イノベーションになぜ「ワークショップ」が重宝されるのか:100年の歴史から紐解くエッセンス

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イノベーションになぜ「ワークショップ」が重宝されるのか:100年の歴史から紐解くエッセンス

企業の課題解決や価値創造の様々な局面で「ワークショップ」が活用されるようになりました。意味のイノベーションやデザイン思考の実践の場として、組織開発のセッションとして、人材育成の研修のアプローチとして、ワークショップは重宝されています。昨今では、ZOOMやmuralなどのツールを活用したオンラインワークショップも広がりを見せています。

他方で、実践が普及した反面、表層的な形式だけが先行し、その本質が誤解されている側面があることも否定できません。模造紙を広げて、カラフルな付箋に意見を出して喋る、それがすなわちワークショップであると考える人も少なくないでしょう。ワークショップが実は国内外ですでに100年を超える歴史がある、深い思想と理論に支えられた方法論であることは、あまり知られていません。

目次
ワークショップの定義
ワークショップの本質的特徴
工房的思考としてのワークショップ

ワークショップの定義

かといって、ワークショップをその形式から正確に定義をしようとすると、なかなか難しいのも事実です。そもそもワークショップは、ウィトゲンシュタインの言葉を借りれば「家族的類似」であると考えられます。家族全員に共通した外延的な特徴はないけれど、父と子は似ていて、母と子は似ていて、兄弟も似ていて、母と父も似ている、といったように、部分的な共通性でつながった集合体になっていることを、家族的類似と言います。ウィトゲンシュタインは著書「哲学探究」において、「ゲーム」の定義の困難さを家族的類似によって説明しました。

ワークショップもまさにそうで、アート、デザイン、演劇、まちづくり、学校教育、カウンセリングなど、それぞれの領域のある実践とある実践の間には、ワークの形式なり道具なり思想なりに部分的な共通性がありますが、外延のすべてを捉えようとすると、どこか本質を外したような定義になってしまったり、あるいは具体性のない抽象的な定義になってしまったりします。

CULTIBASEでは、ワークショップの理論的系譜と思想的特徴、以上のような定義の困難さも踏まえながらも、現代において実施されるワークショップを、以下のように定義しています。

ワークショップの定義
普段とは異なる視点から発想する、対話による学びと創造の方法

ワークショップの本質的特徴

上記の定義には、ワークショップが100年を超える歴史のなかで培ってきたいくつかの本質的特徴が埋め込まれています。それは「非日常性」「民主性」「協同性」「実験性」という4つのエッセンスです。

(1)非日常性
参加者が日常では経験しないような、普段とは異なる視点や方法で取り組むテーマや活動を設定します。
(2)民主性
公的な権力を排除し、課題の関係者(ステークホルダー)や、場の参加者ひとりひとりの意見を尊重します。
(3)協同性
専門知識や能力の高い個人に頼ろうとするのではなく、多様な集団のコラボレーションから生まれる創造性を重視します。
(4)実験性
あらかじめ設計図や正解を用意するのではなく、場のプロセスを通して答えを探る姿勢を重視します。

上記のうち「民主性」という特徴は、ワークショップの本質を考える上で重要です。一般的には、単に各人の意見を付箋紙に可視化させ、場の納得度を高めるために、一人ひとりの意見を拾い集める活動形式を指していると誤解されがちです。けれども、その本質はもう少し深いところにあります。

すべての領域のワークショップに共通している点は、各領域の従来の実践方法への対抗文化として実践されてきた点です。特に、トップダウン型で上意下達に意思決定がくだされ、ものごとが進んでいく近代的で効率的とされる方法論に対する批判精神をもとにして、ボトムアップ型に話し合いを進める方法として注目されてきました。

興味深いことに、ワークショップは長らく「新しい方法」と表現されてきました。その言葉の意味するところは、流行の手法であることを示しているのではなく、当該領域の「これまでのトップダウン型の方法」に、対置させているのです。それゆえに、ワークショップは”権力”を持った誰かから答えを押し付けられ、それに無批判に従うことを是としません。部下よりも上司の意見のほうが正しいのであれば、問題を解決するために「対話」をする必要はないからです。

日常の権力関係から解放されたところで、お互いの判断をいったん留保して、意味生成のコミュニケーションを行い、日常では見えなかった新しい意味を見いだす。それが、ワークショップが重視する対話の姿勢であり、「民主性」の意味です。ワークショップとは、本来的に、当該領域の方法論を「問い直す」ための手法なのです。

工房的思考としてのワークショップ

様々な領域で「ワークショップ」という言葉が使用されている背景については、大量に廉価な製品を生み出すことを目指す『工場』的なものづくりのアプローチに対して、小さな空間で手作業で行われる『工房』的な態度を重視して、この言葉が使われているという考察がなされています。

作るべき何かがあらかじめ規定されており、効率的かつ正確に製品を大量生産する「工場(factory)」ではなく、作り手自身が試行錯誤しながら作りたいものを発見していく「工房(workshop)」的な在り方に、ワークショップが本来的に持っている精神性が見て取れるはずです。

そう考えると、ワークショップの本質とは、グループワークや創作活動などの形式ではなく、「ボトムアップ型の考え方」にあると解釈することもできます。

工房(factory)と工房(workshop)の違い

組織変革やイノベーションの取り組みは、いずれもトップダウン的に行われてきました。これらのトップダウン型のアプローチに異を唱え、ボトムアップ型の学ぶ力を呼び起こし、イノベーションを生み出していく手法として、ワークショップはいま注目されているのです。

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著者

株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO

東京大学大学院 情報学環 客員研究員

1985年生まれ。東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO/東京大学 特任助教授。

企業経営と研究活動を往復しながら、人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論を探究している。主な著書に『問いのデザイン』、『問いかけの作法』、『パラドックス思考』、『リサーチ・ドリブン・イノベーション』、『ワークショップデザイン論』『チームレジリエンス』などがある。

X(Twitter)noteVoicyhttp://yukianzai.com/

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