プレイングマネージャーが「マネジメント能力」を伸ばすには? 中小企業における「管理職の学びのデザイン」を考える

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プレイングマネージャーが「マネジメント能力」を伸ばすには? 中小企業における「管理職の学びのデザイン」を考える

中小企業は日本企業の99.7%を占めていますが、中小企業には特有の「人が育ちにくい構造」があります。例えば、中小企業では研修をする余裕がない、あるいはカリスマ経営者によるトップダウンの意思決定に依存してしまう……背景はさまざまですが、現場で頭を悩ませる管理職の方々は大変な思いをしています。

しかし、これまでの人材開発研究はほとんどが大企業が対象で、中小企業を対象とする研究は数が少ない状況でした。その理由としては、大企業では一度に数千人の調査を実施できるためデータを取りやすいこと、また研究結果の知見を現場に活かしたい読者も、大企業で働く方が多かったことが挙げられます。

では、中小企業に特有の人材開発に関する課題は、どのように解決すればよいのでしょうか? 本記事では、6年間の中小企業の研究を経て2021年に出版された『中小企業の人材開発』の著者のひとりである保田江美さんと、中小企業やスタートアップでマネジメント経験をもつ吉野拓人(株式会社MIMIGURI マネージャー/ブランドデザイナー)とともに、中小企業において管理職の学びをデザインし、よいマネージャーを育成する方法を探究します。

上司とのコミュニケーション頻度が、良きマネジメントに直結する

保田さんの調査によれば、経営者に対して「重視したい課題を挙げてください」という質問を投げかけた際、経営者の30%近くが「管理職のマネジメント力強化」を挙げており、もっとも多い回答でした。多くの調査でも同様の傾向がみられ、「管理職のマネジメント力」に課題を抱える企業が多いことがわかります。しかし、今回の調査で、経営者の34.4%は、管理職の育成について「期待通りの結果が出せていない」と答えています。

一つの理由として考えられることは、いまの中小企業の管理職は、たくさん部下を抱えすぎていることです。経営学における『スパン・オブ・コントロール』という考え方によれば、一人の人が管理できる人数は5~6人だと言われています。しかしながら、現在の管理職は平均で約10人の部下がいます。すなわち、本来は目が届く倍の人数をマネジメントしていることになります。

これに加え、人手不足の中小企業で生まれやすいのが、管理職とプレイヤーとしての動きを同時に両立させる「プレイングマネージャー」でいなければならない状況です。保田さんの調査では、「プレイングマネジャーのうち、個人プレイ、つまり、プレイングに注力してしまうマネジャーの業務能力の伸びが小さい」という研究結果があるそうです。

保田 中小企業の管理職は、プレイヤーとして成果を出して抜擢されること多い。プレイヤーとして業績を伸ばすことは得意なわけです。しかし、プレイングマネジャーには、従来通りの業務遂行パフォーマンスを維持するのに加えて、部下のマネジメントまで求められるようになるんですね。しかし、ここでマネ―ジャーが他者を通じで従来通りの業務遂行パフォーマンスを維持するという点を忘れ、もしくは過去のプレイヤーとしての自分に囚われ、個人プレーに走ってしまうと、マネジャーとしての能力が顕著に伸びなくなり、管理職として行き詰まってしまうんです。

個人プレー型のプレイングマネージャーが管理職として失敗しがちな原因として考えられることの一つに「部下とのコミュニケーションが希薄化すること」が挙げられます。現代の中小企業の管理職には、部下との業務に関する日常的な会話頻度が一日平均5回未満というマネージャーが約60%。部下と話す総時間が、1日15分未満だと話すマネージャーが約55%もいます。

しかし、管理職の人々は「部下とのコミュニケーションが足りない」という認識が薄いことが往々にしてあります。その理由は、3ヶ月~6ヶ月に一回の面談に時間をかけているからです。

アンケートによれば、「面談で30分以上しっかり話を聞いている」と答えるマネージャーは45%以上にのぼり、日常的会話よりも面談で会話が行われることが多いと明らかになりました。つまり、ほとんどの中小企業では「一回入魂」型のコミュニケーションが行われている状況なのです。

この状況に、保田さんは警鐘を鳴らします。部下の現状を理解し、士気を高めるには、一回のコミュニケーション時間が長いことよりも、会話の数や頻度を多くするほうが効果的だからです。忙しい時でも、時間は短くても1on1の回数は減らさないこと。これは中小企業の忙しい管理職にとって効果的なマネジメント手法だと言えるでしょう。

「経営層からの支援」が管理職のマネジメント能力の底上げに

また、マネジメント能力を伸ばすために効果的な知見として、「中小企業における経営層と管理職のコミュニケーション頻度が、管理職のマネジメント能力に直結する」という点について保田さんは語ります。

保田 管理職の育成に寄与するリソースは3つある、と研究で明らかになっています。1つ目が研修などの教育プログラム。2つ目が挑戦的な業務経験。そして3つ目が上司のサポートです。とくに経営層がマネージャーと日常的にコミュニケーションを取り、面談頻度を高める、つまり密にコミュニケーションをとっていくと、管理職のマネジメント能力も高まるんです。

これは中小企業で活かしやすい知見です。なぜなら企業のサイズが大きくないことで、経営層との距離が近くコミュニケーションが取りやすいからです。経営層自身がマネージャーを支援し、ともに能力向上に努める姿勢を持つことで、「マネージャーが育たない」問題を一緒に乗り越られる可能性があります。

また研修や教育プログラムにも、マネジメント能力を伸ばす効果があります。しかし、「学びを職場で共有して仕事に生かしていくこと」ができなければ、効果は十分発揮されません。研修で学びっぱなしはダメで、実践できる場があらかじめ準備されていることが重要です。これも経営層が環境を整えることで、支援できるポイントです。

そして、中小企業では4年目以降に挑戦した経験が、マネージャーとしての成功に影響を与えるという調査結果が出ています。初期の頃に挑戦的な経験をする人は、次にもまた挑戦的な経験が与えられ、挑戦の良い連鎖が起きる。その結果、経験学習が促進され、マネージャーになっても学習する力を備え、能力も伸びていくということになります。

これら3つの「管理職の育成に寄与するリソース」について解説した上で、保田さんは次のように語ります。

保田 マネージャーは、なってから育成するのでは遅いんです。比較的若い3年目・4年目以降の段階から育成は始まると思ってください。もっと早くてもよいくらいです。なるべく早期に挑戦的経験を与える。これがマネージャー育成において重要になります。もちろん、経験学習の促進が必要になりますので、与えっぱなしの挑戦的経験ではダメです。経験したことを振り返り、持論をつくり、次に活かすというサイクルを上司や経営層が支援することが重要です。管理職の育成は、早期からの上司や経営層のサポートによって実現する。優れたリーダーを育てられるのは、優れた支援をできるリーダーなのです。

「リーダー」が「マネージャー」に変容する瞬間とは?

こうした知見を踏まえて実施された、保田さんと吉野のディスカッション。主軸となる問いは、「マネージャーとリーダーの境目はなにか」です。吉野は「プレイヤーからマネージャーに抜擢されるケースで、マネージャーではなくリーダーになりたがる人が多い」と自身の経験を振り返ります。

吉野 私は100名規模の組織では「プレイヤー」として挑戦的な経験に恵まれ、自分でプロセスを考える裁量を持って仕事を進めていました。その際、ほかのメンバーやマネージャーと組織課題についての議論やメンバー育成もしていたのですが、意思決定や評価責任はもたずにプレイングマネージャー、あるいはリーダー的なポジションとして働いていました。

しかし、DONGURIで実際にマネージャーに抜擢されて現場に立つと、今まで自分がやってきたことがリーダーとしての視座でしかないことに気づきました。最初は潰さなければいけない目の前の課題が山積みで、業務をこなすことに集中していたのですが、ある時『もし自分が倒れたら、チームが全て動かなくなる』ことに恐怖を感じたんです。そこから、『そもそもマネジメントのロールとは?』と考え直し、マネージャーの業務範囲について学びはじめたんです。

この経験談を基に、吉野と保田さんはマネージャーの業務範囲や定義について議論を進めます。保田さんは「リーダーと管理職は似て非なるものである」と明言し、マネージャーを「人を通して何かを成し遂げる人」であり、他者を人事評価をする人だと定義します。

この定義を受けて、吉野はマネージャーを「自分がやったほうが早い」を乗り越えて、自分ができる仕事を手放すことができる存在だと語ります。チームとして大きいものを動かす時に、自分は動けない。だからこそ、「こうすればもっと早いのに」ともどかしさを感じつつ、人を待ちながら育てていく態度が必要になる。この精神的な変化が、リーダーからマネージャーへの移行なのです。

また、吉野はリーダーを目指していた人が、ある時にブレイクスルーしてマネージャーに変容する瞬間があると話します。

吉野 最初、私は自分がマネージャーをやることに抵抗感があったんです。ですが、自分のやりたいことがチームの力で推進されていく体験がわかると、途端に楽しくなりました。

というのも、チームで策定したミッションの実現に向けて、最初は自分自身がプレイヤーとして動くつもりだったプロジェクトが、いざ始まるとメンバーが思っていた以上に自発的に推進してくれたんです。チームミッションを擦り合わせる中で、メンバーの中で何かがガチッと繋がったように動きが変わって、『あれ、僕はプレイヤーとして必要ないのでは』と思い始めたんですね。組織構造によって言語化して定義するだけで、人はここまで変わるんだという論理的に説明がつかない面白さを感じたんです。

保田さんによれば、これまでプレイヤー・リーダーだった人がマネージャーとして仕事のスタイルを確立するためには、今までの何かを捨てて新しい自分に変わっていく学習棄却(アンラーニング)が必要です。その変化を楽しめるようになることが、マネージャーへの脱皮であり、覚醒するポイントなのです。

「マネージャーを育成する」バトンをつなげていく

良いマネージャーになるために忘れてはいけない要件について、保田さんは「管理職の役割は、他者を通じて物事を成すこと。メンバーは業務を遂行して、能力を高めていくこと。そこをずらさないことが大切」と語ります。

他者を動かすために、マネージャーは自発的にボールを拾う動きが必要です。それゆえマネージャーの早期育成は難しくて大変だと言われます。また、中小企業は転職も激しいので「育成しても残らない」と嘆く経営者も数多くいます。そのような状況のなかで、マネージャー育成に取り組む価値はあるのでしょうか。この問いについて、保田さんは答えます。

保田 もし目の前の人がいなくなったとしても、経験学習をしっかり回して管理職を育てられるスキルは、次の人にも提供していけます。また、比較的若い3年目4年目を育成していく連鎖は、たとえ転職してしまったとしても、社会全体で必要だと言えるでしょう。

そのために、少し挑戦的でストレッチできる体験や、早いうちからマネジメントを体感できる経験を、若手に対して計画的に提供していくことが組織側に求められています。それはのちのマネージャーの成長、ひいては組織力の底上げにつながります。

ここまでお伝えしたように、中小企業においても管理職は経営層のサポートによってしっかり育てることができます。もしいま「管理職が育たない」と悩んでいる方も、管理職が経営層とコミュニケーションをとる時間をつくり、早期からチャンスを与え続けることで、中小企業でもマネージャーを育成する土壌を整えていくことができるはずです。

本記事は、保田 江美さん(国際医療福祉大学 准教授)をゲストにお招きしたCULTIBASE主催によるライブイベント「中小企業におけるマネージャーの育て方」の内容を一部記事化したものです。

本イベントのフルバージョンは以下からご覧いただけます。

https://www.cultibase.jp/videos/8052

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