新型コロナウィルスの感染拡大を受けて、組織における働き方やコミュニケーションの在り方が問い直されています。これまでイノベーションのためのワークショップの場は、いわゆる“3密”のリスクが高いオフライン環境で行われてきましたが、現在では状況が大きく変わっています。チームに何か問題が発生したら、ステークホルダーを集めて対話の場を設ければ課題に立ち向かえたところが、ファシリテーターにとっての主戦場、得意技が封印されている状況が長らく続いています。
このような状況下において、ファシリテーターが今取り組むべきことは大きく3つあると考えています。
目次
・課題をリフレーミングし、チームの目線をあげる
・オンラインのファシリテーションを実験し、ナレッジを磨き共有する
・骨太の理論を学び、実践知を深める、分厚くする
1.課題をリフレーミングし、チームの目線をあげる
オンラインコミュニケーション中心のリモートワーク型組織において気をつけなければいけないことは、以下の2つです。
- 従業員は、組織に対するエンゲージメントが低下し、「組織」や「チーム」ではなく「自分」を主語に考えるようになる
- マネジメント側は、従業員が見えない分、性悪説的に考えるようになる
これによって、お互いの前提に断絶が生まれ、他責的になりやすく、組織に「遠心力」が働き、バラバラになっていく。これが、リモートワークにおいて回避しなければいけないバッドシナリオです。
これは、組織に限らず、社会全般において言えることです。非常事態宣言が発令された当初も、自粛要請を守らない“3密”への外出行動や、必需品の買い溜め行動などに象徴されるように、非常時においては「自分を主語に考える」「性悪説的に考える」ということが起きやすいのです。言い換えれば、一人ひとりが「私にとって、何をすれば最も利益が得られるか?」という個人レベルの問いを立てて、行動してしまうわけです。これでは、社会全体にとっての最適行動が取れません。
組織において、一人ひとりが「個人の目線」から問いを立てている限り、正しい課題は設定できません。問題状況を乗り越えるためには、「本当に解くべき課題」を冷静に定める必要があります。
そこで、組織におけるファシリテーターは、いまこそオフラインのファシリテーションで磨きをかけてきた「問いのデザイン」のスキルをフル活用し、周囲の視座を高めるよう、「チーム」「コミュニティ」「組織」を主語として考えられるような課題へと問題をリフレーミングし、建設的かつ前向きな「問い」をデザインするところに注力すべきです。
たとえば「自分の健康をいかに守るか?」という問い。これは言うまでもなく、いま全員が考えなくてはならない個人の課題ですが、あえて「この状況において、守るべき“組織の健康”とは何か?」という問いで対話をしてみると、違った視座が得られるかもしれません。あるいは、「感染を防ぐためには?」ではなく「もし自分がすでに感染しているとしたら?」と問うてみる。「いつまでリモートでやり過ごすか?」ではなく「この状況が3年続くとしたら、何をすべき/したいか?」と問うてみる。
対面(オフライン)のワークショップを開催しなくとも、ファシリテーターはものの見方を揺さぶる「問い」を立て、それを周囲に共有するだけでも、チームやコミュニティを前向きな視座へとファシリテートしていくことが可能なはずです。これまでのナレッジを活かし、マクロな意味でのファシリテーションに貢献しましょう。
2.オンラインのファシリテーションを実験し、ナレッジを磨き共有する
オフラインの場が封印されたからといって、ワークショップやファシリテーションができないわけではありません。世間の関心とニーズはすでに「オンラインにおけるファシリテーション」に移行しています。
すでに覚悟を決め、ファシリテーションのフィールドを完全にオンラインにシフトさせ、さまざまな実験を積み重ねているファシリテーターもいらっしゃるでしょう。けれどもまだ「この事象は一過性のものだ」と考え、オンラインの実践に踏み切れていない方も、少なくないのではないでしょうか。
現在の状況をみていると、コロナ禍は人間のつながりやコミュニケーションの価値観を大きく変えつつあるように思います。たとえワクチンの開発によってウイルスの驚異を逃れたとしても、これからオンラインにおけるワークショップやファシリテーションは当たり前のものになる可能性が高いでしょう。
リモート組織を支えるファシリテーターがいますべきことは、覚悟を決めて、積極的にオンラインの実践にトライし、ナレッジを磨き、周囲のファシリテーターと共有すべきだと考えています。
実は筆者自身も、2014年から3年間、オンラインワークショップに関する研究に取り組んでいました。以下、主な研究実績です。
Multi-Layered Online Workshop: Promoting Both Collaborative and Instructional Interactions at Medium Scale
Yuki ANZAI, Hiroki OURA, Ryohei IKEJIRI, Wakako FUSHIKIDA, Yuhei YAMAUCHI (2016)
International Society of the Learning Sciences 2016, Singapore
アイデア発想を課題とした多層型オンラインワークショップの実践
安斎勇樹, 仲谷佳恵, 池尻良平, 大浦弘樹, 伏木田稚子, 山内祐平 (2016)
日本教育工学会第32回全国大会講演論文集, 日本教育工学会, pp523-524
MOOC講座における多層型オンラインワークショップの提案
安斎勇樹, 大浦弘樹, 池尻良平, 伏木田稚子, 山内祐平 (2015)
日本教育工学会第31回大会講演論文集, 日本教育工学会, pp95-96
コロナが発生する以前から世界的には「オンラインにおけるファシリテーションの可能性」に大きな注目が集まっており、アカデミックの世界では研究が徐々に進んでいたのです。私たちファシリテーターにとって、この状況は、ファシリテーションの在り方と技術を新たな次元に進化させていくためのチャンスでもあるのです。
ただし、すでに指摘されている通り、オンラインのファシリテーションとは、オフラインでやっていたことをそのままオンラインに移行することではありません。
オフラインとオンラインは全く別の空間であるため、人間にとっての居場所感覚や、違いの存在感、コミュニケーションの感性や価値観が全く異なるものになります。ファシリテーターである私たちは、誰よりもそのことについて、想像力を働かせなくてはいけません。
また、全ての活動をオンライン(同期型・非対面)に持ち込む必要はなく、オフライン拠点とオンライン、また同期型コミュニケーションと非同期型コミュニケーション(チャットや掲示板コミュニケーション)をうまく組み合わせることも有効です。
映像をon/offにするのか、本名/ハンドルネームで参加するのか、匿名を許容するのか、音声/テキストどちらをメインにするのかなどによっても、対話のダイナミクスは大きく変わります。これまで以上に複雑な活動モジュールを手懐け、けれどもシンプルなプログラムに落とし込む戦略的なプロセス設計が重要になるでしょう。
まだまだ研究領域としては未開拓であるため、このような状況下だからこそ、率先して「実験」を行い、明らかになったナレッジを広く共有しながら知を深めていくことが求められるでしょう。
3.骨太の理論を学び、実践知を深める、分厚くする
オフラインの実践に制約が課されている状況だからこそ、前述したような新しい方法(How)の実験は大切ですが、立ち止まって理論(Why)を学ぶことも重要です。
ファシリテーションの勉強をしようとすると、どうしても「このSTEPで進めると話し合いがうまくいく」「このワークシートを使うとアイデアが出やすい」といったような、フレームワークに焦点がいきがちです。
けれども、たとえばワークショップの重要な背景理論である「社会構成主義」の考え方についてきちんと理解していないと、ワークショップがなぜ「グループワーク」を導入するのかよくわからぬまま参加者に話し合いをさせ、真の意味で対話が起きていないために、単なる「参加者を飽きさせないための工夫」にしかなっていない……といったケースも少なくないようです。
自分が立脚している手法の背景理論を深掘りしたり、あるいは直接関係ないのだけれど関連する隣接領域の理論を学んでみたりすると、Howを支える背後の知識と知識が結びつき、自分の土台となっている実践知が立体的に構築され強くなっていく感覚になるはずです。
闇雲に「オンラインで実験しよう」とするだけでなく「そもそも、なぜオフラインではこのような手法を採用していたのだっけ?」と振り返り、理論に立ち戻ってみることも重要だと思うのです。自宅に積んだままにしていた文献を、今こそ手に取り、じっくりと血肉にしておきましょう。
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