近年、「HRBP(ヒューマンリソースビジネスパートナー)」という言葉が注目を集めています。HRBPは、経営者や事業責任者とのパートナーシップを築きながら、組織や人事の面から事業成長をサポートする役割を意味する言葉です。
本記事では、『組織ファシリテーターとしての「HRBP」の役割』と題して、株式会社MIMIGURIから以下の3名によるレクチャーをお届けします。
ミナベトモミ|株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO
広告ディレクター&デザイナー、家電メーカーPM&GUIデザイナーを経て、デザインファーム株式会社DONGURIを創業。その後、株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEOに就任。デザインキャリアを土台にしながら、組織/経営コンサルティング領域を専門とし、主にTech系メガ/ミドルベンチャーの構造設計・制度開発を手がける。特に人数規模500名超えのフェーズにおける、経営執行分離・マトリックス型の構造設計と、それらを駆動させるHR制度運用を用いた、経営アジリティを高める方法論が得意。
渡邉貴大|株式会社MIMIGURI ファシリテーター
規模/業態の異なる複数の組織において、人事やコンサルタントとして業務に従事。チェンジ・エージェントとして組織変革のファシリテーションを実践してきた。株式会社MIMIGURIにて、組織・事業開発、イノベーションプロジェクトのPMとファシリテーションを担当。個人と組織が自らの「story writer」となり、自分や自分たちの物語を紡ぐ機会を演出する役割を担う。
根本紘利|株式会社MIMIGURI プロジェクトマネージャー
ECコンサルティング業デザイナー→アパレル小売業Webマスター→在京民放テレビ局番組Webサイト制作・運用→地域商社プロジェクトマネージャー→Slerプロデューサーを経て株式会社MIMIGURI(旧DONGURI)に入社。クライアントワークの開発プロジェクトにおける設計や進行に加え、社内外の組織開発・推進プロジェクトに従事。MIMIGURI社内ではPM暗黙知の体系化と組織浸透を目指し、全社プロジェクト品質の底上げやアジャイル推進を進めている。
前半では、急拡大する組織でHRBPが重視される4つの背景を説明した上で、HRBPが新しい経営管理手法ゆえに難しい背景と、組織内の4つの場で組織にファシリテーションを通じて「背骨」をつくっていく知見をミナベから解説します。
後半では渡邉と根本が、クライアントワークでHRBPの役割を実践するなかで、組織内の軋轢を解きほぐしていく方法について語ります。
HRBPが必要になる4つの背景
HRBPは、米国ミシガン大学のデイビッド・ウルリッチ教授が、これからの人事が果たすべき役割として提唱した概念です。これまでの人事部門は、一般的に採用活動や人事異動、労務管理などのオペレーション管理を中心に担当してきました。それに対して、HRBPは経営者や事業責任者とパートナーとして目線を合わせて、人事戦略の立案や実行を通じて事業成長を支援します。
HRBPが必要とされる背景は主に4つあるといいます。
①事業の多角化
②組織の多様化
③人材の多様化
④施策の循環性
まず、「事業の多角化」について。HRBPが求められるようになっているテックカンパニーでは、ひとつのプロダクトで成長し、IPOのターニングポイントを迎えます。一定規模にまで成熟した企業は、新規事業を始めてさらなる探索を進めるフェーズに入ります。
事業を多角化しようとする企業の組織規模は大きくなります。そこで発生するのが、経営と執行の分離です。各事業運営は執行役員が担い、経営陣は複数の各事業をマネジメントをしていく体制が確立されます。ここで直面するのが、人的資源の全社最適と、部門最適が矛盾する問題です。すなわち、各部門の利害関係により、経営者が全体の資源を最適化できなくなる。この矛盾の解決をHRBPは役割として期待されます。
続いて、「組織の多様化」について。事業の多角化に伴い、それぞれの「職能」が横断組織化してくるとミナべは説明します。
ミナベ 事業の多角化に対応して、新規事業をつくり出すための人材が多く必要となります。具体的には、エンジニア、プロダクトマネージャー、デザイナーなど、プロダクト開発に求められる人材の需要が増えます。こうした専門職の従業員が増えてくると、職能ごとの横断組織をつくる施策が動きはじめます。
たとえばデザイナーは、複数の事業にかかわることが増えるため、専門性に特化した「デザイン部」といった横断組織がつくられる。すると、これまで総合職的な役割で動いていたビジネス中心の組織から、各職能に適したマネジメントを実施する組織への体制変更が求められます。すなわち、人材育成や採用、評価運営など、それぞれの職種に最適化された仕組みを整えることが課題として表出するのです。
ミナべが指摘する各職能に適した「マネジメントの最適化」とは、HRBPがそれぞれの職能の価値を定義して言語化し、適切に階層化する役割を担うことです。また、さまざまな価値観の組織が生まれることで、職能別の組織同士が対立することもあり、HRBPは中間に立って「止揚」し、異なる価値観の融和を目指すことが期待されます。
三番目の「人材の多様性」も組織課題が発生する原因となるとミナべは語ります。一人ひとりの価値観が異なるなかで、各個人に合わせてマネジメントしなければ、パフォーマンスが低下します。一人ひとりが発達状況やステージが異なるなかで、個別最適化されたフォローアップを実施することはマネジメントコストが非常にかかります。しかしながら、ミナべはそれによって組織の強度が増すといいます。
最後に「施策の循環性」について。人数増加により、一つひとつのHR施策が部門化することが課題になるとミナべは語ります。
ミナベ 採用部門や育成部門、人材企画部門など、HR施策が各部門ごとに最適化されてKPIを追うことで、経営管理上も、従業員の体験上も分断が発生します。すると、たとえば「採用はしたけど、その後の育成にはつながらない」、「育成研修が評価にどうつながるのかわからず、研修がやりっ放しになる」、「経営管理の観点でKPI・ROIがわからない」といった問題が起こります。こうしたHR施策のジャーニーマップに一貫性がないことで、従業員の就業体験が悪化する可能性が生まれてしまいます。
これらの近年の組織の変化の背景から生じている課題。それらを解決する役割がHRBPには求められています。
ミナベは、HRBPは多角化・多様化により分断されてしまった企業に、組織全体をファシリテーションするように関わることで、「背骨」をつくる役割を担っているといいます。
「新しい経営管理手法」だからこそ、HRBPは難しい
HRBPに求められる役割を挙げた上で、HRBPとしての動きは非常に難しい、とミナべは付け加えます。ひとつの理由は、新しい経営管理方法自体が手探りであることです。
HRBPの実践は先行事例が少なく、土台になる経営管理の手法がまだまだ確立されていないとミナべは指摘します。かつ、企業内で発生する課題は、経営の根本までメスを入れないと解決されないことが多い。それゆえに、HRBPの役割を、多くの企業ではCHROやVP、役員直下部門など、経営の役員クラスが対応しているのが現状だとミナべは語ります。
さらに経営管理におけるHRBPが手探りである難しさを、下記のように表現します。
ミナベ HRBPの役割は、企業の役員クラスが属人的にリーダーシップを担って動かすことが多いため、体系化されたナレッジが世の中に整理されていません。
執行役員という経営者への説明責任を強く持ちながら事業推進をしていく立場では、自律性がある一方で、決裁権が制限される場面もあります。制約のあるなかで自律性を発揮する執行役員は、自分の事業や組織を最優先してほしい意図が働くため、利害関係の調整が複雑になる傾向もあります。
そうすると、全体に適用可能なシステムを整備する必要がありますが、事業が多角化されるなかで、全体に適応できる汎用的なシステム人事制度設計をすることは非常に困難です。
こうした困難さがあるなかで、HRBPには異なる価値観を持つ人たちが集まる組織において、それぞれが違うミッションや価値観を尊びながらも、同じ方向性に力学を働かせる不確実性の高い組織開発を行うことが求められます。
組織ファシリテーションを通じて、企業内に場の循環をつくる
HRBPが難しい役割であるもう一つの大きな理由は、「カオスな社内の『4つの場』に対して、ファシリテーションが困難であること」です。HRBPを担う人は、経営と執行の場に横入りして、自分自身も正解がわからない中でファシリテーターとして振舞う大胆かつ繊細なアクションが求められます。
HRBPの役割を担う人が実際にファシリテーションするのは、①経営と執行の場、②執行とマネジメントの場、③マネジメントとメンバーの場、④HRステークホルダーの場の「4つの場」です。それぞれの場に合わせた対応は切り替えが必要とされるため、混乱が発生しやすいといいます。
それでは、HRBPによる組織ファシリテーションが機能しないと、どのような組織課題が起こるのでしょうか。
ミナベ まず経営と執行の場では、それぞれの利害関係が働き、お互いにアカウンタビリティを求めて対立します。執行役員が自律的に意思決定ができない状態になると、それ以下のチームメンバー全体にも自律性が持たせられない負の連鎖が起こり、部門全体が硬直化しかねません。そのため最重要な場だと言えるでしょう。エグゼクティブファシリテーションを使って、経営チームのダイバーシティを実現することが、解決の鍵を握ります。
ミナベ 次の執行とマネジメントの場では、執行とマネジメント間がKPIレベルの伝達しかできない状態が起こります。これはVPや執行役員が自律性を渡されていないなかで単年度計画を作成し、説明や理解不足のままマネージャーに目標数字を渡すことで発生することが多い。チームで何を達成目標とし、何を生み出していくかといった健全な議論が阻害されることで、「なぜ」を問うことがタブー化し、チームとして脆弱な状態に陥りやすくなります。
ミナベ マネジメントとメンバーの場では、本来メンバーが自分でアイデアを出しながら探索的に動き、自律的にボトムアップで動けることが成長につながります。しかし、マネジメント自身が上層部から渡されたKPIの達成に一生懸命になり、余裕がない状況がつづくことで、メンバーの発達支援ができずにダイバーシティが失われやすくなります。
ミナベ 最後にHRステークホルダーの場では、上記3つの場のつながりが生まれず、各場において問題が発生しやすい状態になると、社内で事件が発生しつづける状態に陥ります。たとえば、経営と執行の場で利害関係をめぐって、社内政治が始まってしまう。すると、HRBPには問題が起こった際に介入し、人間関係の調整が求められるようになります。その結果、本質的な問題解決にリソースを最大限投入することが難しくなるのです。
まず企業には4つの重要な場があり、それらは生き物のようにつながっています。そして企業では知らぬ間に分断が起きているため、HRBPは全体の場のつながりをイメージしつつ、循環を生み出せる立場として、企業に背骨を通す役割が求められます。「HRBPが企業に背骨を通すことで、経営・事業・組織・チーム・人、あらゆる営みが躍動しはじめるのです」と、ミナべは説明を締めました。
HRBPを実践する、各ステップとそのコツ
続いて、株式会社MIMIGURI Facilitatorの渡邉貴大と、Project Managerの根本紘利とともに、実際にMIMIGURIが組織ファシリテーションを伴走したクライアントの具体例を挙げながら、ミナべが語った理論を補完する実践的なトピックが展開されました。
まず、根本は「HRBPは役職や職能ではなく、誰もが使える技術や考え方」だと冒頭に述べた上で、「近年はクライアントの組織に入り込み、HRBP的な動きを求められるケースが増えている」と語ります。
根本が担当したプロジェクトでは、クライアントとなる企業はメガベンチャーとして成長を遂げた後、十数事業が複数展開するタイミングだったといいます。デザイナーやエンジニアなど、職種別の横断組織が立ち上がるタイミングであり、それに合わせた組織設計が求められるフェーズでした。そこで、根本は「事業の多角化」「組織の多様化」「人材の多様性」「施策の循環性」4つの領域に合わせたアクションを重ねたと語ります。
根本 「事業の多角化」では、各部門の利害関係を調整し、人的資源の全社最適と部門最適を両立させることが求められます。そのため、事業責任者や他職能のマネージャーなど、各ステークホルダーに事業戦略や組織展望を丁寧にヒアリング。事業の意向に沿った人員の配属を調整しました。また「組織の多様化」では、事業や職能ごとのマネジメントが分離したため、役割分担や期待値、成果基準などを定めました。
さらに「人材の多様性」では、メンバーそれぞれに個別で中期長期での育成計画を策定し、それに基づいた機会提供や配属シミュレーションを実施するよう調整しました。最後に「施策の循環性」では、本社経営層・管理部起点で実行する施策と、横断組織内で実行する施策を切り分けた上で、役割や目的設定をすりあわせて明示しながら、横断部門内での施策の全体サイクルを設計しました。
根本は、執行・マネージャー・メンバーのレイヤーを行き来しながら情報の対象性をとり、論点を洗い出しながら経営にバトンを渡していくことが、コンサルティングの立場でHRBPを担う場合に肝となると話を締めくくります。
続いて登壇した渡邉は、普段業務で行っている組織分断の解消を「①See(状況理解)」「②Plan(活動計画)」「③Do(実行支援)」の3ステップで説明します。
渡邉 まずはSee、すなわち状況の把握です。特定の人からの情報ばかりに頼るのではなく、情報の対称性が取れるように、フラットに役職や階層など偏りなくヒアリングを実施します。次にPlan、活動計画の立案です。ヒアリングを踏まえて分断が起きている正体を見立て、施策を練ります。最後がDo、実行支援です。これは自らが「チェンジエージェント」となり、『一緒にやる』ことが重要です。現場レイヤーまで入り、プロジェクトを牽引する、施策をリードしていく立場を取っていきます。
渡邉は大(経営レイヤーの施策実行)・中(複数名でのMTG)・小(ヒアリング/1on1)のそれぞれの場において、この3ステップでファシリテーションを実践することで、組織全体に循環を生むことができると、自らの経験知をシェアしました。
誰もがHRBPの役割を担える、ナレッジの「溜め池」を目指す
ここまで概観してきたように、HRBPの役割を大胆に実践できる人材への需要は近年高まるばかりです。しかし、利害関係が複雑に絡み合う企業のなかで、誰もがHRBPの動きを担うリーダーや組織を確保できるわけではありません。
根本が「クライアントの組織に入り込み、HRBP的な動きを求められるケースが増えている」と述べたように、MIMIGURIでは外部コンサルティングの立場から、クライアントに変容をもたらすための手法を追求しています。その際に、「チェンジエージェント」としての役割はとくに有効だと渡邉はつづけて語ります。
渡邉 コンサルティングの際には、『これをやってください、よろしく』ではなく、自らがチェンジエージェントとしてPMになり、施策の実行まで並走することが重要です。また、プロジェクトが終わり、自分たちが去ったあとも施策が回りつづけるている姿をイメージし、施策を見定めています。そのためには、何をどこまで一緒にやり、どのような寄り添い方をすべきか、その勘所を今でも試行錯誤していますね。
また根本はこれに同意しつつも、プロジェクトマネジメントの観点から、組織ファシリテーションの方法に再現性を持たせることは可能だと補足します。会議体の設計や情報共有、会議のアジェンダ設計、経営・執行役員・マネジメント・メンバーをつないでいくファシリテーションは、HRBP領域でも直接役に立つといいます。
多くの会社がコングロマリット化し、事業を多角化していくフェーズで、4つの課題領域の拡大はどの企業でも起こる可能性があります。
その時、HRBPとしての役割に関するナレッジが浸透し、各組織内の知見をシェアして深めることで、より強い組織が運営できるようになると根本は指摘。「そう遠くない未来に、どの企業でもHRBPの役割を担う人が、組織内で複数名チームとしてHRBPとしての業務にあたる未来がくるのではないでしょうか」と根本は言います。それに対して、渡邉は次のような言葉を付け加えてイベントを締めくくりました。
渡邉 HRBPを担えるタレントを、各社で取り合う未来は健全ではありません。私は組織ファシリテーションという営みを浸透させ、HRBPの役割を誰もが担えるようにする方法論を確立したいと思っています。いま組織課題を抱えていらっしゃる方は、まずファーストステップとして組織なかにHRBPの役割を担う人を置き、そこから少しづつ組織変容を伝播させていくと解決の糸口が見えてくるのではないでしょうか。
CULTIBASEでは、経営・事業・組織・チーム・人をつなげて、循環を起こしていく理論として、Creative Cultibation Model(CCM)を提唱しています。かつHRBPという役割は、「組織全体のつながりと力学を感じ取りながら、ファシリテーションで回していく」ことが重要である点で、非常にCCMと親和性が高いと考えています。
CCMについて詳しく知りたい方は、ぜひ下記の記事も併せてご覧ください。
2022年版「Creative Cultivation Model(CCM)」とは:組織の創造性をマネジメントするための見取り図
ほかにも会員制オンラインプログラム「CULTIBASE Lab」では、過去に「エグゼクティブ・ファシリテーションとは何か?」のイベントでも、HRBPに通じるCCMの深堀りをしています。興味のある方はこちらも参考にしてみてください。
エグゼクティブ・ファシリテーションとは何か?:不確実性と向き合う経営チームのつくり方
本記事はCULTIBASE Labのイベント『組織ファシリテーターとしての「HRBP」の役割』を一部記事化したものです。90分におよぶイベントの模様は、下記のアーカイブ動画より全編ご視聴いただけます。
組織ファシリテーターとしての「HRBP」の役割
Text by Testuhiro Ishida