パンデミックによる経済環境の変化、それに伴う働き方と個人の価値観の変動、そして揺れ動く国際情勢。変化の激しい昨今の社会において、経営においても不確実性が高まっています。
経営者は、いかにして不確実性と向き合っていけばよいのか。予測不可能性が高い状況においては、エグゼクティブ層においてもより一層、「対話」の重要性が高まっています。
しかし、経営メンバーはその不安や役職を担うことの責任感から、過度に「鎧」を着込んでしまうケースも少なくありません。
「経営者として、強くあらねばならない」
「自信を持っていなければならない」
そう思い込んでしまっている経営メンバーが豊かな対話を実現するために、どのようなアプローチが効果的なのでしょうか?
その解決策の一つとして、経営チームを対象としたファシリテーションの方法論が求められています。経営者及び経営チームを孤独に追い込むのではなく、各々の発達を支援しながら、チームとしてのパフォーマンスを向上させるために、ファシリテーターとしてどのような関わり方が求められているのか。本記事では、こうした経営層を対象としたファシリテーションを「エグゼクティブ・ファシリテーション」と名付け、その実践知を紐解きます。
知見を語るのは、株式会社MIMIGURI代表取締役Co-CEO・ミナベトモミと、同社で組織コンサルタントとして活躍する矢口泰介。全社的な組織デザインや、経営層を巻き込んだ理念浸透プロジェクトの設計・推進を得意とする両者による、経営層のための対話の場づくりにおける最新知見を紹介します。
ミナベ トモミ
株式会社MIMIGURI 代表取締役 Co-CEO
広告ディレクター&デザイナー、家電メーカーPM&GUIデザイナーを経て、デザインファーム株式会社DONGURIを創業。その後に株式会社ミミクリデザインと経営統合し、株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEOに就任。デザインキャリアを土台にしながら、組織/経営コンサルティング領域を専門とし、主にTech系メガ/ミドルベンチャーの構造設計・制度開発を手がける。特に人数規模500名超えのフェーズにおける、経営執行分離・マトリックス型の構造設計と、それらを駆動させるHR制度運用を用いた、経営アジリティを高める方法論が得意。
矢口 泰介
株式会社MIMIGURI Design researcher / Organizational consultant
デジタルエージェンシーで約7年間ディレクターを務めた後、MIMIGURIの前身であるDONGURIにジョイン。マーケティング知見・デザインシンキングを基軸にしながら、デザインリサーチ/サービスデザイン/UXデザイン/ファシリテーションを武器に、事業開発・組織開発・組織変革プロジェクトのリーダーを務める。
なぜ今「エグゼクティブ・ファシリテーション」なのか?外的・内的な不確実性を乗り越えるために
人材流動性が高まる中、企業理念や経営理念の開発・浸透に力を入れる企業は増えています。組織の求心力の低下に歯止めをかけるためには、経営層がリーダーシップを発揮し、組織としての存在意義を明確にすることが求められているからです。
とはいえ、不確実性の高い現代において、理念という一つの明確な方向性を示すことは、そう簡単ではありません。そうした状況下では、経営陣の発達を支えながら、ファシリテーション技術を用いて経営チームのパフォーマンスを向上させる「エグゼクティブ・ファシリテーション」が効果を発揮します。
ミナべは「経営チームのパフォーマンスの上限は、不確実性への対処力に大きく左右される」とし、その対処力は2種類存在すると語ります。
ミナベ 1つは、外的な不確実性への対処力。事業・組織・社会・顧客などの移りゆく外的存在に対して適切に課題を設定し、解決に導くことができるか、というものです。そして2つ目は内的な不確実性への対処力。自分らしく自然な状態で振る舞うことができるかというものです。経営者及び経営チームとしてパフォーマンスを最大化するためには、不確実性が高い環境下においても、メタ認知的にセルフアウェアネス(自己認識)を行って、自分らしく振る舞うことができている状態が理想的なのです。
とはいえ、経営者がその状態を保つことは、そう簡単なことではないとミナべは指摘します。経営者は自己認識のバランスを崩し、「鎧」をまとってしまう傾向にあるからです。
周囲に自分の本音を話すことができない。言ってもどうせ理解してもらえないだろう。あいつに頼ることはできないから、自分でなんとかするしかない。舐められないように、常に強い自分であらねばならない──そういった精神状態をメタ認知することができず、あるいはインサイトに気づいてはいるものの言語化できず、追い込まれてしまう。そして結果的に、経営チーム内部においても互いに威嚇し合ったり、威圧的な言動を繰り返したりしてしまう状況に陥ってしまうのです。
こうした状況に対してミナベは「理念の開発・浸透を実践する前に、他者への不信感の解消、すなわちアンラーニングが必要になる」と語ります。
ミナベ 一般に、エグゼクティブ・ファシリテーションは非常に難しい領域であると言われていますが、その所以は、経営者の「鎧」を脱ぐというプロセスが必要となるためです。
前提として、鎧をつけた経営者が未熟かというと、そうではありません。鎧をつけてしまうことは、経営者の発達段階として自然なこと。それ自体を未熟なことだと決めつけないことも重要です。
その前提を理解した上で、鎧をつけてしまうことをあえて避けるのではなく、一度つけてしまった鎧を脱げるよう、自己開示に対する恐怖心を解きほぐすことが必要です。それこそがファシリテーターの役割ですし、エグゼクティブ・ファシリテーションを行うにあたって避けては通れないプロセスなのです。
経営者が鎧を脱いだ瞬間──エグゼクティブ・ファシリテーションの実践事例
これまで複数社の理念開発・浸透プロジェクトを遂行してきた矢口は、エグゼクティブ・ファシリテーションの最も重要な転換点として「経営者が鎧を脱いだ瞬間」を何度も見てきたと言います。
その事例の一つが、システム開発事業を手がける企業でのこと。その企業は創業から30年、全国に事業所を展開し、従業員数も約200名の従業員を超えるなど順調に成長を遂げていました。しかし、コロナ禍においてダイレクトコミュニケーションが減ったことなどにより、組織の求心力が低下したことを課題に感じていました。
本件に取り掛かるにあたり、矢口はまず「長期の時間軸で捉える」ことに注力したと言います。
矢口 理念を作り直すということは、自分たちの存在意義を問い直すことと同義です。そのためには、目の前にある課題ではなく、“そもそも論”に時間を費やす必要があります。本件では3名の経営陣に対して1on1でヒアリングを行いましたが、時間をたっぷりととり、日常的な時間軸、すなわち目先の数値目標や経営課題ではなく、経営陣自身の過去の振り返りや、理想の組織像に至るまで、深く内面を開示していただきました。こうしたプロセスの中で、本音が見えてきたのです。
「現場のメンバーとして働いていた頃は、こんなことが楽しかった」といった過去の経験や、「会社が急速に成長したことによって、社員が生き生きと働けていないのではないか」など現在抱えているジレンマを打ち明けることによって、少しずつ鎧を脱ぐことができたと言います。
一方で、1on1では本音を話すことができたとしても、経営メンバーが顔を合わせた時に同様に「立場」を取っ払った深い話ができなければ、再び鎧を付け直すことになりかねません。そこで重要なのは「視点を切り替えて対話をしてもらうこと」だったと矢口は語ります。
矢口 経営メンバーはそれぞれが異なる領域に責任を負っていますから、普段は「建前」が先行して物を語ることになります。しかし、一人の人間として、事業・組織をどう捉えているのか、どうしていきたいのか、と視点を切り替えて語ってもらうことが重要だと痛感しました。
意見が異なる際にも受け止める姿勢を大切にする、すぐにディスカッションに移るのではなくどの立場に立脚した意見であるのかを探る……ファシリテーターはルールを設定し対話を促しました。こうした対話を進める中で矢口は、経営メンバーが「深い探索」に入った瞬間を目にしたと振り返ります。
矢口 それぞれが無我夢中に現場で働いていた時代のことや、これまで経験してきたこと、楽しかったことを振り返ったのち、長い沈黙が生まれました。次はどんなことが起きるのか、何をすべきなのか──それぞれが探索し始めたのです。
経営陣での対話の後は、より現場に近いメンバーにバトンを渡すフェーズに入りました。これは、本件の目的の一つに「若手・ミドルメンバーの自信を取り戻したい」という意図があったため、矢口が意図的に設定したステップでした。
理念開発という重要なステップを若手・ミドルメンバーに任せるということに対し、当初経営陣の中では不安の声もあがったと言いますが、最終的には社員を信頼し、一丸となって新しい会社を作り上げていく方向に大きく転換することになります。そのきっかけとなった出来事を、矢口は次のように語ります。
矢口 若手メンバーの一人が「ミッションは星であり、届かないもの。だから問い直すことができるもの。いつまでも辿り着かないものだよね」と発言したシーンがありました。会社のミッションといえば、上から指定されるもの、言われた通りにするもの、と思いがちですが、そうではなく自ら問い直すことができるものだという認識が生まれたのだと思います。これからはみんなで会社を作っていくんだ、戦い方を変えていくんだ、と視点が切り替わったことを実感した出来事でした。
経営メンバーが背負っていた鎧を脱ぎ、現場を含めた社員が主体となり新しい戦い方にシフトしていく。そうした決意が生まれ、チーム内で共有されたことが、今回のプロジェクトの成果として語られていました。
非日常の視点を導入し、本当の価値観・美学をあぶり出す
経営陣との1on1で本音を引き出したのち、経営メンバー同士においても、日常的な「立場」を取っ払った本音の対話を促す。こうしたプロセスを目指し、エグゼクティブ・ファシリテーションを実践する際には、どのような点を意識すればよいのでしょうか。
ミナベは「1on1の段階でいかに経営者に『鎧』を脱いでもらうことができるか」がポイントとなると言います。社内外で「経営者」というフィルターを通して見られ、人間関係でも不安を抱えがちな経営者。彼らを孤独にさせず、恐れを取り除き、自己開示を促し、信頼を獲得する。容易なことではありませんが、ミナベは経営者の信頼を得るための活動として、以下の5つのステップを大切にしていると言います。
信頼を得るための5つのステップ
(1)共感:傾聴と共感を行う事によるドアノック
(2)整理:事業や組織課題整理による深い理解力の提示
(3)情報:経営層と現場を行き来し、双方の仲介役となることによる信頼獲得と対称性
(4)提案:専門性を軸にした、課題を元にしたプランニングやアドバイス(理念、HR接合、経営チーム)
(5)エンパワーメント:ここで初めて自己開示に取り組みながら、互いに関係性構築を行う
経営陣の1on1を終えたら、次は経営メンバーが再集合することになります。ここで気をつけなければならないのは、経営陣が再度「鎧」をつけ始める可能性がある、ということです。たとえ1on1の段階で自己開示に成功したとしても、複数の経営陣を前にして鎧を外すという「場」の成功体験は、まだない状態です。ミナベいわく、1on1を経た経営陣が再び鎧を付け直すこと自体は「仕方のないこと」。そこを誘導するのがファシリテーターの役目であるとも言えます。
ミナベ 経営陣はそれぞれが自身の管掌について日々責任を負っている立場ですから、顔を合わせれば短期課題に対してどう対処するか、という話になりがちです。それ自体はとても自然なことではありますが、ファシリテーターとしての関わり方としては、その状況を受け入れつつも、他者のレンズを獲得することを促し、景色を共有してもらえるように働きかける必要があります。
経営課題やIR、数値に対するコミットメントなど、日常的に気になる課題を一旦脇に置き、非日常の視点を入れた問いかけや場づくりを行うことで、互いの美学や価値観のようなものを共有する。そのステップを踏むことで、ようやく共に未来軸での地図を描くことができるようになるのです。
こうしたエグゼクティブ・ファシリテーションの手順・手法は「経営層に対してだけではなく、組織内部の組織開発施策においても基本的な順番は同じ」であるとミナべは語ります。
メンバーが個別に自己認識を高め、他者との間においても、日常的な「立場」を超えた一人の人間としての対話を行い、自分たちのあり方を問い直して作り上げていく。
高い不確実性に晒されやすい今の時代において、エグゼクティブ・ファシリテーションは、ビジネスに携わる全ての人々が知っておくべき方法の一つとも言えるかもしれません。
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本記事は、ミナベ・矢口の実践知を紐解きエグゼクティブ・ファシリテーションの輪郭を探ったイベント「エグゼクティブ・ファシリテーションとは何か?:不確実性と向き合う経営チームのつくり方」の一部を記事化したものです。90分におよぶイベントの模様は、下記のアーカイブ動画より全編ご視聴いただけます。
エグゼクティブ・ファシリテーションとは何か?:不確実性と向き合う経営チームのつくり方
Text by Sae Ota
Edit by Masaki Koike