気候危機の時代に「グラフィックデザイナー」に求められる役割を探して──私がデンマーク王立芸術大学で学んだこと:連載「世界のデザインスクール紀行」第8回

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約24分

気候危機の時代に「グラフィックデザイナー」に求められる役割を探して──私がデンマーク王立芸術大学で学んだこと:連載「世界のデザインスクール紀行」第8回

気候危機や行き過ぎた資本主義の時代に、グラフィックデザイナーは危機を加速させるのではなく「サスティナビリティ」の視点をいかにもてるのか? デンマーク王立芸術大学の修士課程で手がけたプロジェクトを、『ジレンマと共に未来からデザインする──気候危機の時代にグラフィックデザイナーができることとは?』という一冊の本にまとめたグラフィックデザイナーの平山みな美さんは、そう問いかけます。連載「世界のデザインスクール紀行」第8回では、そんな平山さんが留学するきっかけとなったワーキングホリデーの経験から、デンマーク王立芸術大学での学びまでを振り返ります。

ワーキングホリデーで「デンマーク」へ

2018年の夏、私はデンマークのコペンハーゲン空港に降り立った。日本の蒸し暑さから一点、飛行機と空港をつなぐボーディング・ブリッジを歩く時、カラッとした朝日に出迎えられた。日本とはどこか違う匂い、空港を通り抜ける際に聞こえてくる人々の声──英語と聞き慣れない言語が行き交う。

コペンハーゲン空港は成田空港からきた私の目にはとても小さく映った。空港のスタッフやカフェの店員は親切で、空港施設のデザインはとても洗練されて見えた。私は当時31歳で、人生最後のワーキングホリデービザを活用し、その1年をデンマークで過ごすことにしていた。

実を言うと、デンマークに行くことにしたのは、第一志望だったイギリスのワーキングホリデーの抽選に外れてしまったからという、消極的な理由からだった。それでも、英語圏であるオーストラリアやカナダ、他のヨーロッパ諸国のドイツやフランスにせずに、デンマークを選んだのには明確な複数の理由があった。

それは、この国が洗練されたデザインの文化と歴史を持っている点とバイリンガルであるという点、そして重要視していたのは税金が高く、教育や福祉が無料で受けられるという点。1年間どこかに住めると考えた時に、デザインだけでなく、その国の社会システムとそこに暮らす人々の考え方に触れたいという側面から、幸福度ランキングでトップ3常連でもあるデンマークでその1年を過ごしてみたいと思ったのだった。

コペンハーゲンでの生活に慣れてきた頃から、仕事探しを始めた。せっかくデンマークにいるのだから、こちらで何かデザインの仕事に関わる経験をしたいと思い、履歴書とポートフォリオを制作し、気になる事務所にメールを送った。

それまで、東京で働いていたいくつかのデザイン事務所では書籍や雑誌のデザインをしていたので、特にブックデザインに携わる事務所を中心に連絡をした。競争率がとても高いデンマークのデザイン業界で、デンマーク語も話せない私に興味を持ってくれる人がいるとは考えにくかった。しかし、少しすると想定していなかった返事がいくつかのデザイン事務所から返ってきた。「私たちの事務所で雇うことはできないんだけど、事務所に遊びにこない?コーヒーでも飲みましょう」

もしかしたら、彼/彼女らは私が日本人であるということに興味があったのかもしれないが(デンマークでデザインに携わる人は日本のデザインを敬愛している方が多い)、雇う可能性がない人間を事務所に招くことそのものに驚いた。

呼んでくれた事務所の1つは、事務所を率いるデザイナーの2人が30分ほど私の今までの経緯やデンマークでやりたいことなどを丁寧に聞いてくれて、ふたりの知り合いにも当たってみると言ってくれた。

最終的にデンマーク語の壁があり採用までは至らなかったが、実際にその人から紹介してもらった雑誌のデザイン事務所の面接にまで行った。東京のいくつかのデザイン事務所で働いていた時は、1分1秒も無駄にできない空気感があったので、どこの誰かもわからない人を事務所に呼んで、お茶(デンマークはいつもコーヒーだけれど)をすることに衝撃を受けたし、呼んでくれた人たちは皆、「何かできることをしたい」と言ってくれた。私はその優しさと余裕にとにかく驚いた。なんで私にそこまでしてくれるんだろう?

健やかな働き方で成果を出す

そんな不思議なお呼ばれをいくつか経て、どこよりもデザインやその姿勢に惹かれていたSpine Studioの2人に、「雇えないけれど、シェアオフィスの机が空いているから、ここ使っていいよ」と言ってもらい、そばでフリーランスの仕事を続けることにした。

そしてSpine Studioが忙しい時には仕事を手伝うこともあった。事務所として使用していた場所は、古い倉庫を改装した大きなシェアオフィスで、カリグラフィがかっこいい看板職人(@copenhagensign@hcskilte)や、特大印刷も可能なプリンターを持っている小規模の広告デザイン事務所、イラストレーターやアーティスト、写真家などが集う面白い場所だった。

ランチはいつも手が空いている人がスーパーに買い出しに行き、具がたくさん入ったサラダとライ麦パン、チーズ、ゆで卵、ハムやイワシのトマト缶などを用意してみんなで食べた。シェアオフィスには私も含め、ビーガンやベジタリアンの人もいたので、具だくさんのサラダがいつもメインだった。夏にはルーフトップテラスを自分たちでつくって、お昼過ぎにアイス休憩をしたり、夕方4時頃からビールを飲んだりした。

(左)出来上がったルーフトップテラス (右)Spine Studioの作業場

Spine Studioは創設者の2人とWebデザイナーが1人、インターンの学生が1人の4人で、小さい規模だったけれど、その仕事の量と質にはいつも驚かされた。そして何より衝撃的だったのは、全く残業をしないことだった。朝9時にきて、夕方17時には事務所を出る──そんな会社員のようなルーティンで、その素晴らしい成果を出していた。

さらに言えば、ランチを用意する日もあるし、シェアオフィスの他のメンバーが連れてきた子どもと遊んだり、卓球をして気分転換したりしていた。またある時、Spine Studioのチーフデザイナーが、私に写真集のカバーデザイン案について意見を求めることがあった。自分よりよっぽど経験もあって優れたデザイナーである彼が、私に「どう思う?」と聞いてきたこと自体に感動してしまった。年齢や経験による上下関係がなく、4人が対等に話しているのが伝わってきた。

グラフィックデザインは常に政治的である

デンマークを去る日が近づいてきた頃、私はビジュアルコミュニケーションデザインの分野で大学院の進学を考えていた。大学院に進学したいと考えるようになったのは、Ruben Pater氏が書かれた本、”The Politics of Deisgn” (2016) に出会ったことがきっかけだった。

この本の中で彼は「グラフィックデザインは常に政治的である」とし、タイポグラフィー、色、ピクトグラム、写真、地図、図表など、ありとあらゆる視覚的表現は無意識のうちに政治的なメッセージを発していることを一つひとつ解説している。

いくつか例を挙げると、男の子は青、女の子はピンクなど、ジェンダーで色を割り当てることや、アジアで使用するピクトグラムにおいても食事をする場所を示すピクトグラムが箸やお椀ではなく、ナイフとフォークであること。また企業が多様性をアピールするために、アジア人や黒人が大きく映った写真を広告に使用することなどがその一例である。

この本に出会ったことで、私のグラフィックデザインの見え方は180度変わった。その時の頭を殴られたような感覚は今でも忘れられない。それと同時に、著者も書いている通り、オランダの白人男性の目線から書かれている内容に対して、自分は違う捉え方をしていると強く感じる部分もあった。

欧米を中心に、気候変動や家父長制、女性やマイノリティへの差別、植民地支配の歴史などの問題を見直し、既存の社会に対して正義や公正を求める運動が起こり始めていた頃だったのもあり、日本人女性でそれほど裕福ではない家庭出身の自分にこそ、見ることができるグラフィックコミュニケーションの在り方を追求したいと考えるようになった。

“The Politics of Design” ©Ruben Pater

デンマーク王立芸術大学の魅力

まず大学院の候補として考えたのはオランダのデン・ハーグ王立芸術大学(KABK)だった。というのも、”The Politics of Design”の著者、Ruben Pater氏がこの大学のNon Linear Narrativesという修士過程で教えていたからである。

また、KABKにはType Mediaというタイポグラフィーで有名なコースもあり、知り合いをつくる上でも、とても魅力的に映った。デンマーク滞在中にKABKの修了作品展が行われていたので、オランダのデン・ハーグまでコペンハーゲンからバスで向かった。

もうひとつの候補として考えていたデンマークのコリングにある、Design School Koldingにも見学に行った。 私はグラフィックデザインへの興味と並行して、気候変動や生物多様性の危機に強い関心を持っており、個人的に環境活動もしていたので、Desgin School Koldingにある Design for Planet というコースが気になっていたのだった。コリングには電車を乗り継いで行った。

結果から言うとこの見学を経て、私はそのどちらも選ばず、コペンハーゲンにあるデンマーク王立芸術大学(KADK)のグラフィックコミュニケーションデザインコースに行くことに決めた。デン・ハーグとコリングはどちらも決して悪くない大学だったのだけれど、学ぶ環境を考えた時に、KADKは圧倒的にその2つよりも魅力的だった。

デンマークの首都コペンハーゲンにあることで得られる美術館やイベントへのアクセス、デンマークの建築や家具デザインを学ぶために世界中から来た学生たちと出会えること、キャンパス自体がコペンハーゲンの真ん中に位置し、水辺にあるという最高の立地。

そして、自分がその1年で築いた交友関係や街そのものに対しての愛着も大きな要因だった。正直なところ、大学院を選んだのは「コペンハーゲンが好きだったから」というのが一番の理由かもしれない。

キャンパスは水辺に位置していて、夕方には美しい夕焼けも見える

「良いデザイン」とは何か

日本に帰国し、1年間デザイン事務所(nipponia)での勤務を経て、KADKに合格した。私が申し込みをしたのは2020年の2月末で、新型コロナウイルスが広がり始めたばかりの頃だった。合格通知を受け取ってからも、渡航できるのかどうか不安な日々が続いたが、さまざまな手続きを経て8月に無事に渡航した。

2度目のデンマーク、コペンハーゲン。2年前にコペンハーゲン空港に降り立った時とは、全く違う気持ちだった。その小さい空港も、親切な店員のいるカフェも、自分の知っている居心地のよい場所だった。「帰ってきた──」これから始まる大学院での学生としての生活に、胸が踊った。

私が選んだKADKのグラフィックコミュニケーションデザインコースは、1年目の前期に短い期間の課題をたくさんこなす。1週間〜4週間くらいのスパンで、AR(オーギュメンテッドリアリティ)、タイプデザイン(Glyphsの使い方)、イメージメイキング(MV制作)、アートディレクション、コーディング(Processingの使い方)、思考と印刷(クラス全員での冊子づくり)、データビジュアライゼーション(気候変動をテーマに)など、幅広い分野を違う先生たちが代わる代わる担当して教える。

スパンが1週間のものは、月曜日に導入があって、金曜にはプレゼンテーションをしなければならず、日本からフリーランスの仕事も受けながらこなすのはなかなかハードワークだった。その一方で、別の課題を同時に進行することはなかったので、その時に学んでいるテーマに集中することができたと思う。1年目の後期はもう少し長めのスパンで、良いデザインとは何か(グループリサーチ)、ビジュアルアイデンティティ、ムービングイメージ(動画制作)、自主選択課題を行った。

どの課題も興味深かったが、強く記憶に残っているのは「良いデザインとは何か ”The morality of things. Pure Good and applied Good. And goods.”」というテーマで行ったグループリサーチである。この課題に取り組んでいた2021年の2月は、デンマークでもコロナの影響でロックダウンをしている時期だったので、全てオンラインで行われた。担当の先生による導入を経て、まずGood Designという大きな傘の下にあるカテゴリーづくりを行った。たくさんのアイデアが出た中で、最終的に以下のカテゴリーでグループリサーチをすることに。

・Sustainability (サステイナビリティ)
・Responsibility(責任)
・Aesthetic & Functionality(美しさと機能性)
・Production(生産過程)
・Symbolic Value(象徴的な価値)
・Good intention, Bad outcome(良い意図からの悪い結果)

どれも気になったが、先に書いた気候変動への関心から、サステイナビリティについて調べるグループに入った。それから2週間ほど、他3人のクラスメイトと共に、「果たしてサステイナブルにグラフィックデザインを行うとはどういうことか」、そして「資本主義の中でサステイナブルなグラフィックデザインは存在しうるのか」というところまで議論しながらリサーチをし、最終的にインタラクティブなPDFにまとめた。

まとめたPDFの目次ページ。サステイナビリティの下に10のカテゴリーをつくった。

このグループリサーチは2週間だけ、かつ厳しいロックダウンの中で行われたため、かなり限られたものではあったが、デスクリサーチやグループメイトとの対話を通して、多くを学んだ課題となった。

デンマークの学生たちは何年も前からSDGsや気候変動について繰り返し教わってきている上に、国の社会システムが社会民主主義的なので(これは議論の余地があるけれど)、行き過ぎた資本主義に対して批判的なアプローチの学生が多い。

そのような感覚の学生たちと、グラフィックデザインに何ができるかを議論するのはとても刺激的だった。またこのリサーチをを通して、世界中にすでにこのテーマに対して、アクションを起こしているグラフィックデザイナーがたくさんいることも知った。

自分が長い間、興味関心を抱いていた環境問題・気候変動の分野と、仕事として携わっている職業の接点が明白に見えてきて、プレゼンテーションが終わった後も、「これについてもっと深く研究したい」という気持ちが残った。

気候危機の時代にグラフィックデザイナーができることは?

1年目の後期、最後の課題はテーマを自由に自ら選択して6週間取り組むものだったので、そのグループリサーチの後に感じた不完全燃焼な気持ちを消化しようと「グラフィックデザインとサステイナビリティ」をテーマとして選んだ。

グループリサーチで多くの学びがあったことは確かだったが、「じゃあ実際に何ができるんだろう?」という問いにはうまく答えられる自信がなかった。気候変動を憂いながら、商業的なグラフィックデザインを続けるのは矛盾しているし、かと言って完全に商業的なデザインをせずに自分の暮らしが成り立つかと言ったらそれも難しい。これから自分がグラフィックデザイナーとして仕事を続けるためにも、実際にどんな変化が日々の仕事の中に、そしてグラフィックデザイン業界に求められるのかを知りたかった。

この自主選択課題ではグループリサーチの間に出くわした、すでにこのテーマに取り組んで新しい働き方を模索している人たちにインタビューをすることにした。彼ら/彼女らの働き方、考え方に触れることで私も自分が納得できる働き方を見つけたいと思ったのだ。インタビューをしたのは、以下の5人である。

1. 長嶋りかこさん(日本)
2. ジョニー・ブラックさん(アメリカ)
3. クシュブー・ガンディーさん(インド)
4. ディス・エイント・ロックンロール(イギリス)
5. ベネデッタ・クリッパさん(スウェーデン/イタリア出身)

詳しいインタビューの内容は割愛するが、どのインタビューも自分が想像もしなかった方向に進み、たくさんの発見があり、多くのインスピレーションをもらった。また、何より興味深かかったのは、この5人があるところでは同じ考えを共有し、またあるところでは全く違うアプローチをしていたことだった。このインタビューを自分の課題の中だけに留めておくのはもったいないと思い、最終的にこれらのインタビューと先に行ったグループリサーチをまとめて、本をつくることにした。

サステイナビリティをテーマにまとめた本なので、どんな印刷・製本過程でこの本を制作するべきかというリサーチにも多くの時間を使った。必要な分だけをなるべく環境負荷の少ない方法で印刷するにはどうすればいいのか──。モノを生み出す限り、環境に負荷をかけることは避けることができない。モノづくりが好き、かつ環境悪化に心を痛めている人間にとって、この事実を認めることは苦しいことだと思う。それでもその矛盾に向き合いながら、一番マシな方法を見つけて現状の問題を表に出していくことが大切だと考えるようになった。

そのような葛藤を踏まえて、この本に「ジレンマと共に未来からデザインする──気候危機の時代にグラフィックデザイナーができることとは?」というタイトルを付けた。6週間の課題期間中には完成することはできなかったので、大学院1年目終了後の夏休みに制作を続け、資金を集めるクラウドファンディングを経て、現在印刷・製本の真っ最中である(この本のプロジェクトの詳細はクラファンのページで読むことができる)。

最終的にこの本の印刷に選んだのは、コペンハーゲンにあるObra Pressという高品質なリソグラフを提供する女性2人で運営する印刷所で、私の考え方に共感し、本に掲載するインタビューにも答えてくれた。なるべく長持ちするように、大切にしてもらえるようにという理由で、1冊1冊手製本をすることにしたので、想定よりも時間がかかっているが、それもまた商業的なモノづくりとは違うプロセスの在り方を見るよい機会となっている。

デンマーク的学生生活

新型コロナウイルスの影響もあって、私の学年はインターナショナルの学生が少なく、生徒の3分2はデンマーク人である。初めは多様性の観点から、残念に思っていたのだけれど、2年目に突入した今はむしろよかったと思っている。デンマーク人が受けてきた教育、発言の仕方、デザインに対しての考え方をたくさん学べるからだ。

これは後に知ったことなのだが、デンマークは人口が少ない割に(2021年11月時点で約581万人、これは千葉県の人口よりやや少ないくらい)建築や家具デザインなども含め、全体的にデザインのレベルが高いため、デンマーク人がKADKに入学するのはかなりハードルの高いことのようだった。それはクラスメイトとの関わりでも自然と伝わってきた。とりわけ1年目の前期は、デンマーク人のクラスメイトの美しいデザインをつくる能力、エッセイ課題の英語力、プレゼンテーションでの魅せる巧さに圧倒され、ついていくのに必死だった。

そんなアカデミックな議論をしたり、ハイレベルなプレゼンテーションをしたりする一方で、「遊ぶときは遊ぶ」という姿勢もデンマーク人ならではだ。私のクラスは仲がよく、金曜にプレゼンテーションが終わるとだいたいみんなでビールを飲みに行く。

デンマークのビールブランド・カールスバーグや、アカデミー賞を受賞した映画「アナザーラウンド」などを知っている人もいるかもしれないが、ここの人たちはとにかくビールをたくさん飲む。また夏の間は日が長いので、公園に行って体を使うゲームをしたり、大学の裏にある水辺で泳いだりする。真剣に勉強する時間と、体を使ってリフレッシュする時間を上手に切り分けているのが、デンマークらしい文化だと思う。

春から夏にかけてはスーパーで缶のビールを買ってきて、公園で集まることが多い

大学の周りは水に囲まれているので、夏は水着を学校に持ってくる。課題を進める途中でリフレッシュに水に飛び込むクラスメイトも。

「文化的な植民地支配」を考える

大学院も2年目に突入し、自分の興味関心が強い分野がはっきりと見えてきた。大学院に進みたいというきっかけを与えてくれた”The Politics of Design”で書かれていることはもちろん、気候変動が進んだ人新世の世界でのグラフィックデザインについてさらに勉強を続けたいと考えている。

具体的にいうと、今までよしとされてきたグラフィックデザインの常識に疑問を投げかけるようなプロジェクトに取り組みたい。私はグラフィックデザインは資本主義と共に成長した産業と捉えている。特に広告の分野では、モノを売るために美しいグラフィックデザインが活用されてきたことは紛れもない事実だろう。気候変動を遅らせようと考えた時、行き過ぎた資本主義からの脱出は避けられないトピックであると思う。

そして、その行き過ぎた資本主義の過程にあった植民地支配や西欧中心主義、家父長制もグラフィックデザインと深く結びついていると気がついたからこそ、これからのグラフィックデザインがどうあるべきかを広い視野を持って学び、考え続けたい。

…と、なんだか大それた言葉が並んでしまったけれど、現在は、「日本のグラフィックデザインにおける(装飾)英語の役割」というテーマで短めの論文を書いている。クラスメイトがほとんどヨーロッパ人という環境でグラフィックデザインを学ぶ中で、日本のグラフィックデザインの見え方が大きく変化した。

自分が東京でグラフィックデザインをしていた時、何も考えすに「かっこいいから」という単純な理由で、英語をデザインの中に装飾的に、もしくはタイトル等に使用していたのだが、そのことに疑問を抱くようになった。

日本は西欧諸国に植民地支配をされたわけではないが、文化的な植民地支配というものは起こっているのではないか──。世界全体のグローバリズムと共に英語が支配的な言語になっていることなどにも触れつつ、感情的なナショナリズムに捉えられないように配慮しつつ論文をまとめているところである。

またアカデミックな論文を書くだけでなく、手を動かすグラフィックデザインの仕事も同様に続けていきたい。「ジレンマと共に未来からデザインする」のインタビューやリサーチで得た気づきを大切にしながら、社会が人々にとってより公平で、人間以外の生き物を苦しめずに生きていける環境に近づくことを僅かにでも促すようなプロジェクトに取り組んでいきたいと思う。

もちろん、1人の人間にできることは限られているし、結果はすぐに見えないかもしれない。それでもこの時代に、こういうことを考えて、行動を起こしていた人がいたことを未来に示すことの大切さ、そして、示すことで誰かが行動を起こすきっかけになることができると信じている。

著者プロフィール:
平山みな美
グラフィックデザイナー、環境活動家。多摩美術大学(夜間部)にてコミュニケーションデザインを学んだ後、複数のデザイン事務所を経験。また、トランジションムーブメントが始まった街、イギリス・トットネスで、サステイナブルなコミュニティづくりについて学ぶ。現在はデンマーク王立芸術大学のグラフィックコミュニケーションコースの修士課程に在籍。グラフィックデザインの仕事では、気候危機や社会の不公平に関して、社会により良い影響を生み出すプロジェクトに積極的に取り組んでいる。

Design Studio Minami Hirayama

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今、世界各地のデザインスクールでは、どのようなことを考え、何を教え、そこから学生は何を学び取っているのでしょうか。<br /> 特集「世界のデザインスクール紀行」では、世界各地のデザインスクールを卒業したばかりのデザイナーが、そこでの体験や学びを振り返り、紹介していきます。

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