近年、組織開発・組織デザインにおいて「ゲームデザイン」の考え方が注目を集めています。組織をよりプレイフルにするため、ワークショップや育成・評価のプロセスを設計する際、ゲームで用いられている仕組みや考え方を、経営に応用しようというものです。
CULTIBASE Lab会員向けオンラインプログラム「遊びのデザインゼミ」では、東京大学大学院情報学環で教育工学やゲーム学習論を研究している藤本徹さんをゲストにお招きしました。
組織をプレイフルにするうえで、ゲームデザインはいかにして応用できるのか。CULTIBASE 編集長の安斎勇樹、立教大学経営学部准教授の舘野泰一とともに語り合いました。
「ゲーム」とはなにか──定義づける“4つの要素”
藤本さんは、ペンシルベニア州立大学大学院にて、オンライン教育を中心に研究を進め、2010年にインストラクショナルデザイン(Instractional Design)の博士号を取得。2011年に東京大学大学院 情報学環・学際情報学府 (以下、情報学環)の特任助教として着任し、東京大学におけるMOOC(大規模公開オンライン授業)の立ち上げにも大きく関わってきました。2019年から情報学環で自身の研究室を持ち、「ゲーム学習方法論と学習支援技術」に関する研究に従事しています。
まず藤本さんは、「ゲーム」の定義について以下のように解説します。
藤本:ゲームにはさまざまな定義がありますが、『幸せな未来は「ゲーム」が創る』の著者として知られるゲームデザイナーのジェイン・マクゴニカルは、ゲームを構成する要素を4つ挙げています。
まず、達成すべき「ゴール」が提示されていること。次に、ゴールにたどり着くための制約条件として「ルール」が存在していること。さらにはルールに基づいてゴールに向かうなかで、それぞれのアクションに対する「フィードバックシステム」があること。最後に、そこにプレイヤーが「自発的参加」をすること。この4つが、ゲームの基本的な要素とされています。
自発的な学習を生み出す「アフィニティスペース」とは?
ある活動をゲーム化することの意義は、どこにあるのでしょうか。藤本さんは、2つの意義を挙げています。
一つは、「意味ある活動(=Meaning Play)」をつくれること。参加したくなるようなルールやフィードバックを設定することで、課題へのチャレンジ意欲が高まり、活動により積極的に取り組んでもらえるようになります。
もう一つが、「マジックサークル」をつくること。ゲームに参加する人と参加しない人を分けることで、一般的な価値観やルールとは異なる空間であることが示され、「ゲームだからこうやろう」「ゲームだから許される」といったチャレンジ精神や安心感がもたらされます。
これらの要素を兼ね備えた空間が表出している現象として、藤本さんが注目しているのが「アフィニティスペース」です。アフィニティスペースとは、ゲーム学習の代表的な研究者であるジェームス・ジーが提唱した概念で、「共通の目的や関心を持つ人で構成されるオンラインの学習空間」のことです。
藤本:アフィニティスペースは、「コミュニティ」と対比されるかたちで出てきた概念です。実践を重視したコミュニティよりもメンバーシップ要素がゆるい、共同学習環境を指します。
そこではプレイヤーたちが、ゲームに関するウェブサイトやデータベースをつくって情報を共有し、互いに学習しあいます。SNSも活用しながら、いわゆる「ガチゲーマー」からゲーム実況者まで、ゲームを楽しむファンたちが、さまざまなかたちで暗黙知を共有していく。また、最近のオンラインゲームでよく見られますが、ゲームの開発者もアフィニティスペースの情報をチェックし、開発のためのフィードバックを得られます。
アフィニティスペースで重要なのは、ゲーム会社がそうした学習空間を提供するのではなく、あくまで各々の参加者が自発的に学び合う空間であること。これは、組織化・構造化された学習ではない「インフォーマル学習」について考えるときも、大いに参考になります。
「自然と遊びが生じる」ルール設定のポイント
藤本さんは、ゲームの基本は「ルール」にあると述べています。『ルールズ・オブ・プレイ』の著者であるゲームデザイナーのケイティ・サレンとエリック・ジマーマンは、優れたルールの性質として次の6点を挙げています。
1.プレイヤーの行動に制限を与えること
2.明確で曖昧さがないこと
3.すべてのプレイヤーに共有されること
4.固定されていること
5.拘束されること
6.繰り返されること
ただしルールを設定する際に、気をつけるべきポイントがあると藤本さんは語ります。ゲームデザイナーは、ついつい「プレイヤーにはこういった行動をとってほしい」「こういった順番でプレーしてほしい」と思ってしまうもの。ですが藤本さんは、ゲームデザイナーはプレイヤーの遊び方をコントロールしすぎるべきではないと述べています。
藤本:ゲームデザインとは、「どうやって遊ぶのか」を手取り足取り教えることではありません。自然と遊びが生じるような舞台をつくることなのです。デザイナーが想定していない行動が、自然と湧き上がってくる状況をつくることが、ゲームデザインにおいては重要です。
市販されているゲームのなかにも、「自分がつくる」という体験を提供するプラットフォームがありますよね。たとえば、ユーザーが自由にものづくりを楽しめる『Minecraft』のように、プレイヤーの役割の自由度が高い「オープンワールド型」のゲーム。こうしたゲームでは、遊び方はプレイヤーに委ねられています。たとえば、「ボスを倒す」という本来の目的を無視し、「ひたすら料理をつくる」といった遊び方もできるわけです。
哲学者であり教育思想家であるジョン・デューイも、著書『経験と教育』のなかでゲームについて述べています。ゲームに参加している人は、ルールに拘束されている認識はもっておらず、むしろルールがあることで、主体的に参加しようという心構えになると。校則や法律と違い、ゲームのルールは嫌なものとして受け取られていない、と指摘しています。
ゲーム化に必要な「安心感」と「ゴールの定量化」
ここからは藤本さんのレクチャーを受け、安斎と舘野も含めた3人で議論していきます。まず話し合われたのが、「『ゲーム的な活動』とそうではない活動は、何が違うのか?」という論点。冒頭で示した4つのゲームの性質を押さえるだけではゲームらしくならないと、藤本さんは言います。
藤本:ゲームとして成り立つためには、心理的な安心感が必要です。失敗すると危害が生じてしまう活動は、ゲームになりません。精神的な余裕がないときは、楽しい気持ちにはなれませんから。「少しぐらい失敗しても、自分の人生には大きく影響しない」と思えたとき、はじめてその活動はその人にとってゲームになりえるのです。
続いて舘野は、ワークショップと対比したときの「ゲーム的な活動」の特質を語ります。
舘野:ゲームにおけるゴールとルールとフィードバックの要素は、楽しいワークショップを設計するときも必要なものなんです。ただ、定量化の度合いが違うように感じられました。
ゲームはゴールを明確に設定できますが、企業や教育におけるワークショップの目的は、もっとフワッとしていますよね。その曖昧さが、フィードバックの難しさに結びついている。
ゲーム化するにあたっては、定量化できるようにしてあげるのか大事なのかなと思いました。
藤本:そうですね、ワークショップにゲーム的な要素を持ち込むためには、何らかのマイルストーンを置くことが有効だと思います。「ここまで到達したらクリア」「何%達成したらゴール」といったイメージです。
優れたゲームは、学びの選択肢が多様である
ワークショップで使えるゲーム的な手法としては、コンテスト形式も考えられます。参加者に何らかのアウトプットを出してもらい、それをジャッジするというのは、一部のワークショップで見られる手法です。ただ、この形式には問題もあると舘野は言います。
舘野:たとえば、ビジネスコンテストで「90チームで競争してもらう」という形式を取ることは、熱狂を生む要素になります。ですが、90チーム中6チームしか勝てないのであれば、残りの84チームは負けになってしまう。競争の楽しさが生まれるのもわかるのですが、ゲームは本来、失敗しているときも楽しいものであるはず。競争の楽しさと、失敗の楽しさをどう共存させるのかが、難しいですよね。
藤本:競争的なゲームは人を選びます。「勝ちたい」という達成動機が強い人は、コンテスト形式だと燃えるかもしれない。一方で、競争をけしかけられると、萎えてしまう人もいる。
そうした人に対して、多様な学びの選択肢を提供できるかどうか。コンテストから得られる学びも提供するけれど、別の学びも提供していますよと、選択肢を示すことが大事なのではないでしょうか。
「多様な学びの選択肢」のあり方を、安斎は学生の部活動を例に説明します。
安斎:僕は中学と高校でバスケットボールに熱狂していました。思うように勝てなかったり、怪我によって試合に出れなかったりした経験が、いまでは人生の糧になっています。スポーツ系の部活では、否応なく競争が発生します。ですが、試合に出場し、1位にならなければゲームが楽しめず、学びが起こらないわけではありません。勝ち負けだけのシンプルな話でもないなと。
ゲームには複数の楽しみ方がある。いいゲームというのは、多くの人がハマれる多様性を持っていると思うんです。ゲームデザインにおいて重要なのは、さまざまな関わり方、楽しみ方ができるスペースをつくっておくこと。主要な目的の周辺にどういった要素があるのかを踏まえ、活動の目的を設計していくことで、おもしろいゲームになるのではないでしょうか。
“生活”と直結する評価制度をゲーム化することは可能か?
ゲームデザインの考え方を、組織開発のみならず、組織デザインに応用することは可能なのでしょうか。藤本さんは、前提として、組織デザインにおけるゲーミフィケーションの成功例と失敗例の違いについて次のように説明します。
藤本:「とりあえずゲーミフィケーションのプラットフォームを会社に導入しておけば、勝手に社員の意欲は上がるだろう」といったスタンスだと失敗します。その企業に合う世界観やシナリオとつながりのない、形だけのゲーミフィケーションは機能しません。
組織デザインにおけるゲーミフィケーションの難しさの具体例として、評価制度について議論されました。安斎は「評価制度は本質的にゲームデザインに近い」と考えつつも、そのゲーム化における難しさについて、次のように語ります。
安斎:いい評価制度を考えようとすればするほど、メンバーのさまざまな側面を評価する制度にしたくなります。ひとつの評価軸にしたがって競争するのではなく、多様なフィードバックサイクルをつくるというのは、本質的にゲームデザインと近い作業です。
ただ、評価制度は現実と結びつきやすく、「マジックサークル」を形成しづらい。みんな生活があるので、「少しぐらい失敗しても、自分の人生には大きく影響しない」というゲームならではの安心感を醸成することが難しいと思うんです。
藤本:おもしろい問いですね。楽しく働いてもらおうと思ってつくった、一見すると「プレイフル」な評価制度が、かえって社員のモチベーションを下げることにつながりかねないと。難しいですが、複数のゴールを設け、その人の特性に応じた選択肢を提供することなどで、活路を見いだせるかもしれません。
安斎は、組織をもっとプレイフルにする手法として、「アフィニティスペースの発想を評価制度に持ち込むのはどうか」と提案します。ゲームの楽しさは、「プレイヤーとしてゲームを遊ぶ」だけでなく、「ゲームのルールづくりに関われる」こともあります。昨今はSNSの発展も相まって、プレイヤーがゲームバランス(ゲームの難易度と快適さについてのバランス)について意見を表明し、その影響でルールが修正されるということも増えてきました。
安斎:ゲーマーたちは、与えられたルールのなかでプレイするだけではなく、自分たちが開発者に影響を与えられると自覚しています。これを会社で働くことに応用してみてはどうでしょう。たとえば、評価制度のフィードバックに使うのもアリですよね。ゲームにおける開発者が、会社における経営層や人事部門にあたるという図式です。
企業では社員が経営陣の決めたルールに逆らえず、否応なしに従わざるを得ないケースも少なくありません。ゲームにたとえるなら、おもしろくないゲームをやり続けるか、さもなければゲームそのものをやめてしまう(=転職する)しか選択肢がないといった状況。こうした状況を打開するためにも、舘野は決められたゲームの中で遊ぶだけではなく、アフィニティスペースをつくることの重要性を強調します。
舘野:「用意したゲームでいかに遊んでもらうか」ではなく、「この制度はおかしいのではないか?」と意見できる関係そのものをデザインしないと、ゲーム的な経営は実現しえないのではないでしょうか。「このルールに合わない人はさようなら」といったマネジメントは、いまのゲームっぽくないですよね。
■参考文献
McGonigal, J. (2011) Reality is broken: why games make us better and how they can change the world. Penguin Press.(ジェイン・マクゴニガル『幸せな未来は「ゲーム」が創る』早川書房 2011)
Tekinbaş, K.S., Eric Z. (2003) Rules of play: game design fundamentals. MIT Press.(ケイティ・サレン、エリック・ジマーマン『ルールズ・オブ・プレイ』ソフトバンククリエイティブ 2011)
OECD(2011) 学習成果の認証と評価 : 働くための知識・スキル・能力の可視化 明石書店
藤本徹 (2015) ゲーム学習の新たな展開 放送メディア研究(12)
Gee, J. P. (2004), Situated language and learning: A critique of traditional schooling, London: Routledge.
執筆:石渡翔
編集:小池真幸