『プレイフル・シンキング[決定版]: 働く人と場を楽しくする思考法』を出版された同志社女子大学名誉教授の上田信行さんをお招きして開催した「プレイフル経営ゼミ」(2020年11月より遊びのデザインゼミにリネーム)では、ゼミを運営する『CULTIBASE』編集長の安斎勇樹と、立教大学経営学部 准教授の舘野泰一との3人でおおいに盛り上がりました。
「プレイフルとは、“真剣勝負”」「シンキングというより、プラクティス」など、「プレイフル・シンキングの理解を深める上での重要なヒントが登場した前半戦。後半は、プレイフルに会社を経営するとはどういうことか?というテーマを中心に話が進んでいきました。
「プレイフル・シンキング」は”真剣勝負”?更新を続ける概念の現在地
目次
会社は「ワクワク」と「ドキドキ」が共存する場
人間の可能性を信じ、部下の能力を引き出す働きかけ
組織づくりに重要な「マリアブル」という考え方
会社は「ワクワク」と「ドキドキ」が共存する場
上田:これまでの会社経営は、「ゴールオリエンテッド」でありすぎたのかもしれないですよね。「プレイフル経営」というテーマで、固定観念を解放していってほしいです。もしかしたら、成果という概念そのものも塗り替えていくことになるのかも。
プレイフルって、リスクをとるということでもあります。リスクとは言い換えるならドキドキとワクワクです。これの共存がプレイフル経営にとって大事なんじゃないかと考えています。
安斎:ドキドキとワクワクですか。
上田:はい。ドキドキとは未知の領域に足を踏み入れる感覚です。石橋をリスクを取って渡っていく心境です。脳認知科学が専門の仁木和久さんは、不安や緊張のこととおっしゃっています。ワクワクはドキドキを乗り越えた先にある挑戦に胸が踊るような感覚のことです。憧れのゴールに一歩ずつ近づいていくような心境のことです。
成功プロセスが予定調和すぎると、仕事に面白さを感じにくいですよね。一方、会社の経営の行方が不安なだけで一切希望を持てない場合は精神的にしんどいと感じます。その両方である、ドキドキとワクワクを共存させることが大事ではないでしょうか。
例えば、皆さんがプレゼンテーションをする時、予定調和的に話をしてもあまりワクワクはしません。でも「うまくいくかわからないけど、今日は頑張ろう!」という意気込みで話す時には、人の心に響きます。今日も台本がない対談だから、なんだかワクワクしますよね。
安斎:たしかに、今日の対談そのものですね。
上田:ワクワクやドキドキという感情で思い出したのが、「インベンション(Invention:発明)」という言葉です。日本語では、イノベーションという言葉に対して、インベンションはあまり使われませんが、大事な言葉だと思っています。
以前、フランス語の『インベンション!』という絵本を訳したときに、あるゼミ生が「この本を見ていくと、自分も発明したくなりますね」といったんです。
誰にでも、インベンティブなマインドがあり、ないものをつくろうとする。「パソコンの父」とも呼ばれるアラン・ケイが、「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」と語ったことは有名です。
ゼロからの発明だけではなく、海外では「Reinvention(再発明)」という言葉もよく出てきます。これはブリコラージュとつながるかもしれませんが、誰かがやってくれるのを待つわけではなく、自分から発明に取り組んでいく。
今日のトークを聞いてくださっている人は、ぜひこうした「インベンション」「発明する面白さ」について考えてみてください。プレイフル経営にも通じるヒントがあると思います。
人間の可能性を信じ、部下の能力を引き出す働きかけ
舘野:私は立教大学のゼミで「プレイフル・リーダーシップ」を発揮できる人を育てたいと考えています。目的地が見えなかったとしても、自分としてはワクワク・ドキドキしていて、その真剣さが人を引きつけるような、そんなリーダーシップです。こうしたリーダーシップを発揮するために、どういったことが必要になるのか。今日の上田さんの話を聞いていていろいろとヒントがありました。
上田:舘野さん流のリーダーシップだと、本の中でも触れた「憧れ」にもつながりますね。ロシアの心理学者ヴィゴツキーが提唱した「発達の最近接領域(最近接発達領域)」という概念があります。発達の最近接領域とは、子どもが発達上の現時点で一人で解決できるレベルと、潜在的に大人のサポートがあれば解決可能になるレベルの間の領域のことです。
私は、この発達の最近接領域を、場の考えに応用してアップデートして「憧れの最近接領域」という概念を提唱しました。憧れの最近接領域とは、一言でいうと「あの人とだったら、憧れに到達できそうだ」と思える他者込みの自信のことです。自分一人で実現するのは難しいけれど、あの人とだったら「憧れ」に到達できるかもしれないと思える、誰かと一緒だからこそ生まれる自信のようなものがあると思いました。
安斎:上田さんの根底の中にあるのは、状況の中で人とインタラクションしながら、一人ではできないところに向かうエネルギーがあるという考えだと感じました。いろんな偉人たちの理論を、上田さんがプレイフル色にまとめ直している、そんな印象を受けます。
上田:そもそも、学びというのはソーシャルなもの。たまにソロで活動することもあるよね、くらいの感じです。会社でも、他の社員と一緒に働くことで、一人では達成できない目標を達成できることがあります。一人では持てなかった勇気や元気を持つことができる。それが「憧れの最近接領域」という概念の意味合いです。
例えば、仕事が人の能力を引き上げてくれることがあります。上司が部下の能力を決めつけて最低限の仕事を任せるのではなく、「この仕事をすると、君はもっと能力を発揮できるよ」と社員に働きかける行動も大事です。
僕たちの脳内には「これが自分の能力の限界だ」と感じる限界点があります。でも誰かのサポートがあれば、その限界レベルを引き上げることができます。私が最初ヴィゴツキーの「発達の最近接領域」に感動した理由は、人の能力のアッパーバウンダリー(上限)に注目した発想に魅力を感じたからでした。
会社で新しい事業を進める時、一緒に楽しんでくれる仲間がいるのは大切なことです。「やってみようよ!」という人がいると、不思議とやる気も湧いてきますよね。これがプレイフル・リーダーシップの考え方なのではないでしょうか。
組織づくりに重要な「マリアブル」という考え方
舘野:経営者は会社という組織を捉えるときに、人間を部品として接するのではなく、しっかりと人間として向き合うことが大事ですね。人は飽きることもあるし、成長もする。人の変化に応じて、会社にワクワク・ドキドキしていた気持ちも、1週間後には実感しない可能性があります。
会社の場がプレイフルであり続けるためには、目の前の単純な業務にワクワク・ドキドキできるマインドセットも必要なのかもしれません。一方で会社の状況にワクワク・ドキドキし続けられるように会社自体が変化する必要もあります。個人だけではなく、会社も変化していないとプレイフルな経営は実現できないのかもしれませんね。
上田:今おっしゃった「変化し続ける」という言葉はキーワードですね。アメリカの認知心理学者、キャロル・S・ドゥエックはいくら努力しても自分は変われないとする心のあり方を「フィックスト・マインドセット(fixed mindset)」、努力すればどんどん自分は変わっていけるとする心のあり方を「グロウス・マインドセット(growth mindset)」と呼んでいます。
人が持つ本気で楽しむマインドセットを阻害している原因は、自分が変わっていけるという予感をあまり持つことができない、硬直した心のあり方(=フィックスト・マインドセット)なのだと。
グロウス・マインドセットの理論の根底に「マリアブル(malleable)」という概念があると、ドゥエックは提唱しています。マリアブルとは「変化できる」という概念です。柔軟に変化を受け入れ、自分自身もよりよい方向へ変わっていく可能性を感じることです。
あらゆる物事はマリアブルであることが重要だとドゥエックは唱えています。
変わらないと思ったらチャレンジしようとはしません。社会も、会社も、自分も変化し続けられる意識です。変化への期待により、挑戦する意識が発生します。
舘野:経営では、最終的なゴールとしてもう変化の必要ない完成型を作ろうとしてしまいます。しかし、最終形を強く意識すると、到達した時に熱量が冷めてしまいます。スタンスとして「仮の型=プロトタイプ」を重ねていこうとする考え方が大事なのかもしれません。
上田:会社の制度や仕組み、文化や規則も「変えられない部分」と「変えられる部分」をいったん分類してみても良いかもしれません。
先日、友人の建築家が「最近の建築は、変えていく建築なんです」と言っていました。最近の建築物は、将来改築可能な部分と不可能な部分を区分して設計して建設されるそうなんです。そのため、家族構成や環境の変化に応じて、増築したり改築することが可能になるのです。
舘野:すべて変わり続けないといけないとなってしまうと、大変な負担がかかります。ただ組織には、家を建てるときの大黒柱のような「変えてはいけない」部分もあります。逆に「絶対に変えたくない部分」を考えるのも良いかもしれません。
安斎:本日は上田さん、素敵なお話をありがとうございました。
上田:こちらこそ、楽しかったです。ありがとうございました。
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編集:モリジュンヤ