「組織デザイン」は、人の可能性を信じることから始まる──「性善説」「性悪説」によるアプローチ

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「組織デザイン」は、人の可能性を信じることから始まる──「性善説」「性悪説」によるアプローチ

組織変革を行う際に経営者に筆者がよくする質問があります。それが「性善説でやるか、性悪説でやるか」という問いです。ゴールに辿り着くだけなら、組織デザインにはそれを実現する多様な方法論が存在します。しかし組織にとって、ゴールに到達する「過程」自体が重要な意味を持ちます。

ゆえにその過程のデザインをするために、確認作業としてその問いを行うことを大切としているのです。今回は組織の辿る過程として重要な、「性善説」と「性悪説」の組織デザイン方法論を解説していきます。

目次
(1).性善説も性悪説も、人の可能性を信じることから始まる
(2).性悪説は、安全工学をヒントに人的エラーを削減する
(3).事故モデル分析し、事故が起きない構造をつくる
(4).性善説は、コトのボトルネックを発見し解決する
(5).エリヤフ・ゴールドラットの制約理論とは
(6).性悪説/性善説のメリット・デメリット

(1).性善説も性悪説も、人の可能性を信じることから始まる

孟子が唱えた性善説は「人は可能性の塊だから、良いところを伸ばせば立派になれる」という思想で、荀子が唱えた性悪説は「人は怠惰な怠け者だから、悪いところを改善していけば立派になれる」というものです。両者に共通するのは「人がより素晴らしい存在になるには、どうすれば良いか?」という問いから始まることです。

性悪説は「どうせ社員なんて成長しないんだから、強制的にやらせればいい」と、人を信じない思想だと思われがちですが、これは性悪説に対する誤解です。この考えは性悪説ではなく、それを仰る方の性格が悪いだけではないかと思います。

ゆえに性悪説でやるにしろ、性善説でやるにしろ、組織デザインは「人の可能性」を信じつつ、どうすれば組織と人のパフォーマンスを最大化できるか考えることから始まるのです。

(2).性悪説は、安全工学をヒントに人的エラーを削減する

組織デザインにおける性悪説は、「目標実現のためには、人的エラーを無くすことが必要」という思想に基づき行われます。このヒントになるのが安全工学です。安全工学は「事故」が起こらないことを「正」として、リスク低減方法を研究する学問です。原発などの大規模事故を防ぐものもあれば、工事現場リスク削減まで視野に入れており、企業組織設計にも応用されています。

元々は「人的エラー」を個人へのトレーニングでなくすことが基本でしたが、そもそもモグラ叩き的に「人的エラー」に対処するのはROIが悪いため、「事故が起きない構造」や「機械的にリスク発見し対処する構造」の設計に焦点が移行しています。

(3).事故モデルを分析し、事故が起きない構造をつくる

組織変革の前には、まず目的実現を阻害した「事故」のモデル分析を行います。ここでいう事故とは、品質/時間/コスト計画に対するエラーや、組織内不和や連携事故なども含まれます。こうした事故モデルを構造化し、二度と同じ事故が起きない様に組織デザインを行うのです。下記に主な事故モデルと事例、対策方法などを簡単にまとめます。

(A).ドミノモデル

  • モデル概要:原因→結果の短絡的な因果関係から、事故は生まれる。
  • 事故事例:経理において、異なる金額を入金してしまった。
  • 対処方法:マニュアル策定等が主なHOWとなり、間違うことが大きなリスクとなるバックオフィス等では有効とされます。

(B).スイスチーズモデル

  • モデル概要:いくつかの異常の組み合わせから、事故は生まれる。
  • 事故事例:Aさん、Bさん、Cさんの3人が品質管理したはずなのに、それをすり抜けてエラーが起きた。
  • 対処方法:マニュアル策定しても、穴を突き新たなエラーが生まれます。こうした際には新たなマニュアル策定をするのではなく、自らボールを持ち自律的に動けるチームをつくることが有効とされます。

(C).機能共鳴モデル

  • モデル概要:チームが自律して動くなか、話が噛み合わず事故が生まれる。
  • 事故事例:1on1で前向きに合意したはずが、MGRの説明が曖昧だったことでメンバー組織行動が想定と異なり事故化する。メンバーは「MGRの指示通りに行った」と考えている。
  • 対処方法:人数が増えて情報が複雑になると、チームの自律性だけでは問題解決されません。「情報伝達の質向上」「情報透明性の向上」「意思決定プロセスの明確化」が有効とされます。

(D).疫学的事故モデル

  • モデル概要:職場風土/モラルの問題で、脈絡なく何度も同質の事故が生まれる。
  • 事故事例:顧客から「あなたの会社の社員の態度はおかしいのではないか?」とクレームが度々はいる。
  • 対処方法:都市の衛生状態が悪いと疫病が流行るように、職場風土やモラルが悪いと脈絡なく事故が起きることがあります。こうした場合は「人の根本的なモラル改善」に対話を通じ挑む必要があります。

多くの組織では安易に「マニュアル」が作られ「人為的指示」が増えがちですが、必ずしもそれが有効とは限りません。事故モデルを正確に理解した上で、正しい解決を行いましょう。

(4).性善説は、コトのボトルネックを発見し解決する

性悪説は目的達成の為に「人的エラー」を無くすことを基本思想としており、「もしかしたら、あの人はこんなエラーをするかも」などのリスクを想定し、たらればで組織の改善を行います。それに対して、性善説は目的実現の為にコトのボトルネックを無くすことを基本姿勢としています。

組織変革を始める前の調査でも、性悪説は「人的事故」や「起きるかもしれない事故リスク」に着目するのに対し、性善説では「人と人の間にあるルール/構造/資源/戦略」に着目します。あくまで「人のパフォーマンス」は事象としてしか見ません。こうした考えをわかりやすく伝えるのが「ゴール」でもお馴染みのエリヤフ・ゴールドラットの制約理論です。

(5).エリヤフ・ゴールドラットの制約理論とは

制約理論は元々は生産管理における基礎理論の一つで、なぜ工場で誰一人手を抜かずに仕事をしているのに「開発は遅れるのか?」という問いに対し、人の改善ではなく「コト」に対して解決方法を求めた理論です。今では多くの分野において応用されており、組織構造設計においても基本的な考えの一つです。あくまでその姿勢は「ボトルネック=制約条件を探し、解決しよう」という考えで貫かれています。

エリヤフ・ゴールドラットは、制約理論の基本思想として「人は善良である」という性善説を主張しています。顕在化した問題だけをみるのではなく、問題を起こしたボトルネックを発見して解決することで、「WIN-WIN」が実現できるのが制約理論であるという理屈です。

つまり、既に存在する制度設計や仕組み等に「潜在的ボトルネック」が潜むことが、人のパフォーマンスが落ちる原因では?と考えることが基本となります。逆に言えば「何もまだコトが生まれていない」0→1フェーズでは機能が難しい思想とも言え、性悪説的な仕組みや改善があってこそ初めて活きる「カウンター方法論」と言えます。

スタートアップにおいても、まだ構造や仕組みがない中で性善説で推進しようとしたところ、組織が瓦解した経験をお持ちの経営者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。組織初期は課題ドリブンで人的エラーに対処しながらも、徐々に性善説に移行していくことが組織における好ましい姿なのです。

(6).性悪説と性善説のメリット・デメリット

性悪説のメリットは「リスクを低減し計画成功率を高める」ことですが、デメリットとして設計者の意図しない「制約条件を生むこと」があります。例えばリスク低減を優先し、ワークプロセスを固めすぎ、生産性/意欲低下を招くのはよくある事例ではないでしょうか。

対して性善説のメリットは「制約条件」を解き放ち、人と組織のパフォーマンスを高めることができる点です。ただしあくまで「性悪説により生まれた制約」があることによって、初めて活きる方法論と言えます。

また、組織デザインにおいて最も安定しやすいバランスは、組織レイヤーは「性善説」、現場レイヤーは「性悪説と性善説の混合」だと思います。

組織変革が必要な企業は「性悪説」によりルールが複雑化し、「制約条件」が増えています。経営はこれ以上の制約を増やすのではなく、チームと現場を性善説で信じ、ボトルネックの解決が必要です。「問題を解決すれば、人のパフォーマンスは上がる」と心から信じ、変革しなければなりません。

しかし現場の絶え間無い改善による効率化、能力向上を目指す文化がなければそもそも「制約が生まれるフェーズ」に到達できず、性善説の組織デザインをすることができません。現場が自らを律しながら、課題をメタ認知して解決を目指す、自走文化が対として必要なのです。

ただし、性悪説でやりすぎるとチームがギスギスしてくるため、性善説のチームづくりをMGRがしていくことも重要であり、なにごともバランスが大切と言えます。

以上のように性悪説と性善説を元にした組織デザインについて解説をしてきました。人間は環境や条件により「悪にも善にもなる」とされますが、組織デザインも一筋縄ではいきません。現在の組織状況を見ながら、適切な方法で行うことが正しい在り方かと思います。

最後に改めて、組織デザインは「人の可能性を信じる」ことが入り口であり、性悪説でも性善説でもそのプロセスにすぎないということをお伝えし、締めとさせて頂きます。

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著者

株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO

早稲田大学卒業後、家電メーカー勤務を経て独立。現在は、MIMIGURIが提唱するCCM(Creative Cultivation Model)の理論開発を基盤に、大企業からメガベンチャーまで様々な多角化企業における、経営・組織変革の専門家として自社経営とコンサルティングにおいて実践を進めている。

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