ここまでの連載で紹介してきたように、問いを立ててデータを集め、解釈を重ねるプロセスを歩んできたチームの中には、様々な発見や気づき、こんな方向に向かってみたいという、新しい方向性のイメージが湧き始めてきているはずです。最後のステップとして、そのイメージをすり合わせ、チームの中での「合意」を形成することが必要になります。
そこで今回の記事では、リサーチ・ドリブン・イノベーションにおいて、そもそも「合意」とはいったい何のことを指すのか、どのように「合意」を捉えているのかを紹介していきたいと思います。
「答え」で合意することの弊害
「合意」という言葉を和英辞典で調べると、consensus、common consent、mutual agreement といった言葉が挙げられています。いずれの言葉も、「複数の人たちの間で、何かしらについて一致をする」ということを意味しています。
「一致」と言うと、どうしても「答え」で一致しようとしてしまいがちです。しかしながら、「答え」で合意しようとすることによっていくつかの問題が生じてしまうと考えています。
(1)安易な結論に陥りやすい
納得感のある「答え」で一致するのは非常に難しく、往々にして意見は割れてしまいます。むしろ意見の割れない「答え」は、実現が難しかったり、さほどイノベーティブな結果をもたらさなかったりと、罠が潜んでいることが多いのです。
そのため、「答え」の一致を求める場合には、「気になることはあるけれど、それだと意見もまとまらないし..」..と、「妥協」することをしてしまいがちです。さらには、「妥協したのだから、あとはそれを推した人ががんばってくれよ」と他責的な状況が生まれることも少なくありません。
(2)決めたあとに主体的な活動が生まれにくい
「答え」で合意すると、そのあとに誰が次の活動への責任を持つのかが曖昧になることが多々あります。「その『答え』は誰かが推し進めてくれるはず」と待ちの姿勢になりやすいのです。
誰かが最終的なジャッジを下して意思決定した場合、その人が次の活動への責任を持つこともあるでしょう。しかしながら「上長承認」という言葉もあるように、上長が承認したので、その「答え」を実現するための活動を部下が展開するというような構造も生じやすく、実現したいという想いや衝動に基づいて進む活動にはなりにくいのです。結果、「答え」で一致したあとには、主体的な活動が生まれにくくなってしまいます。
(3)決めたあとに後戻りしにくくなる
さらに挙げられる問題として、「一度合意した『答え』は問い直しにくい」というものがあります。上長の承認を得た「答え」は、うまくいかない状況が見えてきたとしても、そこに異を唱えるのが難しくなってしまいます。「答え」に責任を持って推し進めた当事者も、自らの考えが間違っていたことを否定しにくくなってしまい、結果として明確な「失敗」が立ち上がるまで、その「答え」を形にしようとする活動が続いてしまうのです。
「答え」というのは、それだけ思考の「固着化」を招いてしまいます。「答え」で一致することは、イノベーションとは非常に相性の悪いアプローチなのです。
「答え」ではなく、新たな「前提」を合意する
では、イノベーションプロセスにおいて、我々はいったい何に納得し、一致を図ればよいのでしょうか?
リサーチ・ドリブン・イノベーションでは、「前提」で一致するという捉え方が大切だと考えています。
納得できる前提で合意するという捉え方には、その前提のもとで様々な活動を広げていこうという「余白」が含まれています。この「余白」があることで、合意した先に考えるべきことが自然と立ち上がります。
また、「余白」があることで安易な妥協を避けることもできるでしょう。納得していない部分は、「これから考えるべきこと」として、包含することが可能です。
また「前提」で合意しておくと、たとえその後の活動がうまくいかなかったとしても、前提が間違っていたのではないか、と後戻りしやすくなります。他方、「答え」を問い直すと、どうしてもその「答え」全てを否定してしまいがちです。合意しているものが「前提」であれば、どこが間違っていたのかを確かめやすくなり、問い直す活動がしっかりと「学習」と紐づくことになるのです。
こうした理由から、リサーチ・ドリブン・イノベーションにおいては、次の活動やプロセスに進み、さらに考えを進めていくための「前提」で合意することが大切なのです。
リサーチ・ドリブン・イノベーションにおける合意のポイント(1)
次の活動やプロセスのための「前提」で一致すること
探究的ダブルダイヤモンドモデルにおける、合意すべき5つの前提
リサーチ・ドリブン・イノベーションのプロセスの中で、具体的にはどのような「前提」で合意すべきなのでしょうか?
以前別の記事で紹介した探究的ダブルダイヤモンドモデルをベースに整理すると、大別して5つの合意が必要になると考えています。
探究的ダブルダイヤモンドモデル
探究的ダブルダイヤモンドモデルをベースにした5つの合意
合意すべき5つの前提の中でも、⑶の「向かいたいと考える方向性」の合意は、具体的なアイデアを広げていくために非常に重要なポイントです。
こうした「合意すべき前提」を表現する際、「How Might We」(私たちはどうすれば〜〜することができるのだろうか?)という構文を用いると、より明確にその前提を表現することができるようになります。これは、進みたいと考えている方向性を「〜〜」の部分に記述し、実際にアイデアを考えるための前提を表現します。
ここでのポイントは「問い」の形で表現することです。この前提はあくまで仮説であり、実際により良い方向に向かっているとは限りません。しかしながら、歩みを進めてみなければわからないこともあります。問いの形で表現することで、「いったんこの方向を目指してみよう」というニュアンスを生み出すことができているのです。これを「問い」ではなく、「答え」の形で表現してしまうと、なにかうまくいかなかった際に、方向性を改めて問い直そうという力が働きにくくなってしまいます。
例)「問い」と「答え」の表現による違い
問い: 私たちはどうすればより深い内省に浸るお酒の時間を実現することができるのだろうか?答え: 私たちが目指すのは、深い内省に浸るお酒の時間を実現することである。
一致させた合意の一つひとつを「答え」としてではなく「問い」で表現しておくと、その問いを起点に新たな探究の活動が広がり、活動を広げていく上での協力関係を築くこともできます。
リサーチ・ドリブン・イノベーションにおける合意のポイント(2)
問いの形で合意を表現することで、新たな探究活動につなげやすくなる。
合意を形成する対話に必要な「違和感」への着目
では、実際に合意を形成するためには、どのような対話を展開していけばよいのでしょうか?
合意と言うと、どうしても「一致させる」ことばかりに意識が行ってしまい、一人ひとりの考え方に共通する部分を探ろうとしてしまいがちです。しかしながら、安易に共通点を見出すことは、結果としてその後のプロセスでのズレを生むことや、新規性のない合意を形成する原因となります。
そもそも対話には、「考え方に違いがある」という前提に立つことが大切です。自分たちの価値観や考え方を共有し受け止め合い、そこに存在する違いを明らかにしながら、「なぜそうした違いが生まれるのか」を語り合っていくことで、新しい価値観や考え方が生まれてきます。その意味でも、「一致させること」に拙速に意識を向けるのではなく、まずは「今ある違い」に目を向けることが重要です。
加えて、ここで言う「違い」とは、互いの間に存在している「違和感」とも言えるものです。「Aさんが表現している考え方は、基本的には理解できるが、妙に腹落ちしない違和感を覚える」といったように、ロジカルに整理できる違いではなく、非常に曖昧で主観的な違いに目を向け、その違いについて対話することで、より強固な共通の前提で合意できるようになります。
この違和感の立ち上げ方には、大きく3つのアプローチが存在しています。
(1)違和感を確かめ合う
データの解釈を重ねるにつれて、チームの中には共通の理解が生まれていきます。しかし同時に、抱いた違和感を表明しにくい状態へと推移もしています。全体が、ある方向に向かおうとしていることに対して違和感を覚えたとしても、空気を読んでそのままのみ込んでしまうことは少なくありません。
そこでまずは、シンプルに「今抱いている違和感はないか」を確かめ合うことが大切です。違和感が示された場合には、そのことを好意的に受け止め、その違和感がどこから来ているのかを語ってもらいます。傾聴の姿勢を持ち、違和感を言葉にしてもらうと、自分たちがまだ見えていなかった視点が見えてきたり、それぞれが大切にしている価値観に触れたりすることができます。
(2)違和感を立ち上げやすい環境をつくる
明確な違和感が存在していなかったり、なかなか違和感が言語化できない場合には、より違和感を立ち上げやすい状態をつくることが重要になります。自分が感じていることを直接言語化するのは非常に難しい行為です。しかしながら、何かしらの形で考えを「目に見える状態」にしてみると、違和感を言葉にしやすくなります。
例えば、今自分たちが想定しているビジョンを絵に描いてみたり、大切にしたいキーワードを数に制限をつけて挙げてもらい、その違いを語り合ったり、一度描いている方向性のビジョンを実現するアイデアを考えて、それぞれのアイデアを批評したりするなど、様々なアプローチがあります。
(3)あえて批判してみる
もう一歩踏み込んだアプローチとして挙げられるのが、これまで対話されてきた内容や解釈に対して、チームの外にいる人になったつもりで、あえて批判をしてみるというものです。外の目を意識してみると、自分たちでは見えていなかった違和感に気がつくことができます。
批判をくれそうな知識人や経営者の視点で捉えようとしてみたりするなど、より良い批判のまなざしを向けてくれる人のイメージを自分たちの中にあらかじめつくっておくと、より批判を広げやすくなるでしょう。
こうした活動をせずに合意を形成してしまうと、後々のプロセスで致命的な違和感を生んでしまうことにつながったり、安易な結果に落ち着いてしまいがちです。しっかりと時間をかけて向き合う姿勢が欠かせません。
以前紹介した「多様決」も、こうした違和感に着目するためのアプローチとして、活用してみてはいかがでしょうか?
以上ここまで全11回の内容で、リサーチ・ドリブン・イノベーションの概要・要点をお伝えしてきました。
ぜひ改めて記事をご覧いただき、さらに内容を深めていきたい方は、ぜひ書籍「リサーチ・ドリブン・イノベーション 「問い」を起点にアイデアを探究する」もご覧ください。