アートは組織開発でいかに活用可能か

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アートは組織開発でいかに活用可能か

最近、日本でも「イノベーションのためのアート思考」「美意識を磨くための対話型アート鑑賞」といったキーワードを目にすることが多くなってきました。欧米では「Artistic-Intervention」(アーティスティック・インターベンション)という呼び方で、アートを通じて企業組織の中に学びを生み出す試みをめぐって30年ほど実践と研究が重ねられています。

本稿では、アートをつくる/見るという経験を、組織の学習の中でどのように活用することができるのか、いくつかの研究を参照しながら、方法と注意点について検証していきたいと思います。

目次
なぜ組織開発においてアートが有効だとされているのか?
アートによる学びの歴史的背景
アートによる組織開発事例1:アイデアの生成
アートによる組織開発事例2:個人の認識変容
アートによる組織開発事例3:集団の関係性変容
アートによる組織開発の可能性と注意点

なぜ組織開発においてアートが有効だとされているのか?

ビジネスにおけるアートの活用は、「能力開発」「関係性の改善」「アイデアの生成」「マーケティング」といった4つの目的に分けられます。本稿では、組織開発におけるアートの有効性について考察していくため、「マーケティング」におけるアートの活用を除き、アートによる能力開発、関係性の改善、アイデアの生成についての事例をご紹介していきます。

組織開発の定義とは「“ヒューマンプロセスへの働きかけ”を重視した組織をworkさせるための介入方法」であると定義されています。この「ヒューマンプロセス」とは、「表面には可視化されていない集団の関係性の質や、人間の内面的なもの」を指しています。

「組織がworkしていない状態」とは、いわば集団の関係性や個人の認識が固着化し、創造的な活動ができなくなっている状態です。このような状況から集団の関係性の質や個人の行動が変化・改善するには、個々人の認識に「変容」が起こる必要があります。

お互いが普段考えているけれど口にしないことを語り合ったり、無意識に囚われていた思い込みを揺さぶって認識を変えたりすることで、組織の関係性や認識の固定化がほぐれ、よりよくworkするでしょう。このような「気づき」や「変容」を生み出すために、組織の構成員一人ひとりが「深い学び」に浸る必要があります。そこで有効なのがアートを活用した組織開発です。

アートによる学びの歴史的背景

本題に入る前に、ここで言う「アート」について定義しておきましょう。

例えば、現代アートの文脈で用いられる際の「アート」という語では、形式化された美や善、真理といった概念を疑い、批判的な問いを立てる多様な表現形式を意味します。

一方、組織開発で活用される「アート」は、絵画、ダンス、演劇、ダンス、音楽、小説や映画、グラフィックデザインや漫画表現、ファッションなども含めた幅広い表現様式を含みます。かならずしも狭義の「現代アート」を意味するものではありません

このようなアートによる学びを起こす試みの歴史はおよそ100年前にその源流を見ることができます。

プラグマティズムの哲学者であるジョン・デューイは、「表現様式のことではなくそれが内包する『経験』こそが芸術である」と述べました。芸術家がどのような経験を作品に込めているか。あるいは鑑賞者が作品の鑑賞経験をどのように捉え、どのように生きる糧へと変性させていくか。こうした経験と経験の相互作用を起こす触媒として芸術を捉えています。「経験としての芸術」という考え方は現在のアート教育や芸術療法の理論的源流となっています。

一方、1921年のバウハウスでは画家のカンディンスキーによる抽象絵画の教育活動が展開されていました。世界を写実的に描写することが重要であった絵画は、19世紀後半のカメラの登場によって新しいアイデンティティを必要としていました。そのなかで感情や意味を込めた形を配置する抽象絵画の発明は、その後の絵画史の発展において重要な功績です。カンディンスキーは、自らが抽象画を描くだけでなく、ゲシュタルト心理学に照らして理論化し、さらには教育方法の開発・実践も行なっています。このカンディンスキーによる教育技法はのちのデザイナー教育にも大きな影響を与えています。

また、ゲシュタルト心理学を学び、芸術心理学を創始したルドルフ・アインハルムは、デューイらの考え方を引き継ぎながら、アート教育を通じて「視覚的思考」が人々の一般的な道具となることを目指していました。「視覚的思考」とは、描いたり、動いたりして環境を知覚することで得られた心象的を表現することを指します。現在の「グラフィック・レコーディング」を想像していただければ、イメージしやすいかもしれません。誰もがグラフィックレコーディングのような可視化の技術を用いて思考し対話できる世界を目指していたのです。

このような描画をベースとした学習方法の開発・研究は、知識伝達学習から知識創造学習へといち早く舵を切った事例であるだけでなく、その学習のベースを言語から知覚へと深化させたものであると言えるでしょう。

また、アーティスティック・インターベンションにおいて重視されるのが「コンフリクト」という概念です。組織のマネジメントにおいて、様々な場面での意見や立場の「対立」と「衝突」が起こります。その対立や衝突という事象を論理的に理解するだけでなく、別の仕方で理解し、対応する方法がアートによって学べるというのです。

こうした「対立」についての学習の源流には、劇作家のベルトルト・ブレヒトがいます。ブレヒトは「教育劇」というかたちで、思想の対立を生み出すような2つのシナリオを上演し、どちらのシナリオが倫理的に正しいと思うかを演者や観客に議論させました。学校で教育劇を上演する際は、生徒たちに演じさせ、終わった後に議論させるという方法をとりました。価値観や考え方の違いから起こる倫理的な問題について、演じることと対話することの双方で学習する場のつくりかたは、現在のワークショップに通底するものがあります。

このように、先行する実践者たちは、造形・創作教育だけでなく、鑑賞、歴史、対話といった様々な方法を通じたアート教育の礎を築いています。

アートによる組織開発事例1:アイデアの生成

こうした先行するアート教育の手法が、組織において個人・集団の能力開発や関係性の改善、あるいは新規事業や商品のアイデア生成を目的として活用されています。数日間のワークショップを実践することで短期的に成果を出す方法もあれば、数ヶ月~数年間にわたってアーティストが組織に雇用されることでじわじわと変容を生み出していくアプローチも取られています。

アーティスティック・インターベンション研究の第一人者であるBerthoin Antalによれば、アートによる組織開発とは「bringing people,products,and practices from the world of the arts into organizations(人、実践、製品を、アートの世界から組織の世界に持ち込むこと)」とされており、その具体的なアプローチは多岐に渡ります。

たとえば、スウェーデンのNPO「TILLT」は、アーティストが週に一度企業で勤務し、企業の問題に取り組む従業員をサポートすることを目的としたプロジェクトを展開しています。スウェーデン政府の文化部門によって2005年から2008年に公的に支援されたSKISSというプロジェクトでは、アーティストが1年間の間、ハーフタイムの契約で勤務する実践が行われました(八重樫,2015)。

こうしたアーティストの滞在・雇用型の実践では、アーティストが新規事業開発に参加・思考プロセスをリードすることによって新たなアイデアの生成を促すとともに、これまでのアイディエーションの方法に対する認識の更新を促していると言えるでしょう。

アートによる組織開発事例2:個人の認識変容

アーティストはこうした長期滞在だけでなく、さまざまなワークショップも展開しています。個人の能力開発を目的とした事例として、Sayers,& Monin(2008)では「パロディ漫画」の創作を取り入れています。ここでは、ファーストフード店の従業員が勤務中に目にした顧客との理不尽な出来事を「パロディ漫画」として描くことで、サービスマネジメントへの知覚的な理解を深めることを目的としています。

類似した事例として、Wick&Rippin(2010)では、マネージャーがリーダーとしての自己理解を目指して人形を創る活動を行い、Tayleor&LAdkin(2009)では、自分自身のリーダーシップの本質を理解するために、仮面を造形する活動が展開されています。

こうしたメディアを用いた表現を行うことで、従業員が「サービスマネジメント」「リーダーシップ」あるいは「コンフリクト」といった概念に対して、知覚的に認識することを促します。Springborg and Ladkin (2018)では、これまで論理的に言語で理解していた概念を、造形や演劇といった知覚的な活動を通じて理解し直すことで、新たなパターンでの認識が生まれ、ひいては行動変容が促されることが報告されています。

アートによる組織開発事例3:集団の関係性変容

アートを使った組織開発は、個人の認識変容を創作表現活動によって生み出していくだけではなく、集団の関係性にも影響を与えていきます。

Sorsa, Merkkiniemi, Endrissat, and Islam (2018) では、チームの成績が低迷していたフィンランドのアイスホッケーチームにバンドを組ませ、それぞれのメンバーに楽器を担当させるという介入を行なっています。この介入により、言語では言い表せなかった感情やエネルギーをマネジメントすることに役立ち、チームの関係性が改善されたことが報告されています。

組織における集団の関係性変容を目的としている場合、音楽やダンス、演劇といった複数人での身体表現活動が用いられることが多いです。言語による対話のみならず、空間、身体、時間をもちいた集団での共創経験を通じて、個人の認識の変容に加えて、関係性の変容を引き起こすことが可能となると考えられます。

アートによる組織開発の可能性と注意点

アートによる組織開発は、それまでの組織のルーティンに新たな扉を開く可能性を持っていると言えるでしょう。

つまり、論理的・言語的な思考ではなく、知覚や審美的判断力をもちいた思考をひらくことで個人及び組織の創造性を開花させることができると、さまざまな論文で報告されています

では、単に組織に造形的な活動を取り入れれば良いのかというとそうではありません。

まず、アーティストをファシリテーターとして招聘する場合、アートとビジネスを媒介するコーディネーターの存在が不可欠となります(参考:八重樫, 2015))。

次に、ビジネスの目的とアーティストの目的が符合するようコーディネートすることはもちろん、ワークショップを用いる場合は参加者の学習・創発が起こるように、精緻なワークショップデザインが必要となります。知覚的・審美的な経験を、安易に実務に結びつけ、言語化させることが学習を阻害することも報告されています(鈴木, 2018)。通常、企業組織で行われているワークショップで展開するような言葉を用いた「ふりかえり」とは異なる形で活動をデザインする必要があると言えるでしょう。

最後に、アートを活用することの倫理を問うておきたいと思います。ビジネスにアートを活用することは、アートそれ自体の発展に寄与するのでしょうか。アーティストが組織におけるファシリテーターになることは、そのアーティストのキャリアにとってどのような意味があるのでしょうか。アートの力を搾取するのではなく、ビジネスとアートが、その経験を媒介に互恵的な関係を結んでいくことが、アートによる組織開発の未来を明るくしていくと、私は考えています。

参考文献
Ariane Berthoin Antal(2017)Meaningful work and artistic interventions in organizations: Conceptual development and empirical exploration
八重樫(2015)アーティスティック・インターベンション研究に関する現状と課題の検討
八重樫(2019)ビジネスにおけるアートの活用に関する研究動向
山木朝彦(2019 )米国芸術教育界におけるルドルフ・アルンハイムの貢献
Ralph Bathurst,Janet Sayers,Nanette Monin(2008), Finding beauty in the banal:An exploration of service work in the artful classroom
Wicks, P. G., & Rippin, A. (2010). Art as experience: An inquiry into art and leadership using dolls and doll-making
Taylor, S. S., & Ladkin, D. (2009). Understanding Arts-Based Methods in Managerial Development
Claus Springborg,Donna Ladkin(2018). Realising the potential of art-based methods in managerial learning:Embodied cognition as an explanatory view of knowledge

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著者

学生時代から現代美術家や劇作家らと協同し、幼児から中高生、大人までが関わるアートプロジェクトのプロデュース、ファシリテーションを担ってきた。MIMIGURIでは主にワークショップを通じた組織文化開発や人材育成の教材開発を担当している。

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