。アウトプットから遡って、プロセスを明らかにしていくことができます。成果が出ていないと、事例を探すのが難しいんですよね。
理論的な研究は可能ですが、実証的もしくは実践の研究をしようとするとその点でハードルがあると感じています。
実践における組織学習と組織開発の距離
安斎:いま、実践のお話がありましたが、組織学習は実践としてどれくらい進んでいるんでしょうか?例えば、組織開発はファシリテーターが外部から支援するなど実践手段が確立してきています。組織学習は第三者が外部から支援可能なものなのでしょうか?
安藤:実践への取り組みはあると思います。ただ、研究者の視点からだと、全体像を正しく把握したうえで、というよりも、部分的に取り組みやすい領域での実践にとどまっている印象をもっています。例えば、ピーター・M・センゲが提唱した「学習する組織」に関するコンサルタントは増えています。ファシリテーターやコーディネーターの資格などもありますよね。この領域は、実践が進んでいますが、その取り組み方は組織学習というより、組織開発の領域にかなり近いのではないかと考えています。
また、組織学習の領域には、「学習曲線」なども含まれます。こちらは経営工学などの分野では長い間研究されてきたテーマです。その意味で、こちらも部分的には実践されているといえますが、それが組織学習全体での実践へと発展はしていません。今回、組織学習の体系的な本を執筆するのにあたって実はかなり苦労したのですが、その大きな理由の一つに、こうした分裂した形での部分的な知見の活用があったりします。
安斎:個人的に学習する組織は、組織学習全体の支援者ではないという認識だったのが理解できました。ダイナミックな実践をどう支援するかという大きな体系を構築しているところなのですね。
東南:安藤さんのお話を伺っていて組織開発との類似を感じていたのですが、やはり近い部分はあるのですね。
安藤:近いとは思っています。組織変革は、トップが言えば表面的には変えることができます。ただ、ソフトとハードの両面が噛み合った形、一人ひとりのリテラシーが伴っていないと、すぐにもとに戻ってしまいます。リバウンドを防ぐためには、ハードを変えるだけでなく、ソフトを変えるために組織学習に取り組んでおかないといけません。学習が起きている状態が、制度やシステムを用意することで一層促進されることが理想ですね。
以前、ルールを極力撤廃しているある会社のお話を聞きました。従業員が「こうやりたい」と言い出したときは一番熱量が高いとき。それなのに、組織にいろんな制度やルールがあると、その提案を承認・検討しているうちに熱量が下がってしまう。だから、やりたいときに、それを止めない制度づくりが必要だとおっしゃっていました。
ルールがなければ、従業員は熱量が高いときに挑戦する。ただ、そうすると各従業員が勝手に動き始めることによって、組織は混乱してしまいます。そこで、その組織では、そうならないように、採用のときからちゃんと組織としての考え方や価値観を共有していくそうです。何が良くて、何は良くないのか、ですね。そういう状態を用意しているからこそ、トップは最小限の関わりで動くということが可能になり、組織学習のサイクルが動かなくなったときだけ油を差すようにアクションしているそうです。
東南:組織開発における評価軸として、自己革新力が挙げられることがあります。いま、安藤さんがおっしゃったように、「健全じゃないな」と感じたときに健全な状態に変えていくための行動を自発的にとれる状態にあることが重要で、そのために組織学習は組織開発との絡みが欠かせないと感じました。
組織学習における「ポリティクス」という課題
安斎:これまでのお話を伺っていて感じたのですが、組織学習はトップダウンかボトムアップのどちらかだと、ボトムアップを想定しているのでしょうか?例えば、新しいルーティンを獲得していくために、M&Aなどによってトップダウンで強制的にルールが変わって正統化されることなども考えられますが、こういうケースも組織学習としては想定されるのでしょうか?
安藤:そこは難しいポイントですね。組織学習は、個人の学習がないと始まらないので、ボトムアップの性質はあります。ただ、正統性の獲得を考えると、組織の中でポリティクスに負けると組織の知、組織学習としては成立しえないんです。
これは最近、組織学習の領域で注目されている議論の一つでポリティクスとラーニングという二つのキーワードが入った論文は増えているんですよ。
安斎:ポリティクス、ですか。
安藤:はい。組織学習には、個人、チーム、組織の3つのレベルがあります。トップも現場もある取り組みや試みをやりたいとなっているのに、組織のどこかでいつの間にか話が止まってしまうことがありますが、その原因は実は組織に潜むポリティクスかもしれません。
こうした問題を乗り越えるためには、各組織においては、いつもどこで学習サイクルが止まるのか?を注視し、その上でどう乗り越えていくか?を考えていく必要があると思います。また、一般的にはトップとボトムの間で動きが止まることが多いので、ミドルマネージャーの役割が重要と考えています。
ミドルマネージャーは、ボトムの意見やアイデアをトップに伝える翻訳者。その際、日頃の人間関係や、信頼関係も大切になってきます。例えば、新入社員に対しては、何か発言をしたとき「君が発言するのはまだ早い!」「空気を読んで」などとは言わず、まず意見を聞いてあげるだけでも、それが巡り巡って組織の学習の促進・エンジンへとつながると思います。
安斎:他の心理的安全性の研究論文にもミドルマネージャーが重要なポジションと書かれていました。いろんな研究が「ミドル、がんばれ!」といっているんですね。
安藤:そう考えると、なかなか大変ですよね(笑)。
変化を学習の好機と捉え、「組織アンラーニング」へ
安斎:今、コロナによって様々な組織で一度学んだ知識や価値観を意識的に捨て去り、再び学び直す「アンラーニング(Unlearning)」が起きています。『コア・テキスト組織学習』の著書の中でも、「組織アンラーニング」という言葉が登場していました。組織学習にとっても、「アンラーン」は重要な考え方なのでしょうか。
安藤:はい。アンラーニングは個人単位でも起こるものですが、それを組織で行うことが組織アンラーニングになります。組織アンラーニングの対象は、組織として共有している知識や価値観、ルーティンなどです。適切なタイミングで組織アンラーニングができるか否かは、組織の存続にとって死活問題といえます。
アンラーンを提唱したヘドバーグによれば、組織アンラーニングの定義には、妥当性を欠いた既存の価値を「捨て去る(棄却)」ことと、より妥当性の高いものに「置き換える」こととが含まれます。
組織アンラーニングといえば、不謹慎な話かもしれませんが、コロナは組織アンラーニングの良い機会になっていると個人的には思っています。たとえ妥当性を欠いていたとしても、これまで慣れ親しんだルーティンや価値観を捨て去るのは通常であれば非常に難しいことですが、想定を超えた事態に直面することで、強制的に見直さざるをえなくなったわけです。これを一つの学習の好機と捉え、自分たちのありたい姿について話し合って、より妥当性の高いものに置き換える。そうすれば、学んだことを活かせずに元の組織に戻ってしまうことなく、変わっていけるのではないでしょうか。
東南:安藤さんは、組織学習の分野においてダイバーシティの研究もされているかと思います。現在の社会情勢はその領域にも変化を及ぼしているのでしょうか。
安藤:そうですね。自分が子育てに取り組むようになったこともあり、育児期の女性がうまく組織に関われていないという課題に取り組むようになりました。
もちろん、以前と比較すると、制度なども整ってきて、女性も働きやすくなってきていると思います。でも、その状況が組織学習に貢献しているのか?というと、実態はそこまでたどり着いていないと考えています。実際、制度が整っている現在でも依然として育児期にある女性が辞めてしまっているという現実があります。
また、働き続けているけれど、イノベーションが必要な場には育児期の女性を入れていないといったケースもあります。そうすると、イノベーションを生むためのダイバーシティにはなっていないですよね。
女性が働きやすい環境を作ろうとする動きに対して、女性だけが優遇されているのではないか、という声もありますよね。最近発表した研究成果では、そういう意見の人の中には、いわゆる組織のマジョリティを占める立場にいながら、自分とは異なる考え方や価値観の人とともに仕事をすることに苦手意識をもっていて、だからこそ、組織のダイバーシティが高まることに居心地の悪さや圧迫感を感じていることがわかりました。そういう人々は、ダイバーシティが高まることで、生産性が落ちていました。もっとも、その研究では、組織の「見える化」を進めることで、その悪影響を緩和できることも確認されましたが。
ダイバーシティも、こうした摩擦をきちんと解決するメカニズムを考えながら進めないと、ダイバーシティ推進に期待する結果は当然出ないですよね。そうなれば、経営陣は摩擦を起こしてまでこれまでの原理を変えようとはしないのも当然ですよね。そのため、今後もダイバーシティに取り組む会社を増やすためには、正しいメカニズムの理解に基づいた「スモールウィン」を作り出していく必要があります。
安斎:最近、クライアントとお付き合いしていて、コロナが強制アンラーニングを引き起こしている場面も多いと感じています。著書の中でも登場していた、サンフランシスコの病院に関する事例を参考にすべきですよね。危機を学習の好機として捉えたかどうか。
安藤:そうですね。今は、様々な組織、個人の中でアンラーンが進んでいます。痛みも伴っていることは承知していますが、コロナが落ち着いたとしても、せっかくのこの流れ単純に元に戻してはいけないのではないかと思います。「絶対変わるはずがない」「できないものはできない」と言い切らず、見直すべきは見直して、学習の好機として柔軟に変わっていける組織が増えてほしいと思います。
安藤史江
名古屋大学経済学部卒業。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。現在は、南山大学経営学部教授。主著は『組織学習と組織内地図』 (白桃書房、2001年)、『組織変革のレバレッジー困難が跳躍に変わるメカニズムー』(白桃書房、2017年)、『コア・テキスト組織学習』(新世社、2019年)、『変わろうとする組織 変わりゆく働く女性たち』(晃洋書房,2020年)など。1999年組織学会高宮賞、2018年に経済産業省経済産業政策局長賞を受賞。
編集:モリジュンヤ