革新を生むルール違反、「創造的逸脱」とは?中央大学・高田直樹さんと考える、イノベーションを育む組織のかたち
革新を生むルール違反、「創造的逸脱」とは?中央大学・高田直樹さんと考える、イノベーションを育む組織のかたち

革新を生むルール違反、「創造的逸脱」とは?中央大学・高田直樹さんと考える、イノベーションを育む組織のかたち

2022.05.26/10

イノベーションは往々にして「探索」「逸脱」「越境」など、既存の枠組みから出ることで発生すると言われています。偉大な発明家のストーリーでも、既成概念を取っ払い、既存の枠組みから逸脱したからこそ革新を起こすことができた、という例をよく耳にしてきたのではないでしょうか。

一方で、組織運営や経営の観点では、当然ながら一定のルールや枠組みが必要となります。どれだけ革新を起こしたくとも、組織である以上、守らなければならない枠組みは存在するものです。

革新を追求するための逸脱行動と、組織としての枠組み。両者の間にあるジレンマに、どのように向き合えばよいのでしょうか?

イノベーションや創造性に関する研究を行う中央大学商学部助教の高田直樹さんは、イノベーションの実現を目指す組織成員が組織のルールや手続きを無視すること、すなわち「創造的逸脱」に着目し、研究を行っています。本記事では海外における研究結果を踏まえながら、創造的逸脱の定義や条件、さらには経営にもたらされる価値からイノベーター・管理者の留意点まで、最新知見を紹介していただきました。

高田直樹(中央大学商学部 助教)

1991年生まれ、札幌市出身。2019年に一橋大学大学院商学研究科博士後期課程を修了。博士(商学)。横浜国立大学先端科学高等研究院特任助教を経て、2021年4月より中央大学商学部助教。制度・組織・個人など幅広い単位を対象に、イノベーションや創造性を育む・阻む諸要因に関する研究を展開。主な論文に、『共同研究開発を通じたイノベーションの実現要因』(組織科学、第35回高宮賞受賞),『発明者の逸脱行動と発明の新規性』(日本経営学会誌)など。

創造的逸脱とは──「逸脱者が革命を起こす」に隠されたジレンマ

あまり耳馴染みのない「創造的逸脱」という言葉。それもそのはず「創造的逸脱(creative deviance)」は海外では研究が進んでいるものの、日本ではあまり注目されてこなかった考え方です。

しかしながら「創造的逸脱」は、実際の業務の中でもよく目にする・耳にする事象でもあるのです。例えば、闇研究やアングラ研究という言葉に聞き覚えのある方も多いのではないでしょうか。

組織におけるイノベーションや創造性に関する研究を行う高田さんは、小学校の道徳の授業でも用いられる児童小説『星野くんの二塁打』を例に挙げます。

「主人公である星野くんは、野球の大会でバッターボックスに入ります。ここで、監督からは『バントを打つように』との指示がありますが、星野くんは自分の判断でヒッティングを選択します。結果として、星野くんは殊勲打を打ち、チームは勝利。星野くんの判断はチームの勝利に貢献したと言えるでしょう。しかしながら、監督は『選手が監督の指示を破るのはよくないことだ』と星野くんに出場禁止を命じるのです」

創造的逸脱とは「マネジャー(管理者、上司、上長など)の指示に背いて、正当でない形で新しいアイデアを追求すること」を意味します。この定義からすれば、星野くんが監督の指示に背いて「ヒッティングする」というアイデアを追求したことも、一種の逸脱行動として考えられることになります。

「この事例を解釈する上で特に重要なのが、星野くんは『試合に勝つこと』を目的に逸脱した、ということです。組織内での逸脱行動に関する従来の議論は、職場の備品を盗むなどの、組織や同僚に悪影響を及ぼすものを対象としていました。一方で『創造的逸脱』とは、その結果が不確実で、組織や同僚への影響もあまり明確でないケースが多いのです」

これまでも、「逸脱者が革命を起こした」ように見える事例はよくありました。例えば、高輝度青色発光ダイオードを発明しノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏。勤務先の上司から研究を止めるよう指示されたものの、会議にも電話にも出ずに自身のアイデアに取り組み続けた結果、発明に至ったと言われています。

このような「創造的逸脱」は、比較的規模の大きい組織の中でイノベーションを公式に管理しようとする場合に起きやすいと、高田さんは語ります。

「従業員がボトムアップでアイデアを提案した際に、管理者はその提案の有用性や実現可能性が立証されなければ組織として資源を分配することはできないと判断しがちです。しかしながら、従業員からすれば、アイデアの潜在的な価値を立証するための資源をそもそも持っていません。ここで、アイデアを追求したい従業員がジレンマに直面してしまうのです」

すなわち、「創造的逸脱」とは、ジレンマに立ち向かうために従業員がとる行動ということになります。従業員は、アイデアの追求を許可しない組織に対する手段として、アイデアに対する評価の目が入るのを遅らせるために秘密裏に実験や研究を推進したり、管理者を説得するための証拠を蓄積したりしようとするのです。

ここで大事なことは、この従業員は「自分の欲」を追求して逸脱しているというよりも、組織への貢献を意図しているということです。だからこそ、管理者、そして組織にとって、こうした創造的逸脱への対応には頭を悩ませることになります。

「自由度」と「報酬」が創造的逸脱を促進する?

では、どのような場合に創造的逸脱は起こりやすくなるのでしょうか。

高田さんは、「自由度」と「報酬」が創造的逸脱を誘発するという関係が、複数の研究によって報告されていると言います。

「イノベーターである従業員が、自分自身である程度アイデアに関するテーマを打ち出すことができる自由があること、そして、創造的・革新的な成果を残したことに対して何かしらインセンティブが与えられることがわかっていること。この2つの条件が存在している組織では、創造的逸脱が起こりやすいと言えます。自由にできるなら逸脱する必要なんて無いじゃないかと思うかもしれませんが、組織は全てのアイデアに資源を配分することができません。そうなると、自分のアイデアを却下された従業員は逸脱することでしか自分のアイデアを追求できなくなってしまう、というわけです。

 

一方で、従業員の行動が厳格にコントロールされる仕組みがあったり、何かに失敗した際に制裁などのネガティブな結果が待ち受けていると予想されたりする環境では、従業員はあえてリスクを取りに行くことをしません。すなわち、創造的逸脱は起こりにくいということになります」

では、「自由」や「報酬」という条件が揃い、創造的逸脱が発生した場合には、どのような成果が生まれるのでしょうか。

高田さんは、その成果は一律ではなく、創造的逸脱によるプロジェクトが成功するか否かは不確実であると言います。一方で、どのような場合に創造的逸脱をした人の成果が上がるのか、という条件に注目した研究で興味深い結果が報告されていると言います。

「創造的逸脱を行った従業員が所属しているユニットの成果が高いときほど、創造的逸脱をした人のイノベーション成果が高くなるとされています。所属ユニットの成果が高ければ利益プレッシャーは大きくなく、組織として多少のゆとりがある。それゆえ、逸脱した人がいたとしても、周囲はそこまで厳しい反応を示さず、場合によっては協力者が現れるケースも見受けられるということなのでしょう」

つまり、創造的逸脱そのものの成果は不確実であるものの、イノベーター自身がどのような環境下で逸脱しているのかによって成果は左右される、と言えるのです。

イノベーターが気をつけるべきは、創造的逸脱の「出口」

組織で働いていれば、「アイデアはあるのに、組織の事情でなかなか実現できない」といった葛藤を抱えることは少なくありません。先述の「星野くん」の例で言えば、監督の指示を聞かずにヒッティングしたくなる気持ちも理解できるのではないでしょうか。

しかしながら、監督側の立場に立ってみれば、何かしら戦略や理由があるからこそバントの指示をしたはず。勝手に無視をされたら、仮にその時はチームが勝利したとしても、組織の統率が取れないことによって別の面でネガティブな結果に結びつく可能性もあります。

ここからは、イノベーターと管理者、それぞれの視点で、創造的逸脱と向き合う際に気をつけるべき点を紐解いていきます。

まず、企業であれば従業員、すなわちイノベーターにとっての視点です。創造的逸脱を行う場合、イノベーターはどのような点に気をつけなければいけないのでしょうか。

高田さんは、イノベーターにとって創造的逸脱の最大の課題は「創造的逸脱というやり方で、どこまでプロジェクトを推進できるのか」という点だと語ります。

「ある程度の規模までであれば、創造的逸脱の範囲内でやりくりできるでしょう。例えば、何か着想を得た場合に、業務時間外を狙ってこっそりと実験を行ってみる、という場合です。しかしながら、イノベーションを目指す過程の中で、小規模な実験を行うというのはごく初期段階の話でしかありません。事業化、製品化などを目指してアイデアを追求しているはずですから、イノベーターは必然的に、さらに大きなアクションに繋げていかなければならない現実にぶつかるわけです。

 

そうなると、プロジェクトを推進するためには、どこかのタイミングで上司や組織の承認が必要になります。つまり結局のところ、最終的には公式の意思決定ラインに乗せなければならないのです」

創造的逸脱の形で秘密裏にアイデアを追求しようとも、最終的には公式な承認を得る必要がある。遅かれ早かれ、イノベーターはそうしたジレンマにぶつかる、ということになります。

それを踏まえてイノベーターは、創造的逸脱を行う際には2つの点を自覚しておかなくてはならないと高田さんは語ります。一つは、公式ラインと非公式ラインをうまく使い分ける工夫が求められるということ。そして二つ目は、イノベーションの実現に至った暁には管理者とも成功体験を共有し、後腐れのない状態を作る必要がある、ということです。

「管理者の意思決定がしがらみにならないよう、人をうまく動かす工夫をしなくてはいけません。例えば、イノベーションが成功した暁にはしっかりと管理者に花を持たせるなど、イノベーションが実現した後の組織のことも考える必要があるのです」

一方で、イノベーターが創造的逸脱を行った先にある出口戦略のもう一つの視点として、自身の所属する組織以外に活路を求めるという方法もあると言います。

「組織外に協力者を募り、様々な資源を動員・提供してもらってイノベーションを前に進めていくという方法もあります。この場合には、アイデアにどのような価値があるのかというアピールポイントを考案・編集・明示し、協力者の数・質を増やしていく努力が求められるでしょう」

組織の枠組みから外れるからには、出口戦略を考えた上で、様々な戦術をどのように活用して前に進めていくのか、考えなくてはなりません。ただ資源を無駄遣いにして終わらせないためにも、出口まで考えるのがイノベーターの責任でもあるのです。

逸脱行動を「抵抗」のメッセージと捉える

一方で、管理者は創造的逸脱にどのように向き合っていくべきなのでしょうか。

ここまでイノベーターの視点から創造的逸脱を紐解いてきましたが、もやもやと懸念を抱いた管理職層の方は多いかもしれません。高田さんはその感覚は恐らく正しいと語ります。創造的逸脱には、何らかの潜在的な悪影響が存在すると考えられるからです。

「『創造的逸脱はコスト効率の良い探索の機会をメンバーに与えていることと同義である』と考える論考もあります。公式な意思決定ラインでの承認をとってから資源を配分する、ということをせずとも勝手にイノベーションを推進してもらい、そこから有望なアイデアのみを採用すれば良い、という意見です。しかしながら、そんな都合のいい話があるわけありません。

 

そもそも組織は、計画を立て、人に役割を割り当て、予算を割り振り……という調整を行うからこそ力を発揮できるもの。創造的逸脱は個々のイノベーションにとって良い影響をもたらすかもしれませんが、メンバーの逸脱行動を軽視すれば、調整の体系が崩れ、組織としての体をなさなくなるリスクさえあるのです」

例えば、管理者があるアイデアを却下したとして、その背景にはさらに優先すべき別のプロジェクトがあった、という可能性もあります。逸脱している間、本来やるべき別の業務が放置されているのではないか、という懸念もある。逸脱者を黙認していれば、他のメンバーから「えこひいきではないか」といった不平不満が出てくるというリスクもあります。これらのような悪影響は容易に考えうるというわけです。

加えて、高田さんは、逸脱行動を看過することによって起こる懸念の一つとして「創造性クレジット」という事象をあげます。

「『自分は創造的な成果を残したんだ』という認識を『創造性クレジット』と呼び、それが強い人ほど創造性のためにルール違反をする動機が強くなる、という研究があります。これをもとに考えると、逸脱が成功裡に終わった場合、その人は次も逸脱する可能性があります。しかも、秘密裏の環境には人を駆り立てる側面があるため、逸脱行動へのコミットメントが加速していく恐れもあるわけです。これを放置した先には、逸脱者がどんどんと孤立・先鋭化し、同僚との協働に支障をきたし、ついには離職・転職をするという結末が待っているかもしれません」

メンバーの創造的逸脱を看過することにリスクが存在するのであれば、管理者はどのように対処すべきなのでしょうか。

「リーダーによる創造的逸脱への対処に注目した研究では、『許す』『報いる』『罰する』『無視する』『横取りする』という5つの対処行動の影響を分析しています。それによれば、逸脱者を処罰したり、その成果を横取りしたりすると、逸脱は抑制できたとしても、その他の仕事についての創造的な成果も下がる傾向にあります。このことは、創造的逸脱が、メンバーにとってある種のガス抜きになっていることを示唆しているようにも読み取れます」

このように創造的逸脱への対処方法において、管理者は非常に難しい判断に迫られます。そんな中、高田さんは、創造的逸脱をメンバーからの“抵抗”と捉え、組織におけるイノベーションマネジメントを改善するためのヒントとして考えるべきであると語ります。

「『イノベーションが闇研究(編注:業務として正式には認められていない非公式な事業企画や研究開発を業務時間外に行うこと)から偶然生まれるというのは、スポーツ界の根性論と一緒だ』という主張を目にしたことがありますが、私もこの主張に同意です。業務時間外にこっそりと実験に打ち込む、というような個人の泥臭い努力に頼り続けるようでは、組織である意味もなければ、イノベーションを管理していることにもなりません。

 

管理者は逸脱した個人の対処のみに苦心するのではなく、組織内に逸脱が起きているという事実を受け止め、イノベーションを起こしやすい組織を目指していく必要があります。創造的逸脱は、イノベーションを目指す手段でもありますが、あくまで“窮余の一策”です。イノベーター、管理者それぞれが課題点を理解し、より良き方向に協働していく必要があるのです」

創造的逸脱は、組織のあり方を見直す必要があるというメッセージとも言えます。ファクトリー型・トップダウン型からワークショップ型の組織へと移行することに苦労している組織にとって、創造的逸脱は、ある種強制的に組織のあり方を切り替えてくれるトリガーになり得るかもしれません。

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本記事は、「創造的逸脱とは何か?」「創造的逸脱は経営にどのような価値をもたらすのか?」「マネジャーは創造的逸脱にどのように向き合うべきか?」といったトピックを探ったイベント「『創造的逸脱』のデザイン:イノベーションを育む組織の在り方を考える」の一部を記事化したものです。90分におよぶイベントの模様は、下記のアーカイブ動画より全編ご視聴いただけます。

「創造的逸脱」のデザイン:イノベーションを育む組織の在り方を考える

Text by Sae Ota
Edit by Masaki Koike 

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