多様なメンバーで構成されるチームをファシリテートしていくと、その多様性ゆえに、良かれと思って行ったファシリテーションや場づくりが、特定の参加者をモヤモヤさせてしまったり、互いに「わかりあえない」という感覚を生み出してしまったりすることがあります。
チームの多様性を現す指標は無数にありますが、モヤモヤの原因になりやすい変数である「ケイパビリティ」の属性の違いについて、ファシリテーターは理解をしておく必要があります。本記事では、チームのケイパビリティ傾向ごとのファシリテーション方略の違いや、多様なケイパビリティで構成されるチームをファシリテートする際の注意点について、考察します。
2つのケイパビリティ
ケイパビリティとは、資質や潜在能力を指す言葉ですが、具体的な技術的な能力よりも、どのような状況を受容しやすいのか、心構えやものの見方のようなニュアンスを含んでいます。組織の対話を促進するファシリテーターは、以下の2つのケイパビリティの存在を理解しておく必要があります。
ポジティブ・ケイパビリティ
目標を明確に掲げて、それを阻害する要因に対応することで、問題解決を推進する志向性。スピードが求められる膨大な情報処理的な業務に向いている。
ネガティブ・ケイパビリティ
事実や理由を性急に求めず、不確実さ、不思議さ、懐疑の中にいられる志向性。時間のかかる創造的な業務に向いている。
ネガティブ・ケイパビリティについては、2017年に出版された書籍『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』が話題となり、コロナ禍の曖昧状況において、再びスポットライトが当たっているようです。
この2つの特性に優劣はなく、基本的には対立軸となっていて、ポジティブ・ケイパビリティが高ければ高いほどネガティブ・ケイパビリティが低く、逆もしかりで、どんな人も、両極のスペクトラムのなかに位置づいています。※ただしこの特性は個人の内部のみに完結するものではなく、他者との関係性や、共同体における役割などによっても変化します。
ケイパビリティのスペクトラム
傾向として、ポジティブ・ケイパビリティが高い人のほうが、曖昧さの少ない明瞭なゴールとルールを好み、フィードバックが直接的で、集中を妨げるノイズがない状況のほうが、パフォーマンスを発揮しやすく、楽しむことができると言われています。他方で、ポジティブ・ケイパビリティに配慮したマネジメントやファシリテーションをしすぎると、活動がゲーム的なシンプルさに集約されていき、カオスによる揺さぶりが低減され、設定された目標に合致しない目標や信念が排除され、組織の可能性が限定される側面があります。
他方で、ネガティブ・ケイパビリティが高い人のほうが、曖昧で目的や、意味のわかりにくいカオスの中で浮遊しながらのほうが、状況を楽しんだり、パフォーマンスを発揮することができます。ただし、ネガティブ・ケイパビリティにフィットさせすぎると、大義としてのミッションやゴールがわからなくなり、軸がぶれているように見えたり、非効率的なアクションが増えたり、意思決定に時間がかかりすぎたりするリスクがあります。
言わずもがな、不確実な状況において、着実に組織を進化させながら前進させるためには、上記の両方のモードの使い分けが必要ですが、組織に在籍する個人は、ポジティブ・ケイパビリティが高い人もいれば、ネガティブ・ケイパビリティが高い人もいます。これが、ファシリテーションを困難にさせる多様性の一因です。
2つの創造的活動のモード
具体的なファシリテーション方略について精緻化する前に、組織における創造的活動を、目的の位置付けによって「エンジニアリング」と「ブリコラージュ」という2つのモードに分けてみることで、さらに理解が立体化します。
エンジニアリング(目的的創造)
目的にあわせた設計図と計画を策定し、必要な素材を集めて、解決策を作成する
ブリコラージュ(無目的的創造)
何の役にたつかわからないが、きっと何かの役にたつものをコレクションしておき、問題に直面すると、計画されたものではなく、拾ってきた素材、使い回された破片など「ありあわせのモノ」でやりくりする
拙著『問いのデザイン』の目標整理法を活用すれば、エンジニアリングモードは「ビジョン」と「成果目標」が規定されたら、それを最短ルートで達成する思考法といえます。他方で、ブリコラージュモードは、豊かな時間を過ごすための「プロセス目標」に近い行動指針は持っているかもしれませんが、試行錯誤の過程で見えてきたものを「成果目標」として事後的に意味づけることを好みます。「ビジョン」はゆるやかに保持している場合もあるかもしれませんが、それが変動していくことに寛容です。
ここで、エンジニアやブリコルールに怒られることを覚悟の上で、モデルをわかりやすくするために、それぞれの活動モードを極端に解釈し、対極に位置付けておきます。実際の活動はここまで極端ではなく、ケイパビリティと同様に、スペクトラムとして、間のどこかに存在するはずですが、わかりやすさのために、便宜上極論を想定します。
極端な目的的創造モード
・ 事前に目標と計画を完全に定義してから行動しなければならない
・ 目標と計画は途中で変更してはならず、厳守しなければならない
・ ミスなく、出来る限り少ない労力と時間で目標を達成することが重要
極端な無目的的創造モード
・目標や計画はどうせ変わるので、あえて事前に設定しない
・衝動的に手を動かしてみながら、偶発的な目的が発見されることを好む
・失敗という概念はないので、積極的に実験し、そこから学ぶことが重要
創造的活動のスペクトラム
組織における創造的活動は、この2つのモードが混在しています。組織の問題解決においては、どちらかといえば、エンジニアリングを効率的かつスピーディに推進していくことが重要です。少数精鋭の職人集団であれば、ブリコラージュ型の組織も成立しますが、一定の人数規模を超えると、それだけでは組織は離散してしまいます。
変化の激しい時代において、組織のなかで悠長に立ち止まっているゆとりは、基本的にはありません。特に複雑なチームやプロジェクトのマネージャーは、次々に意思決定をしていかなければならないため、目の前の問題を読み解き適切に課題定義し、エンジニアリングモードで短期的なPDCAをガンガン回しながら解決を推進していくタフさが必要です。
他方で、エンジニアリングモードを強めれば強めるほど、顕在化された問題や目標のフレームから脱出しにくくなるため、組織の“イノベーション”の観点からは、ブリコラージュモードによる探索的な活動が必要です。書籍『問いのデザイン』に書いた通り、組織のイノベーションを阻害する要因は、自分たち自身が暗黙のうちに形成してしまった「固定観念」であるため、「いま自分が目標だと思っていること」の前提の外側に出る必要があるからです。
ケイパビリティ・ファシリテーションモデルの提案
以上を踏まえると、2つのケイパビリティと、2つの創造的活動のモードのあいだには、下記のような得意・不得意の相性関係があることが見えてきます。ここでいう「得意」とは、スキルの過不足というより、「こちらのモードのほうが心地よい」「苦手なモードは意識しないとやりにくい」「ストレスが溜まりやすい」といった意味での、相性です。
ケイパビリティと活動モードの相性相関モデル
極端な話、ポジティブ・ケイパビリティが高すぎる人は、極端な無目的的創造モードは、何をしていいのかわからず、ストレスフルすぎて、許容しにくいのです。逆もしかりで、ネガティブ・ケイパビリティが高すぎる人は、極端な目的的創造モードで目標の設定を強いられると、「なぜ最初に行き先を規定しなければならないのか」と、アレルギー反応を示すかもしれません。
以上を見取り図にしながら、個別のケースのファシリテーション方略を整理していきましょう。
ケース(1)ポジティブ・ケイパビリティ→エンジニアリングモード(難易度:Easy)
ケイパビリティの特性にあった活動のため、ファシリテーションは難しくありません。書籍『問いのデザイン』やこちらの記事で紹介している目標整理法でいうところの「ビジョン」と「成果目標」をきちんと伝えること。特に「成果目標」は精緻に設定する必要があるでしょう。それに対して、効率的なプロセスデザインとフィードバックをしながらスピーディに成果を達成することが、ファシリテーターの責務です。
ファシリテーションのポイント
・ビジョンと成果目標を明確に伝える
・効率とスピードを重視したプログラム進行
・結果に対する適切なフィードバック
ケース(2)ネガティブ・ケイパビリティ→ブリコラージュモード(難易度:Easy)
こちらも同様に、ファシリテーションは難しくありません。「成果目標」や「ビジョン」を一方的に与えるスタンスは違和感を増幅させてしまうため、いつも以上にボトムアップ型のファシリテーションを意識し、曖昧さを許容しあえるようなグランドルール(場に参加するための指針)を提示するとよいでしょう。何のためにこれをやるのか?という目標や効率性よりも、参加者ひとりひとりが“いま-ここ”に集中できるように促進し、互いの意見に対する判断を留保させるような対話的なファシリテートが有効です。
ただし、場から目的が立ちあらわれ、次の次元へと昇華させるために、創発の種を見逃さず、解釈を促し、意味を生み出していく過程にファシリテーターはコミットしなければいけません。ファシリテーター自身が、焦らず、ゆったりと、“まわり道”を楽しむ心の余裕を持つことも必要です。
ファシリテーションのポイント
・プロセス目標(グランドルール等)の明示
・“いま-ここ”に対する集中の促進 ・判断を留保する/させる
・創発を観察し、意味解釈を加え、次につなげる
ケース(3)ポジティブ・ケイパビリティ→ブリコラージュモード(難易度:Normal)
組織の問題状況やプロジェクトの目標によっては、ケイパビリティ特性と逆の活動モードを採用しなければならない場合もあります。それこそ、エンジニア集団が、自分たちの従来技術に囚われずに新規事業の可能性(新たなを自己アイデンティティ)を探索するようなフェーズです。ポジティブ・ケイパビリティが高いチームは、明瞭な「成果目標」から逆算して効率的なプロジェクトを推進することに慣れているため、手探りのなかで目標を創発させていくような曖昧なフローには、ストレスが溜まります。相性が悪いために、ファシリテーションの配慮が必要です。
参加者の典型的なアレルギー反応は「これは何の意味があるのか?」「何のためにやらされるのかわからない」「もっと効率的にできないのか?」などです。日常業務で支配的だった「成果目標」ドリブンの思考様式から抜け出せるように、“いま-ここ”に集中するための「プロセス目標」を示しながらも、その没入的な場が、どんな成果やビジョンに接続しているのか、場の意義のストーリーテリングを丁寧にしなければいけません。
ファシリテーションのポイント
・プロセス目標(グランドルール等)の明示
・プロセス目標が、いかに成果目標とビジョンに接続しているかのストーリーテリング
・エンジニアリングモードの封印の促進と、その合理的説得
ケース(4)ネガティブ・ケイパビリティ→エンジニアリング・モード(難易度:Normal)
これもケース(3)と同様に、相性がよくないため、ファシリテーションの技量が必要です。ネガティブ・ケイパビリティが高いチームは、不確実な状況のなかで、あれこれ試しているうちに「別の目的」が発見される偶発性を好むため、プロジェクトがたびたび“脱線”します。納期までに作らなければいけないものが決まっていたり、外的に発生したトラブルに対処しなければいけないときには、「何のためにこれをやっているのか」をたびたびリマインドし、大幅なディレイをしないように、タイムマネジメントに気を配る必要があります。他方で、目標をトップダウンで押し付けすぎたり、スケジュールを細かく切りすぎたりすると、もともと得意だったブリコラージュ特性を殺すため、塩梅には気をつけなくてはいけません。
ファシリテーションのポイント
・目標と計画を押し付けない
・最低限の成果目標とビジョンのリマインド
・プロセスは自由にさせるが、最低限の時間管理はしっかりする
・成果目標外の出来事も否定せず許容する
ケース(5)2つのケイパビリティの混成→どちらかの活動モード(難易度:Hard)
最後に、最も難しいのは、両方のケイパビリティが高い人たちが混成しているチームを、いずれかの活動モードにファシリテートしなければならないときです。
不得意側に配慮をして、ケース(3)(4)に記したポイントを工夫することはもちろん前提としながらも、チーム内に活動に対する「得意 / 不得意」が発生してしまうために、フラットな対話的関係を作りにくくなってしまい、さらにファシリテーションの負荷があがります。気をつけないと、参加者同士に上下関係が生まれてしまい、能力は十分あるはずのメンバーが「落ちこぼれ」的な解釈が生まれてしまったり、またケイパビリティの両極の人材同士が「お互いにわかりあえない」という関係性が強化されてしまったりして、チームの多様性が活かされず、組織がばらばらになる緊張関係が強調されるからです。
対策としては、まずこのモデルをチームに共有することをお勧めします。上記のような対立は「自分にとってストレスフルである」という「個人」の目線に立つから起こるのであって、「これは単に、元々の特性と活動の相性の問題なのだ」「両方のケイパビリティと活動モードが組織にとっては重要なのだ」という理解を促進し、「組織においては、相性の良い活動とそうでない活動があるけれど、お互いの多様性を生かして、良い組織を作っていこう」というチームや組織を主語に考えられるように、目線をあげることがまず先決です。でなければ、すべての組織は、ケース(1)(2)のような、同質的な少人数の規模以上には成長できません(それでよい、という考え方ももちろんあると思います)。
その上で、すべての特性の人に意義が感じられるように「プロセス目標」「成果目標」「ビジョン」のつながりについて、丁寧にストーリーテリングをする必要があるでしょう。そうして活動を推進しはじめた最中においても、状況を常にモニターし、チーム内に上下関係や対立関係が起こらないように目を光らせて、定期的に「今なぜこれをやっているか」を確認しながら、フラットな関係を維持しなければなりません。
ファシリテーションのポイント
・プロセス目標、成果目標、ビジョンのつながりを丁寧に説明する
・これまで前述したポイントについて多角的に注意しながら、参加者同士の価値観対立にならぬように配慮する
・参加者同士に上下関係ができないようにフラットな関係構築を意識する
以上、ケイパビリティと創造的活動のモードのそれぞれのケースにおけるファシリテーションのポイントについてまとめてきました。それぞれのケースにおいて、効果的な問いかけの仕方も変わってくると思いますが、それはまた別の機会に整理できればと思います。
本論の前提となっている問いのデザインの考え方は、拙著『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』を是非ご覧ください。
また、「問いのデザイン」の技法についてはCULTIBASEでも特集を組んでご紹介しておりますので、気になる記事からご覧ください。