カスタマージャーニーマップで陥りがちな“落とし穴”とは?「WHY」と「WHAT」の橋渡しとしての活用法を学ぶ

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カスタマージャーニーマップで陥りがちな“落とし穴”とは?「WHY」と「WHAT」の橋渡しとしての活用法を学ぶ

ユーザーの行動を「旅」にたとえて図式化する「カスタマージャーニーマップ」。マーケティングやデザインに携わる方であれば、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

カスタマージャーニーマップは、深い顧客理解につながるのはもちろん、目指している世界観をプロダクトやサービスに落とし込むための橋渡し役となってくれます。さらに、チームの目線を揃えるためのツールとしても、大きな役割を果たしてくれる優れものです。

しかし、カスタマージャーニーはとにかく作ればいいわけではありません。せっかく作っても、「具体的な施策につながらなかった」「目新しい発見がなかった」といった結果に終わってしまうこともあります。

ミミクリデザイン(現・MIMIGURI)のディレクター/エクスペリエンス・デザイナーの瀧知惠美と、マネージャー/デザイン・リサーチャー小田裕和が主催するCULTIBASE Lab会員向けの「デザインゼミ」。12月のテーマは「カスタマージャーニーの落とし穴」です。カスタマージャーニーマップの特性を理解し、適切に活用するためのポイントについて議論しました。

カスタマージャーニーが注目される3つの社会的背景

:カスタマージャーニーとは、人と製品・サービスが関わりあう流れのこと。その流れを「旅(ジャーニー)」に見立てて可視化したものです。カスタマージャーニーという言葉は、2000年代から2010年代にかけて、徐々に広まっていきました。

スマートフォンの普及を皮切りに、デジタルデバイスが種類・量ともに増加しました。それに伴ってユーザーのタッチポイントが多様化し、一つの商品・サービスを購入するまでのプロセスも複雑化していった。そうした流れの中で、複雑化する顧客行動を可視化するカスタマージャーニーマップが求められるようになったわけです。

さらに、機能価値が飽和したことで、体験価値へのニーズが高まったことも大きな要因です。近年は商品・サービスの基本機能が充実していることは、当たり前になってきました。いわば「普通に使えて当然」になっているわけです。だからこそ、「使いやすい」「やりたいことができる」だけではなく、より価値ある顧客体験が求められています。機能価値を満たしたうえで、体験としても価値を感じられるものを提供しなければなりません。

小田:商品・サービスとユーザーのタッチポイントが増えたうえに、体験価値も求められるようになった。それに伴って顧客の購買行動も複雑化しているため、それを整理するためのツールとして、カスタマージャーニーマップに注目が集まっているということですね。

:もう一つ、カスタマージャーニーマップには、組織内でユーザー行動に対する認識を揃えるための、可視化ツールとしての役割もあります。職種を横断して組織内でのコラボレーションを推進する動きが高まっていることも、カスタマージャーニーマップへの注目が高まっている背景の一つではないかと思います。

CULTIBASEでの活用例──作成と運用のプロセスを公開

:ここからは、実際の事例をもとに、議論を深めていきたいと思います。取り上げる事例は、このCULTIBASEのカスタマージャーニーマップです。

CULTIBASEは2020年、ファシリテーションとマネジメントの最新事例を学ぶコミュニティ「WORKSHOP DESIGN ACADEMIA(以下、WDA)」のリニューアルの一環で立ち上げられました。立ち上げの際、リニューアルプロジェクト全体の目線合わせをするために、新しいメディアで実現したいことをはじめ、リニューアル後にユーザーができることや実現したい世界観を詳細化するためにカスタマージャーニーマップを描いたんです。

カスタマージャーニーマップを作る前にまず、ユーザーインタビューを行ってペルソナを作成。そして実際に作成したカスタマージャーニーマップは、サービスリニューアルにあたって、コンセプトやメディアの要件定義を議論する際に活用しました。

※ペルソナの設計に関してはこちら

なぜ、ペルソナは活用されないのか?チームでの“対話の軸”となるペルソナの「作り方」と「使い方」

なぜ、ペルソナは活用されないのか?チームでの“対話の軸”となるペルソナの「作り方」と「使い方」

:カスタマージャーニーマップのベースは、最上段にある「ユーザーアクション(水色の段)」です。ここでは、ユーザーがどんな行動をするのかを描いています。ユーザーがCULTIBASEをソーシャルメディア上で見つけ、無料会員に登録し、メディアの記事に触れながら学んでいくなどのサービス利用のプロセスを記しました。

さらにユーザーアクションの下には、「ユーザーの思考感情(紫の段)」や「タッチポイント(ピンクの段)」、「スタッフアクション(黄色の段)」も描いています。

例えば、「Twitterでフォローしている人がRTしている記事をクリックする」というユーザーアクションの部分では、思考感情として「記事の内容に知的好奇心が揺さぶられる」、タッチポイントとして「Twitter(繋がっている人)」から「メディアの記事」の流れ、スタッフアクションでは「メディアに記事を掲載する」「SNSで記事をシェアする」などを記載しています。

小田:かなり細かく分類して描かれていますね。カスタマージャーニーマップを作る際、昔は紙を使って全部書き出していたと思うのですが、最近は便利なオンラインツールも出てきました。このカスタマージャーニーマップは、どのようなツールで描いたのでしょうか?

:オンラインホワイトボード『Miro』を使いました。

小田:なるほど、オフラインの場合は付箋を使うことが多いですよね。今後は、オフラインとオンラインがミックスされた状況も増えていくかもしれません。例えば、オフラインで作業しながら、あわせてサイネージ画面で常に表示させておくなど。

:そうですね。ちなみに、実はここまでお見せしてきたのは、CULTIBASEの立ち上げ前に作ったカスタマージャーニーマップなんです。その後、有料オンライン学習コミュニティCULTIBASE Labを立ち上げるために、さらに細かくサービスを作り込んでいきました。そのプロセスの中で、チーム内で対話を繰り返し、カスタマージャーニーの解像度を上げていきましたね。

小田一回作って終わりではなく、メディアを立ち上げた後の学びも反映し、アップデートしていく。カスタマージャーニーマップを生きたものとして活用しているんですね。

:はい、メディアを利用していただいている知り合いの方やCULTIBASE Lab会員さんが実際にメディアの記事や記事の音声ガイドなど提供しているコンテンツをどのように活用されているのかお聞きした話も踏まえて、メディア利用とCULTIBASE Lab利用フェーズのユーザーアクションを詳細化していきました。

そして、CULTBASE Lab開発時の新しいバージョンのカスタマージャーニーマップでは、一番下に「システム(緑の段)」を追加しました。CULTBASE Labではより機能が増えて複雑化していくので、スタッフアクションごとにどんなシステムや機能が必要になるのか、開発側と連携し、すり合わせを行うためです。

カスタマージャーニーマップで陥りがちな“2つの落とし穴”

小田:情報を可視化し、対話のツールとして効果を発揮するカスタマージャーニーマップ。しかし、いくつか陥りがちな落とし穴もありますよね。

:はい。まず、「目的と使い方のミスマッチ」があります。例えば、課題解決のためにいろいろ施策を打ってもうまくいかないとき、「とりあえずの解決策」としてカスタマージャーニーマップを作ろうとすると失敗しがちです。現状を打開するためには、まずは現場の課題を整理する必要があります。それをせずにカスタマージャーニーマップだけ作っても、課題は解決しません。顧客体験を可視化したからといって、課題解決のアイデアが出てくるわけではありませんから。

小田:一つのツールを万能とみなして多くを期待してしまったために、うまくいかないケースは多々ありますよね。カスタマージャーニーマップにはさまざまな使い方がありますが、現場の課題が整理されていない段階で、アイデア出しに使うことは難しい。目的と現状にあわせて、適切な使い方や期待値を設定することが大切です。

:おっしゃる通りです。そしてもう一つの落とし穴は、準備不足なのに、カスタマージャーニーマップを描いてしまうこと。カスタマージャーニーマップの作成には、前提として顧客理解が必要不可欠です。

「可視化すれば何かが分かりそうだ」と思ってしまう気持ちも理解できますが、顧客理解が不十分な状態でカスタマージャーニマップを作っても、残念ながら、既に分かっていること以上のものはあまり見えてきません。顧客理解を深めて、リアリティのあるユーザーをイメージできている状態になってから作らないと、うまく効果を発揮できないでしょう。

小田:カスタマージャーニーマップに限らず、ビジネスにおいて、ツールの使いどころがズレているケースが多いと感じます。ツールを使うときは、本当に今使うべきかどうか、常に問い続ける必要性があるでしょう。瀧さんが「今すべきこと」をジャッジするときに、意識していることはありますか?

瀧:チームの中で何が共通認識として固まっているのか。そして、まだ認識が甘い部分は何か。こうしたポイントを、注意して捉えるようにしています。「まだ目線が揃っていない」と思ったら、メンバーと一緒に可視化しながら整理します。例えば、CULTIBASEはメディア立ち上げ時にCULTIBASE Labの位置付けを「探究の場」と言語化はしてあり、チームの共通認識がつくられていましたが、CULTIBASE Labで提供する機能や施策を具体的に決めていくためには、どのように探究する場なのか、その学習スタイルについて解像度を上げる必要がありました。そこで、CULTIBASE Labで学ぶ部分にフォーカスしてチームで対話をしながら、カスタマージャーニーマップを詳細化してきたんです。

小田:目線を揃えようとする際、お互いに意見を出しあったとしても、背景にある前提知識が異なっていて、うまく議論が進まないことがありますよね。そんな場合にカスタマージャーニーマップを用意して活用することで、対話の質が変わることがあると思います。

:カスタマージャーニマップがあれば、「ユーザーの体験」という共通言語が生まれます。その軸に当てはめたときに、各々が何をどのように捉えているか意識しながら対話を進めていくと、認識の相違が見えやすいと思います。

小田:僕は、ツールとは対話のためのものだと思っているんです。カスタマージャーニーマップを作る際、ロジカルに一発で情報を整理しようとする人が多いのですが、そうして作ったものは実践で活用しきれないことが多い。「ああでもない」「こうでもない」と、自分自身や第三者と対話と試行錯誤を重ねていくことが大切だと思っています。

顧客体験の理解度を上げ、「WHY」と「WHAT」を架橋する

小田:最後にあらためて、カスタマージャーニーマップで「落とし穴」に陥らないために気をつけるべきポイントをまとめていただけますか?

:一つは、商品・サービス開発のプロジェクト全体における、カスタマージャーニーマップの位置づけを考慮すること。プロジェクトのどの段階でカスタマージャーニーマップを活用するのか、全体の中で位置づけを考えるんです。「Before / Afterのプロセスをデザインする」とも言えますね。何を材料にしてカスタマージャーニーマップを作るのかという「Before」、そしてカスタマージャーニーマップを作った後にどのように活用していくのかという「After」について考えること。「とりあえず作る」ではなく、線で活用する意識を持つことが重要です。

そして、先ほど小田さんも「ツールとは対話のためのものだと思っている」とおっしゃっていましたが、組織内で対話を深めるツールとして活用すること。全体を俯瞰して可視化することで、はじめて見えるものがあります。まだ理解が浅い部分や、逆に深く理解が進んでいる部分が浮き彫りになったり。本質を探ってチームでしっかりと共有し、対話を繰り返していくためのツールとして、カスタマージャーニーマップを活用してもらえるといいのではないでしょうか。

カスタマージャーニーマップは、適切に活用できれば大きな効果を発揮するツールです。共感できる「VISION(WHY)」は作れても、「WHAT(具体的なサービスやプロダクト)」に落としてみたら「ちょっと違うんだよな……」と違和感を覚えることがありますよね。カスタマージャーニーマップは、顧客体験という「活動(Activity)」に対する理解度を上げていくことで、WHYとWHATをつなぐ役割を担えると思っています。

:慣れないうちは、どう作ったらいいのかわからなかったり、複雑にしすぎてしまったりすることもあるかもしれません。自分で何回か作って使ってみると、勘所が見えてきて、段々とシンプルにしていくことができるはずです。

小田:いきなり完成させようとしないことも、大事なポイントだと思います。先ほど、エンジニアが対話に参加したことで、CULTIBASEのカスタマージャーニーマップが一段増えたと話されていました。カスタマージャーニーマップを作る前提として、チームの中にどういったステークホルダーがいて、どのように関わっているかを、きちんと描いておくことが大切かもしれませんね。そうすることで、どこの解像度を上げなければいけないのか共通認識ができて、カスタマージャーニーマップを磨き上げていくプロセスがスムーズに進むでしょうから。

※冒頭で触れたサービスデザインについては、CULTIBASE Lab限定で配信している「【動画】サービスデザイン入門Part2 サービスデザインが求められる背景〜マーケティング編〜」でも詳しく解説しています

CULTIBASE Labではデザインゼミのようなイベントに加え、毎週配信される動画コンテンツやメルマガ、また会員専用のオンライングループでの交流を通じて、人とチームの「創造性」を最大限に高めるファシリテーションとマネジメントの最新知見を学びます。興味のある方は、まずは下記より詳細をご確認ください。

▼CULTIBASE Lab
https://cultibase.jp/
■主宰者プロフィール
瀧 知惠美
多摩美術大学情報デザイン学科卒業。東京藝術大学デザイン科修士課程修了。多摩美術大学非常勤講師。ヤフー株式会社にて複数サービスのUXデザインを担当し、所属部署でUXデザインチームのマネージャーを務める。UXデザイン推進活動としてワークショップ型の研修やUX導入の実務支援を行い、組織へ浸透させるための、ふり返りの対話の場づくりの実践および研究を行う。ミミクリデザインでは、よりよいユーザー体験につながるモノ・コトを生み出すために、つくり手の体験も重要と考え、事業開発と組織開発の組み合わせ方を実践と研究の両軸を重視しながら探求している。

小田 裕和
東京大学大学院 情報学環 特任研究員。千葉工業大学大学院工学研究科博士課程修了。 博士(工学)。千葉県出身。新たな価値を創り出すための、意味のイノベーションやデザイン思考といったデザインの方法論や、そのための教育と実践のあり方について研究を行なっている。ミミクリデザインでは、新たな意味をもたらすための商品開発プロジェクトや、主体的に価値創造に取り組む人材の育成プロジェクトを中心にディレクションやファシリテーションを担当している。
編集:小池真幸
ライター:佐藤まり子

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