組織を前進させる問いのデザインの方法には、「課題解決型」と「価値探究型」の2つのアプローチが存在します。
課題解決型の問いのデザインとは、明確な目標が存在する場合に、目標を阻害する問題の本質を見極め、適切な課題定義に落とし込むかたちで、「本当に解くべき問い」を導くアプローチです。拙著『問いのデザイン』は、課題解決型の問いのデザインについて体系的に解説した書籍です。
価値探究型の問いのデザインとは、具体的な目標や問題があるわけではないけれど、人間や社会の本質について明らかにすべく、自分自身の「関心」に基づいて問いを立てるアプローチです。拙著『リサーチ・ドリブン・イノベーション』の第2章では、価値探究型の問いのデザインについて、論を補足しています。
両者に共通する考え方は、些末な事象に囚われずに、物事の「本質」を捉えようとする姿勢です。そのための具体的な手法はさまざま考えられますが、なかでも「哲学的思考」と呼ばれる考え方は、実践の役に立ちます。
課題解決にせよ、価値探究にせよ、最も恐るべきことは、視野狭窄になり、中長期的な視点や、深く考える思考態度を失ってしまうことです。視野を拡げ、深め、問題の本質に迫っていくうえで、哲学的思考は欠かせません。
哲学的に考えるとはどういうことか?
この問いの答えには、さまざまな考え方があるでしょう。哲学者の苫野一徳氏の書籍『はじめての哲学的思考』が参考になります。苫野氏によれば、哲学的に考えることとは「さまざまな物事の“本質”をとらえる営み」であるといいます。本質といっても、この世に客観的に実証できる「絶対の真理」がある、というふうに考えるわけではありません。また、辞書を調べて、その物事が指し示す意味を調べることとも違います。
教育とは何か?教育の本質とは何か?恋の本質とは?といったように、身の回りの物事の本質を問い、同じ問いを共有する人たちと対話し、自分たちの経験に根ざした意味を掘り起こしながら、「それが確かに物事の本質かもしれない」という互いに納得できる共通理解に到達すること。それが「本質をとらえる」ということです。
現象学では、このように本質を洞察しようとすることを「本質観取(ほんしつかんしゅ)」と言います。
構造構成主義を理論化したことで知られる西條剛央氏は、企業の問題解決の場面においても「本質観取」が重要であることを指摘し、「星野リゾート」などの成功事例について考察しています。
西條氏によれば、経営不振に陥った全国の旅館やリゾート施設をV字回復させたことで注目されている「星野リゾート」は、代表の星野氏自身が、「観光とは何か?」「人はなぜ観光をするのか?」という観光の「本質観取」を行っていった結果、観光の本質としての「異文化体験」「非日常体験」という答えに到達し、地域に根ざしたリゾート施設の展開のアイデアにつながっていったといいます。
さらに星野リゾートは現場レベルでも「本質観取」に取り組んでおり、たとえば青森のリゾート施設では、現場スタッフも含めて「青森らしさとは何か?」と問いを立て、対話を繰り返し、青森ならではの異文化体験を施設コンセプトに落とし込み、「スタッフが津軽弁で話す」「毎晩、ねぶた祭をする」「津軽三味線を引く」といった催し物を設けて、傾いた経営を見事立て直したのだそうです。
チームにおいて自分たちの事業にとっての重要テーマについて「本質観取」をしていくことは、強いチームをつくる組織開発の側面でも効果がありそうです。
対話を通して本質を捉える6つのステップ
苫野氏は、集団の対話を通して本質観取を進める具体的手順として、以下のステップを提案しています。
(1)体験(わたしの”確信”)に即して考える
(2)問題意識を出し合う
(3)事例を出し合う
(4)事例を分類し名前をつける
(5)すべての事例の共通性を考える
(6)最初の問題意識や疑問点に答える
苫野一徳(2017)はじめての哲学的思考. 筑摩書房
こうした手順を踏みながら、対象の本質を言葉に表現しながらも、類似概念との違いを言い表したり、その言葉をその言葉足らしめている特徴(どんな特徴がなくなると、その言葉でなくなるのか)を言い表したりしながら、その言葉の輪郭を探っていくと、奥が深くて厚みのある本質観取ができるようになる、といいます。
たとえば「恋とは何か」について本質観取をするのであれば、お互いが主観的に「恋をした」と感じた事例を出し合い、それらを分類しながら、それらに共通する「恋」の本質について、短く表現しようと試みます。並行して、「愛」や「友情」との違いや、「どんな特徴がなければ、”恋”とは言えなくなるのか」についても検討しながら、「恋」の本質の言語化を試みるということですね。
課題解決型と価値探究型の双方の問いのデザインに習熟する上で、この「本質観取」の考え方は、重要な基盤になります。組織ファシリテーターは是非日々の業務やプロジェクトの中で、実践を通してトレーニングしてみてください。