マネージャーが直面する困難のパターンとは?:マネジメントの熟達を「3つの階層」から考える

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マネージャーが直面する困難のパターンとは?:マネジメントの熟達を「3つの階層」から考える

「部下を数字目標で縛りすぎてしまう」
「『君はどうしたい?』と部下に問いかけるものの、心の距離があるように感じる」
「管理職から昇格し、経営陣に抜擢されたがなぜかうまくいかない」

マネージャーの経験者であれば、このような悩みを抱えたことがある方も多いのではないでしょうか。

アメリカの経営学者・ロバート・L・カッツが1955年に発表した論文『スキルアプローチによる優秀な管理者への道(原題: Skills of an effective administrator )』によると、マネージャーには3つの階層があり、その階層ごとに求められる能力が異なると言われています。

ロバート・L・カッツ「スキルアプローチ 優秀な管理者への道」『ハーバード・ビジネス・レビュー・ライブラリー』*に基づき、日本科学技術連盟による「図1. マネジメントの階層による要求スキルの変化」**を参考に作成

いわゆる古典に分類されるカッツの理論ですが、その枠組み自体は現代のマネージャーにとっても課題の根本的な原因を探るヒントを与えてくれます。

「ロワー(Lower)」「ミドル(Middlle)」「トップ(Top)」と、3階層のマネジメントの役割はそれぞれどのように異なるのでしょうか。また、マネージャーが経験を積み、ロワーからミドル、ミドルからトップへと階層を上がっていくにあたって、どのような困難に直面するのでしょうか。本記事では、株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO・ミナベトモミによる「マネジメントの熟達過程」をテーマとした解説をお届けします。

マネジメントの3階層とは?:カッツの提唱する3つのスキル

マネジメント理論の古典として知られるロバート・カッツの理論では、マネジメントの性質を「ロワー」「ミドル」「トップ」の3種類に分類しています。ただ、個人的には「ロワー」というとどうしても「低い・下級」といったニュアンスを想起させるのでやや使うのがためらわれる言い方ではありますし、そもそも現代的なマネジメントの観点から言えば、この3階層もそこまで明確に区分できるものではないと考えています。

しかし、「マネージャー」と一言でいっても、抱えている部下の人数や達成すべき目的によってその性質が大きく異なるのは事実ですし、その違いを大まかに理解するための枠組みとしてはわかりやすいと感じています。そういった理由で、本編であるマネージャーの熟達過程の話に入る前に、まずはこのカッツの理論を紹介したいと思います。

ロバート・L・カッツ「スキルアプローチ 優秀な管理者への道」『ハーバード・ビジネス・レビュー・ライブラリー』*に基づき、日本科学技術連盟による「図1. マネジメントの階層による要求スキルの変化」**を参考に作成


まず一番下の「ロワー」の階層から見てみましょう。この階層に属するロワーマネージャーには、現場で数人のチームを構成し、業務を実践するなかで、オペレーションや進捗管理を行う「業務管理者」が該当します。主な仕事は業務管理なので、業務クオリティの再現性が最重要になります。カッツはこうした業務に必要なスキルを「テクニカル・スキル」と呼び、次のように記述しています。

テクニカル・スキルとは、特定の活動、特に手法、プロセス、手順、あるいはテクニックとかかわりあう活動を理解し、それに熟達していることを意味する。(中略)テクニカル・スキルには専門知識、その専門領域内での分析能力、特定分野でのツールとテクニックを縦横に駆使する技量が含まれる。

ロワーマネージャーには、ミクロな目標を、ミニマムなチームで達成するマネジメントが求められます。一方で、仕事をする際には「チームを円滑に回すこと」も重要です。ロワーマネージャーは、一人に業務がスタックしないよう業務を俯瞰しながら、チームで連携してボールを受け渡し、進捗管理をマネジメントしていくことが基本的な役割です。

次に、一つ上の階層である「ミドル」の層についてお話します。ミドルマネージャーとは業務を実践している人を統括し、意思決定や采配をする人を指します。戦略を実行するために人をマネジメントをし、チームビルディングしていくことが主な仕事です。部長や課長などの中間管理職をイメージすると良いかもしれません。人の話を聞きながら、どうすれば実現できるのかを考え、目標達成するための戦略を一緒に描き出すことが目標です。カッツは、こうした対人関係の構築が求められる状況では、「ヒューマン・スキル」が重要となることを指摘しています。

ヒューマンスキルは、グループの一員として手際よく仕事をし、自分の率いるチーム内で力を合わせて努力する場を作りあげる能力のことである。(中略)

高度のヒューマン・スキルを身につけた人は、他の人びとやグループに対する自分自身の態度や仮説、信念の内容を知っており、そして、このようなフィーリングの有用さと限界をわきまえている。自分自身とは異なった観点、認識、信念の存在を受容することによって、他人の言葉や行動が意味する本当のものは何かを理解することに長じているのである。

そして一番上が「トップ」に属するマネージャーの層です。トップマネージャーとは経営状況を把握しながら、分析し、戦略を組み立て、全体の進む道筋に対してリーダーシップを取る人を指します。いわゆるエグゼクティブ層が該当すると考えてみるとよいでしょう。

トップマネージャーには、半年や1年後の未来の話(to be)に向かう中で、今現在(as is)、自分たちの組織がどんな問題を抱えているのかを分析したうえで、達成すべき課題を定義することが重要です。ここで求められる能力をカッツは「コンセプチュアル・スキル」と定義しています。

コンセプチュアル・スキルとは、企業を総合的にとらえることのできる能力を、その内容とする。すなわち、組織の粗機能がいかに相互に依存し合っているか、またそのうちのどれか1つが変化したとき、どのように全体の機能に影響が及ぶかを認識することであり、(中略)このような相互関係を認識し、どのような状況にあっても重要な要素を識別することができれば、管理者は組織全体の総体的福祉を増進させるように行動することができるようになる。(中略)

事業活動の様々な部分の効果的な調整だけでなく、組織の全体的な将来方向とトーンもまた、管理者のコンセプチュアル・スキルによって左右される。最高経営幹部の態度は、組織の反応の全体的特徴の色どりを左右し、ある会社の事業活動を他の会社のそれと区別する“企業個性”を定める。

また、チームメンバーのto beを引き出す問いを作り出すこともトップマネジャーの大切な役割です。一人ひとりの意思をベースにしながら、既存事業を深めて伸ばす「深化」と、新しい事業を開拓する「探索」を組織として両立していくための土台・状況をつくっていくことが重要です。

ただし、これらの求められるスキルの区分についても、現代ではやや捉え方が変わってきているように感じます。特にアジャイル組織やスタートアップ企業の場合は、現場のマネージャーに権限が移譲されていることが多く、トップ・マネージャーのスキルが求められるケースが増えてきています。また、今自分が現場マネージャーだからといってテクニカル・スキルの獲得にだけどっぷり浸かっていると、その分だけミドルマネージャーになってから必要なスキルの違いに戸惑うことになります。ミドルマネージャーでも、チームとして成果を上げていくためには、トップ・マネジメントの能力もある程度必要です。それらのジレンマを踏まえつつ、ここからは現代のマネージャーが階層をあがっていく中で直面しがちな困難さや、マネジメントの勘所を紹介していきます。

「ロワーマネジメント」の壁:マイクロマネジメントにより部下の個性を殺してしまう

「ロワー」から「ミドル」、「ミドル」から「トップ」へ階層を上がっていく中で、多くのマネージャーは「今までのやり方が通用しない」という壁にぶつかります。次の階層に進むためには、これまで自分が成功してきた方法のアンラーニングが必要となるわけです。

まず20〜30代のビジネスパーソンの多くが直面するのが、ロワーマネージャーの壁です。大前提として、ロワーマネージャーに抜擢されるのは、プレイヤーとして優秀な成績を残した人です。そうした人々は「業務をいかに適切に遂行するか」において、自分なりの成功法則やルーティンを持っています。しかし、マネジメントにおいてはその自信が足枷となるケースがよく見られます。

チームで役割分担して業務を回すことばかりを考えるようになると、「一緒に働いている相手がどんな気持ちで仕事に取り組んでいるのか」を見過ごしがちになります。その結果どうなるかというと、ありがちな失敗のパターンとしては、ロワーマネージャーが業務管理に力を入れすぎてしまい、部下がパフォーマンスを失って組織が力を発揮できなくなるケースが挙げられます。これはKPI重視の営業組織に慣れた人がよく陥ってしまう悪例です。

相手に自分の成功体験やルーティンを押し付けて、自分の手足として言いなりにしようとしてしまう。指示に従っていれば褒めるし、従わなければ褒めない。こうしたマネージャーには、「自分が成功した技術を継承すること」以外の視点が抜け落ちてしまっています。自分の視野から外れることは、「弱さ」だと考えて許容できず、改善すべきことだと判断してしまうのです。

ここで問題なのは、相手がどんな個性を持っているのか、どんな発達段階なのかを考慮せずにマイクロマネジメントをすることで、相手の良さを殺してしまうことです。本来であれば、その人が何を目指しているのかを知り、目標達成するための戦略や実現方法を対話しながら、その人が働きやすい状況をつくることに取り組まなければならないのですが、その視点を持ち合わせていないロワーマネージャーは壁に直面することになります。

一方で、実務をしっかり回す仕組みをつくるロワーマネジメントを怠った状態で、対話だけを求めるのも代表的な失敗パターンです。「君はどうしたいの」と対話を求めたとしても、業務管理上の課題を解決できていないのであれば、単なる無茶振りや精神論になってしまうからです。

この階層のマネジメントは、対話で解決するアクションと、業務再現性を産むことで解決するアクションを切り分けて考え、両輪を担保できるようになることで成立すると考えています。

「ミドルマネジメント」の壁:メンバーへの無理解が関係性の分断を引き起こす

それでは、ロワーマネージャーがこうした課題を克服し、ミドルマネージャーへと視座を変容させていくためには、何が必要なのでしょうか。

先ほど述べたように、ミドルマネージャーはチームメンバーの話に耳を傾けながら、実現できる方法を考えるなど、目標達成のための戦略を一緒に描き出すことが目標です。それゆえに、「ロワー」から「ミドル」への移行の段階では、人と人との豊かな関係性やコミュニケーションを構築する能力がより求められます。

ミドルマネジメント上の問題は、論理や技法だけで解決可能なものとは限りません。というよりも、「業務や目的達成の方法として人をマネジメントする」という視点から変える必要があると私は考えます。

たとえば、マネージャー自身が、「あの人はこうだから」と、メンバーに対する偏見を強固に持っていたとして、その独りよがりな理解が実態とかけ離れていた場合、メンバーとの間に深刻な分断を生み出してしまいます。「自分はメンバーのことを理解しており、正しいことをしている」という自己認識を時には疑ってみることも、マネージャーの成長にとっては必要なのです。

チームの関係性を悪化させる「確証バイアス」の罠から抜け出す

チームの関係性を悪化させる「確証バイアス」の罠から抜け出す

参考:メンバー間の「偏見」がもたらす悪影響とその対処法についてはこちらの記事でも解説しています。

大切なのは、相手が自分とは違う人間であることに気づくことです。言い換えれば、自分にとって良いことが相手にとって良いとは限らないことを知り、人間理解を深めること。また、余裕を持って「ありがとう」「ごめんなさい」「大変だったね」といった人間的なコミュニケーションが取れること。そのような機会や態度を大事にすることが、ミドルマネージャーとして活躍する上での第一歩となります。

とはいえ、「君はどうしたい?」と問いかけるばかりのマネージャーが手放しに褒められるかというと、そうでもありません。そのような姿勢は、相手の成長段階を無視して、実力以上に難易度が高い仕事を振ったり、相手の答えとちゃんと向き合わない無責任な態度を取ったりすることに繋がる可能性があるからです。

一般的に、チームメンバーの成長は以下の流れで進みます。

(1). 依頼者からの要件を理解し、そのタスクを遂行できる



(2). 切り出されたプロジェクトで、目的や課題を意識しながら必要なタスクを自発的に行い、他者貢献ができるようになる



(3). 特定の領域において、目的設定から自ら行い、他者にタスクを切り出して業務管理ができる(いわゆるロワーマネージャーの業務)

(1)の段階の相手に意思を聞いても、そもそもお願いされたことを達成して仕事に慣れていくフェーズなので、大きな精神的な負荷がかかります。また、(2)の段階のメンバーへ問いかける場合も、「私はこれがやりたい」と返ってきたとしても、それに自分が対応できなければ責任放棄になってしまいます。つまり、「君はどうしたい?」と問いかけること自体が、「悪意のない無茶振り」になってしまう可能性があります。だからこそ、メンバーの意向とマネージャーや組織としての意向をすり合わせる双方向的なコミュニケーションが重要なのです。

これらの落とし穴を脱すると、相手の専門領域や発達段階に合わせて、適切な機会設計と支援ができるようになります。そこまで到達していれば、ミドルマネージャーとして活躍するための準備は十分に整っているのではないかと思います。

「トップマネジメント」の壁:将来に向けて意思決定を行い、人を巻き込む

ミドルマネージャーからトップマネージャー、すなわち経営視点を持つ立場へのステップアップもまた、大きな苦労を伴います。たとえば課長の時は優秀だった人が、事業部長や役員に昇進してからはリーダーシップを発揮できず、組織が駆動しなくなってしまうなどのケースは少なくありません。

ミドルマネジメントが「どう思いますか?」と他人に対話的に聞きながら進めるポジションであることに対し、トップマネジメントにおいては自分で決めて人に「どう思いますか?」と聞くことが基本的なスタンスとなります。

トップマネージャーには、将来の目標を自ら決めることが求められます。これはミドルマネジメントに慣れた人にとっては、大きなストレスになりえます。なぜなら、今までは進むべき方向性がすでに提示され、取り組むべきことが明確化されたなかで現場の意見を聞きながら物事を進められたからです。

しかし経営の舵を取る立場となったからには、外部環境の変化を適切に見極めたうえで「私たちはこうするべき」を自分自身の力で考えて意思決定し、提示していく必要があります。言い換えれば、「自分で決めたことに人を巻き込む」経験や、「自分が想像したビジョンに周りから共感を得てもらう」能力が求められます。これはストーリーテリング力とも言えます。

会社で働く全員にとって適切な問いはなにか。どうすれば「それなら頑張るよ」と思ってもらえる、全員が目指したくなるビジョンを設定できるか。自分で考えて決めなければいけないプレッシャーに立ち向かう胆力が必要となるのです。

マネージャーの熟達過程における「型」の探究

「ロワー」から「ミドル」へ、「ミドル」から「トップ」マネージャーへ。マネジメントの階層が次の段階へと上がっていく中では、今まで成果を出してきたやり方をアンラーニングする必要があります。日本人が「トップマネジメントが苦手」と言われるのは、ミドルマネジメントをやっていた管理職が急にトップマネジメントを任され、成果を出さなければいけなくなるからという背景もあるでしょう。

一方で小規模のスタートアップにおいては、CEOがロワーマネジメントに寄っている傾向もあります。そうした際には、CEOは自分が見ている景色を誰にも共有できず、孤独を抱えてしまいがちになってしまいます。メンバーとの対話を通じて目標を達成するミドルマネジメントのスキルや、数年後の将来ビジョンを提示してリーダーシップを働かせるトップマネジメントのスキルも意識しながら、状況に応じてバランスを調節する姿勢が大切です。

ここまでロバート・カッツの3階層のモデルを下敷きとして、それぞれの階層の特徴と、階層を越える際の変容のプロセスを見てきました。「マネージャー」という職種にも、初心者から中堅を経て熟達者になる、一定の流れや「型」が存在します。よろしければ皆さんも、そのような「型」の存在をイメージしてみてもらえればと思いますし、私自身、探究を進めていければと考えています。

中小企業におけるマネージャーの育て方

中小企業におけるマネージャーの育て方

引用・参考文献
*ロバート・L・カッツ「スキルアプローチ優秀な管理者への道」『 ハーバード・ビジネス・レビュー・ライブラリー』, 1982, pp.75-89
**日本科学技術連盟「マネジメントにおけるカッツ・モデル」
https://www.juse.or.jp/solution/point01/05.html
Text by Tetsu Ishida

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