「デザイン」が関わる領域が、どんどん広がっています。
看板やロゴといった記号をデザインする「グラフィックデザイン」から、有形物の製品をデザインする「インダストリアルデザイン」へと拡大。そして人とコンピュータ、周囲の環境のやり取りをデザインする「インタラクションデザイン」、さらには人の活動に関わる社会的な仕組みをデザインする「システムデザイン」にまで拡張しています。
「デザイン」が価値を発揮できるする領域が広がったいま、デザイナーに期待される役割も、「かたちづくるデザイン」の担い手としての職人的な役割だけには収まらなくなっています。デザイナー特有の発想プロセスに着目した「デザイン思考」の隆盛を経て、プロジェクトマネジメントや組織内コミュニケーションといった活動のデザインも求められる昨今、組織におけるデザイナーの役割とは何なのでしょうか?そしてデザイナーとして培ってきた職能は、組織でどのように活かしていけるのでしょうか?
この問いに対するヒントを得るべく、2020年9月、CULTIBASE公開研究会「デザイナーが組織にもたらす可能性を探る -デザインキャリアのこれまでとこれから」を開催。ゲストにお招きしたのは、テックファームのLead Service Designer・浦田伸男さん、600 のUXデザイナー・BizDev金子剛さん、Ubieのプロダクトオーナー・坂田一倫さん。ミミクリデザインのDirector / Experience Designer・瀧知惠美も交えて、プロダクトやサービスといった組織の「外側」への影響、そして組織の「内側」への影響という二軸から、これからの時代を担うデザイナーのあり方を考えていきます。
「デザイン」拡張期の2010年代を駆け抜けた、4人のデザイナーたち
「デザイン」が関わる領域が大きく広がっていった2010年代に、デザイナーとしてのキャリアを重ねていった4人の、これまでの経歴の紹介から研究会はスタートしました。
現在テックファームでLead Service Designerを務める浦田さんは、2010年に同社に新卒入社し、エンジニアとしてキャリアを歩みはじめました。2014年には独学でUIデザインの習得を開始し、2016年に社内にデザイン組織ができたタイミングで、サービスデザイナーにジョブチェンジ。フィットネス・医療から小売・金融まで、幅広い業界のクライアントのサービスデザインや改善を担当し、再訪率70%の新規サービスや、MAU300%アップの改善などを手がけました。並行してデザイン部署の組織づくりや育成、外部セミナーへの登壇活動にも従事し、2020年9月、同社最年少でLead Service Designerに就任しました。
600のUXデザイナー / BizDevである金子さんは、新卒でヤフーに入社し、約3年間ニュースや動画事業を担当しながらデザインの基礎を学びました。その後、事業づくりへの関心が高まって、サイバーエージェントへと転職。ここで新規事業立ち上げの下積みを経験したのち、リブセンスに転職し、転職会議事業を数億円規模まで成長させました。その後は弁護士ドットコムでデザイン組織の立ち上げを推進し、現在は600で無人コンビニ事業のハードウェアのUXを設計しています。
Ubieでプロダクトオーナーを務める坂田さんは、慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、楽天にてUIデザイナーとしてキャリアをスタート。バナー画像のビジュアルデザインにはじまり、WebサイトのUX改善や新規事業の立ち上げまで活動の幅を広げていきました。そして立ち上げのみならず、オペレーション構築や運用まで含めたサービスデザインに関心を持ち、コンセント、リクルートテクノロジーズにて、Webサービスの中期UX戦略の策定から実務の遂行を担当。その後は再びミクロな視点に関心が移り、2016年にPivotal Labs Tokyo にプロダクトマネージャーとしてジョインし、企業の DX を支援しました。2020年9月には、プロダクトマネージャーとしてUbieにジョインして現在に至ります。
ミミクリデザインのDirector / Experience Designerである瀧は、金子さんと同様に新卒でヤフーに入社。デザイナーとして社会貢献系のサービスのWebデザインを担当したのち、UI / UXデザインへの関心が高まり、広告業務ツールはじめ複数サービスのUXデザインを担当し、所属部署でUXデザインチームのマネージャーも務めました。社内へのUXデザインやデザイン思考を推進する活動として、ワークショップ型の研修やUX導入の実務支援を主導、並行して東京藝術大学デザイン科の修士課程に通い、チームづくりのための「ふり返りの対話の場づくり」の実践および研究も行いました。そして2020年、ミミクリデザインに転職し、自社事業リニューアルのサービスデザインやデザイン研究を手がけています。
「レバレッジ」を高める──デザイナーがプロダクトやサービスに与える影響
4人のキャリア遍歴を前提に、デザイナーが果たすべき役割の議論を深めていきます。まずは「外向きの変化」、すなわちデザイナーがプロダクトやサービスに与える影響の変化について、キーワードを挙げてもらいました。
浦田さんが挙げたキーワードは「北極星の変化」。北極星とは、「ゴールの定義」だと言います。浦田さんはエンジニアだった頃、受託開発型のビジネスモデルだったこともあり、「納品」や「リリース」、「クライアントからOKをもらう」といったポイントをゴールに置いてしまっていたそう。しかし、UXデザインを学んでいく中で、“ゴール感”が変わっていきました。
浦田「デザインを通じて、ユーザーやクライアントにハピネスを届けるための方法を考えるようになるにつれ、ゴールが『ユーザーにとって何が最適か?』『クライアントに成果をもたらせるか?』といったポイントに変わっていきました。機能を取捨選択するときも『リリースに間に合わせるため』ではなく、『ユーザーに提供できる価値はなにか?』という観点から判断するようになりましたし、『納期内に決められた工数で納品すれば終わり』ではなく、リリース後もユーザー評価やビジネス成果を測るようになった。着地点が『クライアントと一緒にサービスを世の中に出していくこと』に切り替わったとき、向き合う問いが変わり、サービス自体も研ぎ澄まされていった感覚があります。実際、リテンションや改善効果も高まりました」
金子さんは「クラフトからレバレッジへ」というキーワードを提示してくれました。レバレッジとは「テコの原理」、つまり「いかに弱い力で、大きな運動に変換するか」。これまでのデザイナーには、時間をかけて圧倒的に細部を作り込むことでプロダクトの優位性を確立する「クラフト」が求められました。しかし、これからのデザイナーは「素早く価値検証していくこと」が最も大事になると言います。
金子「素早さとは突き詰めると、コストの低さです。社会の変化スピードが速くなり、一年経つだけで数多くの新規事業が出てきて、競合も追いついてきてしまう環境で、最も尊いコストは時間なんです。24時間という枠だけは、すべての企業に平等に与えられている。そこでいかに素早く、小さな力で大きな成果を出せるか。それがデザイナーにとって大事な成果指標になると思います。かけたコストと成果を常に計測しながら、ミクロな検証検証サイクルをぐるぐる回していくことで、レバレッジが高まっていくのだと思っています」
坂田さんが挙げたキーワードは「圧倒的な事業成長」。デザイナー出身のプロダクトマネージャーである坂田さんは、「3つの変化」をもたらした手応えがあると言います。
坂田「まず、ユーザーインの発想による需要の創造。事業成長を加味した将来像を描こうとするあまり、ユーザーとの距離が遠くなってしまう場合に、デザイナー的な発想でサービスとユーザーニーズとの乖離を特定しながら、取るべきアクションを議論できるようになりました。2つ目が、継続的な仮説検証の実施。不確実性の高い時代だからこそ、確実性を上げ続けるための働きかけが求められます。そして3つ目が、ヒューリスティックレビューによるUX改善。デザイナーとして手を動かしてきた経験を活かし、バケツの穴が空いている場所を見つけ、率先して改善しています。これら3つの変化によって、圧倒的な事業成長に貢献できている実感がありますね」
瀧は「sustainable service development」というキーワードを提示。UI / UXデザインからサービスデザイン、事業開発まで手を広げていく中で、チームづくりや組織開発をすることの必要性も実感したと言います。
瀧「デザイナーは、あらゆる関係者の代弁者的な位置付けだと思っています。ですから、使い手と作り手双方の体験価値を向上させる仕組みを形作る役として動いていくではないでしょうか。良いサービスだけでなく、サービスとして運営を持続し、進化し続けていくための仕組みづくりも担っていくようになると思います」
デザイナーは“宣教師”たれ。組織内で果たすべき役割とは?
続いて「内向きの変化」、すなわちデザイナーが組織に与える影響についても、キーワードを出してもらいました。
浦田さんが挙げたのは「形式知化と文化作り」。プロジェクト単位で効果が出てきたら、それの再現性を高めて、仕組みとして組織に取り込んでいくことが必要になります。浦田さんは、ボトムアップで実施したスキルアップの場や編み出したノウハウを、トップダウンで集約して仕組み化することを心がけたと言います。
浦田「その際、ゴール感が揃っていないと揉めてしまうので、しっかりチームとしての行動指針を立てることを重視しています。加えて、最近は文化醸成の場作りにも取り組んでいます。たとえば、デザイナーではない人が、デザイナーにデザインについて質問できる時間やSlackチャンネルを作ったり。こうしたコラボレーションを組織全体に広めていく動きを取っているんです」
金子さんは「先導師から宣教師へ」というキーワードを提示。「特定の思想や宗教を伝えるために、自分の属する共同体を離れて活動する」宣教師として、特定の思想を持った共同体を離れて別の場所と橋渡しすることで、レバレッジをかけていくのが、デザイナーが果たすべき役割だと言います。
金子「尊敬する上司がよく『マネジメントは人を評価する仕事ではなく、自分が2倍働いて1から2になる仕事を、10人の人が1.1倍働けばできるようにすること』と言っていました。成果のために自分の力を2倍にするのではなく、10人の人たちに1.1倍の仕事をしてもらうことで、結果として会社としては高い成果が出ると。コミュニティを離れてみて、普通だったらコラボできない人とコラボしてみたりすることで、自分の周りにいる10人を1.1倍にする役割を、デザイナーは担えるといいのではないかと思っています」
坂田さんが出したキーワードは「ATI(圧倒的当事者意識)」。リクルートでよく使われている造語を、「仕事の本質を突いている」と思い、そのまま持ってきたそうです。
坂田「ユーザーインタビューやマーケティング調査だけでは、真のユーザーインサイトは得づらいと思っています。技術の高度化によって、システムのログや解析ツールはもちろん、ユーザーが操作している画面のログをそのまま見ることも可能になりました。ですから、それらを見ながら、デザイナーだけでなくエンジニアやセールスも、それぞれがユーザーについてのインサイトを持てるようになっています。デザイナーの役割は、そうした各所のインサイトを一元化し、インサイトを組み立てるなどして解像度を高めていくこと。みんなが必要なときに必要なものにアクセスできる状態を作ることで、各々が当事者意識を持って自分のスペシャリティを活かし、周りの支援を得ながら進めていくマインドが生まれるのではないでしょうか。役職ではなく役割で動くチームワークを実現するため、透明性が高くフラットな関係性を作り出すべきです」
瀧は「Team buildingではなくTeam development」というキーワードを挙げました。東京藝術大学デザイン科の修士課程で研究していた際に掲げていたキーワードでもあるそうです。
瀧「Team buildingだと、プロジェクトの最初にやるものといったイメージが喚起されます。でも、チームの関係性を良くしていくためには、最初に何かするだけでは不十分。徐々に関係性を良くしていき、『本当の意味でチームになっていく』ために、Team developmentという言葉を使ったほうがしっくり来ると思っています。その中でデザイナーは、チーム内での目線や使う言葉の意味合いを揃えたりと、関係者間の翻訳者としての役回りを果たしていくのではないでしょうか。また『本当の意味でチームになっていく』ためには、一人ひとりが違う考え方を持っていることを認識しあったうえで、お互いのあり方に折り合いをつけながら立ち振る舞う関係性を作り上げることも大切です。そうすることで、真の『共創』が実現できるのではないでしょうか」
協働、当事者意識、問いのデザイン、共創……これからのデザイナーに期待される役割
研究会の最後には、これからのデザイナーに期待される役割について、4人の展望が語られました。
浦田「壁を超えたり、コミュニティを離れたりすることが、より一層大事になると思います。これからは建築家から3Dモデラーまで、いろいろなプロフェッショナルと混じり合ってものづくりをする機会が増えていくはず。領域の異なるプロフェッショナルと協働していく力、全体を俯瞰したうえで自分の得意領域を発揮していく力が、さらに必要になってくると思います」
金子「坂田さんの言葉を借りると、『ATI(圧倒的当事者意識)』が大事だなと思いまして。僕たちの目的はプロダクトを作って、社会に価値を届けることなので、デザインに閉じる必要はない。もちろんプロフェッショナルの価値を否定するわけではありませんが、『誰に何の価値を届けるか』こそが、仕事やものづくりのコアだと思います。そこに対して当事者意識を持ち、デザインのスキルを工夫して組み入れていくことが、デザイナーに求められるようになっていくのではないでしょうか」
坂田「僕は『問いをデザインする』デザイナーが求められるようになると思っています。デザインする対象が、記号や有形物から、システムや社会へと広がって複雑化していく中で、ものごとをシンプルにすることがデザイナーに期待されていることでもあると思います。シンプルにするためには、問いが必要です。距離を取って当事者意識を薄めることなく、適切な問いを組み立てていくこと。ソリューションではなく、その一歩手前の“正しい問い”をデザインすることが、デザイナーに求められていくと思います」
瀧「先ほどもお話ししたように『共創』がキーになると思います。いろいろな専門家が集まっているときに、デザイナー自身がデザインするわけではないけれど、みんなで良いもので生み出せるようにデザイナーが一役買うようになるのではないでしょうか。そうなったとき、必ずしもデザインの専門教育を受けている必要はないと思うので、今後はより多様なバックグラウンドを持ったデザイナーが増えてくると思っています」
執筆:外山友香
編集:小池真幸