探究型の問いをデザインするための見取り図:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第6回

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探究型の問いをデザインするための見取り図:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第6回
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本連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」では、デザイン思考をはじめとする「外から内へ(アウトサイド・イン)」アプローチと、アート思考や意味のイノベーションをはじめとする「内から外へ(インサイド・アウト)」アプローチを共存させるための手がかりを「リサーチ」という考え方に置き、問いを起点とした「探究」によるイノベーションのプロセスを提案してきました。

前回の記事では、リサーチ・ドリブン・イノベーションのプロジェクトの出発点である「価値探究型の問いのデザイン」のアプローチについて解説しました。このステップにおいてどれだけ良い問いを立てられるかが、リサーチ・ドリブン・イノベーションの成否を握っています。本記事では、価値探究型の問いをデザインするために見取り図「探索のマトリクス」について解説します。

目次
問いの起点となる2つの関心を結びつける
外から探るか、内から探るか
問いの探索のマトリクス

問いの起点となる2つの関心を結びつける

価値探究型の問いのデザインとは、前回の記事で解説した通り、目標や問題ではなく「関心」に基づいて、人間や社会の本質を探るための問いを立てるアプローチです。

もうひとつの問いのデザイン:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第5回

もうひとつの問いのデザイン:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第5回

関心がまったくない、という人はいないはずです。最近気になること、興味があること、面白かった本、生活のなかでの心配事、困りごと、できれば解決したいことなど、何かしらの関心は、どんな人でも少なからずあるはずです。

もし「自分の関心」として落とし込まれていなくても、テレビのニュースやSNSで話題になっている世間の話題や、売れている書籍、注目されている新商品やウェブサービスなど、心のアンテナが少しゆれ後いている「気になるトピック」であれば、あるのではないでしょうか。このような関心の種たちが、リサーチの問いの手がかりになるのです。

リサーチの問いの素となる関心は、大きく「実用的関心」「概念的関心」の2つに分けられます。

実用的関心とは、個別具体的な場面における、自分の困りごとを解決したり、欲求を叶えたりしてくれる「役に立つ」タイプの関心です。

概念的関心とは、具体的な場面の悩みではなく、普遍的な人や社会の本質に関わる関心です。自分の生活の課題解決にすぐに左右するわけではないけれど、気になるキーワード、ついニュースで耳を傾けてしまう話題、好奇心がそそられた書籍のタイトルなどを思い浮かべると、わかりやすいかもしれません。

実用的関心と概念的関心はグラデーション状につながっており、切り離せるものではありません。

実用的関心と概念的関心

価値探究型の問いを立てる上で、実用的関心と概念的関心のいずれも手がかりとして役立ちます。

概念的関心のほうが、探究型の問いに近いと感じられるかもしれませんが、リサーチ・ドリブン・イノベーションのプロジェクトは、短くても数ヶ月、長ければ1年以上におよぶ場合もあります。長時間かけて問いの本質に迫りながらも、最終的には生活者に届ける新しいプロダクトやサービスのアイデアに落とし込む必要があります。

そのような歯応えはあるけれど、最終的には噛み切れる問いを立てようとしたら、ひとつの概念的関心だけから問いを立てるのではなく、概念的関心と実用的関心のそれぞれを往復しながら相互に結びつけるかたちで問いを立てたほうが、頑丈な問いが立ちます

外から探るか、内から探るか

どのようにして、実用的関心と概念的関心を結びつけていけばよいのか。具体的なリサーチの問いを立てる手順について考える上で、重要な疑問があります。それは「内から外(インサイド・アウト)」アプローチで立てるのか、「外から内(アウトサイド・イン)」アプローチで立てるのか、という疑問です。

本連載の結論からいえば、その「両方」が重要で、「内」を起点としながらも、「内から外、外から内、内から外…」と、これまた「往復」することが重要になります。

内から湧き上がる関心と外から得られる手がかり

この2つは、バランスが重要です。筆者(安斎)自身、大学院に進学して、修士研究のリサーチ・クエスチョンを立てる際に、苦労したことをよく覚えています。せっかく大学院で研究をするからには、自分がやりたい研究がしたい。そこで、私は内から湧き上がる関心からからリサーチ・クエスチョンを立て、大学院のゼミで発表しました。すると指導教官から「あなたがやりたいことはわかった。けれども、こういう実証研究がすでにある」「あの研究領域も調べておいたほうがよい」「現場感覚に頼るのではなく、自分の問題意識の解像度を高める理論を見つけるように」と、「外」に目を向けるようにアドバイスをされたのです。

そうか、自分の思いつきで、問いを立ててはいけないのだ!と、私は貪るように論文を読みました。そうしてようやく見えてきた「この世でまだ明らかになっていない研究課題」を見つけ出し、再び新たな問いを立て、「これならどうだ!?」と、自信満々で大学院のゼミで発表をしたのです。すると、今度は「本当にそれがあなたのやりたい研究なのか?」「そんな小さな研究をするために大学院に入ったのか?」と、今度は再び「内」に目を向け直すアドバイスをもらったのです。

今振り返ると笑い話のようなエピソードですが、私自身は愕然としたことを覚えています。探究的衝動に基づいて大学院に進学したはずなのに、「外」に目を向けるあまりに、自分の衝動に自分で蓋をして、小さく縮こまってしまっていたのです。

リサーチの問いを立てるときは、内から外(インサイド・アウト)アプローチと外から内(アウトサイド・イン)アプローチの両方を往復しながら、自分にとっても探究したいし、世の中にとっても探究する価値がある問いを探り当てることが、重要なのです。

問いの探索のマトリクス

ここまで「概念的関心と実用的関心を往復して結びつける」「内と外を往復して結びつける」という2つの軸から、リサーチの問いの立て方について解説してきました。この軸を掛け合わせることで、問いを探索するためのマトリクスが見えてきます。

問いの探索のマトリクス

マトリクスに出現した4つの象限は、それぞれリサーチの問いの手がかりとしての「種」が、どこに存在しているのか。関心領域を整理したものです。

左上の象限は、自分の内側にある概念的関心です。つまり、いまの自分自身が保有している知識や理論、思想のようなものです。大学でマーケティングを専攻していて、いまも関心があって何冊か本を読んでいるとか、恋愛小説やエッセイが好きで恋愛ネタであればいくらでも話せるとか、独自の死生観を持っているとか、そういったものです。

左下の象限は、自分の内側にある実用的関心です。日々の生活や仕事のなかで抱いている欲求、解決したい不満やニーズなどを指しています。たとえば「ダイエットの悩み」「営業成績をあげたい」といった、具体的な場面における困りごとや欲求を解消するための関心です。

右上の象限は、世間の概念的関心です。新聞やニュースでの話題、インターネット上で議論になっていること、売れている書籍のテーマトレンド、学術研究の動向などが、それにあたるでしょう。大袈裟にいえば、現代の人類が抱いている興味、社会に蓄積されている知識のことです。これらはまだあなた自身の内側に取り込まれていないけれど、インプットすることで、近い将来の「自分の概念的関心」に変換されたり、結びついたりする可能性がある領域です。

右下の象限は、世間の実用的関心です。同じようにソースは新聞やニュース、インターネット上の情報などで収集することができますが、現在売れている、あるいは注目されているプロダクトやサービス、社会貢献活動に目を向けると、世間の実用的関心は捉えやすいかもしれません。現代の人間がどんなニーズを抱えていて、社会の困りごとはどのようなものか。これは、紐解いていくと、自分自身の実用的関心とも接近する場合があります。

どこから手をつけてよいかわからない場合は、それぞれの象限ごとに、まずはリサーチの問いを立ててみるとよいでしょう。特に内から外(インサイド・アウト)アプローチと外から内(アウトサイド・イン)アプローチはかなり性質が異なる認定過程を辿るため、それぞれのプロセスで問いを立ててみると、その作業自体が、自分の思考を拡げてくれるはずです。

すべての象限の手がかりを結びつける必要はありませんが、探索のマトリクスを見取り図にしながら思考のバランスを取り、複数の象限を往復する意識を持つことで、歯応えのあるリサーチ・クエスチョンが見つかるはずです。

次回からは、リサーチ・ドリブン・イノベーションにおける“良いデータ”とは何かについて解説します。

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リサーチ・ドリブン・イノベーション

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昨今のイノベーションの手法論は、デザイン思考をはじめとする「内から外へ(インサイド・アウト)」アプローチと、アート思考や意味のイノベーションをはじめとする「外から内へ(アウトサイド・イン)」アプローチのあいだで揺れています。本連載では、その二項対立を超えて、両者を共存させるための手がかりを「リサーチ」という考え方に置き、問いを起点とした「探究」によるイノベーションのプロセスを編み直していきます。

昨今のイノベーションの手法論は、デザイン思考をはじめとする「内から外へ(インサイド・アウト)」アプローチと、アート思考や意味のイノベーションをはじめとする「外から内へ(アウトサイド・イン)」アプローチのあいだで揺れています。本連載では、その二項対立を超えて、両者を共存させるための手がかりを「リサーチ」という考え方に置き、問いを起点とした「探究」によるイノベーションのプロセスを編み直していきます。

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著者

株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO

東京大学大学院 情報学環 客員研究員

1985年生まれ。東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO/東京大学 特任助教授。

企業経営と研究活動を往復しながら、人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論を探究している。主な著書に『問いのデザイン』、『問いかけの作法』、『パラドックス思考』、『リサーチ・ドリブン・イノベーション』、『ワークショップデザイン論』『チームレジリエンス』などがある。

X(Twitter)noteVoicyhttp://yukianzai.com/

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