イノベーションに強い組織は、すべからく社内の人材育成に力を入れています。組織を構成する一人ひとりが変化する力の集積が、イノベーションの必要条件になるからです。人材育成のアプローチにはさまざまありますが、王道的な介入の方法に「集合研修」があります。
研修は予算も確保され、導入しやすい反面、必ずしも戦略的に設計されているとは限らず、自己目的化、形骸化しやすい実践でもあります。オフラインにせよオンラインにせよ、チーム全員の時間を確保し、同じ知識や経験を共有する時間はとても貴重です。研修を有意義な時間にするためにも、組織のビジョンや大義(Why)に合わせて、適切なアプローチ(How)で研修を設計する必要があります。
そのためには、研修設計には大きく2つのアプローチがあることを理解しておかなければなりません。それは、階段型の学びを促す「インストラクショナルデザイン(ID)」と、固定観念を揺さぶる「ワークショップデザイン(WD)」という異なる学習観に基づく2つの手法です。
階段型の学びを促すインストラクショナルデザイン
固定観念を揺さぶるワークショップデザイン
階段型の学びを促すインストラクショナルデザイン
インストラクショナルデザインとは、古くから活用されている、従来型の研修、教材、授業の設計手法です。
詳細な手順は割愛しますが、まず「学習目標」を明確化して分析をしたら、それをいくつかの「下位目標」に分割して、それを「行動目標」として定義します。そして行動が達成される活動の「順番」を決めて、それを「どのように評価するか」を策定し、段階的にプログラムやカリキュラムを作っていくアプローチです。
元々は第二次世界大戦の軍事訓練において発展した方法論だと言われています。多数の兵士を早急かつ効率的に一定レベルまで訓練可能な手法として、重宝され、メソッド化されました。この方法は、効率的に大量のものづくりを進めていくための生産現場や、事業のやり方を改善させ安定化させる上で有効な人材育成の方法であるため、現代においても人材育成の業界に幅広く普及しています。
従来型の研修の多くは、インストラクショナルデザインによって設計されています。テーマが「会計」であれ「名刺の渡し方」であれ「ロジカルシンキング」であれ、学ぶべきことをステップ化しておけば、講義・演習・フィードバックによって学習者を着実に”階段を登らせる”ことが可能です。
インストラクショナルデザインは学習行動を確実に達成させる
固定観念を揺さぶるワークショップデザイン
ところが企業における人材育成の役割は、複雑かつ多様化しており、インストラクショナルデザインだけでは対応できなくなってきています。たとえば「自分の強みに気づき、キャリアに活かす」「会社の理念を自分事で理解する」「イノベーションを生み出せるようになる」のようなタイプの学びを目標とする場合、学習者によってその学びの軌道は異なるため、必ずしも共通した「行動レベルのステップ」に分割することはできません。
どちらかといえば、日常の慣習や自分自身をいつもとは違う視点から相対化する経験や、普段使っていない感覚を鍛えたりストレッチしたりするような「非日常的な体験」が必要になります。これが、ワークショップが得意としている学びの性質です。インストラクショナルデザインが「よく設計された階段を登らせる」ことだとすれば、ワークショップは、「日常にハシゴをかけて、異なる視点を与える」ようなイメージです。
ワークショップデザインは日常とは異なるものの見方を与える
ファシリテーターの仕事は、学習者に「普段とは異なる視点を提示する」ことであり、その結果としての気づきや、着地点は学習者に委ねられます。ハシゴから見えた向こう側の景色にジャンプするもよし、ハシゴから見えた気づきをもとに、日常の歩き方を少し変えるもよし、何も変えないもよし、といった具合に。この学習目標のゆるやかさが、ワークショップデザイン型の研修の魅力であり、結果として、トップダウン型の近代的組織には生み出せないような、ボトムアップ型のイノベーションを下支えする人材育成の方法として、注目されています。
イノベーションのための経営理論「両利きの経営」でいうところの、「知の深化」のための学習はインストラクショナルデザインが得意としていて、「知の探索」を促すような学習機会は、ワークショップデザインが得意とするところです。イノベーションに強い組織を作るためには、2つの研修設計のアプローチを使いこなすことによって、“両利きの人材育成”を実現することが重要でしょう。