リサーチ・ドリブン・イノベーションにおけるデータの役割:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第8回

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リサーチ・ドリブン・イノベーションにおけるデータの役割:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第8回

前回の記事では、イノベーションにおける「データの3つの誤解」を示し、リサーチ・ドリブン・イノベーションにおいて、「良いデータとは何か?」をご紹介しました。

イノベーションにおけるデータの誤解:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第7回

イノベーションにおけるデータの誤解:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第7回

リサーチにおけるデータは、思考プロセスを前進させるための触媒であるとお伝えしましたが、本記事では具体的にデータは触媒としてどのような役割を果たすのか紹介していきたいと思います。

「わかるためのデータ」と「つくるためのデータ」

「思考プロセスを前進させるための触媒としてのデータ」という観点で捉えた時、リサーチ・ドリブン・イノベーションの思考プロセスを前進させるためのデータは2つに大別されます。

1つは問いに対する理解を得ることを目的としたデータです。より正しく、より深くその状況を捉えることで、生活者に対する共通の理解を形成することができるようになります。そうした理解につながるデータを「わかるためのデータ」と呼びます。

「わかるためのデータ」からは、ある程度誰から見ても妥当だと考えられるような気づきが得られます。また気づきの根拠として示すことが可能なデータで、気づきの確からしさを伝えることができます。確かな気づきはチームの中に共通の理解を生み、そうした理解をベースに新しい問いが生まれていきます。

わかるためのデータ
チームメンバーに共通の理解を形成するためのデータ

もう1つは、新しい問いや仮説を導き出すために活用するためのデータです。データを見ていると、ふと「なんでこうなっているのだろう」という疑問が湧いたり、「ここには何かがありそうだ」という仮説が浮かんできたりすることがあります。そうした気づきをもたらすデータを「つくるためのデータ」と呼びます。

「つくるためのデータ」は、多様な解釈を生み出します。同じデータを複数人で読み解いていても、相反する気づきが生まれたり、違う疑問が立ち上がったりしてきます。そこから新たな問いや探究のプロセスを生み出すことが大切であり、必ずしもデータから直接結論を見出す必要はありません。

つくるためのデータ
チームメンバーに多様な解釈を生み出すためのデータ

つくるためのデータを用いて「未知の未知」にアプローチする

イノベーションにおいては、「今はまだわからないこと」にこそ可能性が潜んでいます。さらに言えば「わからないことさえわからないような領域」にこそ、イノベーションの種は潜んでいると言えます。この曖昧な領域を見つけられるかどうかが、より新たな探索の方向性を見出していく上で重要になってくるのです。

そのような領域を説明する言葉として知られているのが「未知の未知」という言葉です。アメリカの元国防長官であるドナルド・ラムズフェルド氏の発言※1 が元になった言葉で、下図のように、知っていることを知っている領域(既知の既知)、知らないことを知っている領域(既知の未知)、知らないことさえ知らない領域(未知の未知)というように整理することができます。

既知と未知の関係性

つまり、「つくるためのデータ」は、新たに思考を深めていく領域となる、今までわからないことさえわかっていなかったことを発見するためのデータです。つまり「未知の未知」にアプローチするためのデータであると言えます。

他方で「わかるためのデータ」とは、「既知の未知」にアプローチするためのデータであると言えます。「既知の未知」にアプローチすることは、チームの中で思考を深めていく上での前提を構築するためにとても大切です。しかしながら、それだけでは誰もが驚くようなイノベーションは生まれません。

これまでにない新しい探索の方向性は「未知の未知」に潜んでいます。解釈の違いが生まれること自体に興味を持ち、新しい「わからないこと」との出会いを楽しむことが、イノベーションには欠かせません。

このように、2つの種類のデータをプロセスの状況に応じて使い分けていくことが、リサーチ・ドリブンなプロセスには必要不可欠なのです。

では実際にはどのように使い分けていくべきなのでしょうか。

新たな方向性を探索するためのデータの要件

新しい方向性を広げていくためには、問いやデータをきっかけとして、創り手の中に様々な解釈を立ち上げていくことが重要になります。新しい方向性を探索している訳ですから、「まだ正確にはわからないけれども、何かがそこにありそうだ」というような「未知の未知」への可能性やイメージを膨らませることが大切です。

より主観的な解釈が求められるため、解釈者同士での解釈の違いが起こることはよくあります。そのため、ここでは「なぜその違いが生まれるのか」に興味を持って対話を広げることが大切になってきます。同じような理解を形成することに意識が向いてしまうと、容易に合意できるところばかりに解釈が偏ってしまいます。安易な合意はより新しい方向性にはつながらないことが多いので注意が必要です。

こうした意味で、新たな「わからなさ」と出会うことが求められる方向性の探索フェーズでは、様々な見方が広がるような「つくるためのデータ」がより効果を発揮します。

新たな方向性の定義を固めていくためのデータの要件

このフェーズでは、チームや組織として進む方向性をまとめていくことが必要になります。もう少し踏み込んだ言い方をすれば、自分たちが進みたいと思える、共通の向かいたい方向を定められるかどうかが大切です。

新しい方向に歩みを進めようとすればするほど、そこには「不安」が伴います。また大きな組織になればなるほど、その不安を少しでも解消しながら、多くの人を巻き込んでいくことが必要になります。しかしながら、どの方向が「正しいか」に目が行き過ぎてしまうと、結果としてイノベーションを導くことは難しくなってしまいます。

確からしさに縛られ過ぎないようにしながらも、歩みを進める自信を与えてくれるような「わかるためのデータ」が必要になってきます。

ここまで、リサーチ・ドリブン・イノベーションを進めていく上でデータには2つの役割があることを紹介してきました。次回の記事では実際にどのようなデータをどのように活用することができるのか、その一例を紹介をしていきたいと思います。

次回からは、リサーチ・ドリブン・イノベーションの成否を握っている価値探究型の問いのデザインに着目し、問いを立てるポイントについて解説します。

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リサーチ・ドリブン・イノベーション

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昨今のイノベーションの手法論は、デザイン思考をはじめとする「内から外へ(インサイド・アウト)」アプローチと、アート思考や意味のイノベーションをはじめとする「外から内へ(アウトサイド・イン)」アプローチのあいだで揺れています。本連載では、その二項対立を超えて、両者を共存させるための手がかりを「リサーチ」という考え方に置き、問いを起点とした「探究」によるイノベーションのプロセスを編み直していきます。

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著者

株式会社MIMIGURI デザインストラテジスト/リサーチャー

千葉工業大学工学部デザイン科学科卒。千葉工業大学大学院工学研究科工学専攻博士課程修了。博士(工学)。デザインにまつわる知を起点に、新たな価値を創り出すための方法論や、そのための教育や組織のあり方について研究を行っている。特定の領域の専門知よりも、横断的な複合知を扱う必要があるようなプロジェクトを得意とし、事業開発から組織開発まで、幅広い案件のコンサルテーション、ファシリテーションを担当する。主な著書に『リサーチ・ドリブン・イノベーション-「問い」を起点にアイデアを探究する』(共著・翔泳社)がある。

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