3月1日に新刊『パラドックス思考 ─ 矛盾に満ちた世界で最適な問題解決をはかる』が発売されます。著者は舘野泰一(株式会社MIMIGURI リサーチャー/立教大学経営学部准教授)と安斎勇樹(株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO)。ぜひ発売前にご予約ください。本記事では『パラドックス思考』の序文をご紹介します。
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私たちは日々、ややこしい問題に悩まされています。
●マネージャーとして部下を管理しながら、個人予算を達成しなければならない
●月次目標を達成しながら、新規顧客を開拓しなければならない
●組織変革しながら、チームのモチベーションを維持しなければならない
●リモートワークしながら、チームの一体感を生み出さなければならない
●今までやったことのない新しい事業に挑戦しながら、会社として失敗は許されない
●“炎上”を回避しながら、SNSのフォロワーを増やして個人の発信力を高めたい
●仕事で忙しいが、読書や学習などインプットの時間を確保し、家族と過ごす時間も増やしたい
世の中に目を向ければ、「VUCAの時代*」と言われ、何が起こるか予測できず、どこへ向かうべきか明確な答えを出せず、途方に暮れるばかり。SNSは二元論に溢れ、毎日のように“炎上”が起こり、思わず目を背けたくなることもあります。
どうしてこんなにややこしいのでしょうか?その背景には、「パラドックス(矛盾)」の存在があります。
パラドックスとは、一見すると正しそうに見える前提から考えを進めた結果、矛盾した結論が導かれる問題のことを指します。
たとえば、チームの成果を上げたいとき、「仕事の効率性を高める」もしくは「仕事の創造性を高める」と考えるのは、適切なアプローチでしょう。
しかし、これらを同時に実行しようとすると、途端に難易度が上がります。
効率化のためにルールやマニュアルに頼りすぎると、チームメンバーが主体性を失い、創造性が損なわれてしまうかもしれない。創造性を発揮しようとすると、効率を度外視してダイナミックな実験が必要となってくる──。
そうやって両立させるのが到底困難な“無理ゲー”状態になり、身動きが取れなくなってしまうのです。
二者択一ばかりの世の中で
人はこうした矛盾した状況に置かれると、大きなストレスを感じます。自覚していようといまいと、そのストレスを軽減するために「効率性か?創造性か?」という二者択一の問いに置き換え、「どちらかに正しい答えがあり、どちらかを選ぶ必要がある」と単純化してしまいがちです。
そう、私たちはいつだって「正しい答え」を求めてしまいます。
●トップダウンかボトムアップか?
●ジョブ型雇用かメンバーシップ型雇用か?
●会社員かフリーランスか?
こうした二者択一の問いには、社会構造とも複雑に絡み合い、自分一人では手に負えないものも多々あります。するとますます“無理ゲー”に感じられ、途方に暮れてしまうのです。実際、これらは独立した問題ではなく、相互に絡み合っています。
●トップダウンで大胆な組織改革を実行したものの、現場の課題意識と乖離しており、離職者が相次いでしまった
●ジョブ型雇用でプロフェッショナル人材を採用しようとしたが、適した人材がなかなか見つからず、慢性的な人不足に陥ってしまった
●思い切ってフリーランスになったものの、会社のネームバリューが使えず、思うように顧客をつかむことができなかった
……といったように、思い切ってどちらかを選択したものの、思うような成果を出せず、ますます“無理ゲー”の深みに陥ってしまうこともあるのです。
論理的な整合性の背後にある「感情」
●トップダウンかボトムアップか?
●ジョブ型雇用かメンバーシップ型雇用か?
●会社員かフリーランスか?
こうした問いには、矛盾した二つの感情が対立する、自分自身の内面にある「感情パラドックス」が存在します。
●トップダウンで自分の意見を通したいけれど、ボトムアップで従業員から主体的な意見をもらって、戦略の精度を高めたい
●ジョブ型雇用で自分の専門性を発揮して働きたいけれど、本当は自分が何に向いているかわからないから、メンバーシップ型雇用で適性を見極めてもらいたい
●フリーランスとして自分が本当にやりたいことをやりたいけれど、会社員としての安定も手放したくない……
感情パラドックスに目を向けてみると、実に人間らしい、矛盾に満ちた“曖昧さ”が浮き彫りになります。
ややこしい問題を解決するためには、まず自分の「感情パラドックス」を解きほぐさなければならない。筆者らはこの「感情パラドックス」に目を向け、今までにない新たな問題解決の方法論を探ることにしました。
海外で注目されつつある「パラドックス」
筆者の一人である舘野泰一は、立教大学経営学部の准教授を務める傍ら、株式会社MIMIGURIにもリサーチャーとして籍を置き、企業における人材育成や大学教育を領域に研究活動を行ってきました。
研究室では、リーダーシップ開発・教育に関する研究に取り組んでおり、オーセンティック・リーダーシップやシェアド・リーダーシップなどの考えを背景に、「自分らしさを活かした全員発揮のリーダーシップ」について研究を進めています。
その中で着目するようになったのが、「矛盾」についてです。たとえば、リーダーに「自分らしさ」や「一貫性」は大事ですが、それに縛られすぎて、かえってうまくリーダーシップが発揮できなくなったり、責任が曖昧になってしまい、結果が出なくなったりすることがあります。この矛盾を解かないことには、適切にリーダーシップを発揮することができないのです。
筆者はそんな課題意識を持っていたところ、近年海外研究を中心に「パラドックス理論」や「パラドキシカル・リーダーシップ」が注目されていることに気づきました。
たとえば、「ハーバード・ビジネス・レビュー」(2016)では“Both/And”Leadershipとして、リーダーが「AorB(二者択一)」ではなく「AandB(両立)」を前提としたマインドセットと行動を行うことの重要性が提示されています。**
また、北京大学の研究チーム(2019)は、「パラドキシカル・リーダーシップ行動(PLB)」という概念と尺度を開発し、長期的にAandBを同時に受け入れて調和させるアプローチを研究しています。これらを参考にしながらも、「矛盾」を捉える新たな考え方を提案する必要性を感じていました。
もう一人の筆者の安斎勇樹は、株式会社MIMIGURIの代表取締役Co−CEOを務めながら、東京大学大学院情報学環の特任助教として、企業経営と研究活動を往復しながら、人と組織の創造性を最大限に高める方法論について研究してきました。
問題解決における「問い」の立て方を体系化した著作『問いのデザイン』(学芸出版社)と、チームのポテンシャルを最大化する「問いかけ」の方法論を実践的に網羅した著作『問いかけの作法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)はいずれもベストセラーとなり、多くのビジネスパーソンに影響を与えました。
安斎もまた、舘野とともに「矛盾」にかねてより注目し、探究してきた一人です。チームのファシリテーションにおける「矛盾した問いかけ」の効果について実証研究を重ねてきた他、現在ではMIMIGURIの経営をフィールドに「矛盾」を活用した組織マネジメントを実践するなど、10年以上にわたって人と組織の創造性の根源としての「矛盾」の魅力とメカニズムを追い求めてきました。
互いに触発されながら研究活動を行ってきた筆者らが、初めての共著としてどんなテーマを論じるべきか。議論を重ねていく中で、研究テーマとしてこれまでたびたび俎上に載せられた「パラドックス」について、その向き合い方と対処法を、先行研究の知見をもとに、筆者ら独自の考察と研究成果を加えた上で、新たな方法論として提示することにしました。
それが、「パラドックス思考」です。
「パラドックス思考」で矛盾を“手懐ける”
本書が提案する「パラドックス思考」とは、問題の背後にある「感情パラドックス」に着目することで、矛盾に満ちたややこしい問題の解決法を体系化したものです。
第1章では、現代社会特有の「厄介な問題」から引き起こされる「パラドックス」の外的・内的要因を紐解き、パラドックス思考とは何かを概説します。
第2章では、パラドックスを生み出す“心”の構造に迫り、なぜ私たちが矛盾した感情に振り回されてしまうのか、神経科学や行動心理学などの見地から探ります。
第3章では、社会や組織といった私たちが属するこの世界から、パラドックスを生み出す構造を解説。降りたくても降りられない“無理ゲー社会”で生きる私たちの現在地を示します。
第4章では、感情パラドックスがどんな仕組みで起こるのかを解説し、その典型的な場面を例示します。
第1〜4章の理論編を経て、第5章からはいよいよ「パラドックス思考」の実践編。第5〜7章では、パラドックス思考を3つのレベルに整理して、それぞれの方法について説明していきます。
パラドックス思考の3つのレベル
レベル1:感情パラドックスを受容して、悩みを緩和する
レベル2:感情パラドックスを編集して、問題の解決策を見つける
レベル3: 感情パラドックスを利用して、創造性を最大限に高める
これら3つのレベルは、感情パラドックスとの向き合い方と解決法、活用法を示したものです。レベル1から順番に難易度は高くなっていきますが、レベル3までたどり着けば、きっと「その手があったか!」と納得し、パラドックスそのものを楽しむ境地にも達するはずです。
第6章では「レベル1:感情パラドックスを受容して、悩みを緩和する」を解説。実践的なテクニックに基づき、自らの悩みと向き合い、感情パラドックスを発見することで、矛盾した感情を受け入れ、少し心が楽になる方法を提示します。
第7章では「レベル2:感情パラドックスを編集して、問題の解決策を見つける」を解説。感情パラドックスを「切替戦略」「因果戦略」「包含戦略」のつの戦略によって解きほぐし、両立できるものとして編み直します。つまり、「AandB」を実現し、シナジーを生み出すアプローチや、「AandB」を超えた「C」を見出すための解決策を提案します。
そして第7章では、「レベル3:感情パラドックスを利用して、創造性を最大限に高める」に挑戦します。パラドックス思考は、世の中に溢れるややこしい問題を解決するだけの手段ではありません。自ら積極的に矛盾を生み出すことで、戦略的に創発を引き起こし、思いも寄らない価値を生み出すことができるのです。この章では、商品開発や事業開発、組織開発、あるいは自らのキャリアデザインなど、働く人が日々直面する課題に対し、クリエイティブな方法論を提示します。
人間はめんどくさいけれど、愛らしい存在
矛盾を解きほぐすためには、「人間はめんどくさいけれど、愛らしい存在である」という前提に立つことが大切です。
「めんどくさい」とは、ついつい矛盾した感情を持ってしまう人間の様子のことを指しています。
パラドックスの問題は組織に限りません。むしろ個人的なことにこそ、矛盾があらわとなります。たとえばコロナ禍を経て、地方移住やリモートワークにシフトした人も周囲に数多く、羨ましいと思う一方、
「地方で自然に溢れた暮らしをしたいけれど、都会の便利な生活を手放したくない」
「一人で働くのは気ままだけれど、ずっと一人なのはさみしい」
などと「どっちやねん!」と自分にツッコミを入れたくなることもしばしば。そんな矛盾した感情が生じるのは、ごく自然なこと。それこそが人間の本質でもあるのです。
私たちが「ややこしい問題」の深みにはまってしまうのは、本当は複合的な要因が絡んだ問題を、安易に「ABの問い」にしてしまい、どちらかを悪者にしてしまったり、「存在してはいけないもの」としてしまったりすることにあります。どちらかを否定すればするほど、問題はより絡まっていってしまいます。
人や組織にとって、矛盾をゼロにすることはできません。ですから、矛盾した感情を持つことを否定しても、問題は解決できません。
つまり、人間が矛盾した感情を持つ「めんどくさい」存在であることを「愛らしい」と“受容”することが、突破口を開く鍵になります。実は、矛盾や曖昧さを受容するだけでも、大きくストレスが軽減します。パラドックス思考の最初のステップは、自分の中の「感情パラドックス」の存在を認めることです。
まじめな顔で「矛盾なんてありえない!一貫しているべき!」としてはいけません。「田舎に住みたいのに、便利さも求めるなんて、自分は欲張りだなあ」と思って、一度クスッとひと笑いしましょう。どうでしょうか。そんな自分を認められたときに、少し愛らしく感じられ、ホッとするのではないでしょうか。
もちろん本書では、矛盾に満ちた感情を受け入れるだけでなく、矛盾の解決法、さらにはそれらを創造的に活用する方法をさまざまな角度から提示していきます。
あなたが「パラドックス思考」を身につけ、この複雑な世界と折り合いをつける一助になれば幸いです。
2/13(月)にはCULTIBASE Labにて、『パラドックス思考』出版記念ライブイベントを開催します。視聴者のうち、全員に書籍第1章の原稿を、抽選で3名様に発売前に書籍をプレゼントするキャンペーンも実施。ぜひリアルタイムでご参加ください!
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脚注
*VUCA|Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字。不確実で将来の予想をするのが難しい状況のこと
**Smith,W.K.,Lewis,M.W.,&Tushman,M.L.(2016)“Both/And”Leadership.HarvardBusinessReview,94(5),62−70