コーポレートアイデンティティのリニューアルにおいて回避するべき9つの落とし穴

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コーポレートアイデンティティのリニューアルにおいて回避するべき9つの落とし穴

企業のビジョンやミッションの見直し、中長期的な計画の策定のタイミングでは、CI(コーポレート・アイデンティティ)のリニューアルプロジェクトを立ち上げ、理念のステートメントや、CIデザイン、ブランドガイドライン、コーポレートサイトなど、各種クリエイティブに落とし込むことでリブランディングを図ることが一般的です。

東日本大震災やリーマンショックのときがそうだったように、この時世だからこそ、企業として核とするアイデンティティを見つめ直し、2020年代の再始動のための「仕込み」にしたいと考えている経営者、担当者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。

ROIの高いCIリニューアルプロジェクトの要件とは

CULTIBASEが理念として掲げる“Creative Cultivation Model”においても、CIは「PHILOSOPHY」として、組織レベルの創造性を支え、横軸で組織と事業に「意味」を与える心臓として位置付けています。ブランドの核であるCIを定期的に見直しアップデートし続けることは、組織の創造性を保ち、イノベーションを起こし続ける上で必須です。

Creative Cultivation Modelの横軸:CIは組織と事業に意味を与える心臓である

ただし、企業とは人の集合体であり、そこで働く個人やチームの存在なくして、CIについて考え直すことはできません。良いCIがあるからこそ、チームのコミュニケーション(関係性)の質が変わり、個人が納得度を持って生き生きと働くことができる。また個人の内発的動機が起点となって、チームから対話が生まれ、CIそのものがボトムアップに揺さぶられ、現場から再解釈されていく。そのような「縦のライン」を接合させていくことが、「CIを組織の心臓として機能させる」上で必要です。

Creative Cultivation Modelの縦軸:組織のCI・チームの関係性・個人の衝動の接合

このように、CIが組織の心臓であることを意識してプロジェクトを推進すれば、CIリニューアルプロジェクトは企業のイノベーションの土壌を改革するROIの高い組織開発プロジェクトとなりえます。ところが、単なる表層的な「見栄え」の印象を刷新するプロジェクトとして推進してしまうと、CIリニューアルプロジェクトは失敗に終わります。

CIリニューアルプロジェクトにおいて陥りがちな9の失敗パターン

CIリニューアルプロジェクトを推進する際に意識的に回避するとよい落とし穴的な失敗パターンを9ケース紹介するので、プロジェクト設計の参考にしていただければと思います。

目次
・組織開発と切り離して進めてしまう
・完全にトップダウンで進めてしまう
・完全にボトムアップで進めてしまう
・企業とサービス/プロダクトが混合している
・過去を踏まえず、未来しか考えない
・市場や顧客に目を向けすぎる
・完璧なものを目指してしまう
・作ったまま形骸化し、現場浸透しない
・業務や評価の仕組みと結びついていない

1.組織開発と切り離して進めてしまう

大前提として、CIリニューアルプロジェクトは、企業にとって組織開発(Organization Development)の一環として実施すべきです。すなわち、組織に求心力をもたらし、従業員一人ひとりの日々のコミュニケーションや業務の質を向上するための全社プロジェクトとして位置付けるべきです。

多くの場合、組織開発はコンサルタントやファシリテーターに依頼し、CIリニューアルは著名なデザイナーにクリエイティブを外注し「異なる取り組み」として実施されるため、チグハグなものになってしまいます。CIリニューアルが「心臓のアップデート」だとするならば、組織開発は、組織の「血の巡り」を整えて、全身の健康を実現していく総合的な取り組みです。CIを変えるということは、必然的に組織開発に包含されるべきなのです。

2.完全にトップダウンで進めてしまう

CIのリニューアルは、経営陣にとっては戦略に関わる重要な意思決定事項です。だからといって、幹部だけでトップダウン的に進めてしまうと、対外的には尖ったメッセージやデザインを発表できるかもしれませんが、社内に対するポジティブな影響を生み出せず、”組織の心臓”としてのアップデートに至りません。

また、リニューアルのデザインプロセスに従業員を巻き込まないまま進めると、リニューアル後に多くの従業員が声を揃えて「前のロゴのほうが好きだった」「サイトは見やすくなったけど、色が好みじゃない」などと、表層的なデザインに対する印象論を展開し、本質的な対話や納得につながりません。どの程度巻き込むか、参加型の範囲やコミット度には濃淡がありえますが、完全にトップダウンでは進めないほうがよいでしょう。

3.完全にボトムアップで進めてしまう

組織開発の本質は、ボトムアップ型の対話のアプローチです。2.の教訓を踏まえても、どれだけ従業員をボトムアップに巻き込みながら、参加型でCIリニューアルを推進していけるかが、成功の鍵を握っています。

しかしながら、完全にボトムアップで進めればよいかといえば、そうではありません。トップの強烈なメッセージが全くない中で、完全にボトムアップ式でやってしまうと、現場レベルの視座の高さと過去の蓄積から線形的に導かれた「弱いビジョン」に着地してしまうリスクがあります。CIが全身に血を巡らせる心臓だとするならば、やはり組織の「頭」は経営のトップですから、半トップダウン半ボトムアップのバランスでプロジェクトをファシリテートするとよいでしょう。

4.企業とサービス/プロダクトが混合している

初歩的ですが、企業のブランディング(CI)と、事業として展開しているプロダクトやサービスのブランディングを区別・整理しないままプロジェクトを推進してしまっているケースも少なからずあります。

当然ですが、企業ブランドとプロダクト・サービスブランドは必ずしもイコールではないので、事業側のマーケティング戦略を無視したまま2つを混同したままCIをリニューアルしてしまうと、プロダクト・サービスの売上が結果として落ちてしまうことがあります。

5.過去を踏まえず、未来しか考えない

トップメッセージと現場のボトムアップ型の対話を組み合わせて「これから私たちはどうあるべきなのか」を突き詰めていくと、どうしても組織の視野は「未来」へと向いていきます。これまでの実態に囚われずに、大胆に未来図を描くことは重要ですが、大企業であれ、ベンチャー企業であれ、“自分たちらしい未来”を考えるヒントは、過去にあります。

たとえば、筆者が過去に依頼を受けたシチズンの100周年のCIリニューアルプロジェクトでは、シチズンの時計の過去6000モデルをレビューして、デザイナー全員に「シチズンさしさを感じる3モデル」を選んでもらい、その理由を共有するところから対話をスタートさせました。過去から「継承したいことと」と「新たに加えたいこと(過去に足りていないこと、変えたいこと)」の両面を議論できるようなファシリテートが必要です。

シチズン100周年スペシャルサイト [シチズン腕時計]

6.市場や顧客に目を向けすぎる

CIをリニューアルしたら、CIデザイン、ブランドガイドライン、コーポレートサイト、パンフレットなど各種クリエティブに展開して広くリリースし、市場や顧客にアピールしていきます。しかし、市場や顧客に対する訴求を意識しすぎると、CIリニューアルはうまくいきません。

アイデンティティとは、人間のそれと同様に、ある種の「構造」を持っています。仲の良い友人を思い浮かべてみてください。その人の「らしさ」のすべては、必ずしも服装や発言など「目に見える」とは限らないはずです。じっくり話すことで見えてくる人柄や価値観、第一印象では見えない意外な一面などがあるはずです。

企業も同様に、外からは見えにくい内側に秘められた「内核」があり、それがロゴやウェブサイト、従業員のふるまいなどのメディアに「外装」として可視化される。市場や顧客はそれに対して「印象」を抱きます。

社内外に一貫性を持ったCIリニューアルとは、「内核」「外装」「印象」に軸を通すことに他なりません。外側に対する印象に気を取られると「らしくないファッション」を身に纏った友人のように、かえって「らしさ」が伝わりにくい違和感のあるCIになってしまいます。

7.完璧なものを目指してしまう

もう一つの落とし穴は「誰もが納得する、明瞭でわかりやすい完璧なCI」を作ろうとしてしまうことです。組織開発型のCIリニューアルプロジェクトは、CIを作って終わりではありません。むしろCIをつくってからが本番で、どれだけチームのコミュニケーションと日々の業務の思考に影響を与えるか、が重要です。

CULTIBASEの運営会社であるミミクリデザイン(現・株式会社MIMIGURI)のコーポレートスローガンである「創造性の土壌を耕す:Cultivate the Creativity」も、ほとんどのメンバーが共感を示しながらも、「自分にとって“創造性の土壌を耕す”とは一体どういうことなのか」「今回のプロジェクトでは、十分に創造性の土壌を耕せたのだろうか」と、ことあるごとに立ち止まって、考え続けています。「それを実現するのはどういうことなのか」と考えたくなるようなCIにとどめておき、完成したあともみんなで考え続けることが大切です。

8.作ったまま形骸化し、現場浸透しない

前項に関連して、作ったあとのこと、つまり「浸透させるフェーズ」の具体的な施策と計画を何ももたないままCIをリニューアルしてしまうケースも要注意です。企業の心臓であるCIは、組織の各所細部にいたるまで血を行き届かせて初めて機能します。

また、CIの広報施策を管理する管理コントロールセンターの構築・整備することで、持続的に運用するための組織デザインも忘れてはいけません。

9.業務や評価の仕組みと結びついていない

CIの理解促進による浸透に成功したとしても、日常の業務内容や評価制度とあまりにも乖離していると、CIは本質的に心臓としてワークしません。

極端な話、CIが掲げる理想が「失敗を恐れるな」としても、業務プロセスや評価制度が失敗しないことに対するインセンティブとフィードバックが強い場合、現場レベルでのCIの体現は非現実的です。CIのリニューアルと並行して、組織デザインもリニューアルすることが必要不可欠です。

組織開発型のCIリニューアルプロジェクトを成功させるために

以上、CIリニューアルプロジェクトにおいて回避すべき9つの落とし穴を紹介してきました。

上述したように、目指すべきは、半トップダウン・半ボトムアップ型の組織開発プロジェクトとして推進し、個人の内発的な衝動と、チームの関係性や日々のコミュニケーション、企業が掲げるCIが結合した状態(=Creative Cultivation Model)を実現することです。

理想は「組織開発・CI策定・各種クリエイティブ制作」を一気通貫の有機的なプロジェクトとして推進することですが、部署や予算の分断によって、それが叶わないこともあるでしょう。コントロール可能な範囲で落とし穴を避けながらも、社内のステークホルダーと対話をしながら進めていくとよいでしょう。

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著者

株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO

東京大学大学院 情報学環 客員研究員

1985年生まれ。東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO/東京大学 特任助教授。

企業経営と研究活動を往復しながら、人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論を探究している。主な著書に『問いのデザイン』、『問いかけの作法』、『パラドックス思考』、『リサーチ・ドリブン・イノベーション』、『ワークショップデザイン論』『チームレジリエンス』などがある。

X(Twitter)noteVoicyhttp://yukianzai.com/

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