ラグビーW杯優勝チームの研究から学ぶ、チームレジリエンスの高め方:連載「チームレジリエンスの科学」第3回

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ラグビーW杯優勝チームの研究から学ぶ、チームレジリエンスの高め方:連載「チームレジリエンスの科学」第3回

エースメンバーの離脱、コロナなどの予測していなかった事態による打撃、チームメンバー同士の対立……職場のチームやプロジェクトチームは、ストレス状況に直面することが少なくありません。

そんな状況の打開策を考えるとき、一流のアスリートが参考になるかもしれません。勝利へのプレッシャーが強くのしかかり、怪我などによる挫折も少なくないアスリートのチームには、困難な状況に立ち向かうチームレジリエンスが求められます。そうしたチームが、チームレジリエンスを獲得する上で行なっていることは、ビジネスチームが大きな困難や変化に立ち向かう上でも示唆を与えてくれるでしょう。

Morgan et al. (2015)は、2003年のラグビーワールドカップで優勝したイングランド代表チームをストレスから守った5つの要因について明らかにしています。この記事では、Morgan et al. (2015)が明らかにした、チームをストレスから守る5つの要因を参考にしつつ、ビジネスチームのレジリエンスを高める3つの方法「長期的に捉える」「失敗から学ぶためにそもそもを問い直す」「ポジティブ感情を共有する」を提案します。

ビジネスチームのレジリエンスを高める3つの方法

Morgan et al. (2015)では、ラグビーのイングランド代表チームを、ストレス経験から保護した5つの要因がまとめられています。Morgan et al. (2015)によると、凄まじい勝利へのプレッシャーから身を守り、優勝をおさめるに当たっては、①変革型リーダーシップ、②シェアードリーダーシップ、③チーム学習、④社会的アイデンティティ、⑤ポジティブ感情、の5つが重要だそうです。

このうちの、変革型リーダーシップの中で紹介されている「長期的に捉える」こと、チーム学習の中でも「失敗から学ぶためにそもそもを問い直す」こと、「ポジティブ感情を共有する」は、特にビジネスチームのストレスフルな状況を助けるのにも役立つと考えられます。

1. 長期的に捉える

試合に勝てない局面において、リーダーが長期的に捉えることの重要性を示すなど、大きな物語としてのビジョンを提示したことが、イングランド代表チームのレジリエンスの発揮に役立ったと言われています(Morgan et al. 2015)。

ビジネス場面で考えてみると、例えば、新規事業などを行うチームは最初のうちは成果を出すことがなかなか難しく、社内外からのフィードバックによりストレスを感じることも多いかもしれません。そうした場合には、イングランド代表チームを参考に、目の前の結果に一喜一憂せず、前に進むことの大切さを唱えることが有効かもしれません。具体例としては、「うちのチームは、まだ結成して半年しか経っていない。それに、このプロジェクトが花開くのは2年後、3年後の予定だから、今はせっせとできることをやろう」などと声かけをすることなどが挙げられます。

ロールプレイングゲームでも、最初から強敵は倒せません。筆者はポケモン世代でしたが、なかなかの強敵であるジムリーダーを倒すために、草むらを何度も歩き周り、たくさんのレベルが高くないポケモンとバトルをして、経験値を積んだことを覚えています。ゲームのなかで、いきなり強敵を倒せないことを学んでいるのに、私たちは、現実世界で、難しい成果をすぐにあげようと焦ってしまいます。チームのメンバーが、いきなり難しい目標を達成しようと焦ったり、難しい目標が達成できずに落ち込んだりしている時は、たくさん草むらを歩き、経験値を積んだら、きっと勝てるようになることを伝えると良いかもしれません。

2.失敗から学ぶためにそもそもを問い直す

イングランド代表チームは挫折経験のあと、必ずそこからの学びを整理し、次に活かしていたと言われています(Morgan et al. 2015)。

「失敗からの学習」研究において、うまくいかなかったことから学ぶためには、エラーを検出してその部分を修正するシングルループ学習だけでなく既存の前提を問い直し、根本的な原因を探る、時にはやり方だけでなく、チームの構造やしきたりを変えていくようなダブルループ学習をすることが望ましいと言われています(Carmeli 2007)。

例えば、よく大事な書類がどこに行ったか分からなくなってしまうのを直したい時に、書類を種類ごとに分類できるファイルを購入して、無くすのを防止するのはシングル・ループ学習です。それに対して、紙の書類だから保存するのも探すのも難しいのだと、全て電子化してパソコンの中で検索し、すぐに見つけられる環境を整えるのがダブル・ループ学習です。

何かに失敗した時、反省する場では再発防止マニュアルを作成するなどシングル・ループの学習がなされることが多いです。シングル・ループの学習も、状況の改善に役立つ有用な学びではあるものの、エラーを正すシングル・ループの学習だけでは、問題を根治させるのが難しい場合もあります。例えば、チームで作成する資料に、いつも誤字脱字が残ってしまうようなケースを考えてみましょう。現場の担当者のAさんに音読や、2度原稿を読むことを義務付け改善を図っても、Aさんが細かいことに気がつくのが苦手な場合は、資料から誤字脱字をなくすことは難しいかもしれません。そんな時に、Aさんのエラーを正すのではなく、そもそもの体制を正すと、問題は根治に向かう可能性があります。具体的には、まず、Aさん1人に資料作成を任せていることや、細かいことが苦手なAさんに誤字脱字のチェックまで担当させていることが良いことなのか問い直します次に、担当者を複数にしたり、細かいチェックが得意なBさんに最終チェックを任せたりすることができれば、状況は根治に向かうかもしれません。

このように、そもそもこの役割分担で行うのでいいのか? そもそもこの方向性でいいのか? などと、そもそもの部分から問い直していくことが、失敗から状況を変えていく上で有効であると考えられます。

3.ポジティブ感情を共有する

最後の要素はポジティブな感情の共有です。イングランド代表チームは、挫折後にユーモアをよく用い、緊張状況を和らげていたと言われています(Morgan et al. 2015)。

仕事がうまく行っていなくてなんだか憂鬱な時も、「なんとかなるよ」と声をかけてくれるチームメンバーがいると、随分気持ちが楽になるものです。しかしながら、リモートワークの環境下では、雑談をする機会が減少しているため、ポジティブな相互交流が行われにくい部 分も多分にあります。特に、コロナ禍以降に新しく配属になった新人は、こうしたポジティブな声かけの少なさから、孤独に陥りやすく、レジリエンスが発揮しにくい状況にあるかもしれません。こうした状況を乗り越え、レジリエントなチームを作っていくためには、会議の前後にちょっとした雑談の時間を設ける、チームの2〜3人でオンラインで一緒に食事を取れる場所を作るなど工夫して、ポジティブなコミュニケーションが生まれやすい環境を用意すると良いかもしれません。

チームのフェーズによって、どれが重要か異なる

この記事では、Morgan et al. (2015)の研究から、ビジネスチームに応用できそうなポイントを取り上げ、考察してきましたが、Morgan et al. (2015)の研究のさらに興味深い点は、チームのフェーズによってどの要因が特に大切となるかについても検討しているところです。例えば、Morgan らは、大きな組織的変化が生じた時や、チームが結成されてまもない時は長期的な展望を示すような、変革型リーダーシップが重要となり、チームが挫折を多く経験するフェーズにおいてはチーム学習が重要であると指摘しています。また、プレッシャーの強い局面においては、ユーモアなどのポジティブ感情がチームのストレスをやわらげたと言われています(Morgan et al. 2015)。

このことを踏まえると、チームが初期段階にあり具体的な方向性が見えず、「このプロジェクトに参加して大丈夫だったんだろうか」とメンバーが不安な状況においては、このプロジェクトの進む方向を明確に示し、すぐに成果を求めるのでなく、長期的な成果に向けてコツコツ進めることを促すと、チームメンバーのストレスが緩和されるかもしれません。また、プロジェクトの今後を左右するような商談は、チームに大きなプレシャーを生みますが、そんな時に「絶対うまく行くよ」などとポジティブな言葉を掛け合うことは、不安で手が動かせなくなることを阻止し、前に進む力を与えてくれるでしょう。

以上、この記事では、 Morgan et al. (2015)のスポーツチームレジリエンス研究から、ビジネスチームに応用できそうなポイントを取り上げ、考察してきました。次回以降は、ビジネスチームのレジリエンスの基本プロセスや、困難から学び回復できるチームの特徴について、具体的にまとめていきます。

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CULTIBASEで過去に開催したライブイベント「レジリエンスの科学:創造的に困難を乗り越える4つの戦略」では、筆者・池田めぐみがCULTIBASE編集長の安斎勇樹とともに、ストレスとうまく付き合い、レジリエントに創造的であり続ける”長距離走型の働き方”に向けた4つの戦略について解説しています。アーカイブ動画からその内容をご視聴いただけますので、興味のある方はぜひこちらもご覧ください。

レジリエンスの科学:創造的に困難を乗り越える4つの戦略

レジリエンスの科学:創造的に困難を乗り越える4つの戦略

参考文献
Carmeli, A. (2007). Social capital, psychological safety and learning behaviours from failure in organisations. Long range planning, 40(1), 30-44.
Morgan, P. B. C., Fletcher, D., & Sarkar, M. (2015). Understanding team resilience in the world’s best athletes: A case study of a rugby union World Cup winning team. Psychology of Sport and Exercise, 16(Part 1), 91–100. https://doi.org/10.1016/j.psychsport.2014.08.007

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連載

チームレジリエンスの科学

人生100年時代。働く期間が長期化するなかで、「決められたゴールに向け邁進する、短距離走形の働き方」から、「変化を楽しみ、ストレスとうまく付き合いながら創造的であり続ける長距離走型の働き方」へのシフトが求められています。こうした長距離走型の働き方をする上で外せない要素の1つに、レジリエンスがあります。レジリエンスとは、困難な状況に直面しても、挫折から立ち直り、前進し続けることができることや、それに必要な力を意味します。本連載では、レジリエンス入門をパワーアップさせ、職場において、チームのレジリエンスを高める方法を紹介していきます。

人生100年時代。働く期間が長期化するなかで、「決められたゴールに向け邁進する、短距離走形の働き方」から、「変化を楽しみ、ストレスとうまく付き合いながら創造的であり続ける長距離走型の働き方」へのシフトが求められています。こうした長距離走型の働き方をする上で外せない要素の1つに、レジリエンスがあります。レジリエンスとは、困難な状況に直面しても、挫折から立ち直り、前進し続けることができることや、それに必要な力を意味します。本連載では、レジリエンス入門をパワーアップさせ、職場において、チームのレジリエンスを高める方法を紹介していきます。

著者

筑波大学ビジネスサイエンス系助教/株式会社MIMIGURI リサーチャー
東京大学大学院 学際情報学府博士課程修了後、同大学情報学環 特任研究員を経て、現職。MIMIGURIではリサーチャーとして、組織行動に関わる研究に従事している。研究キーワードは、レジリエンス、ジョブ・クラフティング、チャレンジストレッサーなど。著書に『チームレジリエンス』がある。

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