メンバーが各々の能力を発揮し続けるために、避けて通れないのが人事制度設計。特に事業や組織規模が急速に拡大するスタートアップにおいては、成長に合わせてその土台となる「制度」を常に適切なかたちにデザインし続ける必要が生じます。それを怠ってしまうと、人や組織に深刻な”成長痛”をもたらしてしまうことも……。
「人事制度づくりとは仕事に集中できる環境づくり」と語るのは、組織・人事コンサルタントの金田宏之さん(株式会社インプリメンティクス代表取締役)。組織内外で日々発生する変化の中でも人が安心して働ける環境を維持し続けるためには、どのような知識と技術が必要なのでしょうか。
今回CULTIBASEでは、大規模組織からスタートアップまで多様な組織の制度設計に携わってきた金田さんをお招きし、人事制度の目的や制度導入するタイミング、その過程において注視すべきポイントなど、企業成長段階に伴う制度設計の実践知について解説いただきました。
金田 宏之さん・プロフィール
組織・人事コンサルタント
株式会社インプリメンティクス 代表取締役
組織・人事コンサルティングファームにて大規模組織の人事制度設計や会社合併に伴う人事制度の統合、監査法人や大学法人など、様々な組織の人事制度設計を手掛ける。制度設計の他に、プレミアムブランドを支える人材の採用・教育研修・評価等の人事マネジメント全般の仕組みづくりにも取り組む。2014年、スタートアップ向けの組織人事コンサルティングに特化したインプリメンティクスを創業。クライアントのMission実現に向けてハンズオンで支援中。
人事制度は、何のためにあるのか
「人事制度」という言葉を聞いて何を思い浮かべるでしょうか?給与や昇給について連想する方もいれば、労働時間や休日等働き方に関する規定について思い浮かべる方もいるでしょう。あるいは人事・労務に関わる制度全般を指すという考え方もあります。人事制度という言葉の範囲は広く、人によって定義が異なるため、ここでは人事制度のスコープを「等級制度」「評価制度」「報酬制度」からなる人事システムとして捉えてお伝えします。
ところで、そもそも人事制度は何のために存在しているのでしょうか?金田さんは、人事制度の目的として、以下2点があると指摘します。
①リソースの最適配分の実現
②指針を示して成長を促す
「①リソースの最適配分の実現」とは、わかりやすく言えば報酬の適切な決定のこと。特にスタートアップは限られた資金を上手く配分しないと立ち行かなくなるため、フェアに報酬を配分することが重要です。「②指針を示して成長を促す」とは、主に等級制度と評価制度を用いた成長支援を指します。等級を明示することで会社が提供できるキャリアステップと成長の余地を示し、会社のバリューと評価を紐付けることで社員の成長の方向性を規定することができるのです。
金田さんは特にスタートアップにおいては、「育成」ではなく「成長」という言葉を意識的に使っていると語り、あくまでメンバーの自発的な成長を支援するスタンスを示すことが重要だと語りました。
人事制度を導入するタイミング
報酬のフェアな配分、メンバーの成長促進に欠かせない人事制度ですが、人事制度の設計・導入・運用には多大な労力がかかります。特に大企業とは異なり、組織として立ち上がったばかりのスタートアップは0から制度設計をしなければなりません。ではスタートアップはいつ頃から人事制度導入を検討すればよいのでしょうか。
金田さんは、人事制度導入を検討する時期として、以下のタイミングをベンチマークに挙げます。
- PMF(プロダクトマーケットフィット)が感じられ採用のアクセルを踏むタイミング
- チームが10名程度になったタイミング
資金調達のタイミングで人事制度を導入しようとするスタートアップも多くありますが、資金調達よりはPMFのタイミングが好ましいと金田さんは指摘します。PMFしていれば事業および組織の方向性もある程度定まっていますが、資金調達をした後に事業の方向性を変えるケースもよくあるため、資金調達をトリガーにするのは避けるべきだと主張しました。
採用観点では、人事制度が無いことが不利に働く場合があると語ります。人事制度がないと、昇給の基準や評価をきちんと伝えられず入社者の不安につながりますが、人事制度があることで安心して入社してもらうことができます *1。加えて、50名を超えてから急に人事制度を整えると、現場からさまざまな意見や反発が出てスムーズに運用にのらないといった事象も発生するため、小規模のうちに運用を回すのがベターだと語りました。
*1 kaneda blog|スタートアップが人事制度を必要とする理由
https://kaneda3.com/2022/10/27/why-startups-need-personnel-systems/
各フェーズでの人事制度の勘所とは
では実際に人事制度を導入し、運用していく際には何に気をつけるべきなのでしょうか。事業や組織の状況が目まぐるしく変わるスタートアップにおいて、闇雲に他社の例を参考しようとしてしまうと、組織フェーズの違いから上手くいかないといったことが起こります。そこで、ラリー・E・グレイナーの5段階企業成長モデルに沿って各フェーズでの人事制度の勘所について紹介します。
CULTIBASE記事『“複雑さ”を強みに変える。経営の多角化を実現する「分散と修繕」の組織戦略論』より
第一段階:~50名までの人事制度設計の勘所
第一段階の50名までの組織では、人事制度を設計しても運用できないといった課題が出てきがちです。そのため、制度を詳細に作り込みすぎず、職種別の等級要件と報酬レンジを用意し評価は全等級同じ基準で行うべきだといいます。
また、職種を横断して複数の業務を兼務するケースが多くなるため、人事制度でチームワークを阻害させないようにすることもポイントです。たとえば個々人の利益を追求してしまう営業インセンティブではなく、チームの利益をみんなで追求するようなインセンティブ(ストックオプションなど)がベターだと語りました。
第ニ段階:50~100名の組織の勘所
第二段階は、マネージャーが増えその評価者も増やすタイミングですが、評価経験の有無で質にばらつきが出てしまいます。評価者による質のばらつきを抑えるためには、人事が評価の背景を文書化し前提を擦り合わせることが大事だといいます。
また、人事側のリソースが不足し運用が回らなくなるケースも散見されるため、目安としてメンバー20人に対して人事を1人配置できるといいと語りました。
第三段階:100~300名の組織の勘所
第三段階では、会社の知名度が上がってくるため、いい人が選考を受けてくれるようになるでしょう。一方、オファー時の年収水準が高くなるため既存のメンバーとの年収ギャップが大きくなってしまいます。そこで、コアタレント全体の報酬調整を行う必要が出てきます。
また、人数が増えるに従って、成果を出せない人や周囲に悪影響を及ぼす人が入社してしまうケースも。そうなった時に、現場に任せっきりにするのではなく全社として降格や降給を選択肢として取れるように基準を定めることが必要です。また、大人数での運用を質を低下させることなく回していくためには、地道な改善が肝となるため運用スペシャリストの必要性についても語られました。
第四段階:300~1000名の組織の勘所
300人から1000人規模になってくると、休業、介護、育児、留学等個別の事情が頻発してくるようになってきます。また、各部署内でコーチングや営業インセンティブの導入、イネーブルメント施策など独自の取り組みに関する相談が人事に寄せられることも多くあります。その際、全てを人事で中央管理しようとしないのが重要。ボトムアップで採用する部分とトップで方針を示す部分を切り分け、現場に任せる部分は任せるようにすると良いと金田さんは語ります。100人くらいの規模で同じことをすると運用が大変になりますが、1000人規模になれば職種別に人事制度を分けることも有効です。
また、メンバーとリーダーの人事制度を分ける提案もなされました。この段階のリーダーは、メンバーに標準的に求められることは全てできているという前提のため、通常の評価制度では機能しないケースも多々あります。その際に取るべき施策についてもイベント内で触れられました。
第五段階:1000名以上の組織の勘所
500人までであれば人事が全員を把握している状態が望ましいですが、1000人を超えると人事で全員を見るのは不可能と言っても過言ではありません。そのため、部門ごとに人事マネージメントができる状態を第五段階までに作る必要があると語ります。背景の文書化、運用スペシャリストの登用、インセンティブ設計を一通り経験した人たちを部門に配置するためには、段階ごとにきちんと人事ポジションの採用を進めることが大事だと指摘しました。
このように、スタートアップの初期フェーズから拡大していく過程でやるべきことは多くあります。しかし、各タイミングでやるべきことをきちんと行うことが、次のフェーズにも活きてくることが示唆されました。
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本記事は、「スタートアップのための人事制度設計論:拡大する組織に必要なHRの勘所とは?」の一部を記事化したものです。
CULTIBASE Labでは本イベントのアーカイブ動画を公開中です。今回ダイジェスト記事にした内容の全編に加え、イベント内では、企業成長段階に伴う制度設計の実践知についてより詳しく紹介しています。関心のある方は、ぜひ下記よりアーカイブ動画をご覧ください。
スタートアップのための人事制度設計論:拡大する組織に必要なHRの勘所とは?
3月14日(土)10時開催「ヒトと組織が育つ制度とは?:人事マネジメントの暗黙知を探究する」では、金田さんの豊富な実践のなかで蓄積された、暗黙知を紐解いていきます。創業者との人事制度づくりにおけるポイント、新規事業立ち上げ時の制度開発における勘所について伺います。また、人事という仕事の面白さや、仕事との向き合い方、人事に求められる「リーダーシップの形」についても考えます。ぜひご参加ください。
ヒトと組織が育つ制度とは?:人事マネジメントの暗黙知を探究する
執筆:久野 美菜子
編集:佐藤 由佳