目的に合わせたデータの選定と集め方:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第9回

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目的に合わせたデータの選定と集め方:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第9回
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連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」前回の記事では、「わかるためのデータ」と「つくるためのデータ」という2つの切り口で、リサーチ・ドリブン・イノベーションにおけるデータの重要性やその要件を紹介しました。

リサーチ・ドリブン・イノベーションにおけるデータの役割:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第8回

リサーチ・ドリブン・イノベーションにおけるデータの役割:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第8回

今回の記事では、実際にどんな時にどのようなデータを用いれば良いのか、またそのデータの集め方におけるポイントについて紹介していきたいと思います。

「定量データ」と「定性データ」それぞれの特徴

まずはデータの種類を具体的に説明していく前に、データの大きな区別について紹介したいと思います。

最もわかりやすく、最も多く紹介されるデータの区別が、定量データと定性データでしょう。両者について聞いたことのある方も多いと思いますが、改めてその違いについて触れておきたいと思います。

定量データは、数値化することが可能なデータで、比較や様々な処理がしやすく、その計測の仕方によって、客観性の高いデータとして示すことも可能です。毎日の生活にはありとあらゆる定量データが溢れています。何かを購入した際のレシートや株価、あるいは新型コロナウィルスの感染者数など、1日の中で定量データに触れなかったという日はまずないでしょう。改めて日常の中に潜んでいる定量データを洗い出してみることも新しい発見につながるかもしれません。

具体的に数値として現れていることから、共通の解釈を形成しやすい傾向にあるのも定量データの特徴です。そのため、主に「わかるためのデータ」として用いられることが多いデータです。ある程度仮説を立てて行うような選択式のアンケートデータや、売れ筋の傾向を掴むための購買データなどは、共通の解釈が生まれやすい定量データの一例です。

定性データは、言語的/非言語的を問わず、主観的な回答や行動、あるいは状況を観察する中で得られる、直接数値化して計測することが難しいデータのことを指しています。テキストデータや画像、あるいは動画や音声など、ある状況をそのまま解釈可能な形に処理され、表現されることが特徴です。

定性データの場合、量を扱うことが難しく、一つひとつのデータと向き合う必要が出てきます。もちろんテキストマイニングのような、ある程度大量の定性データを扱う手法もありますが、そのデータによって描き出される結果も、すぐに何かが読み解けるようなものではありません。「データの読み手がどのように解釈するか」が非常に重要になり、多様な解釈が生まれやすいことから、主に「つくるためのデータ」として用いられます。またその読み解き方によって、データの背後に潜む事実に迫る推論を導くことができるようになります。

定量データも工夫次第で「つくるためのデータ」として扱うこともできますし、定性データを「わかるためのデータ」として扱うことももちろん可能です。データの特徴を掴み、それぞれのメリット・デメリットを踏まえて、用いるデータを判断することが大切になります。

定量データ/定性データのメリットとデメリット

「生活者データ」と「ユーザーデータ」の違い

ここからは具体的なデータの種類について、特にコンシューマー向けの商品開発やサービス開発で着目することが多い、「生活者データ」と「ユーザーデータ」の違いについて紹介していきたいと思います。わかりやすくお伝えするために、あなたが化粧品の商品企画を担当していると想定して考えていきましょう。

化粧品の企画について考えている場合、データと言うとどうしても直接化粧品に関連するデータについて考えてしまいたくなりがちです。どのくらいの頻度で、どのように化粧品を購入しているのか、他にどんなブランドと併用しているのか、いつどんなときに使っていて、どんなところに保管して使っているのかなど。こうした対象となる商品やサービスを利用している人から抽出できる、対象商品・サービスとの接点を捉えたデータのことを「ユーザーデータ」と呼びます。

もちろんこれらのデータを、新たな企画や生活者と化粧品の関係をよりよくするための商品やサービス、あるいは販売にあたっての体験の場のデザインなどに活用することは可能です。

しかしながら、リサーチ・ドリブン・イノベーションのように、これまでにないあり方や、全く新しい意味を持った商品を生み出そうとしている場合には、「ユーザーデータ」だけではうまくいかないことがあります。そうした時に重要になるのが、「生活者データ」です。

生活者データとユーザーデータの違い

「生活者データ」とは、対象となる生活者の全体像を捉えたデータを指します。これは単に化粧品や美に関する意識調査というものではなく、その背後にある生活者の価値観に探りをいれることを目的としたデータです。

例えば、結婚はいつ頃したいと考えているのか、どんなキャリアを描いていこうとしているのか、どんな家に引っ越したいと考えていて、食生活にどんな悩みを抱えているのか。化粧や美に直接関係することだけでなく、生活者を取り巻く状況全体の中で、そこに潜む価値観を探ることが重要です。

こうした価値観を探るには、まず「生活者データ」を用い、より深く価値観を捉えるための仮説を抽出していきます。解釈を重ねる中で生活者の価値観のイメージが浮かんできたら、「ユーザーデータ」を用いて、化粧品と生活者が現在どのような関係性の中にあるのか、あるいは今後どのような関係性を築く余地があるのかを探っていきます。2つのデータを状況に合わせて、「つくるためのデータ」や「わかるためのデータ」として活用していくのです。

よりイノベーティブな商品やサービスをデザインしようとするのであれば、生活者との間に、これまでになかった新たな方向性をデザインすることが必要です。そのためには、対象とする領域のデータを見るだけでは不十分です。どのような生活者を中心に据えて考えるのか、その生活者はどのような状況の中で存在しているのかを探ることが、イノベーションの実現には欠かせないでしょう。

生活者データ
生活者と商品やサービスの新たな関係性を探るために用いる。

ユーザーデータ
生活者と商品やサービスの関係性を深めるために用いる。

リサーチデータの集め方

ここからは、どのようにデータを集めるのかについて見ていきましょう。データの種類は多種多様ですが、データの集め方もまた多様です。今回はデータの集め方を2つほど紹介したいと思います。

①アンケート調査

質問を策定し、対象となる回答者にそれぞれ回答をもらう、質問紙法とも呼ばれる調査方法です。定量的なデータとしても定性的なデータとしても、調査の設計次第でデータを取得することができます。実施のハードルが比較的低く、インターネットを介した大規模な調査も可能になります。

量的調査の回答方法は、「はい」と「いいえ」、「賛成」と「反対」、「好き」と「嫌い」で回答させるような二件法や、「全くあてはまらない」から「非常にあてはまる」まで5段階から7段階ほどの選択肢の中から回答させるリッカート法、バラバラな複数の選択肢から回答させる多肢選択法などがあります。

質的調査の回答方法は、キーワードや文章等での記述による方法や、近年では画像等のアップロードといった方法も見られるようになってきました。主に、回答者が抱く印象や感情・認識といった観点について、設問をベースに回答を促します。

質問紙法での注意点として、回答者が回答時に抱えてしまう先入観や思い込みといった「バイアス」に注意を払う必要があります。バイアスに考慮しない設計は、事実を歪めるような回答を促すことにもつながってしまいます。

回答に関するバイアスの例として、以下のようなものが挙げられます。

(1)黙認のバイアス
様々な要因によって、違和感を持っていても肯定的に回答してしまう傾向のこと。回答者にストレスがかかるような状況などで生じやすい。設問数を絞ったり、リラックスして回答できる状況をつくったりするなどの工夫が必要になる。

(2)社会的望ましさのバイアス
社会的に見て好ましいとされる方向に回答が偏ってしまう傾向のこと。回答者の置かれた状況や社会的なコンテクストに配慮し、回答項目を設定することや、回答者が抱える葛藤を引き出すような設問の設定が必要になる。

(3)キャリーオーバー効果
前に答えた設問の影響を受け、後ろの設問の回答が偏ること。大規模な調査では、順序性が特に問われないような内容の設問については順序をランダムに設定することで、その影響を極力抑えるように工夫することが多い。

(4)中心化傾向
リッカート法など段階で回答する調査で特に見られる、中央に設定された選択肢に回答が偏る傾向。5段階評価だと、よほど強い考えがない限り、両端の回答は選択されないことが多いため、6~7段階にして中央値をなくすようなアプローチをとることが多い。

②エスノグラフィ調査

エスノグラフィ(Ethnography)とは、民俗学や文化人類学で行われる観察調査のアプローチです。調査の対象となる状況に対して、間接的にインタビュー調査などで理解を深めようとするのではなく、直接その状況に触れ、自らの目で見たことや感じたことを記録することに大きな特徴があります。

エスノグラフィ調査がより注目を集めるようになった背景には、生活者がまだ自分では気づいていない、あるいは言語化できていないような、「潜在的な欲求(インサイト)」が重視されるようになってきていることや、間接的には現れない、直接その中に入ることで見えてくる「厄介な問題」を捉える必要が増してきていることが挙げられます。

そうしたことから、エスノグラフィ調査は、結論を見出すための調査というよりも、仮説を得ることに重点が置かれています。生活者の日常に没入していくことで、これまで持てていなかった見方を獲得していくのです。

そのため、エスノグラフィ調査を行う際は、まず、その状況に存在するに「ありのままの姿」を受け入れることが大切になります。「ありのままの姿」に着目するためには、そこにある情報や、そこに没入する中で生まれてきた自分の感情と、観察者としての解釈を分けて捉える必要があります。なぜなら人間はより理解しやすいものや見たいと考えているものに目を向け解釈してしまう傾向があるからです。

すぐに解釈を得ようとするのではなく、徹底的にその状況の「ありのままの姿」に浸ることで、これまで獲得できていなかった見方を得ることが可能になります。そうすることで初めて、ユーザーや顧客、生活者が置かれた状況を深く理解し、彼ら自身さえも気がついていない「潜在的な欲求(インサイト)」や「厄介な問題」を探り当てることができるのです。

どのフェーズでどのようにリサーチを活用すべきか

さて、ここまでいくつかのデータや調査方法について紹介してきました。自分たちが進むべき、あるいは進みたくなるような方向性を探索し、定めていく上では、各フェーズでどのような調査方法を活用するべきなのでしょうか。これまでに挙げた調査を例に紹介していきたいと思います。

まず進むべき方向性のイメージを膨らませていく「方向性の探索フェーズ」では、多様な解釈が可能な「つくるためのデータ」を集めることが大切です。

例えば、上記で紹介したエスノグラフィ調査は、誰でも実施することが可能な、代表的なアプローチです。実際に対象となる状況や価値観を探りたい対象者が訪れそうな場所に足を運び、状況に浸ることで「ありのままの姿」を捉え、そこに見えてくる「わからないこと」を読み解いていきます。こうした、ある種普段当たり前にやっているようなことを地道に積み重ねることが、より解像度の高い仮説を導き出すために重要なアプローチになるでしょう。

ここでポイントとなるのは、どのような調査を行ったとしても、調査結果から結論を早急に導き出そうとしないことです。多少の曖昧さを許容することができれば、多様な読み解きが行えるデータが集まってくるでしょう。新しい「わからなさ」と出会うために、調査を進めているというスタンスを基本としておくのがよいでしょう。

一方で自分たちが進みたい方向性、あるいは進むべき方向性を定めていくフェーズにおいては、自分たちを後押ししてくれるような「わかるためのデータ」が必要になります。

前述したアンケート調査やインタビュー調査などを用いることで、実際に新たなあり方が受け入れられるかを、実際のユーザーの反応を確かめながら、自分たちが目指したいと思える方向性をより具体的なものにしていきます。

「方向性を定めていくフェーズ」で気をつけるべきは、これまでにも存在したような方向性に落ち着いてしまったり、自分たちが進みたい方向よりも、より安全な方向を優先することにつながってしまったりすることです。

新しい方向に進むわけですから、不安がなくなることはまずありません(そして不安がないような方向性は、新しくない可能性があります)。期待が膨らむような、自分たちを後押ししてくれるようなデータを集めようとする姿勢を持ちましょう。

ここまで、リサーチ・ドリブン・イノベーションにおける具体的なデータの種類やリサーチ方法の一端を紹介してきました。繰り返しになりますが、大切なのは、現在取り組もうとしている状況に合わせて、適切にデータの種類とその集め方を選んでいくことです。ついつい同じようなデータを扱いがちだと感じたのならば、そのアプローチを再考する必要があるでしょう。

次回の記事では、どのような形でデータを読み解いていけば良いのか、解釈を進める上でのポイントについて紹介していきたいと思います。

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昨今のイノベーションの手法論は、デザイン思考をはじめとする「内から外へ(インサイド・アウト)」アプローチと、アート思考や意味のイノベーションをはじめとする「外から内へ(アウトサイド・イン)」アプローチのあいだで揺れています。本連載では、その二項対立を超えて、両者を共存させるための手がかりを「リサーチ」という考え方に置き、問いを起点とした「探究」によるイノベーションのプロセスを編み直していきます。

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著者

株式会社MIMIGURI デザインストラテジスト/リサーチャー

千葉工業大学工学部デザイン科学科卒。千葉工業大学大学院工学研究科工学専攻博士課程修了。博士(工学)。デザインにまつわる知を起点に、新たな価値を創り出すための方法論や、そのための教育や組織のあり方について研究を行っている。特定の領域の専門知よりも、横断的な複合知を扱う必要があるようなプロジェクトを得意とし、事業開発から組織開発まで、幅広い案件のコンサルテーション、ファシリテーションを担当する。主な著書に『リサーチ・ドリブン・イノベーション-「問い」を起点にアイデアを探究する』(共著・翔泳社)がある。

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