組織が成長するにあたって欠かせない組織デザイン。特に、事業がスケールする際の事業多角化や人材の多様化が深まるにつれて起こりがちな“分断”を避けるには、通り一遍ではない細かい調整が必要です。
今回は、ゲストに株式会社メルカリ執行役員CHRO木下達夫さんをお迎えし、メルカリの組織体制やHR組織はどのように変化していったのか、多様な人材を受け入れる上での仕組みやカルチャーづくりについての学びを深めました。
■プロフィール(敬称略)
木下達夫(株式会社メルカリ 執行役員CHRO)
P&Gジャパンで採用・HRBPを経験後、2001年日本GEに入社。GEジャパン人事部長、アジア太平洋地域の組織人材開発、事業部人事責任者を経て、2018年12月にメルカリに入社、執行役員CHROに就任。
ガバナンス強化と権限移譲、相反する動きを両立させた「バリュー」の力
組織デザイン(Organizational Design)とは、組織の構造設計に着目し、「分業」と「調整」のメカニズムを用いて、適切な業務の割り振りや階層やコミュニケーションラインを整えることを指します。
組織デザイン入門:集団がよりよく協働する仕組みと構造をつくるには?
人々が連携しながら集団として事業を推進することを可能にし、また、うまく余白を作ることで人材育成の効果を生み出すこともできる組織デザインはスタートアップの成長に欠かせない営みです。しかし、時に組織の形を変えることそのものが目的になり、本質を見失ってしまうこともある、と木下さんは語ります。
木下 一般的に経営陣は大きな権限を持っており、組織デザインによって組織をよくしようと考えがちです。しかし何のために組織デザインをやるのか、という芯が通った考えがないと結局、現場の人たちが疲弊して終わってしまいます。
組織デザインの観点でメルカリの大きな転換点となったのは、2018年6月の上場後のホールディングス体制への移行です。メルカリの上場とほぼ同タイミングでメルペイが設立され、メルカリ本体の社員数も1000人を超えた2018年12月に、ホールディングス体制に移行しました。多角化、グローバル化を見据え、メルカリはどのように組織デザインを行ったのでしょうか?木下さんは、ミッションとバリューの体現を目的に組織デザインに向き合ったといいます。
木下 メルカリは全ての意思決定において、ミッションとバリューの体現を主軸にしています。どのような組織体制だったらよりバリューを高く発揮できるか、という問いが出発点にあります。
本来、「上場しガバナンスを強化する方針」と「事業会社制にして権限移譲していく方針」は相反する動きです。ある意味で矛盾したこの2つの動きを両立するには、バリューの一つである「All for One(全ては成功のために)」がポジティブに作用したと振り返ります。
木下 メルカリのバリューの一つに『All for One』があります。いわゆるホールディングスの組織と事業会社とがちゃんと連携し、いろんなことを『All for One』で進めていくことを大前提にしているので、各社がバラバラに動いて結果的に調整コストが高まってしまうことを避けられたのは大きかったと思います。
組織づくりの要「HR組織」を分業と調整でどう整えたか
ホールディングス体制に移行した後、組織づくりの要である「HR組織」はどのように設計されたのでしょうか。現在メルカリには、ホールディングス・コーポレート部門として「People & Culture」と呼ばれるHRの専門組織があり、採用、タレントマネジメント、評価報酬、通訳翻訳、D&I(Diversity & Inclusion)等を推進しています。
一方、各事業にはHRBP(事業部人事)と現場の採用担当であるTA(Talent Acquisition)が配置されています。この体制にたどり着くまで、何を事業会社に残し、何を全体最適としてコーポレート機能として持つかを考えながら、調整を行ってきたと木下さんは語ります。
木下 事業単位での採用を加速させるには、HRBPと現場の採用担当が必要だということで、各事業部の方にHRBPと採用担当者をおいています。一方で、新卒採用はグループ全体として行っているため、コーポレートにおいた方がいいと判断しました。また、採用のプロセスマネジメントや、面接官の研修、アウトソーシングのベンダーマネジメント等は一括してコーポレートで行います。全体最適化を考えるメンバーが、コーポレート組織の方にいるというイメージです。
組織の構造設計は、すべて思い通りにいったかといえばそうではなく、さまざまな調整を要しました。採用メインの人事組織から、さまざまな機能を備えた人事組織にするにあたってどのような調整がなされたのでしょうか。HRの機能を増やすにあたっては、内部からの抜擢と外部からの獲得の2パターンあり、内部からの登用に関しては未経験者も多く、カルチャーやメルカリらしさは保てるメリットはありつつ知見がない部分もあったといいます。
木下 成長企業では、新しいポジションがどんどんできます。未経験だけどチャレンジしたいという人がいれば、まずはやってみてもらうことを大事にしています。HRBPチームを初めて組成したのは2019年の1月。当時はHRBP経験者が誰もおらず、手を挙げてもらった人たちで立ち上げました。もちろん未経験ゆえの困難もありましたが、パッションを持ちスコープを決めていく面白さもあり、メルカリらしさもあったと思います。
とはいえわからない部分は外部から来たメンバーに知見をもらうなどブレンドさせながら経験を積むことで、知が蓄積されてきたかなと。また、いわゆる事業部人事とホールディングス・コーポレート部門を行ったり来たりすることも積極的に後押ししています。
言語の多様性だけではない、D&Iをすすめる上で大切な行動デザインとは
HR組織もデザインされ、各事業がスケールすると同時に組織の多様性も上がってきたメルカリは、2019年に初めてD&Iのチームを設立しました。D&Iチームの最初の出発点は他国籍への対応だったと振り返ります。
木下 海外のエンジニアの方たちを積極的に採用する中で、英語話者の方たちに対してどうやって向き合おうか、通訳翻訳もするけどもやっぱり社内における英語化対応を推進する必要があるよね、という話がきっかけとなりました。その後、国籍だけではなくて性別も含めた他のD&Iももっと推進すべきだと気づき、D&Iのカウンシル(協議会)が設置されました。
D&Iは全社で推進すべくホールディングス側に位置づけているものの、浸透させていくには事業部の力が必要だと語ります。そのため、各社事業部人事の中にD&I推進役割を持ってもらいつつ、グループ全体のD&Iに興味を持つ人たちを含めたコミュニティをつくったのが効果的だったといいます。
とはいえ、多国籍の人が多くいる部門とそうではない部署とではD&Iへの熱量に差があったと指摘します。その際は、ダイバーシティは言語の多様性だけではないこと、なぜメルカリがD&Iに向き合い、それをどう競争優位に繋げるかの対話セッションを部門単位でもつことでメンバーの意識を上げたと語りました。
D&Iにおいては啓蒙のみならず、「行動デザイン」も重要だと木下さんは指摘します。
木下 社員1人1人が意識を高めましょうというのはもちろん言うのですが、それだけだと変化は担保できません。行動変容を促すべく行動デザインの観点から人事のあらゆるプロセスを見直そう、ということをよく言っています。
たとえば、日本語話者のオンボーディング体験と海外から来た英語話者のオンボーディング体験は異なります。海外から来た人が必要としている情報のコミュニケーションパッケージをつくるなど、どういう工夫をすれば体験のギャップが埋められるか、というのを考えています。
また、ハイコンテキストだった評価報酬も、英語話者と日本語話者のコミュニケーションで通じない課題があったので、グローバルに通用するようなローコンテクストなものに変更しました。
行動デザインを促したのは、言語だけではありません。国籍、性別、バックグラウンド等、様々な観点でのマイノリティへの先入観や認知バイアスを排除すべく、マイノリティにも目が配られるようなチェックリストを作成したと語ります。
木下 マイノリティ比率を何%と決めるといったことはせず、昇格するための基準は変えない前提でマイノリティタレントにも目を配らせるためのチェックリストを設けています。こうしたチェックリストを用いることで同質性のある人のみが優遇されることなく、マイノリティにスポットライトがしっかりと当たるように誘導しています。
講演内では、株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEOミナベ トモミや根本紘利、渡邉貴大とのディスカッションも交えながら、経営人材の育成やD&Iにおける組織づくりについてもご紹介しています。ぜひ下記のアーカイブ動画をご覧ください。
多様な人材が育つ組織デザインの勘所:メルカリに学ぶ、事業領域拡大時の分断の乗り越え方
執筆:久野 美菜子
編集:佐藤 由佳