もうひとつの問いのデザイン:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第5回

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もうひとつの問いのデザイン:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第5回
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連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」の第4回目の記事では、リサーチ・ドリブン・イノベーションのイメージを具体的なものとするために、「素朴な問い」と「曖昧なデータ」から生まれた、「トイレ」をテーマにしたプロジェクトの事例をご紹介しました。

“トイレ”の意味を探究する:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第4回

“トイレ”の意味を探究する:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第4回

本連載第5回目の記事となる今回は、リサーチ・ドリブン・イノベーションのプロジェクトの出発点である「問いを立てる」工程について解説します。

目次
問いのデザインの2つのアプローチ
価値探究型の問いのデザイン
2つの問いのデザインを組み合わせる

問いのデザインの2つのアプローチ

リサーチ・ドリブン・イノベーションの出発点としての「問い」を立てる手順について解説する前に、問いの立て方には大きく「課題解決型の問いのデザイン」「価値探究型の問いのデザイン」の2つのアプローチがあることを整理しておかなくてはなりません。

課題解決型の問いのデザインとは、文字通り、課題を解決するために適切な問いを立てるアプローチです。現状に対して何かしらの問題を感じており、ある程度「こうなりたい」「こうなってほしい」という目標が存在する場合は、課題解決型の問いのデザインのアプローチが有効です。目標に従って、問題の本質を見極め、解くべき課題を定義することで、問いを導いていきます。拙著『問いのデザイン』は、この課題解決型の問いのデザインについて体系的に解説した書籍です。

課題解決型の問いのデザインのポイントは、「問題」と「課題」を区別することです。「問題」とは、目標に対して動機付けられているが、到達する術がわからない状況のことです。多くの場合、チームにおいてメンバー一人ひとりにとって「問題の捉え方」の目線が揃っていないことが、問題がなかなか解決されない原因となっています。言い方を変えれば、想像している「目標」に齟齬があることが多いのです。

したがって、課題解決型の問いのデザインアプローチでは、まず目標を精緻化するところから、問いのデザインを開始します。チームメンバー、ステークホルダーが問題をどのように解釈しているのか。丁寧にすり合わせながら、どんな成果にたどり着くことを目標にするのか(成果目標)。その過程で、どんな気づきやコミュニケーションをたどることを目標とするのか(プロセス目標)。そしてその先に、何を見据えるのか(ビジョン)。

目標を構造的かつ段階的に整理して、「正しい目標を立て、チーム全員で合意する」ところにコストを使います。そのようにして、チームメンバーの間で「解決すべきだ」と前向きに合意された問題のことを、「課題」と呼びます。

課題解決型の問いのデザイン

課題解決型の問いのデザインの特徴は、あくまで目標と現状の差分から、課題を設定し、問いを立てるところです。たとえば、「1年間で100万円を貯金すること」が成果目標だとします。現状の収入は十分だが、飲食費など出費が多いことがお金のたまらない原因なのであれば、「日々の浪費を抑える」というプロセス目標を辿って、「1年後に100万円の貯金がある」という状態にたどりつくことが目標となります。しかしながら、これまで通りの生活習慣では、浪費がなかなか無くせそうにない、とします。そのような現状との差分から、「どうすれば浪費を抑えられるか?」「1ヶ月あたりの飲み会を半分にするのはどうすればいいか?」「なぜ私はお酒を飲み過ぎてしまうのか?」といった問いを立てて、課題解決を試みるわけです。

課題解決型の問いのデザインでも、リサーチ・ドリブン・イノベーションの起点となる問いを立てることは可能です。たとえば「なぜ私はお酒を飲み過ぎてしまうのか?」という問いは、自分自身の課題を解決するための嘆きでもありますが、世の中に顕在化している共通する課題としても解釈できます。この課題に迫ることは、人間の性質について探究する一助になるかもしれません。これをリサーチ・クエスチョンとして、一般的に人々がお酒を飲み過ぎてしまう理由について、生活者調査をしたり、アルコール依存の文献を調べたりすることで、解明を試みることはできるでしょう。

しかしながら、実はリサーチ・ドリブン・イノベーションと相性の良い「問いのデザイン」のアプローチは、目標主導の課題解決型の問いのデザインよりも、実は「価値探究型の問いのデザイン」なのです。

価値探究型の問いのデザイン

「価値探究型の問いのデザイン」とは、解決したい問題状況や、特定の到達目標があるわけではないけれど、長期的に人間や社会の本質について明らかにすべく、洞察を得るための探究的な問いを立てるアプローチです。目標や問題状況が解消されないストレスに基づいて問いを立てるのではなく、自分自身の「関心」を大切にしながら問いを立て、好奇心を駆動させながら、唯一の答えがない命題に迫っていくことを大切にします。

たとえば、人間とお金の関係性に関心があるのであれば、人間の本質に興味を持ち「人は“浪費”とわかりながら、なぜお金を使ってしまうのか?」「人間にとってお金とは何か」「正しいお金の使い方とは何か?」「そもそもお金を貯める必要はあるのか?」など、探究のテーマを設定して、人間や社会の本質に迫っていくのです。

この過程を通して、人間の真理を発見することは必ずしも期待しません。問いを深めていく過程で、自分自身の思考と感情が刺激され、他者と対話を深めることで、何らかの洞察を得ることが、価値探究型の問いの重要な役割なのです。

長期的には「人間や社会の本質を解明すること」を目指すため、ある意味では大きな「目標」がはっきりしています。それゆえ、広義には「価値探究型の問いのデザイン」と「課題解決型の問いのデザイン」は本質的には同じだと言えなくもありません。けれども、価値探究型のアプローチで立てる問いは、そう簡単に答えが出るものではない、というところが重要な違いです。課題解決型のアプローチで設定した問いは、目の前の問題状況を解消し、目標を達成するための手段として立てたものですから、解決されなくては困ります。答えを出すために、問いを立てているのです。

ゼロからイノベーションを生み出そうとする場合、多くの場合、何を目標とすればいいのかすら、わからないことが多いのではないでしょうか。そもそもどの山に登るのか。進むべき方向性、すなわち目標が定まらぬまま、あいまいな霧の中で、新たな価値を生み出すことを目指す。そのようなときには、課題解決型ではなく価値探究型の問いのデザインが有効なのです。

2つの問いのデザインを組み合わせる

しかしながら、リサーチ・ドリブン・イノベーションに「課題解決型の問いのデザイン」が不要なわけではありません。2つの組み合わせが有効なのです。具体的には、まず「価値探究型の問いのデザイン」で問いを立て、その後「課題解決型の問いのデザイン」でプロジェクトを着地させることが求められます。

商品開発やサービスデザインのプロジェクトにおいては、どこかのタイミングで必ずプロジェクトのゴールを定めて、解くべき課題を定義しなければ、明確なアウトプットを出すことはできません。これはどのようなプロジェクトであっても同様です。

けれども、リサーチ・ドリブン・イノベーションのプロジェクトの場合は、プロジェクトの前半は、あえてゴールすら曖昧な状態からスタートするのです。リサーチのための明確な問いが立つまでは、漠然とした、関心を指し示すキーワードしかない場合も少なくありません。

この関心に基づくキーワードを、便宜上「リサーチトピック」と呼びましょう。リサーチ・ドリブン・イノベーションの出発点は、キーワードレベルの「リサーチトピック」から、「価値探究型の問いのデザイン」のアプローチを使って「リサーチクエスチョン」と呼ばれる問いの形式に変換することです。

そしてリサーチクエスチョンを探究していくうちに、方向性が定まり、「プロジェクトゴール」が見えてくる。ここで初めて「課題解決型の問いのデザイン」のアプローチを使って、解くべき課題を定義するのです。

リサーチトピック・リサーチクエスチョン・プロジェクトゴール

次回からは、価値探究型の問いをデザインするために見取り図「探索のマトリクス」について解説します。

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リサーチ・ドリブン・イノベーション

リサーチ・ドリブン・イノベーション

昨今のイノベーションの手法論は、デザイン思考をはじめとする「内から外へ(インサイド・アウト)」アプローチと、アート思考や意味のイノベーションをはじめとする「外から内へ(アウトサイド・イン)」アプローチのあいだで揺れています。本連載では、その二項対立を超えて、両者を共存させるための手がかりを「リサーチ」という考え方に置き、問いを起点とした「探究」によるイノベーションのプロセスを編み直していきます。

昨今のイノベーションの手法論は、デザイン思考をはじめとする「内から外へ(インサイド・アウト)」アプローチと、アート思考や意味のイノベーションをはじめとする「外から内へ(アウトサイド・イン)」アプローチのあいだで揺れています。本連載では、その二項対立を超えて、両者を共存させるための手がかりを「リサーチ」という考え方に置き、問いを起点とした「探究」によるイノベーションのプロセスを編み直していきます。

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著者

株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO

東京大学大学院 情報学環 客員研究員

1985年生まれ。東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO/東京大学 特任助教授。

企業経営と研究活動を往復しながら、人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論を探究している。主な著書に『問いのデザイン』、『問いかけの作法』、『パラドックス思考』、『リサーチ・ドリブン・イノベーション』、『ワークショップデザイン論』『チームレジリエンス』などがある。

X(Twitter)noteVoicyhttp://yukianzai.com/

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