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連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」の前回の記事では、具体的な4つの手順について解説しました。本記事では、リサーチ・ドリブン・イノベーションのイメージを具体的なものとするために、「素朴な問い」と「曖昧なデータ」から生まれた、あるイノベーションプロジェクトの事例を紹介しましょう。
弊社と産学共同研究を行っていたリサーチを専門とする株式会社インテージが主導した自主研究で、「トイレ」をテーマにしたプロジェクトあります。同社と共同で、筆者(安斎)がファシリテートを行っています。この自主研究は、トイレットぺーバーを事業ドメインとするメーカーA社と、便器そのものを事業ドメインとするメーカーB社の2社の参画もあった同社の大型セミナーイベントに関連する複合プロジェクトでした。
いわゆる「外から内(アウトサイド・イン)」アプローチを採用するのであれば、トイレットペーパーや便器に関するユーザーニーズを丁寧に調査し、それぞれの不満や欲求を共感的に読み解き、解決するためのソリューションのアイデアに落とし込んでいきます。
あるいは「内から外(インサイド・アウト)」アプローチであれば、ユーザーに目を向けずに、自分の内なる意思に目を向けて、トイレットロールや、便器についてのビジョンを打ち立てるところからスタートさせるでしょう。
目次
まず、問いを立てるところから始める
手がかりを収集し、ワークショップで読み解く
トイレの意味の解釈の多様性
データを足場に、納得できるビジョンを描く
まず、問いを立てるところから始める
私たちは、リサーチ・ドリブン・イノベーションのプロセスに従って、「素朴な問い」を立てるところからスタートさせました。「トイレットロール」や「便器」という人工物は、あくまでトイレや排泄における一つの要素に過ぎません。トイレに関わる事業ドメインの異なる2社が、共に探究すべき問いは何か。普段の業務において、目を向けてこなかった「わからないこと」はいったい何か。そういった視点から、インテージのリサーチャーとも議論しながら問いを立てたのです。
そうして生まれた問いが「生活者にとって、トイレとはどのような空間なのか」という問いでした。トイレは、自宅において、リビングや寝室、キッチン、浴室などと並ぶ、立派な「空間」のひとつです。そこで過ごすことは、生活者にとってどのような意味のある時間なのか。そのことを探究せぬまま、便利な「トイレットロール」や「便器」について考えていても、今まで気がつかなかった「新しい選択肢」には、事業の可能性が拡張しないのではないかと考えたのです。
トイレに関するリサーチ・クエスチョン:
「生活者にとって、トイレとはどのような空間なのか」
手がかりを収集し、ワークショップで読み解く
この問いについて、いきなり自分で思いつきの答えを考えたり、答えを出すためのデータを集めようとしたりしてはいけません。最終的に答えとしてのアイデアを出すのは自分たちですから、あくまでそのための「手がかり」を、データとして収集するのです。
このときは、インテージの調査技術を活かして、インテージのネットモニター約3000人に対してあるアンケート調査を実施しました。調査設計の詳細は割愛しますが、生活者が「生活の中における私のトイレ空間」についてどのように捉えているのか、おぼろげに見えてくるようなデータを取得したのです。
ただデータを眺めているだけでは、約3000人の膨大なデータですから、到底「答え」にはたどり着けそうにありません。そこでデータを読み解くためのワークショップを開催し、参加者で対話を重ねながら、データに解釈を加えました。
データを解釈するワークショップを開催するたびに実感することは、同じデータであっても、読み解く人のバックグラウンドや感性によって、見えてくる景色は異なるということです。そしてその解釈をチームで共有し、対話を重ねていくと、一人ひとりでは見えなかった「気づき」が生まれてくるのです。
トイレの意味の解釈の多様性
たとえばあるグループの対話では、「女性にとってのトイレの意味」について話が盛り上がり、「女性のデータをみていると、共通して『金運』を想起している。関連して『明るい』『アロマオイル』『盛り塩』といったワードが配置されていたことことから「トイレは、女性にとって幸福に関わる場所なのではないか」という解釈が展開されていました。
このように膨大なデータから浮かびあがる「共通点」は、解釈のきっかけになります。他にも、男女関係なく多くの生活者に共通して「リラックス」に関わる価値観が散見されていたことも、生活におけるトイレ空間の意味を読み解く重要なキーワードとして見えてきました。
同時に「違い」に注目することも重要です。同じ「リラックス」を求める価値観でも、男性のデータを読み込むと「思いっきり自由な開放感」をトイレに求めており、リビングの延長の場として捉えている節があったのですが、子持ちの女性のデータを見ると、家事や育児など「バタバタからの逃避感」が強いのではないか、という仮説が見えてきました。ある傾向として「子どもに邪魔されずにスマートフォンを操作する場所」としてトイレが連想されていることが伺えたのです。
他にも、女性は、トイレに設置する「カレンダー」を「室内を飾るインテリア」として捉えていることが見えてきましたが、それは実は男性にとっては「仕事や努力を想起させるワード」として認識されているのではないか?という解釈は非常にワークショップのなかで盛り上がりを見せました。
「女性がよかれと思って設置していたカレンダーが、実は男性にとってはストレスの原因になっているのではないか」といった解釈から、データから背後にある生活者の文脈を想像することで、実は生活におけるトイレ空間において「男女のちょっとしたすれ違い」が起きているのではないか、ということが見えてきたのです。
データを足場に、納得できるビジョンを描く
この発見があってから、ワークショップの場のモードは一気に変わりました。細かいユーザーニーズを満たそうとするのではなく、男性にも女性にも共通する価値を生み出すべく、一人ひとりの内からビジョンが湧き上がりはじめたのです。
ここから先、具体的にどのようなアイデアに着地したかまでは、残念ながら本記事では紹介することができませんが、「男性も女性も安らげるトイレ空間にするために、こんな便器があってもいいのではないか」「トイレットロールの役割は、今後このようなものになるのではないか」など、トイレットロールや便器の「ユーザーニーズ」を探る発想では到達できなかったであろう、「新たな意味」を持つプロダクトのアイデアが次々に生み出され、このプロジェクトは大成功に終わりました。
以上はあくまで一例ですが、「素朴な問い」をもとに、一見すると「曖昧なデータ」と対話を繰り返すことによって、トイレの新しい意味の兆しが見えてきた事例です。これは、ユーザーが置かれた文脈を丁寧に観察する「外から内(アウトサイド・イン)」のようでいて、作り手から新しいビジョンと意味を提案する「内から外(インサイド・アウト)」の性質も併せ持ったプロセスです。このように、問いを起点としながら人間や社会の本質を探究していくアプローチが、「リサーチ・ドリブン・イノベーション」なのです。
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