組織変革のトリガーは「痛み」か、あるいは「遊び心」か?

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組織変革のトリガーは「痛み」か、あるいは「遊び心」か?

組織開発や組織変革が難しい理由を一言でいえば、長年かけて構築された堅牢なシステムは、そう簡単には変わらないからです。

生まれたてのベンチャー企業であれば別ですが、ある程度の時間をかけて文化と仕組みが形成されてしまったシステムに対して外側から部分に対して強い衝撃を与えても、一時的に形状が変わったり、表皮に傷がついたりすることはあれど、すぐに元に戻ってしまいます。

これは一人の人間についても同じことが言えます。学習観、お金の価値観、恋愛観、食事の好み、コミュニケーションの癖など、長い年月をかけて形成されたものの見方や信念は、境遇や年齢の変化によって少しずつ変化し続けるものですが、大きな失恋など、日常を揺るがすショッキングな事件が起こらない限り、ある日突然ガラリと根底が変わってしまうことはなかなかありません。

他の例をあげれば、「歯の磨き方」がこの数ヶ月で変化したという方は、あまり多くないのではないかと思います。多くの人にとって「歯を磨くこと」は毎日行う重要な作業でありながら、習慣化されたルーティンワークであり、日々の試行錯誤によって上達することもなければ、毎日変わらぬ同じ作業に飽きることもないし、虫歯や病気にでもならない限りは「果たしてこの方法でよいのだろうか」と問い直されることもないでしょう。

目次
組織システムを「痛み」から変えていくアプローチ
組織変革の”楽しくなさそう”問題
遊び心で変化を生み出すアプローチ

組織システムを「痛み」から変えていくアプローチ

このように習慣によって形成された堅牢なシステムに対して「変化を生み出していく」ための方法論が、まさに「組織開発」の研究領域では日々探求され、その具体的な実践方法としてワークショップが活用されています。

書籍『組織開発の探究』でも書かれている通り、1990年代頃には、トップダウン的に仕組みを導入していくマネジメント手法が主流でした。それが2000年代に問い直され、ボトムアップの対話型の組織開発にシフトしていきました。様々な手法が存在していますが、大枠で捉えれば、見えていなかった課題の「見える化」と、それに対して解釈するための「ガチ対話」と、ビジョンや施策を構築する「未来づくり」の3STEPで進められることが多いとされています。

ここから先は筆者の主観になりますが、組織開発の方法論は、その系譜を辿るとフロイトの無意識の理論や、集団精神療法の手法がルーツとなっていることから、組織に潜んだ無意識の病理に迫るような、ややネガティブなアプローチが多いように感じています。(もちろんポジティブ心理学的な考え方も背景にあることも理解していて、前向きに組織を捉え直し、未来のビジョンに向かって前進していくという意味でのポジティブさはあると思うのですが…)

個人の変化に関する学習理論を参照しても、「大人が変わる」というのはどうやら大ごとなようで、ネガティブなエネルギーによる変化が想定されたものが多いように感じます。たとえば成人教育学の偉人ジャック・メジローは、大人の学びには「痛み」を伴うことを強調し、変化がしにくい「ものの見方」が変容する学習過程を「変容的学習」として、そのプロセスを以下のように定義しました。

1. 混乱を引き起こすジレンマ
2. 恐れ、怒り、罪悪感や恥辱感の感情を伴う自己吟味
3. 想定(パラダイム)の問い直し
4. 他者も自分と同様の不満感と変容プロセスを共有していることの認識
5. 新しい役割や関係性のための、別の選択肢の探究
6. 行動計画の作成
7. 自分の計画を実行するための、新しい知識や技能の獲得
8. 新しい役割や関係性の暫定的な試行
9. 新たな役割や関係性における、能力や自信の構築
10. 新たなパースペクティブの、自分の生活への再統合

メジローの理論では成人が変容するプロセスが「混乱を引き起こすジレンマ」を起点としながら、ネガティブな感情の自己吟味を通して行われることが強調されており、組織開発で想定されている「組織の見えない問題を可視化し、当事者でそれに向き合って真剣に対話する」プロセスにも通ずるところがあるように思います。

組織変革の”楽しくなさそう”問題

このような「ネガティブな感情」に向き合いながら「痛み」を伴って変化することを促していくアプローチは、そう簡単には変化しない組織システムを再構築していく上で、一定の有効性があることは間違いありません。

けれども、筆者自身は、この類の手法群に、一人のファシリテーターとしてあまり乗り切れないと感じている部分もあり、ちょっとした苦手意識すら感じている部分があります。筆者がこれまで感じてきたワークショップの本質的な魅力は、非日常的な視点から生まれる好奇心であったり、当たり前だと思っていたものが壊れていく楽しさであったり、衝動に基づいて何かを実験することで得られるワクワクする発見であったり、もっとポジティブな何かにありました。

そういうワークショップらしい「遊び心」のようなものが、痛みに向き合う組織開発の方法には、あまり感じられず、一言で言えば、「楽しそうでないから、あまりやりたくない」と感じてしまうのです(苦笑)。

組織開発の手法や実践を学んだ現場の方々に話を聞いてみると、同じような意見を耳にすることも少なくなく、このようなネガティブなやり方は、そもそも「参加者を選ぶ」のではないかとも感じています。

遊び心で変化を生み出すアプローチ

上述したような「痛み」を伴うやり方をあえて「Painful Approach(ペインフル・アプローチ)」としたときに、それに対比させるかたちで、遊び心を活用した「Playful Approach(プレイフル・アプローチ)」なるものが、組織開発の方法論のひとつとしてあってもよいのではないか?というのが、今回の記事の主題になります。仮説的に、以下のように定義してみます。

Painful Approach(痛みを伴うアプローチ)
変化の妨げになっているが、たしかに“いまここ”で起きている既存の組織システムに内在している事象や葛藤に向き合い、痛みを伴いながらも組織システムを変化させるアプローチ

Playful Approach(遊び心あるアプローチ)
実験的に日常とは違うモードで活動をしてみることで、既存の組織システムを異化し、新たな組織システムの可能性を楽しみながら探索するアプローチ

先ほどの「歯の磨き方」の例でいえば、文字通り虫歯や病気の「痛み」によって歯の磨き方を見直したり、あるいは普段の怠惰な磨き方について意識的に内省することで歯の磨き方を変えるアプローチが「Painful Approach」とすれば、「Playful Approach」とは、試しにいつもとは違うやり方、たとえば左手で歯を磨いてみたり、30分かけて磨いてみたり、2本の歯ブラシを両手で使ってみたりしてみることで、「いつものやり方」を相対化し、「意外にこういうやり方もありかも」「なんでいままでこういうやり方をしていたんだろう」と気づくことで、楽しみながら別の可能性を探る方法です。

例えば、筆者が過去に担当した資生堂の理念浸透の組織変革プロジェクトは、「理念を1つだけ壊してみる」という遊び心ある活動を、組織の求心力を生み出し変化を生み出すエネルギーに転換させたという意味で、組織変革における「遊び」の可能性を最大限に活かしたプロジェクトだったといえます。

資生堂グループの全社員46000人を対象とした、ビジョン達成に向けた行動指針「TRUST8」浸透プロジェクト

組織の暗黙の「負」に向き合うことを専門としている組織開発のファシリテーターの方からすれば、「組織はそんなに甘くないぞ!」と怒られそうですが..、人を巻き込み変化を生み出す方法として、本来的に遊びが持っている“この指止まれ”の力は偉大だと思うのです。

CULTIBASEでは今後、Playful Approachの可能性も探求していきたいと思っています。

会員制オンラインプログラム「CULTIBASE Lab」でも、遊び心を用いた組織変革のアプローチについて、日々アップデートした知見を紹介しています。興味のある方はぜひCULTIBASE Labにも参加してみてください。

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著者

株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO

東京大学大学院 情報学環 客員研究員

1985年生まれ。東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO/東京大学 特任助教授。

企業経営と研究活動を往復しながら、人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論を探究している。主な著書に『問いのデザイン』、『問いかけの作法』、『パラドックス思考』、『リサーチ・ドリブン・イノベーション』、『ワークショップデザイン論』『チームレジリエンス』などがある。

X(Twitter)noteVoicyhttp://yukianzai.com/

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