組織論から「リサーチ」の意味を再考する:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第2回

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組織論から「リサーチ」の意味を再考する:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第2回
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連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第2回目の記事となる今回は「リサーチ(Research)」という言葉の意味について、掘り下げていきましょう。具体的な方法論に入る前に、組織にとっての“リサーチ”という営みがどのような意味を持つのかを掘り下げることは、組織イノベーションの本質を理解することにつながります。

前回の記事では、既存のイノベーション論における「外から内(アウトサイド・イン)」アプローチと「内から外(インサイド・アウト)」アプローチの二項対立について整理しました。その上で、それらを共存させるアプローチとして「リサーチ・ドリブン・イノベーション」を提案しました。

イノベーションの二項対立を超える:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第1回

イノベーションの二項対立を超える:連載「リサーチ・ドリブン・イノベーション」第1回

目次
イノベーションを支える「知の探索」
組織の選択肢を探索する行動のメカニズム
組織における「リサーチ(Research)」の再定義

イノベーションを支える「知の探索」

『CULTIBASE』でも繰り返し解説していますが、連続的にイノベーションを起こし続けるためには、組織が「両利きの経営」を推進し、既存事業を持続的に深めていく「知の深化(Exploitation)」だけでなく、実験と学習を繰り返して新規事業を開拓する「知の探索(Exploration)」の両輪を同時に回していくことが重要です。

知の深化(Exploitation)
既存の事業を深めていくこと。絶え間ない改善を重視。

知の探索(Exploration)
新しい事業を開拓すること。実験と行動を通した学習を重視。

これらの概念は、経営学における組織行動論や組織学習の理論群にルーツを持っています。その系譜を遡っていくと、ジェームズ・G・マーチハーバート・A・サイモンが1958年に出版した現代の組織論の金字塔となった名著『オーガニゼーションズ』で提案された組織の意思決定論にたどり着きます。マーチとサイモンは、企業における行動原理について、「探索(Search)」という概念を提唱し、以下のような図を用いて、メカニズムを説明しました。

組織の選択肢を探索する行動のメカニズム

探索行動のモデル(マーチ&サイモン 1958)を筆者が改変

ややこしい図が出てきたと思われるかもしれませんが、よく見ると非常にシンプルな構造になっています。まず、図の中心に位置づけられているのが「選択肢の探索(Search)」で、企業にとっての認識を拡げ、新しい選択肢を模索するプロセスです。簡単にいえば「新しいことをやってみる」行動です。

マーチとサイモンの理論の特徴は、企業の従業員の「視野の狭さ」を考慮していた点です。これは何も、ビジネスパーソンをバカにしているわけではありません。実際に、人びとは日々の業務のなかで、組織や社会におけるあらゆる情報を俯瞰し、熟知することはできません。組織全体はおろか、隣の部署の様子もよくわからない、というのが現実ではないでしょうか。そのような「限られた視界」のなかで、人々は意思決定をしています。

たとえ視野が狭くても、もし仕事がうまくいっていて、現状に「満足」していたならば、いわゆる「成功の罠(サクセストラップ)」の論理によって、人々はわざわざ別の選択肢を探そうと努力する必要はありません。ボウリングで2回連続ストライクが出ているときに、あえて球の重量を変えたり、投げ方を変えたり、反対の手で投げたりはしないのと同じことです。したがって、満足度が高ければ高いほど、企業における「探索」は減少します。

他方で、仕事がうまくいかなかったり、業績が悪化したり、会社が要求する水準(目標)が高くなったりした場合には、相対的に「このままではまずい」と満足度が下がるため、別の選択肢を求めて「探索」がより試みられるようになります。

探索をすればするほど、狭かった視野は少しずつ広がり、新しい選択肢を手に入れられます。それによって、期待される報酬は高くなり、現状の満足度は再びあがっていきます。現状にすっかり満足すれば、「探索」は再び行われなくなります。このようにして、要求水準に対する満足度をトリガーにしながら、企業における「探索」は増減する、というシンプルな構造が、マーチとサイモンが提案した探索行動のモデルなのです。

組織における「リサーチ(Research)」の再定義

これらの組織研究の知見に敬意を表しながら、本連載の主題である「リサーチ(Research)」という言葉の意味を再考してみましょう。「リサーチ(Research)」の語源とは、「探索」を意味する「Search」に、「再び」「繰り返し」などを意味する接頭辞「Re-」が付けられたものだと考えると、組織における“リサーチ”という営みの意味が、立体的に見えてくるのではないでしょうか。

企業にとっての「リ・サーチ(Re-search)」とは、企業の認知を拡げ、新たな可能性を発見するために繰り返される探索的活動と位置付けられるでしょう。イノベーションを起こすためには、日常的に探索に溢れる組織をつくる必要がある。本連載のタイトルである『リサーチ・ドリブン・イノベーション』には、そんなメッセージも込められているのです。

企業にとっての「リ・サーチ(Re-search)」の意味



企業の認知を拡げ、新たな可能性を発見するために繰り返される探索的活動

したがって、「リサーチ」とは単に情報を収集する作業ではなく、組織の可能性を拡げるための本質的な営みなのです。マーケティング・リサーチにせよ、UXリサーチにせよ、R&Dにせよ、それらは企業の新しい選択肢を獲得するための探索的活動になっていなければ、意味がないのです。

マーチ&サイモンの行動メカニズムのモデルが示していた通り、企業における「探索」が絶えず繰り返されるためには、企業にとっての「要求水準」が高く、従業員を満足させないことが重要でした。これは単純に業績の目標を釣り上げ続けるだけでなく、組織の「まなざし」を変え続けることにほかなりません。そこで鍵になるのが、「リサーチ・クエスチョン(探究の問い)」の力です。次回以降は、探究の問いを起点とした「リサーチ・ドリブン・イノベーション」の具体的なプロセスについて解説していきましょう。

組織における探索的活動は、組織学習の領域で議論され続けています。連載組織学習の見取図でも掘り下げていく予定ですので、そちらもあわせてご覧ください。

次回からは、「リサーチ・ドリブン・イノベーション」の具体的なプロセスについて解説します。

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連載

リサーチ・ドリブン・イノベーション

リサーチ・ドリブン・イノベーション

昨今のイノベーションの手法論は、デザイン思考をはじめとする「内から外へ(インサイド・アウト)」アプローチと、アート思考や意味のイノベーションをはじめとする「外から内へ(アウトサイド・イン)」アプローチのあいだで揺れています。本連載では、その二項対立を超えて、両者を共存させるための手がかりを「リサーチ」という考え方に置き、問いを起点とした「探究」によるイノベーションのプロセスを編み直していきます。

昨今のイノベーションの手法論は、デザイン思考をはじめとする「内から外へ(インサイド・アウト)」アプローチと、アート思考や意味のイノベーションをはじめとする「外から内へ(アウトサイド・イン)」アプローチのあいだで揺れています。本連載では、その二項対立を超えて、両者を共存させるための手がかりを「リサーチ」という考え方に置き、問いを起点とした「探究」によるイノベーションのプロセスを編み直していきます。

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著者

株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO

東京大学大学院 情報学環 客員研究員

1985年生まれ。東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO/東京大学 特任助教授。

企業経営と研究活動を往復しながら、人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論を探究している。主な著書に『問いのデザイン』、『問いかけの作法』、『パラドックス思考』、『リサーチ・ドリブン・イノベーション』、『ワークショップデザイン論』『チームレジリエンス』などがある。

X(Twitter)noteVoicyhttp://yukianzai.com/

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